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196.夢幻 ~そして現実へ~

2年後───

シフト()はザールを護衛するためにガイアール王国の王都スターリインにいた。

年に1度王都に来るとルマたちからお茶会に誘われる。

令嬢たちからの誘いを断るのは騎士として失礼なので参加していた。

ルマたちがシフト()に好意があるように、シフト()もまたルマたちを好きになってしまう。

許されざる恋と知りつつも5人5様の魅力に虜になっていた。

だが、ルマたちは貴族の令嬢ですでに親や家族が決めた将来の旦那がいるはずだ。

婚姻するその時まではルマたちといたいシフト()である。

今回も国王に謁見したら終わりかと思いきや、それだけでは終わらず他国の要人があつまり会議を開くそうだ。

そこに護衛として参加するようにグラントから勅命を受ける。

そのあとマーリィア主催のお茶会に参加するも護衛の件を説明して早々に席を立った。

ルマたちは悲しい顔をしたが国王から勅命ではさすがに口を出すわけにはいかないようだ。

要人を招いた晩餐会ではいつもと違い貴族たちはあまり喋らない。

下手に会話をして他国の要人を不快にさせたらそれこそ国際問題になるからだ。

それゆえにいつもはお喋りのナンゴーは黙っていた。

会場では人間族だけでなく、エルフ、ドワーフ、獣人、翼人と様々な種族が会場で宴を楽しんでいる。

シフト()としても何事もなく宴が終わることを切に願っていたが、トラブルというのは発生するものだ。

「キャァッ!!」

近くにいた獣人族の女性が誤って自分のドレスの裾を踏んでしまった。

「危ない!!」

シフト()は咄嗟に獣人族の女性に手を伸ばして腕を掴むと自分のほうへ引き寄せる。

「大丈夫ですか?」

「ア、アノ・・・アリガトウゴザイマス」

「お怪我がなくて良かったです」

シフト()は獣人族の女性から離れると一礼して元の場所へ戻ろうとする。

「マ、マッテクダサイ。 ア、アノオナマエハ?」

「名乗るほどの者ではありません」

「イエ、タスケテイタダイタノニレイヲイワナイノハシツレイニアタイシマス。 ワタシノナマエハタイミューデス」

シフト()としてはそのまま黙秘しようとしたが、相手が名乗った以上はこちらが名乗らないのは騎士道に反することだ。

「失礼しました、タイミュー様。 自分はシフトと申します」

「シフト・・・コヨイハワタシヲエスコートシテモラエマセンカ? ナニブンフナレナイショウヲキテイルモノデ・・・」

「申し訳ございません。 自分は今日ここの警備を任された者です。 勝手に持ち場を離れる訳には・・・」

「ソウナノデスカ? デモアナタハワタシガタオレソウナトコロヲモチバヲハナレテタスケテクレタデハナイデスカ?」

「たしかにそうなのですが・・・」

「どうした? 何か揉め事か?」

シフト()が困っていると横から軍服を着た翼人族の女性が声をかけてきた。

「こちらの御令嬢が転倒する前に助けたのですが、そのエスコートをしてもらえないかといわれまして・・・」

「ん? ああ、そうなのか・・・と、タイミュー王女殿下ではないですか。 お怪我はありませんか?」

「ダイジョウブデスヨ、イーウィムショウグン。 コチラノシフトサマニタスケテイタダキマシタノデ」

「そうですか、それは良かったです。 ところでなぜ君はエスコートを断ったのだ?」

「自分は警備兵です。 勝手に持ち場を離れる訳にはいきません」

「うむ、正論だな。 ならば私がそれを解決してやろう」

そういうとイーウィムはグラントのところまで行くとなにやら話をしていた。

グラントはシフト()を見ると大きく頷く。

話し終えるとイーウィムはシフト()とタイミューのところに戻ってくる。

「グラント国王陛下より許可をもらってきたぞ。 これで君は自由だ、さぁ私たちをエスコートしてくれ」

「え゛?」

「サスガイーウィムショウグン。 タノモシイデスワ」

「このぐらい造作もない。 それに宴を楽しまなければ損だしな」

こうしてシフト()はこのあとタイミューとイーウィムに振り回される。

因みにこの光景を5人の令嬢たちが黙って見ていた。


翌日───

午前中は国際会議の護衛として出席する。

原因はわからないが各国の要人たちは皆シフト()のほうをチラチラ見ていた。

正直居心地が悪い。

会議が無事終了するとシフト()は午後のお茶会へと参加する。

本来ならいつも笑顔なルマたちがなぜか悲しい顔をしていた。

「えっと、なぜみんな悲しい顔をしているんですか?」

「本気で言っているんですか?」

「鈍感」

「シフトは乙女心をわかってないな」

「そうだよ、このモヤモヤな気持ちを作ったくせに」

「罪深いお方ですわ」

ルマたちから非難の声が上がる。

「すみません、本当にわからないのですが?」

「獣王国の姫君に色目を使ったではありませんか!」

「あ゛!」

今の一言でシフト()がタイミューを助けたことを指していると悟った。

「違います! あれはタイミュー王女殿下が転びそうになったところを助けただけで・・・」

「それだけではなく、翼人族の将軍閣下とも仲が良かったじゃないですか!」

「う゛!」

どうやらルマたちは昨日のシフト()の行動を一挙手一投足まで見逃していなかった。

(これは何を言っても聞いてもらえない状況だな)

シフト()はあきらめると席を立ち一礼するとルマたちに声をかけた。

「自分の行動に不満があるようですね。 何を言っても無駄だと悟りました。 今日はもうこれで失礼します」

「あ・・・」

「どこへ」

「ま、まだ、話は終わって・・・」

「ちょ、ちょっと・・・」

「待ってください」

シフト()は振り返りもせずに部屋から出て行った。

王城を出たシフト()はザールの館に戻ろうか思案する。

令嬢たちのお茶会を半ば離席したのだ、ザールがいい顔するはずがない。

「どうしたものか・・・」

シフト()が途方に暮れていると王都内が喧噪となった。

「なんだ?」

すると王都中で魔獣たちが暴れていた。

「あれは魔獣?! それも1匹や2匹じゃない!」

シフト()はこちらに向かってくる魔獣を相手に素手で戦い始めた。

剣があれば急所を突いて倒せるが、いつも通り入城する前にザールの館に置いてきたのが仇となる。

それでも急所を素手で突いて1匹1匹確実に仕留めていく。

だが、魔獣はまだまだたくさんいる。

「これは・・・さすがにきついかもな」

シフト()は弱音を吐くが5人の令嬢を思い出すと顔を叩いて気を引き締める。

「残念だけど、僕はまだ死ねない。 さぁ、かかってくるがいい!!」

魔獣がシフト()に攻撃しようと前に出ようとすると後ろから声が聞こえた。

「ま、魔獣?!」

その声に聞き覚えがある。

シフト()は反射的に後ろを振り向くとそこにはルマたちがいた。

「! なぜここに! 早く逃げて!!」

シフト()が叫んだのと魔獣の1匹がルマたちに走り出したのは同時だった。

魔獣がルマたちに飛び掛かったその時、横から火球が飛んできて魔獣に直撃する。

「この王都で好きにはさせないぞ」

「おいおい、獣はこんなところにいちゃいけねぇぜ」

「私が神の鉄槌を下して差し上げます」

「くたばれ・・・」

「助太刀致す・・・」

そこにいたのはグラントが任命したあの『勇者』ライサンダー、『鉄壁』ヴォーガス、『聖女』ルース、『賢者』リーゼ、『剣聖』アーガスの5人だ。

彼らは武器を構えるとそれぞれ魔獣たちを標的にして行動を開始する。

ライサンダーの【雷魔法】が、ヴォーガスの剛腕が、ルースの【聖魔法】が、リーゼの【火魔法】が、アーガスの剣技が次々と魔獣たちを倒していく。

「シフト!」

後ろから声がしたので振り向くと、1人の騎士が剣を持って走ってきた。

「遅れてすまなかったね」

「フライハイト!」

剣を持ってきたのは王国で騎士をしていて、なぜか気が合う仲になったフライハイトだ。

「ほら、剣だ」

フライハイトはシフト()に剣を投げ渡す。

「助かった」

シフト()は受け取ると鞘から剣を抜いて構える。

フライハイトも剣を抜いて魔獣に立ち向かう。

シフト()はフライハイトやライサンダーたちと協力して魔獣たちを次々と撃破していくのであった。


2時間後───

シフト()たちは王都に現れた魔獣たちを1匹残らず殲滅させた。

「ふぅ・・・助かったよ、フライハイト」

「なぁに、いいってことよ」

シフト()とフライハイトはお互い笑顔で拳を合わせる。

ライサンダーたちがやってくる。

「2人とも逃げずによく戦った」

「そうそう雑魚のくせに頑張ったな。 ま、葬った数なら俺が1番だな」

「ええ、戦っただけでも賞賛に値します。 あと私が1番多かったに決まっているわ」

「逃げないだけでも評価する。 2人は調子に乗るな、1番はあたしだ」

「見事だった。 あと、あ奴らは放っておけ・・・見苦しい・・・」

ライサンダーたちの誉め言葉にシフト()とフライハイトは笑顔になる。

「シフト!」

後ろから声が聞こえる。

ルマたちが走ってきてシフト()に抱き着いてきた。

「良かった・・・本当に・・・」

「無事で何より」

「心配させるな」

「ハグしてくれないと許さないんだから」

「二度とわたくしにこんな思いをさせないでくださいまし」

ルマたちの目には光るものが見えた。

「えっと、ごめん」

「もう・・・もういいんです。 あなたが無事ならそれで・・・」

「僕が君たちをいつまでも守るよ」

シフト()はルマたちの目を見て宣言する。

『本当にそれでいいのか?』

シフト()は突然頭の中に響いた声に驚く。

(なんだ今のは?)

シフト()が疑念を感じると更に頭の中に声が響く。

『本当に(夢幻)の世界がいいのか?』

この声、どこかで聞いた気がする。

(一体何を言っているんだ?)

頭の中にノイズが走る。

小さいころに貧乏な家に住んでいたこと。

5歳のときに手に入れたスキルにより貴族に売られたこと。

10歳のときに勇者たちの荷物持ちになったこと。

11歳のときに勇者たちにより死にかけたこと。

ダンジョンの奥底で力をつけ、復讐を誓ったこと。

町の奴隷商でルマたちと出会ったこと。

復讐の1人である貴族を殺したこと。

生みの両親を殺したこと。

勇者たちの内の2人を殺したこと。

そして、いろんな人と出会い、別れていく。

(これは?! なんだこの()()は?! 僕はこれを知っている?!)

疑問を感じるとそれは語りだす

『それはお前が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ』

これが()()? だが、妙にしっくりくる。

(お前は何者だ?)

するとおかしく笑いながら質問に答える。

『僕か? 僕はお前だ。 正確に言えば僕はスキル(【ずらす】)そのものだ』

スキル(【ずらす】)・・・

シフト()の目が見開く。

(・・・そうだ、()()()()()。 記憶を失う前のことを!)

()()()()()()()()()()()()

目の前にいるルマが心配してシフトに話しかける。

「シフト?」

「すまない、ルマ。 君は僕の知っているルマじゃない。 ベルもローザもフェイもユールもだ」

「何を言っているの?」

「貴族令嬢のルマたちも素敵だけど、やっぱり僕の本当のルマたちには敵わないよ」

シフトはそれだけいうとルマたちから無理矢理離れる。

「偽りの世界よ! 消え去れ!!」

───シフトは強く願う、現実の世界を。

ピシッ!!

シフトが願うことで空間に亀裂が生じる。

「シフト! やめてっ!!」

ルマが止めにはいる。

───シフトは強く願う、ルマたちとの生活を。

ピシッ!! ピシッ!! ピシッ!!

空間の亀裂が蜘蛛の巣のように広がっていく。

「シフト! お願いっ! やめてっ!!」

ルマだけでなくベルもローザもフェイもユールも必死に止めにはいる。

───シフトは強く願う、ルマたちの笑顔を。

ピシッ!! ピシッ!! ピシッ!! ピシッ!! ピシッ!! ピシッ!! ピシッ!!

パリイイイイイイイイィィィィィィィーーーーーーーン!!!!!!!

鏡を床に叩きつけて割れたような、そんな音が空間に響き渡る。

強く願うことで偽りの夢幻世界が崩壊した。

(さらば、偽りの世界)

シフトは今、現実へと戻っていく・・・


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