194.夢幻 ~晩餐会からお茶会への誘い~
夜───
ザールの護衛としてシフトが同行することになった。
服装はそのままでいいと言われたので着替えずにそのままだ。
王城の広間に到着するとそこには大勢の王侯貴族とその護衛がいた。
正直、場違いである。
主であるザールがいなければ逃げ出したい気分だ。
広間にある玉座にはグラントが座っていた。
そこでは爵位が高い順からグラントに謁見する。
順番としては公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、騎士爵の順に挨拶していく。
ザールも辺境伯の1人なので順番は上のほうだ。
極北のヘルザードを治めるザールから始まり、極西のパーナップを治めるナンゴー辺境伯、極南のデューゼレルを治めるモター辺境伯と挨拶する。
最後に極東のモオウォークを治めるギューベ辺境伯が挨拶をするはずだったが、本人が所用により来れないので代わりにS級冒険者として名高いギルバートとその参謀であるサリアが挨拶した。
これには周りの多くの貴族たちがどよめく。
それもそのはず、ギルバートはグラントが認めた3人のSランク冒険者の1人だからだ。
「ザール様、あのお方強いですね」
「シフトは知らないだろうが彼・・・ギルバートは陛下がお認めになった3人のSランク冒険者の1人なのさ」
「そうなんですか・・・世の中、広いものですね」
「まったくだ」
ザールと話していると2人の貴族が話しかけてきた。
「おいおい、それはお前のところの護衛も同じじゃないのか?」
「そうだな、ルッティはどうした? あの年で引退か?」
2人の貴族はそれぞれ護衛を引き連れてやってくる。
「ナンゴーにモターか・・・彼は私の筆頭護衛でシフトという」
「シフトです」
「ほう、主と違って礼儀正しいな。 俺はナンゴーだ、よろしくな。 そして、こいつは俺の筆頭護衛でアルデーツだ」
「アルデーツです」
「私はモターだ、よろしく。 そして、彼女が私の筆頭護衛でメーズサンだ」
「メーズサンです」
シフトたちはそれぞれ挨拶した。
チラッと彼らの筆頭護衛を見る。
(この2人・・・強い)
アルデーツもメーズサンも強者の雰囲気を纏っていた。
そこにさらに2人が声をかけてくる。
「辺境伯様方、今晩は」
「お久しぶりです。 皆様」
そこにはギルバートとサリアがいる。
「おいおい、こんな場所にギルバートが来るとはな」
「主! その発言は失礼ですよ」
「お前は一々五月蠅いな、アルデーツ」
「それは主の言葉遣いが悪いからです」
ナンゴーとアルデーツが毒突きあっている。
「これはまたとんだ大物が現れたものだ」
「英雄であるギルバート様からお声をいただけるとは身に余る光栄です」
「違いない。 今日、この晩餐会に出席して正解だったな」
「ええ、わたしたちはとても幸運です」
モターとメーズサンは幸運を噛み締める。
「あははは・・・僕はそこまですごい人間ではないのだけれどね」
「あなたがすごくないと言ったらほかの誰がすごいのよ? ワイバーンを1人で・・・」
「ちょ、サリア!! その話をここでする?」
「あら、何か問題でも?」
サリアはギルバートに笑顔を見せるが目は笑っていない。
「皆様、個性的ですね」
「たしかにな」
シフトは何気なくほかの参加者を見るとそこには5人の美姫がいた。
1人は赤の髪と目の色でセミロングヘアの令嬢。
1人は紫の髪と目の色でミドルヘアの令嬢。
1人は青の髪と目の色でストレートヘアの令嬢。
1人は緑の髪と目の色でショートヘアの令嬢。
1人は黄の髪と目の色でロングヘアの令嬢。
彼女たちはそれぞれの髪の色と合わせたドレスを着ている。
「ん? どうした? 気になる女性でも見つけたかい?」
「いえ、そういうわけでは・・・」
ザールの言葉を否定しようとしたそのとき、場内に大きな音が響く。
パリイイイイイイイィィィィィィィーーーーーーーン!!!!!!!
何者かが窓ガラスを割って侵入してきた。
「「「「「「「「「「キャアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーッ!!!!!!!」」」」」」」」」」
「賊が現れたぞ!!」
「衛兵早く奴らを始末しろ!!」
貴族は逃げ惑い、衛兵たちが駆けつけて賊と交戦する。
アルデーツがナンゴーを、メーズサンがモターを、ギルバートがサリアをそれぞれ守りながら戦う。
シフトもザールを守るべく襲ってくる賊を素手で次々と倒していく。
「へぇ、やるなぁ」
「たしかに、あの若さで武器も持たずに相手をいなすとはな」
「末恐ろしい少年ですね」
「私の自慢の部下だ。 やらないぞ」
ザールたちが話していると先ほどの5人の美姫がドレスの裾を持ってこちらに走ってくる。
賊たちは彼女たちを後ろから剣で斬ろうとしていた。
「危ない!!」
シフトは思わず彼女たちと賊たちの間に割って入る。
ザシュッ!!
賊の剣の一撃を受けて額に傷を負う。
「くっ!! このっ!!」
シフトは痛みを堪えながら襲ってきた賊と戦った。
しばらくすると賊は全員捕縛して衛兵に連れていかれる。
「シフト! 大丈夫か?!」
「ええ、なんとか」
シフトは額を抑えながらザールに答える。
「怪我しているじゃないか! すぐに治療を・・・」
「お待ちになってください!」
それは5人の美姫が1人で黄の髪でロングヘアの令嬢だ。
「わたくしが傷を治しますわ」
そういうと彼女はシフトの額に手を当てて【回復魔法】を使用する。
すると額の痛みが引いていく。
「痛くない・・・ありがとうございます」
「あ、い、いえ、ごめんなさい。 わたくしの魔法ではこれが限界ですわ」
彼女は暗い顔でなぜか謝ってきた。
シフトは額を手で触るとそこには大きな傷跡がある。
どうやら彼女の魔法では痛みを取り除けても傷を完全に癒すことはできないようだ。
「何を言われるのですか。 私の部下を助けていただきありがとうございます」
ザールは彼女に礼を言う。
「僕からも改めてお礼を言わせてください。 ありがとうございます」
「い、いえ、礼を言うのはむしろわたくしですわ。 危うく賊に殺されそうになったのですから。 あの・・・」
「申し訳ないが彼を休ませたい。 話は後日にしてもらえないだろうか?」
「わ、わかりました」
5人の美姫はカーテシーをしてその場をあとにする。
賊の乱入により晩餐会はそのままお開きになった。
翌日───
ザールのところに国王からの使者が手紙を持ってやってきた。
すると険しい顔をしてシフトを呼んだ。
「シフト、礼服に着替えろ。 国王陛下より直々の招待だ」
「僕も随伴するのですか?」
「ああ、昨日の賊の討伐を労いたいそうだ」
シフトは額の傷跡を手で触る。
「この醜い傷跡を国王陛下に見せるのは失礼なような気がするのですが・・・」
「昨日も言ったが、国王陛下は寛大なお方だ。 見た目が変わったくらいで差別される方ではないさ」
「それならいいのですが・・・」
ザールとシフトは王城に出向き、グラントの謁見についても杞憂に終わる。
そのはずだったが・・・
「余はザールともう少し話したいことがある。 たしかシフトだったか? 外で待っててくれぬか?」
「はっ!! それでは失礼いたします」
シフトは一礼すると謁見の間を退出する。
通路に出てふと疑問が湧く。
(あれ? こういうときってどこで待つのが正しいの?)
外で待てというのは部屋の外で待てばいいのか、それとも城外で待つのがいいのかわからない。
ただの貴族の護衛が城内をうろうろするのはまずいだろう。
(こうなったら、恥を忍んで衛兵に聞くのが一番だな)
謁見の間の前にいる衛兵に聞こうとした時、通路から歩いてくる貴族の令息たちがこちらに歩いてくる。
年のころはシフトと同じくらいで彼らから声をかけてきた。
「おいおい、なんだ貴様は? ここは貴様のような下賤の民がなんでいるんだ?」
「そうだぞ。 ここは王侯貴族が入れる神聖な場所なんだ。 顔に傷がある醜いお前がいていい場所じゃないぞ」
「どこの貴族の護衛か知らないけど、さっさとここから出ていけ」
たしかに彼らの言う通りここにいても邪魔になるだけ。
シフトがその場を去ろうとしたその時、彼らが来たほうから女性の声が聞こえてきた。
「あなたたち! 私たちの恩人に失礼な言動は許せないわ」
「なんだと・・・あ、あなたは公爵令嬢?!」
そこには昨日の晩餐会でシフトが助けた5人の美姫がいた。
彼らは突然の出来事にしどろもどろになる。
「あの・・・えっと・・・そのですね・・・こ、この無礼者が先に喧嘩を売ってきたのです」
「そ、そうなんですよ」
「こ、こいつが加害者で、俺たちが被害者なんですよ」
どうやら責任をシフトに押し付けるつもりだ。
彼らの顔を立てて話を合わせるべきか考えるよりも早く令嬢が衛兵に質問した。
「この男たちが話した内容は本当ですか?」
「いえ、違います。 先に手出ししたのはそこの貴族の子息たちです」
「だ、騙されてはいけません! この衛兵もグルです!」
横槍を入れられたことに令嬢たちは不機嫌になる。
「黙りなさい! 私は彼らと話しているのです! あなたたちには聞いておりません!!」
そこに謁見の間からザールが出てくる。
「待たせたな・・・ってどうしたんだ?」
彼らは自分たちの親よりも爵位の高い人物が出てきて顔が蒼褪めた。
「え? あ、あなたはザール辺境伯?」
「な、なぜここに?」
「国王陛下に呼ばれたから来たに決まっているだろ。 それよりも私の部下が何かしたのか?」
「あ、いえ、それは、その・・・こ、この傷の男はこの場には相応しくないと思います」
それを聞いた令嬢たちとザールが激怒した。
「あの傷は私たちを助けるためにできた傷なのよ! それを・・・あなたたちに彼と同じ行動ができるの?! 命を賭けて守ろうとする気概がない者に彼を罵倒する権利はないわ!!」
「その通りだな。 部下の傷は人を助けるために負った傷だ。 文句があるなら上司である私が聞こうじゃないか」
彼らの顔色が蒼から白へと変色していく。
もはや何を言っても自分たちの首を絞めるだけである。
「とりあえず、今この場で起きたことをそこにおられる国王陛下に報告する。 虚偽は許さない」
それからシフトたちはもう1度謁見の間に入室して通路でのトラブルを報告する。
決め手となったのはグラントが任命した衛兵の言葉だ。
さすがにグラントが信頼して任命した者を悪者扱いしたのはまずかったのだろう。
額にうっすらと青筋を立てている。
処罰としては彼らの親に事の顛末を伝えるだけに留めた。
彼らの親も国王からの手紙でこのことを知ったら卒倒するだろう。
もしかすると勘当されるかもしれないがそれは自業自得だ。
報告が終わり、これで帰れると思ったら令嬢たちから声をかけられた。
「シフト様、私たちマーリィア王女殿下からお茶会に誘われてますの。 もしよろしければこれからお茶会に参加しませんか?」




