17.湯浴み
太陽が西の地平線に触れるころ。
『猫の憩い亭』に戻るとシフトは受付に歩いていく。
カウンターへと足を運ぶと受付嬢の明るい声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ、お客様どうされました?」
「金貨を銀貨に両替したい」
シフトは革袋から金貨を2枚出すとカウンターへ置いた。
「畏まりました。 この額ですと手数料で銀貨1枚いただきますがよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「それでは少々お待ちください」
必要経費とはいえ出費しすぎたな・・・
宿代に金貨1枚、ルマたちの購入に金貨11枚、衣類の購入に金貨1枚、残りの金貨は4枚。
(うん、使い過ぎ)
そんなことを考えていると受付嬢から声を掛けられる。
「こちら金貨2枚分で銀貨200枚、そこから手数料を引いた銀貨199枚です」
「ありがとう、助かるよ」
革袋から銀貨10枚を取り出して受付嬢に渡す。
すると受付嬢も一礼して銀貨を受け取った。
部屋に戻ると4人とも各々寛いでいた。
ユールも空いている席に腰をかけて寛ぎはじめる。
シフトは部屋に備え付けてある呼鈴を鳴らすと少ししてから少女が現れた。
「失礼します。 何か御用でしょうか?」
「食事を頼みたい。 それと湯浴みをしたいので用意できるかな?」
「先に湯浴みでしょうか? それともお食事で?」
「湯浴みで」
「畏まりました。 すぐに担当を手配します」
少女が出ていくとシフトも疲れたのか部屋の椅子に腰を下ろす。
「みんな、その状態でいいから聞いてくれ。 湯浴みを頼んだから用意ができたらみんなで入ってくれ」
主人より前に奴隷が入るのは問題だと思いルマが進言する。
「湯浴みならご主人様が最初に・・・」
「まずは君たちに入ってもらいたくてね。 男である僕はあとでもいいから」
「しかし・・・」
「いいからいいから・・・これは命令だよ」
「・・・畏まりました」
程なくして部屋にノックする音が聞こえると扉を開けてシフトたちより少し年上の女性が入ってきた。
「失礼します。 これから湯浴みの用意をさせていただきます」
女性は部屋の風呂場に行くと【水魔法】を発動させ、3~4人は余裕で入れそうな浴槽に水を注ぎ始める。
時間にして1分、あっという間に浴槽は水で満たされた。
続いて【光魔法】を発動させて水を温め始めた。
時間にして3分、水から湯気が立ち昇っていた。
準備が終わると女性はシフトたちに声をかけてきた。
「お客様、湯浴みの準備が整いました」
女性は用件だけ言うと風呂場に戻っていった。
入る順番は最初にベル・ローザ・フェイ、次にルマ・ユール、最後にシフトである。
1チーム20分単位で入浴することにした。
最初にお風呂を体験したベル、ローザ、フェイたちは、
「・・・お風呂、気持ちよかった・・・」
「垢すりなるものを体験したら身体が軽くなったな」
「疲れが一気に吹き飛んだ感じだね」
それぞれご満悦のようだ。
続いてルマ、ユールたちは、
「良いお湯でした」
「教会でもお湯は貴重でしたからこんな贅沢ができるとは思いませんでした」
こちらもご満悦のようだ。
最後にシフトが風呂場に向かう。
すると入口に先ほどの女性が裸で立っていた。
下半身は手で隠しているが、上半身が・・・このままではまずいとおもい声をかける。
「あ、外で待ってていただければ・・・」
「いえ、お客様が快適に寛いでいただくためのサービスです」
女性も仕事と割り切っているのか気にした様子もなかった。
(彼女の不利益になることはしたくないし・・・仕方ないか・・・)
シフトは諦めて全裸になると浴室へ移動する。
「ではこちらに座ってください」
シフトは女性の言われるがままに座椅子に腰を下ろす。
すると女性はシフトに湯を丁寧にかける。
そのあと濡れた垢すり石で身体を擦っていく。
擦れば擦るほどシフトの身体から垢が出てくる。
「お客様もお嬢様方と同じお疲れのご様子。 お身体はいかがですか?」
「こんなに汚れてたのか・・・すみません。 こんなことしてもらって・・・」
「いえ、これが仕事ですのでお気遣いなく」
5分間かけて身体中を擦ってもらったあと、湯をかけて全身の垢を流し落とす。
「あとはゆっくりと湯船に浸かって身体を癒してください」
浴槽に入ると適温なお湯が心地よく身体に染み渡る。
(ああ、気持ちいい・・・ずっと入っていたい)
湯船に浸ること10分。
「・・・ああ・・・湯浴み、すごく気持ちがいいですね・・・」
「ありがとうございます。 ですがお客様、長湯は危険です。 そろそろお出になったほうがいいでしょう」
「そうですね。 それじゃあでますか」
名残惜しいが湯船から出ると身体を拭いて服を身に着けた。
湯浴みの後処理を終えた女性に革袋から銀貨10枚を取り出して渡す。
女性はお金を受け取ると一礼して部屋を退出した。
シフトは椅子に座ると頬を緩めた。
「ふう、気持ちよかった」
なぜか不機嫌な顔のルマが正面の椅子に座った。
「ご主人様、先ほどの女性の裸見ましたよね?」
ルマは笑顔であるが目が笑ってない。
「ど、どうしたんだよ? 急に・・・」
「見・ま・し・た・よ・ね?」
「・・・し、仕方がないだろ? まさか裸で立っているとは思わなかったんだから・・・」
「・・・ご主人様は先ほどの女性が好みなんですか?」
考えてみる・・・見た目は確かに可愛いが、あれは営業スマイルだろう。
ルマは寂しそうな顔でこちらを見ている。
「・・・好き嫌いでいったら好きだ。 だけどそれと愛情は同じかといえば違う。 彼女に関してはまだ恋愛感情を抱くほど好きにはなっていない」
「・・・」
「・・・ルマ、あれは彼女の仕事なんだ。 彼女はこれで生計を立てているんだ。 君は彼女の人生を潰す気か?」
「・・・すみません・・・ご主人様が先ほどの女性に取られると思ったら・・・苦しくて切なくて・・・やるせない気持ちになって・・・」
「・・・」
「・・・私、醜いですよね・・・嫉妬深くて独占欲丸出しで・・・全身火傷負って自暴自棄になったときよりももっと酷くなってる」
どう答えようか考えようとしたとき、部屋にノックする音が聞こえると扉を開けて少女と5人の女性が料理を持って入ってきた。
「失礼します。 お食事をお持ちしました」
女性たちは席を整えると手際よく配膳していく。
「おかわりが必要であればお申し付けください」
「ありがとう。 では、早速いただこう。 ほらみんなも食べよう」
シフトは先陣を切って食事に手を出した。
ああ、久しぶりの人間の手料理だ。
「うん、美味しい」
鶏肉の香草焼きはハーブが効いてて美味しいな。
野菜たっぷりのスープもパンも美味いな。
ダンジョンではダーク・ベアーとダーク・ウルフの肉しか食べてなかったからなぁ・・・
水の代わりは各種ポーションだったけど・・・
あれでも普通に美味しいけどやっぱり一手間かけると全然違うな・・・
シフトが一口食べたことを確認するとルマたちも食べ始めた。
「「「「「・・・」」」」」
ルマたちは目を輝かせると無言で次々と平らげていく。
しばらくするとみんなで料理が美味しいことを口にしていく。
20分後───
「ありがとう、美味しかったよ」
食事を終えると労いの言葉と共に1人銀貨10枚を渡した。
この部屋を担当している少女もお零れを貰おうとしたが・・・
「・・・君はたしか昼間・・・」
「・・・ああぁ、私まだ仕事があるんでした」
少女は慌てて部屋を出ていく。
(あの少女、昼間の衣類購入のお釣りで絶対銀貨10枚以上を懐に入れてるな・・・)
余ったお金は懐にいれても構わないといったのはシフトなので問題はないがちょっと呆れてしまった。