173.狩場での争い
シフトたちが長老の家を出ると広場には狩りから帰ってきた多くの男性巨人がいた。
「あーあ、今日は獲物が取れなかったな」
「そうだな、この頃魔物が少ないよな」
「このところ、1つ目のところと取り合いになってるしな」
男性巨人たちのやり取りを聞きながら歩いていると、先ほどの女性巨人たちがシフトたちを見つけてやってくる。
「あ! やっと出てきた!」
「もう、待ちくたびれたわ!」
「ほら、お姉さんたちと話をしましょう!」
女性巨人の1人がシフトを捕まえると両脇に手を入れて持ち上げた。
「え?!」
「わぁ~、可愛い♡」
「ちょっと、私にも抱かせてよ!」
「私も!」
シフトが玩具にされているとルマたちが抗議する。
「ちょっと、ご主人様になんてことするんですか!」
「放せ!」
「それ以上、ご主人様に何かするなら武力で訴えるぞ!」
「ちょっと胸がでかいからって調子に乗るな!」
「わたくしたちを見た目で判断すると痛い目にあいますわよ!」
しかし、女性巨人たちはルマたちの抗議を耳にも入れずにシフトを見ては遊んでいた。
シフトとしてもこのままでは次に何をされるのかわからないので、手から抜け出してルマたちを見ると【空間転移】を発動してその場を脱出する。
突然手の中からシフトがいなくなった女性巨人たちはあまりのことに驚いて周りを見渡すと下にいることに気付いた。
「え?! いつの間に?!」
「全然見えなかった」
「どうやったの?」
転移を使ったことにより余計にシフトに興味を持ってしまった女性巨人たちだが、それよりも早くシフトが上を向いて口を開く。
「悪いが今からこの集落の長老の依頼で調査に出るところだから」
「ええぇ・・・」
「そんなの放っておけばいいのに」
「そうよ~」
女性巨人たちは文句を言うが次の一言で態度が変わる。
「このまま放置すればこの集落に危機が迫ると長老が言っていたんだ。 それでもいいのか?」
「それは・・・」
「困るわね」
「長老の邪魔をしたらあとで怒られるものね」
女性巨人たちは仕方ないとシフトたちを解放すると去っていった。
ルマが心配そうに声をかけてくる。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「ああ、別に問題ない」
「そうですか・・・ところで見ましたよね?」
ルマが冷たい視線で見てくる。
シフトとしても上を向いたら見えたのだ。
そもそも巨人族は体格から下着を身に着けるという習慣がないのだから仕方のないことだろう。
仮に習慣があったとしてもどこからそれを調達するかが問題である。
「えっと・・・」
「もう、ご主人様ったら! 私たちがいるのに!!」
「ご、ごめん・・・」
そんな不毛なやり取りをしているとラムラの父親であるロローが歩いてくる。
「少年、これから島を案内する。 いくつかの狩場もだ」
「わかりました。 早速出かけましょう」
シフトが承諾するとロローが歩き出そうとするが、そこにラムラとその兄ヨヨソがやってくる。
「父ちゃん、僕も行くよ」
「とーと、らーも」
「危ないからお前たちはここで留守番してなさい」
「えー」
「僕だって父ちゃんの役に立つはずだ」
「ダメだ! 狩りをするにはまだ幼すぎる。 あまり父親を困らすんじゃない!」
「・・・はい」
「ぶー」
2人は不満な顔をしているがロローの怒りを買いたくないのか渋々引き下がる。
「待たせたな、それでは案内する」
ロローが歩き出すとシフトたちもそれについて歩き出した。
サイクロプスと巨人族はお互いに土地と狩場を設け、それに対して不干渉が暗黙のルールだ。
それを破ったからといって厳しい罰があるわけではなく謝罪して終わりである。
だが、それはあくまでも魔獣が多く出現すればの話だ。
今回のように何かの影響で魔獣が激減すると話は変わってくる。
サイクロプスと巨人族もこの島では多いほうだ。
昔から仲が良かったため共同生活するのが当たり前になっていた。
しかし、何かしら問題が発生すれば自分の種族を一番に考えるのは当たり前のことである。
それはサイクロプスや巨人族だけでなく、人間族を始めとしてエルフ族、ドワーフ族、獣人族、海人族、翼人族、亜人種族等々、すべての人類種にいえるのだから・・・
シフトたちはロローの案内でまずは狩場に行くと、そこではサイクロプスと巨人族が獲物を取り合っていた。
本来ならお互いに狩場を干渉しないのだが、あまりにも獲物が少ないからか領域を越えて狩りをしている。
「おい、これは俺たちの領域の獲物だぞ!」
「バカ言うな! 俺たちの領域から逃げてきた獲物を狩って何が悪い!」
どうやら巨人族が狙っていた獲物をサイクロプスが領域に足を踏み込み手に入れたようだ。
サイクロプスと巨人族が睨みあっていて一触即発の状態だ。
お互いが襲い掛かろうとしたその時、茂みから新たな獲物が現れた。
「ちっ! 命拾いしたな!」
巨人族はそれだけ言うと獲物を捕まえるべく動き出し、サイクロプスは手に持っている獲物を持ってその場を立ち去った。
しばらくして巨人族は無事に獲物を捕まえることができて満足してその場を去っていく。
一部始終を見ていたシフトたちは口を開いた。
「これは思ったより深刻だな」
「そのようですね」
「あれじゃ足りない」
「ああ、集落の人数を考えると獲物が少なすぎるな」
「争いになる訳だね」
「長老が言ったように死活問題ですわ」
そんな話をしていると後ろから悲鳴が聞こえてきた。
「わあああああぁーーーーーっ!!」
「にーに! たすけて!!」
シフトたちが後ろを振り向くとそこにはラムラとヨヨソが魔獣に狙われていた。
「あれは?!」
「まずいぞ! みんな、助けるぞ!!」
魔獣がラムラたちを襲う。
ラムラたちは恐怖からかお互いに抱き合って目を閉じてしまう。
シフトは【空間転移】を発動するとラムラたちのところに転移してからその場で振り向く。
魔獣が口を開けて飛び掛かってきていたので、シフトは右腕を前に突き出すと魔獣に思い切り噛まれた。
「ちっ! 大人しくしていろ!!」
シフトは左手で魔獣の右頬を手加減せずに素早く殴った。
その攻撃をもろに食らった魔獣は見事な放物線を描いて地面に倒れ伏した。
「・・・」
魔獣はその場でピクピクと身体を痙攣させていると動きが止まり、そのまま力尽きた。
シフトは魔獣に近づくと死んでいることを確認する。
その頃、自分たちが未だに襲われないことに疑問を持ったラムラたちは目を開けると、そこには先ほど襲った魔獣が倒れていた。
「な、なにがあったんだ?」
「にーに? どうなったの?」
「わからない。 もしかするとあの少年が助けてくれたのか?」
それを聞いたラムラはシフトを見て目を輝かせた。
「こら! 2人とも! なぜついてきた!!」
ロローがラムラたちを一喝した。
「父ちゃん、ごめん」
「ごめんなさい」
ラムラたちは目に涙を浮かべてロローに謝った。
するとロローは片膝をついてラムラたちを引き寄せて抱きしめる。
「あまり親に心配させないでくれ。 お前たちがいなくなったら父さんや母さんが悲しむんだぞ」
ラムラたちは安心したのかロローにしがみつくとその場で泣きだした。
ロローが宥めているとシフトたちがやってくる。
「少年、息子と娘を助けてくれたこと礼を言う」
「怪我がなくてよかったです」
「腕は大丈夫か?」
「ええ、この程度の攻撃ではダメージにすらならないので問題ないですよ」
シフトは噛まれた右腕を見せる。
布には歯形はあれど血がついていない。
それを見聞きしたロローは目を見開いた。
「我々でも噛まれればそこから血がでるのに、どういう身体をしているんだ?」
「えっと・・き、鍛えた結果です」
「正直言ってとても強そうには見えないんだがな・・・」
「よく言われますよ」
ロローの質問にシフトは首を竦めて答える。
「それよりも2人をどうしますか? このまま2人だけを集落に帰せば先ほどみたいに魔獣が襲ってくるかもしれませんよ?」
「そうだな・・・連れていくしかあるまい。 少年たちよ、2人を守ってはくれないだろうか?」
シフトはルマたちを見ると首を縦に振る。
「わかりました。 2人の護衛は任せてください」
「やったぁ!」
「わーい!」
ラムラたちは一緒に行けることに喜んだが、そこでロローから釘を刺される。
「少年、ありがとう。 2人ともこの少年たちの言うことをよく聞くんだぞ。 もし聞けないのであれば父さんが集落まで連れ戻すからな」
「は、はーい」
「う、うん」
「それでは案内の続きをお願いします」
「ああ、任されたぞ」
シフトたちはロローの案内でさらに奥へと進むのだった。




