172.巨人族
巨人の集落に到着すると女性の巨人たちが話をしている。
女性たちはその体格からか見た目は隠すところは隠しているが下から見ると下着は身に着けていない。
「ご主人様、上を向いてはダメですからね」
ルマが普通の声で釘を刺す。
嫉妬しているときの声よりも怖い。
シフトとしてはルマたち一筋だが、見れるなら見たいというのは男の性だろう。
「あら、あなた、おかえり。 どうしたの?」
女性陣たちの中から1人の女性がラムラを肩に乗せた巨人ロローに声をかける。
どうやらロローの奥さんらしい。
「ただいま。 これから長老のところに客人を連れて行くところだ」
「客人?」
女性が周りを見るとシフトたちに気付く。
「あら、こんなところに幼子が?」
「こら、失礼だぞ。 その者の種族ではそれなりの年齢なんだからな」
「そうだったの? うちの娘と同じくらいなのにね。 ロローの妻でムゥーラよ。 よろしく」
ムゥーラがしゃがんでシフトたちを見る。
すると当然のように腰布の中身が見えるわけで・・・
「ご主人様、目の前を見てはダメですよ」
「目を瞑る」
「女性のほうからとはいえ見るのは失礼だぞ」
「見るならぼくのを見せてあげるから」
「とりあえず顔を背けてくださいな」
ルマたちから不満な声が聞こえてくる。
ローザがシフトの目を手で隠す。
今回は何もしてないのに理不尽だ。
(まぁ、みんなが不満を口にするのも理解できるけどね)
ムゥーラとしては悪気はないのだろうが、その行動がルマたちの不満を募らせている。
「あら、うちの娘と違って言葉をしっかり話すのね」
「なになに? 面白いことでもあったの?」
「わぁ、可愛い♡」
「どこで拾ってきたの?」
先ほどまで話していた女性たちがシフトたちを囲むとその場にしゃがみこんで見てきた。
もちろん、しゃがみこんだ女性たちも下着を身に着けていないので・・・
「もう! ご主人様! 見たらダメなんですからね!!」
ルマが激怒する。
当のシフトはというとローザに目を隠されているので見えていない。
(いや、見てないよ? というか見えてないよ?)
ここで何を言ってもルマたちの機嫌を損ねるだけなので黙秘することにした。
そこでロローが助け舟を出す。
「こらこら、これから長老のところに行くんだから邪魔をしないでくれ」
「ええー、少しくらい別にいいじゃない」
「そうよそうよ」
「減るもんじゃないし」
「とにかく用件だけでも長老に伝えたいから」
そういうとロローが手で追い払う動作をする。
「はぁ、仕方ないわね」
「それじゃ、あとで紹介してよ」
「またね♡」
女性たちは立ち上がって離れると違うところに集まって談笑を再開した。
「もう! ご主人様の節操なし!!」
ルマの機嫌がすごく悪い。
それはルマだけでなくベルたちもそうだ。
その証拠にシフトの目を隠しているローザの手の握力が尋常じゃない。
(ローザさん、目が・・・顔が痛いです)
本当なら訴えたいがそれによりさらに機嫌が悪くなるかもしれないので黙っている。
「すまない、まさかこんなことになるとは・・・」
「気にしないでください。 さっさと行きましょう」
ロローの謝罪にルマが答える。
「うむ、そうだな」
それだけ言うとロローが歩き出し、それにシフトたちが続く。
しばらく歩くと1軒のとても大きな家に到着する。
「長老いるか? 客人を連れてきた」
「ん? なんだお前か・・・それで客人はどこだ?」
長老と呼ばれた年老いた巨人は辺りを見渡す。
「どこにもいないではないか?」
「長老、足元にいるぞ」
長老は足元を見るとそこにはシフトたちがいた。
「む? 見たことがないな・・・どこの幼子だ?」
「長老、この者たちは人間族という種族だ。 娘と同じかそれよりも少し大きいくらいしか背がないそうだ。 そこにいる少年はこれでも13歳らしい」
「ほう・・・幼子と同じくらいしか背がない種族とな? これは失礼をしたな。 ようこそ巨人族の集落へ。 わしはジャイムだ」
「初めまして、人間族のシフトと申します。 実は火の精霊の助力で人がいるところに転送されたのですが、どうやら人は人でも巨人族であるあなたたちの島に送られてしまったのです」
「おお、流暢に喋りおる・・・おっとすまない。 その火の精霊というのは知らないが、この島に送られてきたということだな? ふむ、道理で見たことがない訳だ」
「長老にお尋ねしたいのですがガイアール王国という大陸をご存じないでしょうか?」
シフトの質問にジャイムは目を閉じて考え込むと少ししてから口にする。
「ガイアール王国・・・聞いたことがない国だのぅ」
ジャイムでもガイアール王国を知らないようだ。
「そうですか・・・困ったな・・・」
「まぁ、そう落ち込むな。 落ち込めばその分だけ希望が遠のいていくぞ?」
ジャイムが気の利いたことを言って場を和ませる。
「そうですね・・・ここで落ち込んでいても前に進めないですよね」
「かっかっか、その通りじゃ。 それよりもわしは人間族という種族に興味がある。 もし良ければ話してはくれまいか?」
「良いですよ。 人間族ですが・・・」
シフトはジャイムに人間族がどのようなモノか、そして、どのように生活しているのかを話した。
「ふむ、なるほどな・・・人間族というのはわしらよりも遥かに進んだ文明を築いておるのだな」
「とーと、すごいの?」
「ああ、彼ら人間族は我々の先を行く者たちのようだな」
「へえー」
ジャイムとロローはシフトたちの文明に驚愕するが、ラムラはピンとこないのか興味がないようだ。
「僕たちはガイアール王国に戻らないといけないんですけど、この島がどこにあるのか教えてくれませんか?」
「うむ、すまぬな少年よ。 この島についてはわしも知らぬのだ。 先祖代々ここで暮らしてきた。 退屈を嫌う若者はここから出ようとしたが皆帰らぬ者となった」
「そうですか・・・」
どうやらこの島にいる人に聞いても有益な情報を得られないようだ。
こうなったら上空からこの島や周りの情報を得るしかないとシフトは考える。
そんなとき家に突然誰かが訪れた。
「よう、2つ目の邪魔するぜ」
入ってきたのは普通の顔と違い2つあるはずの目が1つしかない巨人だ。
「うむ、1つ目か・・・今客人と話しているのだがな」
「客? どこだ?」
1つ目の巨人は家をキョロキョロ見渡す。
「下じゃ下」
「うん?」
視線が下に向くとシフトたちを捉える。
「ほう、珍しい子供だな」
「見た目は幼子だが人間族というらしい。 それなりの歳だそうだ」
「ふむふむ、見た目は2つ目のところの子供と大したことがないが、見たことがない物ばかりを身に着けている」
その1つ目で珍しそうにジロジロ見ている。
「俺はギガンティーだ」
「シフトです」
シフトとギガンティーはそれぞれ名乗りあった。
「それよりも1つ目よ、何かあったのか?」
「まぁ、あったといえばあったのだがな・・・この頃、魔獣の出現が悪い」
「魔獣が? それは死活問題じゃのぅ」
「だろ? で、お前の知識を借りたい」
「ふむ・・・」
ジャイムは目を閉じて考えている。
シフトは1つ目の巨人に聞いてみる。
「すまない、質問してもいいか? あなたの種族は?」
「種族? ああ、俺たち1つ目はサイクロプスと呼ばれている」
ギガンティーは律儀に教えてくれる。
「もう1つ質問してもいいか? なぜ魔獣がいないと死活問題になるんだ?」
「ああ、それはだな、俺たちの食糧がその魔獣たちの肉で補っているからさ。 ほかにも海の巨大な生物とかも食料として重宝している」
「野菜、果物、木の実では腹を満たせないということですね」
「そういうことだ。 子供たちならともかく大人では一時しのぎにしかならない。 場合によっては血の涙を飲まざるを得ないだろう」
ギガンティーの言葉には食い扶持を減らすために誰かが犠牲になるということと、その犠牲者の血肉を糧にすることの2つの意味を持っている。
「原因については俺の配下の連中に探らせているが今のところこれといった成果はない」
「その原因を解消すれば今まで通りに暮らせると?」
「その通りだ。 ただ万が一のことを考えて2つ目に相談しに来たのさ」
原因を取り除けない場合の対処法としては4つ考えられる。
1.お互いの部族の食い扶持を減らす
2.お互いの部族を賭けた戦いをする
3.若者を島から逃がす
4.老害を島から排除する
1はお互いに犠牲を出してでも生き残ろうという決意を感じる。
2はどちらかの種族を滅ぼしてその血肉を糧に生き抜くことだ。
3はまだ若い者たちを島から脱出させて新大陸で生きてほしいと送り出す。
4は逆に指導者以外のある程度の年齢を過ぎた者たちを島から追い出してしまう。
一番良いのは原因を取り除くことだが、今まで魔獣がいたのに数が減少するきっかけがあるはずだ。
しばらくするとジャイムが目を開ける。
「1つ目の・・・お前はどうするつもりじゃ?」
「俺の答えはこの島で生き残ることを選択する」
「なるほどのぅ・・・ならわしらもこの島で生き残ることだのぅ」
2人の出した答えはお互いの部族を賭けて戦うということだが、それは今ではない。
いずれ来るであろう未来のことだ。
ロローはそのやり取りを冷や汗をかきながら見守り、幼いラムラの頭の中には『?』が浮かんでいた。
「2つ目の、お前の意見は理解した。 邪魔したな」
ギガンティーは家から出ていこうとするが、その背中にジャイムが声をかける。
「凄惨な未来にはしたくないのぅ」
動きを止めたギガンティーが数瞬あとに返事をする。
「・・・ああ、そうだな」
それだけ答えると家から出ていった。
サイクロプスとてできれば巨人族と手を取り合ってこれまで通りに暮らしていきたいと願っている。
だが、いずれ来る食糧危機に対して非情にならなければならない。
ジャイムがシフトに向き直る。
「すまないな、客人よ。 見苦しいところを見せた」
「いえ、僕たちも同じような危機を見たことがありますので」
シフトたちはつい先日の亜人種たちのことを思い出す。
死に行く大地の中、亜人種たちは共存しながら生きていた。
結果としてはシフトたちの活躍により食糧難を辛うじて乗り越えられたが・・・
「客人よ。 そなたたちにお願いがあるのじゃが、今回の異変について一緒に調べてほしいのじゃ」
「異変を?」
「わしらも1つ目も調べて解決できるならしたいが、万が一にもわしらではどうしようもないことが発生した場合に力を借りたいのじゃ」
シフトは考える。
できればさっさと島を出てガイアール王国に戻って『勇者』ライサンダーたちの行方を捜したいと。
その時、ラムラの声が聞こえた。
「とーと、いたいの?」
「なんでもない・・・なんでもないんだ」
心配そうにロローを見るラムラ。
ロローがラムラを愛おしそうに抱きしめると涙を流していた。
先ほどの話を聞いて近い未来に家族と離れ離れになるのを想像してしまったのだろう。
(はぁ・・・このまま見過ごすわけにはいかないか・・・)
シフトはルマたちを見た。
「みんな、少しの間この島に留まるからね」
「「「「「畏まりました、ご主人様」」」」」
ルマたちはシフトならそういうだろうと確信していたのか満面の笑みで応える。
「長老、その異変の調査を手伝うよ」
「おお、ありがとう。 客人よ、感謝する」
「礼はすべてを解決できたあとで受け取るよ」
ジャイムはシフトに対して深く一礼するのであった。




