158.今更気付いてももう遅い?
生存は報告しておくか。
「おーい! みんな! 僕は無事だよ!!」
シフトはルマたちがいるほうへ大声で叫んだ。
しばらくすると小さいがルマたちの声が聞こえてくる。
『ご主人様、今そちらに行きます』
『今行く』
『無事で良かったぞ』
『心配させすぎ』
『すぐに向かいますわ』
ルマたちは急いでこちらに来るだろうが、湖に落ちたら大変だ。
「みんな! そこで待ってて! 僕のほうからそっちに行くよ!」
シフトはそれだけ言うと継続中の【念動力】で巨大生物の死骸を少しずつ下へと動かすようイメージした。
天井に張り付いていた状態から少しずつ離れていき、水面から50~60センチくらいのところまで降りるとユールの【光魔法】が見えるほうへと移動させる。
しばらくそのままの状態で移動していると段々と発光玉が大きくなっていく。
「おーい! みんな!」
移動しながらシフトは叫んだ。
すると接近してきたのがわかったのかルマたちも声を上げた。
「ご主人様! こちらです!」
「ここ!」
「こっちだぞ!」
「早くぼくの胸の中に戻ってきて!」
「こっちですわ!」
1人だけ意味不明なことを口走っている。
いつものことなので気にしないでおこう。
シフトが移動していると、足元はすでにルマの作り出した氷があるので湖に落ちる心配はもうない。
肉眼でもルマたちがはっきりとわかるところまで戻ってきた。
ルマたちから一定の距離を取ったうえで移動を停止する。
「ただいま!!」
「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様!!」」」」」
「みんな、迷惑をかけた。 すまない」
するとベルが声をかけてきた。
「ご主人様、ごめんなさい。 ベルがあんなところにいなければ・・・」
「ベル、気にするな。 僕はベルやみんなが無事でいてくれて本当に良かった」
「ご主人様・・・ぅぅ・・・わあああああぁ・・・ああぁ・・・」
ベルはその場で泣き出してしまった。
するとベルだけでなくルマたちまでも堰を切ったように泣いてしまう。
「ご主人様~、本当に・・・本当に生きていてよかったです」
「本当に心配したんだからな」
「ぐすっ、ぼくを置いて先に逝くなんて許さないんだから」
「約束を守らないうちにわたくしからいなくならないで」
シフトはルマたちが泣き止むまで待つことにした。
落ち着いたところでルマたちはシフトの上方にある巨大生物の死骸を見る。
「ご主人様、それが私たちを襲ってきたモノですか?」
「でかい」
「地上ならともかく水中では手も足も出ないな」
「これ、どうやって倒したの?」
「目の前で見るとその存在に圧倒されますわ」
「もう、これは死んでいるから大丈夫だよ」
シフトは【念動力】を解除すると右手に巨大生物の重さがもろに圧し掛かり、重力に従いそのまま氷の上に着地する。
だが、あまりの重さに氷が沈んでいく。
「きゃぁっ!」
「わぁっ!」
「えぇっ!」
「ちょっ!」
「いやぁっ!」
シフトは氷が沈むとは思わず慌てて【空間収納】を発動すると巨大生物の死骸を空間にしまう。
すると重さがなくなって今度は氷が浮く。
「ふうぅ・・・驚かさないでください」
「びっくりした」
「危うく湖に放り込まれるかと思ったよ」
「脅かさないでよ」
「助かりましたわ」
「ご、ごめん、ごめん。 まさか足元が沈むとは思わなかったから」
シフトは空間を閉じるとナイフを鞘に収めながらとりあえずルマたちに謝った。
「イレギュラーなこともあったけど、この地底湖をさっさと抜けよう。 また、さっきのような巨大生物が出てくるとも限らない」
「そうですね・・・ご主人様、1つ質問してもよろしいですか?」
「なんだい、ルマ?」
「ここまではどのようにして戻ってきたのですか?」
「巨大生物の死骸を使って移動してきたんだけど、それがどうしたんだ?」
「それならこの氷を動かすことはできませんか? 足元を凍らせて移動するよりもそちらのほうが効率がいいような気がしたので・・・」
ルマの一言にシフトは雷に打たれた。
「ああ・・・そういう手もあったか・・・考えが思いつかなかった、すまない」
「あ、いえ、その、ご、ご主人様が考えた方法も素晴らしいと思います」
ショックを受けてるシフトをなんとかしようとルマが励ます。
「いや、その考えまでに至らなかった僕が悪いかな。 もし、最初に思いついていればみんなを心配させずにすんだんだから」
「私もこの氷が沈んだ時に思いついたので、すぐに提案できなくて申し訳ございません」
シフトとルマはお互いに謝り続ける。
そのやりとりにローザとフェイが割って入ってきた。
「ご主人様、ルマ、その辺で終わりにしないか?」
「そうだよ。 今は地上へ出ることを考えよう」
「そうだな・・・よし、それならこのまま氷を動かして移動する。 フェイ、風の流れがわかったら声をかけてくれ」
「任せて」
「それじゃ、行くぞ」
シフトは【念動力】を発動すると自分たちが立っている足元の巨大な氷を前方へと動かした。
ルマの想定通り氷は問題なく移動する。
その速度は徒歩よりも断然早い。
そのまま進んでいるとフェイが声をかけてくる。
「ご主人様、止まって」
シフトはすぐに【念動力】での移動を止めた。
「どうした、フェイ?」
「風を感じるんだけど2ヵ所から感じるんだ。 あっちとあっち」
フェイが指さした方向はここから右斜め前と左斜め前だ。
ここに来て2択である。
「右と左か・・・みんなはどっちに進みたい?」
「難しいですね」
「わからない」
「どっちも行けばいいのでは?」
「闇雲に行ってもなぁ・・・」
「情報がないので決められませんわ」
「うーん、フェイはどっちに行くべきだと思う?」
「ぼく?」
シフトがフェイに振るとルマたちが注目する。
なんとなく居心地が悪いのかフェイは戸惑ってしまう。
「うーん・・・こっちかな?」
フェイは考えた末に左を指さした。
「なら、こっちに行ってみよう」
シフトは進路を左斜め前に変更して再び移動を開始する。
しばらくすると前方から風が少しずつだが強くなっていく。
ガアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!!!
不意に氷が何かにぶつかるとシフトたちもその場で膝をついた。
シフトは【念動力】を解除するとルマたちに声をかける。
「どうやら、着いたらしいな」
「ぼくもそう思うよ」
シフトたちは風の吹くほうへと歩く。
氷の端まで歩くと壁が見えるが、シフトたちは顔を顰めた。
なぜならその道、いや道とはいえない穴がそこにある。
大きさはせいぜい人の頭が入るほどで人1人通るには小さすぎるのだ。
シフトたちは顔を見合わせる。
「小さすぎますね」
「通れない」
「これはさすがに・・・」
「無理」
「ダ、ダイエットすれば・・・」
「ユール、それでも無理なものは無理だ」
この穴の向こうから流れてくる空気は間違いなく地上から来ている。
この穴を拡張すれば地上に戻れる可能性は非常に高いだろう。
だが、ここでこの壁を壊したらどうなるのか?
何も起きなければいいのだが、もし崩落でもしようものなら目も当てられない。
「これはダメだな。 もう1つのほうへ行ってみよう」
シフトの意見にルマたちは首を縦に振る。
賛同を得たところでシフトは【念動力】を発動すると壁伝いに右側へ移動した。
ある程度進むと壁には人1人どころか3人ほど横に並んでも余裕で通れる道が現れる。
先ほどの穴と同じようにそこからは風が吹いていた。
シフトは目の前まで移動させると【念動力】を解除する。
「これなら問題なく人が入れそうだな。 なにがあるかわからないから油断せずに行こう」
「「「「「はい、ご主人様!!」」」」」
シフトたちは上陸すると穴の先を歩いていく。
しばらくすると前方が少し明るくなっている。
そのまま歩いて進むと明るい部屋が見えてきた。
シフトたちは注意して部屋に入るとそこには大きな扉が1つあるだけでほかには何もない。
「行き止まり・・・ではなさそうだな」
「この扉には持ち手がありませんね」
「取っ手がない」
「ドアハンドルがないな」
「ドアノブがないよ」
「握りがないですね」
「押すのかな?」
シフトが扉に近づくと扉の上に設置されている水晶が光りだした。
『ここより先に進みたくば3つの宝珠を提示せよ』
水晶から声が聞こえてきたのだが、それよりも気になることを言った。
「3つの宝珠? どこにそんなものがあるんだ?」
シフトの質問に水晶は手短に答えた。
『1つ、湖の底。 1つ、迷宮。 1つ、叡智の間』
「「「「「「え?」」」」」」
シフトたちはその場で顔を見合わせてしまった。




