157.水中戦
シフトたちは地底湖を凍らせて順調に進んでいた。
「フェイ、どうだ?」
「ダメです。 この湖が相当広いのかどこから風が吹いているのか特定できません」
フェイは首を横に振りながらシフトの質問に答えた。
本来フェイの【斥候】なら、すぐにでもわかりそうだが今のところはどの方向からも風を受けているため未だ特定できない。
「何かあればすぐに教えてくれ」
「畏まりました」
フェイを先頭にルマ、ローザ、ユール、ベル、シフトの順番に隊列を組んで移動していた。
なぜこの順番かといえば地底湖全体が凍っていないので水が見えるとその都度ルマが【氷魔法】で水面を凍らせているのだ。
そのため、本来は中衛か後衛のルマがフェイの後ろにつくような形になっている。
同じ理由でユールも【光魔法】により発光玉で常に自分の周りを照らすため中衛にいた。
シフトが一番最後なのは後方で何かあればすぐに対応できるためである。
地底湖を進んでは凍らせ進んでは凍らせを繰り返すことでやっと湖の1/3付近まで辿り着く。
シフトたちは急に空腹を覚えたがそれもそのはず、かれこれ4時間ほど経過していたのだ。
「みんな、ここで一旦休憩にしよう」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
シフトは【空間収納】から水袋と保存食を人数分取り出して皆に渡すとルマに尋ねた。
「ルマ、魔力は足りているか?」
「ちょっと待ってください。 少し心許無いです」
「わかった」
追加でマナミドルポーションを5本取り出す。
「ルマ、マナミドルポーションを5本渡しておく。 必要に応じて飲んでくれ」
「ありがとうございます、ご主人様」
ルマは笑顔になってシフトからマナミドルポーションを受け取った。
「ベル、ローザ、フェイ、ユールは何か必要なものはあるか?」
「今のところはない」
「そうだな、出してもらっても荷物になるだけだしな」
「普段なら色々出してってお強請りするだろうけど、ここだと荷物が多すぎるのはかえって危ないしね」
「わたくしの魔力はまだまだあるので特にありませんわ」
「そうか、わかった」
ベルたちの回答を聞くとシフトは空間を閉じた。
「それじゃさっさと食事にしよう」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
シフトたちが休息をとっているころ湖の遥か底では巨大生物が水上にある謎の発光に気が付き近づいていた。
食事も終わり行動再開をするシフトたち。
先ほどと同じように進んでは凍らせ進んでは凍らせを繰り返していたそのとき下から物凄い音が聞こえた。
ガアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!!!
それと同時にシフトたちは揺れに耐えられず膝をつく。
「くっ! これは?!」
「ご主人様、水中から何かが氷にぶつかった音です!」
「凄い揺れ」
「この状況はまずいな」
「うん、下手すればみんな湖に落ちる」
「すぐに対策するべきですわ」
シフトはすぐに【次元遮断】を発動して範囲を絞ってルマたち全員を守るように結界を発動する。
しかし、その範囲が少し広かったため、かえって水中の何かが大暴れしたのだ。
ガアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!!! ガアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!!! ガアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!!! ・・・
水中からは先ほどよりも多くの衝撃が氷を襲っていた。
「ちっ!」
シフトは結界内に水中の何かが入り込んでいたのに舌打ちしつつ、結界を解除する。
そして、恐れていた事態が起きた。
ミシミシミシ・・・
衝撃により氷に罅が入り始めたのだ。
「なっ?!」
「氷に罅が!」
「不味い」
「やばいな」
「ぼくたちどうなるの?!」
「このままだと氷の中に落ちますわよ!」
なんとかしてこの場から退避したいが揺れが凄くて歩くことすら困難だ。
ミシミシミシ・・・ミシミシミシ・・・ミシミシミシ・・・
段々と氷の罅が大きくなっていく。
ミシミシミシ・・・バリバリバリバリバリバリバリ・・・
ついに氷に亀裂が入り始めた。
バリバリバリバリバリバリバリ・・・
亀裂が大きくなり走っていき、ベルの真下を裂くように氷が割れようとしていた。
「!!」
「ベル!!」
シフトはベルを突き飛ばす。
それと同時に氷が砕け水面から巨大生物がシフトを襲う。
巨大生物は口を開いてシフトの右腕に喰らいつくとそのまま噛み千切るはずだった。
しかし、シフトの耐久力があまりにも高すぎて腕を噛み千切れない。
本当ならそれは喜ばしいことだが、今回に限ってはそうはいかなかった。
その巨大生物はあろうことかシフトをそのまま水中に引き摺り込んでしまったのだ。
ベルはご主人様に突き飛ばされる。
亀裂のほうを見るとそこにはご主人様の姿はどこにもなかった。
「! ご主人様!!」
ベルが悲痛な叫びを上げると起き上がり亀裂へ向かおうとするが、ローザがその腕を掴まえる。
「止せ! ベル!!」
「放せ! ご主人様が!!」
「死にたいのか!!」
「助けないと!!」
「ダメだ! 死地へ行かせる訳にはいかない!!」
ベルはローザを睨む。
「ローザはご主人様がどうなってもいいの!!」
「そんなわけないだろ!!!」
ローザの慟哭が地底湖に響き渡り、目からは涙が溢れていた。
「ローザ・・・」
「わたしだって助けに行きたい! 今すぐにでも湖に飛び込んでさっきの奴を倒したいさ! でも水中は奴の独壇場だ!!」
「・・・」
「行ったところで水中を自由自在に移動できる奴に殺されるだろう。 だから・・・だからわたしはご主人様を信じる。 あれを倒して戻ってくると」
ローザの気持ちを察したベルが腕の力を抜くと謝罪した。
「ローザ、ごめんなさい」
「理解しろとは言わない。 だけど今は信じるしかないんだ。 あの絶大な力を持つご主人様を・・・」
「・・・わかった。 ベルも信じる」
ベルとローザの和解が成立したところでルマがベルたちに声をかけた。
「みんな、とりあえず戦闘態勢だけはしておきましょう」
「そうだな」
「あいつ絶対にボコボコにしてやる」
「ええ、八つ裂きですわ」
「・・・うん、あいつは絶対に許さない」
言葉とは裏腹に今のベルはご主人様のことでいっぱいだ。
(死なないでご主人様)
今のベルには祈ることしかできなかった。
一方、水中に引き摺り込まれたシフト。
(くっ! まさかこんなことになるとは・・・)
巨大生物はシフトの右腕を咥えた状態で物凄い勢いで水中を泳いでいた。
なるべく抵抗せず息を止め続けている。
しかし、のんびりとしていられない。
人間が息を止め続けていられる時間は長くて2分が限界だ。
その間にこの巨大生物を倒して水面まで泳がなければならない。
そうなるとこの巨大生物を1撃で倒すしかシフトが生き残れる可能性はないのだ。
悠長に構えている場合ではない。
≪スキル:★【ずらす】 レベル1:【即死】 【即死】を有効にしますか? はい/いいえ≫
≪はい≫と念じる。
≪スキル:★【ずらす】 レベル1:【即死】 【即死】を有効にしました≫
シフトは左手にこの巨大生物を殺すというありったけの殺意を込める。
すると巨大生物はシフトの殺気を感じて慌てて口を開く。
右腕が自由になったのは良いが、その代わり巨大生物がシフトから離れてこちらを伺っていた。
シフトは辺りを見回すと暗くて何も見えない。
唯一見えるのは頭上と思われるところに光がチラッと見えるくらいだ。
(多分、あれはユールの【光魔法】だ。 あそこまで【空間転移】・・・いや、それはできない)
仮に転移してあの場所から脱出するために穴を開けようものなら、今度はルマたちが湖に落ちてしまう。
(ルマたちを犠牲にしてまで助かりたくはない! どうする? 考えろ、僕!)
シフトの息は長くてあと1分を切った。
巨大生物から離されたシフトの身体はどんどんと沈んでいく。
泳げないシフトは水の抵抗もできず沈むしかないのだ。
頭上を見上げると勝ち誇ったように巨大生物が悠々と泳いでいる。
(ん? 今、あいつは僕の真上にいるのか?)
よく観察するとユールの【光魔法】をちらちら遮っている。
シフトは先ほど巨大生物に引き摺り回されたことを思い出す。
あのような縦横無尽に移動できるような方法はないのか?
その時、シフトはあることを閃いた。
(これならいけるはず・・・)
シフトは右手で腰にあるナイフを取り出すと刃先を頭上に向けた。
(上手くいってくれよ)
チャンスは1回。
これを逃せばシフトは死ぬだろう。
シフトは残された時間で巨大生物の動きを冷静に見極める。
(今だ!!)
シフトは【念動力】を発動してナイフを頭上へと移動させた。
そして、放すまいとシフトはナイフの柄を強く握っている。
ナイフの刃先は見事に巨大生物の身体に命中しめり込んでいく。
巨大生物は突然の痛みに激しく動いた。
シフトを振りほどこうとするが右腕がめり込むほど入っているので到底不可能だろう。
(よう、待たせたな。 これで終わりだ!!)
シフトは【即死】を付与した左手で巨大生物を思いっきり殴った。
すると巨大生物は今以上に狂った動きで暴れだす。
時間が経つにつれ変則的な動きが増していくが突然動かなくなり巨大生物は絶命した。
それと同時に重みでシフト毎沈んでいく。
シフトは【念動力】の対象をナイフから巨大生物に変更すると動かせるか確認する。
生命を失った巨大生物はシフトの意のままに動かすことができた。
シフトは急いで巨大生物の死骸をルマたちが多分いないだろうという場所まで移動させる。
(頼むぞ、頭上にルマたちがいないでくれ)
覚悟を決めて巨大生物の死骸を頭上に移動させた。
ザパアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーン!!!!!!!
ドゴオオオオオオオォォォォォォォーーーーーーーン!!!!!!!
巨大生物の死骸は氷にぶつかることなく水面を突破し天井に激突した。
「はぁはぁはぁ・・・」
シフトは何とか水面から脱出することに成功した。
「はぁはぁはぁ・・・はぁーーーーー、空気が美味い」
眼下の湖を見るとユールの【光魔法】が遥か後方に見える。
「は、ははは・・・ちょっと移動しすぎたな」
シフトは天井に張り付いたまま、苦笑いをするのであった。




