148.翼人の国、中央でのいざこざ
「んん・・・」
私は意識が浮上して目を覚ます。
「ここは・・・」
目を何度か瞬きしながら目の前にあるものをぼんやりと見る。
そこには私の部屋の天井が映っていた。
そうか・・・ここは私の部屋だ。
それにしても部屋が暗いな。
そんなことを考えていると横から聞きなれた声が聞こえてくる。
「お嬢様! お気付きになられましたか!」
「私は・・・」
「記憶にございませんか? お嬢様は浴室で倒れたのです。 そのあとお客様がお嬢様をここまでお連れしたのです」
「浴室・・・客・・・」
気を失う前の記憶を辿る。
たしか風呂の用意ができたといってルマ殿たちも入るから一緒にどうかと言われて行ってみたら・・・
私は顔を真っ赤にした。
そうだ、浴室に全裸のシフト殿がいたのだ。
婚前にシフト殿の目の前で2度も裸体を晒すとは・・・
思い出しただけで恥ずかしい。
「どうやら思い出したようですね」
「え、ええ・・・私をここまで運んでくれたのもシフト殿か?」
「はい、あの体格に似合わずお嬢様をお姫様抱っこしてここまで運んできました。 正直信じられない腕力の持ち主だと実感しました」
「お、お、お、お姫様抱っこ?!?!?!?!?!」
ドクンドクンドクン・・・
心臓の音がやけに五月蠅い。
私は耳まで真っ赤にすると上半身を起こそうとする。
「お嬢様! 今は上体を起こさないほうが・・・」
メイドが何かを言う前に私の上半身は完全に起き上がった。
そして掛けられた布団がめくれ上がる。
よく見ると私は上半身裸であった。
「───(かあああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・)」
私は肩まで真っ赤に染まる。
「お嬢様! 落ち着いてください!!」
メイドに対して手で制し、もう片方の手で慌てて布団を掴むと胸を隠す。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
メイドが心配そうに声をかけてくる。
私は何度か深呼吸すると心音もそれに合わせて落ち着きを取り戻す。
「あ、ありがとう・・・大分落ち着いた」
「今日はもうお休みになられたほうがいいです」
「・・・そうさせてもらおう」
メイドの言う通り、私は目を閉じると深い眠りに入る・・・はずがなかった。
どうしてもシフト殿の姿が目の前に浮かんでくる。
(シフト殿、今だけは私の前から姿を消してくれ)
それから私が眠りにつくまで1時間ほどかかった。
翌日───
シフトはいつもより遅めに起床する。
見たことがない天井がそこにあった。
「あ、そうか。 たしかイーウィムさんの屋敷に宿泊したんだっけ・・・」
シフトがベッドから起き上がり身体を動かしているとルマも遅れて起き上がる。
「・・・んん・・・あ、ご主人様。 おはようございます」
「おはよう、ぐっすり眠れたかい?」
「はい、この頃野宿ばかりでしたから久しぶりのベッドでよく眠れました」
ルマの起床を皮切りにベルたちも起きた。
服を着替えて雑談していると扉をノックする音が聞こえる。
コンコンコン・・・
「はい?」
『お客様、朝食の準備ができました』
「すぐに向かいます」
扉を開けるとメイドが頭を下げる。
「お待たせしました」
「それでは食堂へ案内いたします。 こちらへどうぞ」
メイドが食堂へと歩き出すのでシフトたちもそれについていく。
上座には昨日と同じ赤いドレスを着たイーウィムが座っている。
シフトたちのように冒険者ならともかくイーウィムはこの家に服があるはずだ。
それなのに今日も真っ赤に燃える炎をイメージとしたあの赤いドレスを身に着けている。
だが、それ以上にイーウィムの様子がおかしい。
というのもイーウィムがシフトを見た瞬間、顔を真っ赤にしたのだ。
「イーウィムさん、おはようございます」
「お、おはよう、シ、シフト殿」
昨日より吃りは酷くないが、それ以上に落ち着きがない。
「どうしました?」
「ふ・・・」
「ふ?」
「服を隠された」
イーウィムは恥ずかしそうに答える。
「・・・えっと、服を隠されたのが問題でも?」
「あるに決まっているだろう! 今日これから王や上層部の重鎮たちに会いに行くのにこれしか着ていくものがないんだぞ! ああ、どうすれば・・・」
シフトはメイドたちを見ると明後日の方向を見ていた。
察するにドレス姿で行けということなのだろう。
「爺には今日中央に向かうことをすでに連絡してあるし、どうすればいいんだ・・・」
「ま、まぁ、そのままの姿で行くしかないですね」
「そ、そんなぁ・・・シフト殿、助けてくれ」
シフトはチラッとメイドたちを見ると全員が大袈裟に手を交差させて×をしている。
「た、助けたいのは山々ですが僕にはどうすることもできません」
「うううぅ・・・」
イーウィムは凹んでしまった。
食事を終えてシフトたちは中央へと向かうことになった。
昨日同様シフトたちはワイバーンに騎乗するとなぜか紐でしっかりと括り付ける。
「それではこれから中央に向かう。 お前たち全速力で行くぞ」
「「「「「「はっ! 将軍閣下!!」」」」」」
イーウィムが羽ばたいて空を飛ぶとワイバーンもそれに続く。
直進飛行特化になったイーウィムのスピードは時速200キロに近い速度になる。
イーウィムの移動速度もそうだが、ワイバーンも人を2人も乗せているのにイーウィムに負けない速度で飛んでいた。
6時間後───
シフトたちはイーウィムが中央と呼んでいる場所へと到着する。
そこは立派な城が建築されており、そこを中心として東西南北に道が形成されていた。
イーウィムは城門の前に下りるとワイバーンたちもゆっくり着陸する。
「シフト殿、ここが中央だ」
「ここが翼人族の中心部ですか・・・」
シフトたちは眼前の城を眺める。
王国の城とも帝国の城とも公国の城とも違うがそれらに匹敵する凄みを感じた。
2人の門兵がイーウィムのところまでやってくる。
「どこの者だ? ここは・・・」
「! バ、バカ! それ以上言うな!!」
1人の門兵がイーウィムに気付くと頭を下げる。
「? 先輩どうしたんですか?」
「バ、バカ! お前も頭を下げろ」
「私はイーウィム将軍だ。 家の者に今日中央に向かうと連絡しておいたのだが聞いてないか?」
それを聞いた無礼な門兵が顔を蒼くして急いで頭を下げる。
「連絡は来ております、イーウィム将軍閣下! 今日はいつものお召し物でないので閣下であることがわからず申し訳ございませんでした!!」
「ああ、これか・・・わけあってこの服装でここまでくることになった。 問題なければ門を開けろ」
「・・・将軍閣下、失礼ですがそこの少年少女は人間族では?」
「この者たちは私の客人だ。 一緒に入城する」
イーウィムの回答に困った顔をする門兵たち。
「・・・将軍閣下の入城は認めます。 ですが人間族の入城は認めません」
「なぜだ? 理由を聞きたい」
「まずこの国に我ら翼人族以外の種族を入れることがそもそも禁忌と言えます。 将軍閣下といえどこれは国の問題です」
「それをこれから話に行くのだ。 この者たちを連れてな」
イーウィムが一歩前に踏み出すと門兵たちは武器を向けてきた。
「こ、これ以上進むのであれば将軍閣下といえど謀反有りと受け取ります」
「ほう、私に楯突くのか? やれるものならやってみるがいい」
イーウィムが更に一歩前に踏み出すと門兵たちは攻撃を仕掛けてきた。
「将軍閣下! 御免!!」
「やあああああぁーーーーーっ!!」
「遅い」
イーウィムは【風魔法】で風を自身に纏うと門兵の攻撃を弾き返す。
その隙に圧縮した風をぶつけると門兵は吹っ飛ばされた。
「がはぁっ!!」
「ぐふぅっ!!」
「精進が足りん! もっと修行しろ!! シフト殿行くぞ」
イーウィムは倒れている門兵を無視して扉を開けると中に入っていく。
シフトたちもここにいても問題になるだけと判断してイーウィムのあとを追った。
そこからは進む度に衛兵が立ち塞がる。
その都度イーウィムは【風魔法】を操って捩じ伏せていく。
イーウィムはある部屋の前で止まると扉を開けた。
部屋の奥に玉座があることから、ここが謁見の間なのだろう。
イーウィムは臆することなく入っていくとシフトたちもそれに続く。
通路の両脇には翼人の国を支える上層部の重鎮たちが直立してシフトたちを見ている。
その中には1人の男性と後ろに昨日世話になった老執事もいた。
ある程度進むと立ち止まり、玉座に座るこの国の王に挨拶をする。
「イーウィム、ただいま戻りました」
「よく帰ってきた、イーウィム将軍」
王はイーウィムを見たあと、シフトたちに視線を定める。
「そちらがイーウィムの使いが言っていた者たちだな? 初めまして、人間族の少年少女よ」
「人間族のシフトと申します。 この国の王とお見受けします」
シフトは王に対して頭を下げるとルマたちもそれに倣い頭を下げる。
「ほう、年の割にはしっかりしておるな。 それで翼人の国に何ようだ?」
それについてイーウィムが説明する。
「王よ、この度皇国という人間族の国と国交を結ぶことになりました。 それにより我が国でも人間族を受け入れる許可をいただきたいのです」
イーウィムの説明に重鎮たちが騒ぎ出す。
「人間族を我が国に?」
「正気か? イーウィム殿?」
「神聖なる翼人の国にどこの種族か知らぬ者を入れるなど正気の沙汰ではない!!」
イーウィムに対して次々と非難の声が上がる。
「静まれいぃっ!!」
王の一括により謁見の間は静まり返る。
「イーウィム将軍、経緯を述べよ」
「はっ!!」
イーウィムは皇国で起きた出来事を事細かく王に報告する。
すべての報告を終えると上層部の重鎮たちは再びイーウィムに対する非難の声が上がた。
王も手慣れたものですぐに一括してその場を支配する。
「イーウィム将軍、経緯は解かった。 しかし、国としてははいそうですかと首を縦に振るわけにはいかない」
それだけ言うと王はシフトを見る。
「人間族の少年よ。 その実力確かめさせてもらおう。 誰か相手をしろ」
1人の男が前に出てくる。
その男を見てイーウィムが口を開く。
「父上」
「愚娘よ、なんだその恰好は! わしに恥をかかせおってからに! 戦士としての自尊心がお前にはないのか!!」
「父上! これは違います! メイドたちが私の服を・・・」
「言い訳など聞きたくもない! その捻じ曲がった根性を叩き直してやる!!」
イーウィムが最後までいう前に切り捨てるように言い放った。
「イーウィムさん、悪いけどルマたちを頼む。 ここは僕に任せて」
「ふん! 人間族の小僧がわしに楯突くか! なら相手になってやる!!」
シフトはイーウィムの父と対峙することになった。




