13.奴隷購入
冒険者ギルドを出ると太陽は真上まで昇っていた。
無事に冒険者登録証も手に入れたので衛兵アルフレッドがお薦めした『猫の憩い亭』へと足を運ぶ。
冒険者ギルドから1分もかからないところに5階建ての宿屋があった。
看板には『INN』の文字と可愛い猫が描かれていたのでここが『猫の憩い亭』で間違いないだろう。
シフトは扉を開けて中に入ってみる。
中は結構広く、豪華な装飾が施された彫像がいくつか置かれていた。
カウンターへと足を運ぶと受付嬢の明るい声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ、猫の憩い亭へようこそ。 御一人様ですか?」
「今は1人なんですけど、これから奴隷商に行って奴隷を3人ほど購入予定なので、大きな部屋を借りられますか?」
受付嬢は考え込むとシフトに答える。
「あ、なるほどぉ。 そうすると・・・一番上の部屋しかないですね。 ただ結構かかりますよ?」
「いくらくらいですか?」
「一泊金貨1枚です」
その金額に今度はシフトが考え込む。
「うーーーーん、一泊だけなら問題ないか。 ならそこを一泊借りたいと思います」
「ありがとうございます」
「質問ですが、奴隷を部屋に入れるのは問題ないですか?」
「奴隷はお客様の所有物なので問題ありません」
「ありがとう、えっと・・・金貨1枚ね」
シフトは革袋から金貨1枚を取り出すと受付嬢に渡した。
「はい、では案内させます」
受付嬢は鈴を鳴らすと一人の少女がシフトのところにやってくる。
「お呼びでしょうか?」
「こちらの方を最上階の部屋に案内して頂戴」
「承知いたしました。 お客様、荷物は?」
「大丈夫。 旅で使ってる袋だけだから自分で持ってくので問題ないよ」
「畏まりました。 お客様、お部屋にご案内いたします」
少女の後についていき最上階の部屋に通される。
「こちらがお客様の部屋です。 何か御用がありましたらこちらの呼鈴を鳴らしてください。 あと、こちらはこの部屋の鍵となります」
少女から部屋の鍵を受け取る。
「わかったよ。 あと少し休みたいので席を外してくれるかな?」
「畏まりました。 それでは失礼いたします」
少女が出ていくとシフトは部屋の窓を全部閉めて【次元遮断】で自分の周囲を外界から隔離し【空間収納】を発動する。
旅用の袋を空間にしまってから結界を解除する。
「下手に見せると騒動になりかねないからな・・・日頃から心掛けよう。 さて・・・奴隷を購入しに行こうかな」
ギルバートに教えてもらった奴隷商へ足を運んだ。
1件目、とても奴隷商とは思えない豪華な店に入ると中から恰幅の良い商人が揉み手をしながらこちらに歩いてきた。
「いらっしゃいませ。 おや? 初めてのお客様ですね? ここは奴隷を扱っている店ですが何か入用で?」
太っちょ商人はシフトを値踏みしながら声をかける。
「えっと奴隷を購入したいのですが見せてもらえませんか?」
「ええ、ええ、いいですとも。 どの奴隷をお探しで?」
「できれば直接奴隷たちを見たいのですが・・・」
「わかりました。 ささ、こちらへ・・・」
最初に案内された部屋には男性が10人いた。
奴隷たちは自分が有能であるとアピールしてきた。
シフトは隠し持っていた[鑑定石]で彼らの能力を見ていく。
(特に目立った能力はないようだな・・・)
「いかがでしょう?」
「ほかの奴隷を見たい」
次の部屋も先ほどと変わらないので次を見ることにする。
4つ目の部屋は女性が10人いた。
シフトは[鑑定石]で彼女らの能力を見ていくと一人の少女のスキルに注目した。
(! この娘は!?)
名前 :ベル
状態 :失明
スキル:★【鑑定】 レベル1:初級
〔A【錬金術】 レベル1:初級〕
〔C【錬成術】 レベル1:初級〕
〔A【料理】 レベル1:初級〕
(この娘の能力は使える!!)
念のため他の少女も確認するも目立った能力者はいなかった。
「いかがでしょう?」
「そこの目を閉じている少女はいくらだ?」
少女ベルはまさか自分が選ばれるとは思わなかったのかビクついていた。
「金貨1枚になります」
「買った」
「おお、ご購入ですか! ありがとうございます」
ベルを購入すると宣言するや否やほかの娘たちも必死にアピールしてきた。
「私も買ってください! ベルちゃんは目が見えないの!!」
「「「「私も」」」」
「ベルのお世話をします! だからどうか私も・・・」
それを見かねた太っちょ商人が彼女たちを黙らせる。
「静かにしないか!! それを判断するのはお客様だぞ!!!」
「「「「「「「「「・・・」」」」」」」」」
「お客様、ほかにご購入の予定は?」
「検討はしているがこの中にはいないな」
シフトの言葉に彼女たちは項垂れてしまった。
ちょっとかわいそうだが諦めてもらうしかない。
太っちょ商人は頷くと持っていたハンドベルを鳴らす。
しばらくして部屋に従業員がやってくる。
「ベルをフロントへ」
「承知いたしました」
従業員は一礼するとベルを連れて部屋を後にする。
その後も奴隷を見て回るも目ぼしいスキルを持った奴隷はいなかった。
「ここにいる奴隷はこれですべてか?」
「いえ、ほかには“訳あり”ならいますが・・・」
「なら見せてもらえないか?」
「・・・どうぞこちらへ」
今までと違い地下に案内された。
「先ほども申されたようにここは“訳あり”の奴隷がおります。 犯罪者、殺人者、精神が不安定な者など通常ではおすすめしていない奴隷たちです」
「・・・」
檻を見ると笑い声や奇怪な声が聞こえてくる。
「静かにしろ!!」
「「「「「・・・」」」」」
太っちょ商人が叫ぶと檻の中は静寂に包まれる。
シフトは檻の中にいる奴隷を鑑定していく。
すると良スキルをもった奴隷が2人もいた。
名前 :ルマ
状態 :火傷
スキル:★【魔法師〔【火魔法】 レベル3:上級、【水魔法】 レベル3:上級、【風魔法】 レベル3:上級、【土魔法】 レベル2:中級〕】 レベル2:中級
〔A【合成魔法】 レベル1:初級〕
名前 :ローザ
状態 :右腕消失
スキル:★【武器術〔【剣術】 レベル4:特級、【槍術】 レベル1:初級、【斧術】 レベル1:初級、【鎌術】 レベル1:初級、【弓術】 レベル1:初級〕】 レベル1:初級
〔A【鍛冶】 レベル1:初級〕
〔C【武具錬成】 レベル1:初級〕
〔C【火魔法】 レベル1:初級〕
1人はルマ。
すべてを恨むような眼でこちらを睨んでいた。
もう1人がローザ。
無気力に地面を見ている。
「そこの火傷の女と右腕がない女はいくらだ?」
「・・・ルマ、火傷を負ったほうは金貨3枚、ローザは金貨1枚と銀貨50枚です」
「買った」
シフトは即決で答える。
そのやりとりに驚愕した目でこちらを見るルマと相変わらず無気力に地面を見るローザ。
「・・・よろしいのですか?」
しかし太っちょ商人からの回答はベルのときとは違っていた。
シフト的にはこれだけの逸材を眠らせるのは惜しいと思っていた。
「問題ない」
「ほかには?」
「特にいないな」
「そうですか、では・・・」
太っちょ商人はシフトに一礼すると従業員たちに命令した。
「おい、ルマとローザを檻から出してフロントに連れてこい」
「承知いたしました」
フロントに戻ると従業員と不安そうな顔をしたベルがいた。
そのあとルマとローザがフロントに現れた。
「今回は3人で合わせて金貨5枚と銀貨50枚になります」
シフトは革袋から金貨6枚を取り出すと太っちょ商人に渡した。
「釣りはいらない。 このまま連れてくと目立つからフード付きのマントを3枚見繕ってくれ」
「・・・たしかに。 おいマントを3枚至急用意しろ」
太っちょ商人はニコニコ顔でシフトの要望に応えた。
「では、お客様。 こちらの首輪を彼女たちに着けてください。 契約魔法をかけます。 これにより彼女たちは正式にお客様の奴隷になります」
「わかった」
シフトはベル、ルマ、ローザに首輪をつける。
「では契約魔法をかけますが、お客様のお名前は?」
「シフトだ」
太っちょ商人は契約魔法を発動すると彼女たちの首輪に主であるシフトの名が刻まれた。
「あなたたちは今後シフト様の奴隷になります。 主人の命令には絶対遵守です。 逆らえば首輪があなたたちを裁きます。 それを忘れぬように」
太っちょ商人はシフトに向き直ると一礼した。
「お客様いえシフト様。 またご入用な際には当奴隷商をご利用いただければと・・・」
「その機会があればまた世話になるだろう。 ルマ、ベルとローザを引き連れて僕についてきてくれ」
「・・・畏まりました。 ご主人様・・・」
ルマは右手で無気力なローザの手を、左手で目の見えないベルを手を掴むとシフトについていくのであった。
シフトはベル、ルマ、ローザを引き連れて『猫の憩い亭』に戻ってきた。
ホールに入るとシフトはルマに命令する。
「僕はベルを連れて先に部屋に行く。 ルマ、悪いけどそこのソファーでローザと待っていてくれるか?」
「ご主人様、私も一緒に・・・」
ルマの発言にシフトは首を横に振った。
「僕が部屋をとっているのは最上階の部屋だ。 盲目のベルと無気力で足元が覚束ないローザを連れて行くのは難しいだろ?」
「・・・たしかにそうですね。 失礼しました」
「わかってくれて助かるよ。 すぐに戻ってくるからローザをよろしく」
「畏まりました。 ご主人様」
「それじゃ行くよ、ベル」
シフトはベルをお姫様抱っこで持ち上げた。
「きゃぁ」
「怖がらないでベル。 少しの間我慢して」
「わ、わかりました」
シフトはベルを部屋まで連れて行くとそのままベッドに座らせた。
部屋に備え付けてある呼鈴を鳴らすと少ししてから少女が現れた。
「失礼します。 何か御用でしょうか?」
「少しの間彼女を見てもらえないか? あと2人連れてくるので」
「そちらのお嬢様を? 畏まりました」
「それじゃすぐ戻ってくる」
1階に戻るとルマとローザが大人しくソファーに座っていた。
「待たせてすまない。 それじゃ部屋に案内するよ」
シフトはローザをベルと同じくお姫様抱っこで持ち上げるが、なぜかルマが不機嫌そうな顔でこちらを睨む。
「どうした、ルマ?」
「いえ、なんでもありません」
「? 部屋に行くよ」
ルマからの返事はないがシフトについてきていた。
部屋に着くと先ほどまでの不機嫌だったルマの表情が一変部屋の豪華さに興奮していた。
「うわぁぁぁぁぁ~~~~~♡」
上機嫌なルマに悪いがベルとローザを頼むか・・・
「ルマ、僕はこれからもう一度奴隷商に行くから。 この部屋で寛いでていいからベルとローザを頼んでいいかな?」
「はい、喜んで♪」
シフトは頷くと、今度はベルを見ていた少女に声をかける。
「すまない。 買い物を頼まれてもいいかな?」
「買い物ですか?」
「ええ、彼女たちが着る服を買ってきてもらいたい」
「服? ああ、なるほど、畏まりました」
シフトは革袋から金貨1枚を少女に渡した。
「そのお金で普段着と下着をそれぞれ50着ほど、寝間着も30着ほど忘れないで、あと靴も30足ほど頼む。 なるべく良いものを選んでくれ。 余ったお金は君の懐にいれても構わないから」
「畏まりました! すぐに行ってまいります!!」
少女は目を輝かせてすぐに部屋を出て行った。
シフトは次の奴隷商へと向かった。
2件目、1件目と違い普通な店である。
扉を開けて入ると中からは痩せこけた商人が話しかけてきた。
「いらっしゃい。 奴隷を探しに来たのかい、坊主?」
「ええ、見ていっても?」
「こっちだぜ」
連れられてきたところはそこそこの数の奴隷がいた。
「坊主、1人だけでも買ってってくれると助かんだけどな・・・」
「・・・ちょっと待ってくださいね・・・」
一人一人鑑定していくがなかなか良スキル持ちがいなかった。
「うーーーん、奴隷ってこれだけですか?」
「ここにはいないがあと数人いるよ。 彼らは障害を持っていて不自由な身体だから」
「なら見せてもらえますか?」
「おう、こっちだよ」
ひょろい商人につれられて来たのは身体に障害を持つ奴隷たちだった。
先ほど見た奴隷たちよりも良スキルを持っているものが多かった。
(人数こそ少ないがなかなか粒揃いだな・・・これは迷うな)
さて、誰を購入しようかと見ていると1人の少女に目が留まった。
名前 :フェイ
状態 :右足消失
スキル:★【武闘術〔【手技】 レベル3:上級、【足技】 レベル4:特級、【関節技】 レベル3:上級〕】 レベル3:上級
C【斥候】 レベル2:中級
〔A【暗殺術】 レベル1:初級〕
〔C【闇魔法】 レベル1:初級〕
C【風魔法】 レベル3:上級
(彼女の能力・・・鍛えれば役に立つだろう)
「店主、あの右足がない娘を買いたい」
ひょろい商人とフェイは驚いた表情でシフトを見ていた。
「この娘は武術の心得はあるけど戦えないよ? それでもいいの?」
「かまわない。 代金は?」
「えっと・・・金貨2枚でどうだ?」
「買った」
シフトは革袋から金貨2枚を取り出すとひょろい商人に渡した。
「・・・い、いやぁ、助かったよ。 まさか彼女を買ってくれるとは、えっと・・・」
「シフトだ」
ひょろい商人はシフトに奴隷の首輪を渡す。
「シフト、この首輪をフェイに着けて。 契約すればフェイは正式にシフトの奴隷になるから」
「首輪をつけるよ」
シフトはフェイに首輪をつける。
ひょろい商人は契約魔法を発動するとフェイの首輪に主であるシフトの名が刻まれた。
「これで今日からシフトの奴隷だ」
フェイは涙ぐみながらひょろい商人に頭を下げた。
「今まで養ってくれてありがとうございます」
「・・・ああ、もういいって。 二度とここに来るなよ・・・」
「・・・はい・・・」
「じゃあ行こうか」
シフトはフェイに毛布を掛けるとお姫様抱っこで持ち上げた。
フェイはあまりの出来事に赤面してパニックを起こしていた。
「・・・え、ななな・・・ごごご、ご主人様・・・ぼ、ぼくは大丈夫ですから、おおお、降ろしてください!!」
「その足ではまともに歩けないだろ? 気にしなくていいよ」
「・・・」
フェイはあまりに恥ずかしくて毛布で顔を隠してしまった。
「店主、世話になったな」
「フェイを頼みましたよ」
『猫の憩い亭』に戻ったシフトはルマにフェイのことも頼むと最後の奴隷商へと向かった。
3件目、地下にあるいかにも『奴隷をこき使ってますよ』といった店である。
扉を開けて入ると煙草吹かしながら酒に入り浸る女商人がいた。
「すみません。 奴隷を買いたいのですけど」
女商人は気怠そうに声を発した。
「・・・坊や? ここは坊やみたいな子が来るところじゃないわよ?」
(これは相手にしてくれないパターンかな?)
シフトは革袋から金貨1枚を取り出して女商人に見せた後、革袋を左右に振る。
ジャラジャラと金貨がぶつかる音が店内に響き渡る。
「・・・あら、坊や? 随分と持ってるじゃない。 本気で奴隷を買いに来たの?」
「ええ、本気で奴隷を買いに来ましたよ。 ただし、僕の眼鏡に適えばですけど・・・」
「・・・ぷ、あははははは・・・なかなか言うじゃないか、気に入ったよ坊や。 こっちだ・・・」
女商人が奴隷たちのいる場所まで案内する。
「・・・まぁ、うちはほかの2店と比べて品質も柄も悪いからね・・・っと、ここだよ」
やってきた牢には女の子が1人だけしかいなかった。
「・・・えっと・・・」
「いやね、ちょっと前までは何人か居たんだけどさぁ・・・みんな売れちゃってこの娘しかいなくなっちゃたの」
女商人は頭を掻きながら罰が悪そうに話した。
「次の奴隷が来るまであと2~3日かかるのよ。 だから今この店にいるのはこの娘だけよ」
女商人はどうするというような目でシフトを見た。
彼女が優良物件なら買いたいけど、まずは鑑定してから購入可否を決めるか・・・
名前 :ユール
状態 :意識混濁
スキル:★【治癒術〔【生命力回復魔法】 レベル4:特級、【欠損部位治癒魔法】 レベル3:上級、【活性化魔法】 レベル3:上級、【状態異常回復魔法】 レベル3:上級〕】 レベル3:上級
A【薬学】 レベル2:中級
A【光魔法】 レベル3:上級
(え? 何この娘? 超優良物件じゃん!!)
「質問なんですがどうして彼女は売れ残っているんですか?」
「その娘ね頭がイかれちまってるんだよ。 誰かが壊しちゃったらしくて、会話も何も通じない。 あたいもそれなりに腕が立つと自負してるんだけど完全にお手上げよ」
シフトはさりげなく女商人のスキルを確認するとC医術:レベル3と表示された。
どうやら嘘はついてないみたいだな。
「この娘しかいないけど、買う? 買わない?」
「買います」
女商人は驚いた顔でシフトを見ている。
「即答ね」
「彼女を気に入ったので」
「羨ましいわ」
「それでいくらですか?」
「金貨3枚」
革袋から金貨3枚を取り出して女商人に渡す。
金額を確認すると女商人はシフトに奴隷の首輪を渡す。
「・・・たしかに、さっさと契約するわね。 えっと・・・」
シフトはユールに首輪をつけてから答えた。
「シフトだ」
「それじゃ契約魔法・・・っと、これでこの娘はシフトの奴隷よ」
ユールの首輪に主であるシフトの名が刻まれると女商人はユールに毛布をかけてやる。
「あたいじゃ無理だったけど、シフト!! この娘を幸せにしてやりな!!」
「それは約束できないけど」
「そこは嘘でも『俺に任せろ!!』って言えばいいんだよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものよ」
店内には女商人の笑い声が響いていた。