134.甘味処での再会 〔無双劇21〕
2日後───
「ご主人様、皇国が見えてきた」
「結構大きい都だよ」
ベルとフェイが双眼鏡で皇国の都を確認する。
「2人ともありがとう。 ルマ、そろそろ魔動車を止めてくれ」
「畏まりました」
都から離れた位置にルマは魔動車を止める。
シフトたちは魔動車から降りると【空間収納】にしまう。
空を見ると青から赤へと変わる頃合いだ。
「さて、今日はここで1泊して明日あの都へ歩いていく」
「「「「「畏まりました、ご主人様」」」」」
シフトたちは野営をして早めに休むことにした。
翌日、シフトたちは皇国の都へと歩き出す。
途中皇国の民人とすれ違うが大人はともかく子供はシフトたちを見て笑っていた。
それは親しみからではなく、どちらかと言えばバカにした笑いである。
シフトは服装を見てなんとなく察した。
異国人は変な服を着ていると。
都に着くとそれが顕著に現れた。
シフトたちが今まで訪れた国はどれも西洋をモチーフにした建造物や文化だが、皇国はどちらかというと奥ゆかしく雅な建造物や文化がみられる。
都内を歩いていると異国人のそれも女子供の集まりだと思っているのか、嘲笑を浮かべる者が多かった。
「私たち招かれざる者のようですね」
「うざい」
「文化も違えば人も違うか」
「なんかむかつく」
「気味が悪いですわ」
「さっさと『勇者』たちの情報を手に入れてここを去りたいものだ」
シフトたちはライサンダーたちの行方を聞いたらさっさとここを去ろうと決意する。
しばらくすると居酒屋があるのでそこで情報を聞くことにした。
居酒屋の引き戸を開けるとそこには多くの男たちが酒を飲んでいる。
シフトたちが2~3歩歩くと1人の酔っ払いが絡んできた。
「おい、ガキ! ここはてめぇのような奴が来るところじゃねぇ! さっさと帰りな!!」
「僕は情報が・・・」
「てめぇの都合なんて知らねぇよ! さっさと帰れって言ってんだろうが!!」
「用が済んだら帰るよ」
シフトが1歩前に出る。
その行動が気に入らないのか酔っ払いが殴り掛かってきた。
シフトは拳を受け止めると握り潰した。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!!!」
シフトとしても穏便に済ますつもりだったが、これ以上は我慢できない。
「五月蠅い」
シフトは【五感操作】を発動してイメージしたのは・・・
味覚剥奪!!
すると先ほどまで叫んでいた酔っ払いから声が途絶える。
「───────っ!!」
酔っ払いは地面を転げまわり何かを叫んでいるが味覚を失い、声帯にも影響しているため声を発することができない。
「───────っ!!」
やり取りを見ていた他の客たちのほとんどがシフトに対して敵意を向ける。
「このガキ! 調子に乗るんじゃねぇ!!」
「くたばれ!!」
「地獄に落ちろ!!」
シフトに対して酔っ払いたちが次々と襲う。
そもそも酔っ払った状態で素面のシフトに攻撃を当てるほうが難しい。
あっさりと躱すと1人1人倒しながら味覚を奪っていく。
地面に転がっている酔っ払いたちは声を失うと同時に今後酒を楽しむことができなくなった。
【状態異常回復魔法】で治療しない限りは治らないだろう。
シフトに突っかかったのがそもそもの原因なので、酔っ払いたちにとっては自業自得だ。
あらかた片付くとシフトは改めて情報屋を探す。
奥のほうで1人ちびちびと酒を飲んでいる客がいるので聞いてみる。
「情報屋を探している」
「あんた見た目の割に強いんだな。 俺が情報屋だ。 何のようだい?」
「ガイアール王国の『勇者』ライサンダーとその仲間を探している」
「うーん、悪いがその情報はないな」
『この手に自由を』たちは皇国にいると言っていたがここの情報屋には入っていないようだ。
シフトはライサンダーの情報を諦めて『この手に自由を』について聞いてみる。
「ではフ・・・右手に奇妙な紋様を持つ人を見かけたことはありませんか?」
「すまない、その情報もない」
「そうですか、ありがとうございます」
シフトたちはそのまま居酒屋を出ていった。
「何の情報も得られませんでしたね」
「骨折り損」
「あの情報屋が大したことないのか、それとも『この手に自由を』が優秀なのか」
「どちらかというと『この手に自由を』が優秀じゃないかな?」
「欲しいものは手に入らないものですわね」
「とりあえず、どこかで休んでから宿でも探すか・・・」
「「「「「畏まりました、ご主人様」」」」」
シフトの提案で都を散策することにした。
商店が並ぶ大通りへとやってくるが、人は疎らだ。
歩いていると奇異な目で見られる。
通りを見ると食事処を始め、御茶屋、煎餅屋、饅頭屋、団子屋、あんみつ屋、鯛焼き屋、今川焼屋などなど。
他の国と違い皇国独自のお菓子が売られている店が多い。
話し合った結果、あんみつを生業にしている甘味処に入ることにした。
店内は人がほとんどおらず閑古鳥が鳴いているようだ。
「いらっしゃいませ、6名様ですか? 生憎大勢が座れる席がないので四人席にわかれて座ってもらってもいいですか?」
店員の女の子は外の人たちと違いシフトたちに普通に話しかけてきた。
よく見ると目が笑っているので接客業としての営業スマイルだろう。
「問題ないよね?」
「「「「「大ありです!! ご主人様!!!」」」」」
シフトは問題ないと判断したがルマたちにとっては大ありだ。
普通に考えると1~3人がシフトと一緒の席だが、逆に考えると2~4人は相席できない。
ルマたちにとってはこれは由々しき事態である。
なんとしてもシフトと相席するべくお互いが牽制し一歩も譲らない。
「とりあえず、適当に座ろう?」
「ご主人様の隣か真正面がいいです」
「ベルも」
「わたしもご主人様と一緒がいいかな」
「ぼくだってご主人様の隣で『あ~ん♡』ってするんだから」
「わたくしもご主人様と中睦まじいやりとりをしたいですわ」
ルマたちは睨み合う。
先ほどの女の子もルマたちの気迫に嘲笑が消えて圧倒されていた。
席が決まらぬまま5分が過ぎたころ。
新たな客が入ってきた。
「いらっしゃいませ、1名様ですか? お好きな席へどうぞ」
「ああ、そうさせてもらおう」
シフトはその客の声に聞き覚えがあり、入り口を見ると目を見開いた。
入ってきた客もシフトたちの騒ぎを見て驚いている。
そこには『この手に自由を』のフライハイトがいるのだから。
シフトが素早く警戒するとルマたちもそちらを見て警戒する。
一方のフライハイトは警戒せずにシフトたちのほうへ歩いていく。
「やぁ、また会ったね。 もしよければ一緒に食べないかい?」
「・・・ああ、いいだろう。 ベル、同行してくれ。 ルマたちは悪いが別の席で頼む」
「わかった」
「「「「・・・畏まりました、ご主人様」」」」
「決まりだね。 それでは席に着こう」
中央の四人席に座るとシフトの隣にベルが、真正面にはフライハイトがそれぞれ座る。
ルマたちも空いている四人席にそれぞれ座りメニューを見ながらシフトたちの動向を観察している。
「こんなところで会うとは奇遇だね」
「偶然ではなく必然の間違いじゃないのか?」
「まさか、僕がここの甘味処に入ったのは本当に偶然さ。 君たちがここにいるという情報はなかったからね」
フライハイトはメニューを見て即決するとシフトを見た。
「改めて自己紹介をしようか。 僕の名前はフライハイト。 『この手に自由を』の首領だ」
シフトは驚いた。
目の前のシフトと同じくらいの少年がまさか『この手に自由を』の首領を名乗ったのだから。
「シフトだ」
「シフトか・・・その名、覚えたよ。 それでここには何をしに来たのかな?」
「お前が連れ去った『勇者』ライサンダーとその仲間を僕に差し出せ」
「それは・・・」
そこに先ほどの女の子が注文を取りに来た。
「お客様、ご注文はお決まりですか?」
「僕はあんみつ・抹茶セットをお願いするよ」
「僕も同じので」
「ベルも」
「畏まりました」
女の子は礼をするとルマたちの注文を取りに行く。
あちらも全員同じ品を頼んだらしい。
「それで先ほどの質問の答えだが、それはできない相談だ」
「理由を聞きたい」
「曲がりなりにも一応は『勇者』だからね。 役に立つかは今のところ不明だけど少しでも力がある人間が欲しいのさ」
「・・・」
「もちろん、君たちが僕の仲間になってくれるなら大歓迎だよ。 そうだな・・・もし仲間になるなら『勇者』たちを引き渡すと約束しよう。 そのあとは煮るなり焼くなり好きにすればいい」
フライハイトは仲間になるなら『勇者』たちをシフトにやると言ってきた。
これは物凄く魅力的な提案だ。
仲間になるだけで『勇者』たちに復讐し、目的を達成できるのだから。
だが、フライハイトの目的がわからない。
「質問してもいいか?」
「どうぞ」
「では聞くが・・・」
そこにまたしても先ほどの女の子が人数分の品物を持ってやって来た。
「お待たせしました。 あんみつ・抹茶セットです」
シフトたちの目の前にあんみつ・抹茶セットが置かれていく。
「ごゆっくりどうぞ」
それからすぐにルマたちのほうにも同じ品物が人数分置かれていき、楽しそうな声が聞こえてきた。
「んん・・・フライハイト、君の目的はなんだ?」
「それは今は言えない。 僕の信頼を勝ち取ることができたら話してもいいよ。 僕の配下には世界征服とか言ってる者もいるけど僕には興味がない」
シフトはフライハイトの目的は世界征服かにみえたが、本人がこの場できっぱりと否定したことに驚いた。
それが目的ではないことに不気味なものを感じる。
「『勇者』ライサンダーたちはどこにいる?」
「それは教えられない。 だけど1つだけ、この皇国にはいないよ。 探すだけ無駄だから」
シフトはまたも驚いた。
てっきり答えないだろうと思ったからだ。
「お前を捕まえて情報を吐き出させる」
「それなら僕は自分の能力を最大限に活かして君から逃げるよ」
フライハイトの言葉には絶対の自信があるように感じた。
「なら、お前を殺す」
「それは止めたほうがいい。 君の探し人である『勇者』たちとは永遠に会えなくなる可能性がある」
その一言はシフトに対しての抑止力として十二分に働いた。
フライハイトを殺せばライサンダーたちへの復讐は永遠に失われると。
「質問はそれだけかな? なら、あんみつを食べよう。 見てるだけでお腹が空いてきた」
フライハイトはそれだけ言うとあんみつを食べ始めた。
それも美味しそうに。
シフトとベルはその姿に毒気が抜かれたので、目の前のあんみつを食べることにした。
しばらくするとフライハイトは食べ終わり、抹茶を啜っている。
「うん、美味い。 暇があればまた食べに来よう」
フライハイトは席を立つとテーブルに銅貨20枚を置いた。
「それじゃ、僕はこれで失礼するよ。 有意義な時間だった。 あ、もし気が変わって仲間になるならいつでも歓迎するよ」
それだけ言うとフライハイトは店から出て行った。
(フライハイト・・・想像以上に厄介な人物だな)
シフトはフライハイトの警戒レベルを数段階上げた。
ライサンダーたちの情報は手に入らなかったが、有益な出来事はあったので決して無駄ではない。
シフトたちもあんみつを食べ終わるとお金を払って店をあとにした。




