131.新しい魔動車
シフトたちは皇国に向けて出発するが2時間もしないうちに移動を中断することになる。
理由は単に太陽が西に傾き空が赤く染まったからだ。
海人や公国の貴族たちに時間を割かれたのが原因である。
シフトたちはここで野営の準備をして明日に備えた。
夜になり夜中の当番を決めると担当以外は皆早々と眠りについた。
今日は立て続けに戦闘が起きていたので余計に疲れたのだろう。
シフトも能力の使い過ぎで早々に眠りに落ちる。
深夜、いつもなら時間前に起きるシフトだが疲れのせいでルマに起こされる。
「・・・さま、・・・しゅじんさま」
「んん・・・」
「ご主人様、起きてください」
「ん? ああ・・・もう交代の時間か・・・」
「ご主人様、大丈夫ですか? もし疲れているようでしたら眠っていても構いませんよ」
ルマは心配そうにシフトの顔を覗き込む。
「大丈夫だよ。 それより迷惑をかけた」
「迷惑だなんてとんでもないです」
「それじゃ、見張りを交代しよう」
「引継ぎはすでに終わっています」
シフトが目を覚ます前にルマがすべて行っていた。
「全部やってもらって悪いな」
「いえ、これもすべては私たちの仕事ですから。 ご主人様、これを」
「ありがとう、いただくよ」
ルマは珈琲をシフトへ渡す。
それを受け取ったシフトは早速口に含む。
熱さと苦さが口の中に広がり、脳が覚醒する。
「それにしてもご主人様にしては珍しいですね」
「そうだな。 能力を使いすぎたのが原因かもね」
【次元遮断】を常時発動するなら解かるが、今回のように何千何万という軍勢を対象にして能力を発動したのは初めてだ。
その反動が身体に表れても不思議ではない。
「今は少し寝たから問題ないよ」
「それならいいのですが・・・」
それだけ言うとルマはシフトの隣に座り肩に頭を預けてきた。
「ルマ?」
「ご主人様は私を置いて行ったりしないですよね?」
「・・・ああ、ルマたちを置いてかないよ」
「そこは『ルマだけを』って言ってほしいところです」
ルマは頬を膨らませる。
そんな仕草にシフトは笑みをこぼす。
それからは明け方になるまで他愛のない話をしていた。
翌日、シフトたちは食事を済ませるとまずは公国の西を目指して出発する。
天候も良く、特に障害もなく魔動車は走り続けた。
途中の休憩を除けば順調に移動している。
一見問題なさそうに見えるがシフトは内心焦っている。
それは皇国にいるかもしれないライサンダーたちのことが気になっていた。
もし皇国から別の場所に移動していたらと考えると気が気でない。
太陽が西に傾き、空が赤く染まっていく。
今日はかなりの距離を移動したが、それでもまだ公国から出ていなかった。
公国を出るにはあと2~3日はかかるだろう。
仕方ないがここで野営をすることになった。
深夜、シフトは交代の時間に目を覚ます。
上半身を起こして身体を動かすとフェイとユールが声をかけてくる。
「あ、ご主人様、目が覚めましたか?」
「そろそろ交代の時間ですわ」
「わかった。 ありがとう」
シフトはフェイとユールから状況を確認すると今夜のパートナーであるローザを起こす。
「ローザ、そろそろ起きて」
「きゃっ!」
ローザは目を覚ますとシフトが目の前にいることに驚き思わず声が出てしまった。
「ご主人様、申し訳ございません」
「気にしなくていいよ。 それより交代の時間だよ」
「わかりました。 すぐに準備します」
ローザはすぐに動きやすい恰好に着替える。
その間にシフトは2人分の珈琲を入れた。
「ローザ、珈琲だよ」
「ありがとうございます」
着替え終えたローザに珈琲を渡すと2人で珈琲を飲み始める。
空を見ると昨日は見事な星空なのに対して今日はどんよりとした曇がちらほらと見えていた。
「どうしたんだい、ご主人様?」
「空を見ると雲があるから」
「もしかすると降ってくるかもしれないな」
ローザもシフトと同様に天候を気にしている。
「それだと明日は移動しないでここにいたほうがいいかもしれないな」
「・・・僕としては1日でも早く皇国に行きたいんだけどね」
「ご主人様、急いては事を仕損じる。 ここは我慢するべきだ」
ローザの言葉に冷静になるシフト。
気持ちばかり焦っていることに今更ながらに気付いた。
「・・・そうだな。 ローザの言うとおりだ。 ありがとう」
「いえ、当然のことを言ったまでです」
シフトとローザは明け方までスキルや鍛冶について色々と話し合った。
夜も明けるが雲は更に広がりシフトたちが見える範囲を覆っている。
シフトは雨が降る前に【次元遮断】を発動して半径50メートル以内を外界と隔離した。
「みんな聞いてくれ。 今日はここで1日過ごすことにする」
「ご主人様、よろしいのですか?」
「ああ、どうせこのまま移動しても雨に降られて運転に支障が出るかもしれないからね。 それなら雨が過ぎるまでここで待機する。 その間にみんなに手伝ってほしいことがある」
それだけ言うとシフトは【空間収納】を発動して魔動車を作るのに必要なパーツ、【風魔法】を付与した魔石、それとは別の大きな魔石を3つ取り出した。
シフトは作業内容をローザに伝える。
「ローザ、前回と同じようにこっちにある鉄にパーツに【武具錬成】で一方通行にするように魔力経路を通しておいて。 あとすべてのパーツに耐久力の強化をお願い」
「了解した」
ローザが頷くとシフトは大きな魔石のうち、ゴブリンナイトメアとゴブリンエンペラーの魔石をベルの前に置く。
「ベル、前回と同じように【錬成術】でこの大きい魔石に【風魔法】を付与してくれ。 フェイ、【風魔法】で風が吹くイメージでお願い」
「任せて」
「ばっちりこなしてみせるよ」
ベルとフェイは早速作業に取り掛かる。
「ルマ、質問だが風の障壁と氷の障壁は張ることはできるか?」
「風の障壁と氷の障壁ですか? できると思いますが」
「試しにここで張ってみてくれないか?」
「畏まりました。 それでは風の障壁から展開します」
ルマはまず風の障壁を発動するとルマの目の前に風の壁が展開された。
シフトは風の壁に触れると弾かれる感覚を受ける。
そこら辺に転がっている石ころをとると障壁に向けて軽く投げた。
すると障壁は石ころを防いだ。
「なるほど」
「それでは次に氷の障壁を展開します」
風の障壁を止めて、ルマは氷の障壁を発動すると目の前に今度は氷の壁を展開された。
シフトは氷の中にかなりの不純物が入っていることに気が付く。
「ルマ、申し訳ないけどもう少し氷の中の不純物を減らせないかな?」
「不純物を減らす? どういうことですか?」
「えっと、この空気の気泡があるよね? それを減らせないかなって」
「ご主人様、申し訳ございません。 私の今の力量では無理です」
氷の障壁を消すとルマが謝罪してきた。
ルマの【合成魔法】のレベルが低いのでシフトの要望通りには応えられないのだろう。
「いや、無理を言って済まない。 今回は風の障壁にするか」
「ご主人様、一体何をお考えで?」
シフトは残された大きな魔石を持ち上げる。
「ベルの【錬成術】でこの魔石に【風魔法】で先ほどの風の障壁を張るように付与したいんだ」
「この魔石にですか?」
「ああ、ほかの魔石と違って出力も耐久力も桁違いに高いから今回作るのには打って付けなんだよ」
ルマが不思議そうな顔をしているとベルの作業が終わってシフトに声をかけてきた。
「ご主人様、付与終わった」
「ありがとう、ベル。 悪いけどあと1つお願いできるかな? これにも付与お願い」
「わかった」
「ルマ、頼んでいい?」
「お任せください」
ベルはシフトから大きな魔石を受け取ると【錬成術】による付与を開始する。
しばらくするとベルが声をあげてルマが魔石に対して【風魔法】を発動し、そのあと無事に付与したことを告げる。
ローザのほうも魔力経路を通す作業と耐久力の強化が終わるとちょうど空から雨が降ってきた。
あまりの大雨に雷も落ちていたが予め結界を張っているのでこの中には影響がない。
シフトたちは魔動車の組み立てを開始する。
それからまる1日かけて全員で組み立て作業を行った結果、新たな魔動車が完成した。
今まで使っていた魔動車と比べると大きく4つの点が異なっている。
1つ目はすべてのパーツ、特に車輪が頑丈に作られていること。
2つ目は車体に屋根がつき全体的に高くなったこと。
3つ目は運転とは別に大きな魔石が3つはめ込まれていること。
4つ目は座席にシートベルトみたいなものが取り付けられていること。
それ以外は今までの魔動車と変わらない。
「ご主人様、これのどこが新しいの?」
「屋根がついてただ大きくなっただけのように見えるけど?」
ベルとフェイが不思議そうに新しい魔動車を眺める。
「そうだな。 フェイ、後方の床にある魔石に魔力を流してみてくれ」
「わかった」
フェイは車内に入ると車内後方の床に設置されている鉄のパネルに魔力を流し込む。
しかし、何も起きない。
「ご主人様、何も起きないよ」
「もっと魔力を流し込んで」
「わ、わかった」
フェイはさらに魔力を流し込むが反応しない。
「これならどうだ!」
フェイは自分が持てる最大魔力を流し込むとほんの少しだけ車体が宙に浮いた。
ルマたちは浮いた車体を見て驚いている。
「え?!」
「浮いてる」
「はは、これはまた・・・」
「すごい発想ですわね」
「うぐぐ・・・もうダメ!」
フェイは魔力が無くなり、魔動車は地面に落下した。
ドスン!
「わっ?!」
あまりのことにフェイは声を上げた。
車体から出てきたフェイが質問する。
「一体何が起きたの?」
「車体が宙に浮いた」
「え? これ浮いたの?」
ベルが答えるとフェイは驚いた顔をした。
「それじゃ見せてあげるよ」
今度はシフトがフェイと同じように鉄のパネルに魔力を流す。
すると先ほどのフェイとは比べようがないほど高く浮き始める。
「嘘?!」
そう、今度の魔動車は空を飛ぶことができる乗り物へと進化したのだ。




