126.生きた状態で輸送するのは大変です
シフトたちはアクアルが入った箱を持って今いる首都を出た。
しばらく歩くといつものように魔動車を空間から出して出発しようとしたがここで問題が発生する。
魔動車の屋根と箱の高さでは箱のほうが高かった。
作成当初はオープンカーだったが、実働の翌日に雨風対策が必要となり屋根を作ってしまったのだ。
高さの基準はシフトたちの中で一番背の高いローザの背丈ほどにしたのだが、それでも2メートルには届かない。
そういう理由から魔動車に載せるのが難しくなってしまった。
さてどうしようかと考えていると以外にもベルが答えを提示したのだ。
「ご主人様、この箱ごとそのまま引っ張っていけばいい」
載せられないなら引っ張ればいい。
ただ、それにも問題がある。
箱の底に設置している台車は材料は木だ。
そのまま引っ張っていき万が一にも台車が壊れてしまう危険もある。
そこでシフトはこの箱用に鉄の台車を作成することを決めた。
【空間収納】にはまだまだ鉄のインゴットが大量にあるので取り出す。
今回は箱にフィットするように作らないといけないので一度地面に箱を下ろすことにした。
【念動力】は無機物を動かすことはできても有機物は動かすことはできない。
ダメ元でアクアルが入っている箱を【念動力】で動かしたら見事に動いた。
どうやらアクアルが入っている箱は無機物として扱いになるらしい。
同じように誰かが乗っている魔動車を【念動力】を使って浮かせると問題なく浮かせられた。
だが、ここで更なる問題が発生する。
別に鉄の台車を作成しなくてもシフトの【念動力】で引っ張っていけばいいのではと。
たしかにシフトが【念動力】を使って魔動車と並走するようにアクアルの入った箱を移動させれば事足りるだろう。
ただし、それは短距離であればの話だ。
今から向かう東の海は早馬で少なくとも2~3週間はかかる。
魔動車でもその半分の時間が必要だ。
その間、箱を操作しつつ、魔動車に何かあった場合の対処となると危険すぎる。
話し合った結果、鉄の台車を作成してしっかり固定することで落ち着いた。
シフトは箱の外周に合わせて木の棒で線を引く。
あとは魔動車作成と同じように【空間収納】でプラモデルの金型を作るように土を収納して、そこに鉄を流し込み、できたパーツを組み上げれば完成だ。
完成した鉄の台車に箱を設置するとピッタリはまる。
箱をしっかり固定し、魔動車にもロープで固定すると出発の準備が完了した。
「アクアルちゃん、これから海に向けて出発するから。 もしかして結構揺れるかもしれないけど我慢してね」
『わかりました』
フェイがアクアルに出発することを告げる。
「それじゃ、行こうか」
今日の運転手であるローザが魔動車の運転を開始した。
『え、きゃあああああぁーーーーーっ!!』
ローザが運転する魔動車の移動速度は時速60キロ。
シフトたちは魔動車の速度に慣れているが、アクアルは初めてのスピードに身体が内装の硝子にぶつかりそのままへばりつくような感じになっていた。
幸いにも硝子が分厚く強度があったことと、アクアルの身体が軽かったことにより、最初の衝撃で硝子が割れることはなかったが、魔動車が右に左に揺れるとアクアルも右へ左へと身体を動かされる。
ある程度進むと太陽が西に傾き、空が赤く染まってきた。
ローザは適当な場所で魔動車を止めるとフェイがアクアルに声をかける。
「アクアルちゃん、今日の移動はここまでだよ」
『・・・』
「あれ? アクアルちゃん? おーい、アクアルちゃーん?」
『・・・』
フェイは沈黙をするアクアルを不思議に思い上蓋を開けて中を覗いてみた。
「アクアルちゃん・・・って、大丈夫?! アクアルちゃん!!」
そこには魔動車の揺れに散々振り回されてグロッキーな状態のアクアルがいた。
身体が痙攣しているところから生きてはいるが、まさかこんなにも揺れるとは思っていなかったのだろう。
「ぁ・・・ぅ・・・ぅ・・・」
アクアルはなんとか揺れに耐えきって辛うじて生きている今の自分が不思議でならない。
しばらくすると落ち着いたのか生気を取り戻す。
「えっと・・・大丈夫?」
「・・・(ふるふる)」
フェイの質問にアクアルは首を横に振る。
今のままでは会話が続かないことを察したフェイが上蓋をして質問を再開する。
「ごめんね、アクアルちゃん。 もしかして大変なことになってた?」
『はい、突然水に襲われて身体を動かすことすらできませんでした』
どうやら運転している最中の水力をもろにくらってしまったらしい。
「えーと・・・なんだかわからないけど、ごめんなさい」
『いえ、過ぎたことなのでいいのですが・・・』
「あと、今のアクアルちゃんには凶報になるんだけど、まだ海に到着してないんだ」
『・・・そ、そうなんですか?』
アクアルの声には絶望が入り混じっている。
「とりあえず、東に移動したんだけど海が全然見えなくて・・・」
『もしかするとまた同じことが起こるのですか?』
「今日はもう移動しないけど、明日また移動するのに揺れるかな・・・」
『・・・』
フェイの言葉にアクアルは茫然としてしまった。
「あぁ・・・えっと・・・そうだ、アクアルちゃん、お腹空いてない? 食事にしようよ」
『食事ですか?』
クキュルルルルル・・・
その言葉を聞いてアクアルのお腹から音が鳴る。
「あははははは・・・それじゃ、食事を持ってくるよ。 そういえば、アクアルちゃんは何が食べられるの?」
『えっと、基本は生の魚ですけど、人間族のお店で料理を頂いたことがありまして、肉でも野菜でも穀物でも果物でもなんでも食べられます』
「水からは出られないんだっけ?」
『上半身だけなら水から出しても問題ないです』
「わかった。 すぐに持ってくるよ」
フェイとアクアルが会話しているとちょうどベルが食事の準備を終えたことをシフトたちに伝えた。
「食事ができた」
「ありがとう、ベル」
ベルがシフトたちの配膳を行っている間にフェイは再び上蓋を開けるとアクアルの分の食事をお盆に乗せて持ってくる。
「はい、アクアルちゃん」
「・・・(こくこく)」
水面から上半身を出したアクアルがフェイに頭を下げる。
アクアルは食事に口をつけると目を見開いて思わず声をあげてしまった。
「美味しい!!」
が、それを近くで見ていたフェイの意識を刈り取ってしまったのだ。
「え・・・」
フェイは不意に襲われる眠気に抗えず意識を失い梯子から身体を投げ出す形になった。
シフトはフェイの異常にすぐに気が付くと走っていく。
だが、シフトにも不意に眠気が襲ってくる。
(これは干渉か!)
シフトは咄嗟に【次元干渉】を発動して干渉を拒絶した。
フェイに駆け寄り身体が落下して地面に激突する前に受け止める。
「フェイ! しっかりしろ! フェイ!!」
「Zzz・・・Zzz・・・Zzz・・・」
「眠ってる?」
その直後、ルマ、ベル、ローザ、ユールもその場に倒れて眠りに落ちていた。
「ルマ! ベル! ローザ! ユール!」
「あわわ・・・ごめんなさい」
アクアルが謝ると再びシフトに眠気が襲ってくる。
シフトはもう一度【次元干渉】を発動して干渉を拒絶した。
そしてアクアルの言葉を思い出す。
『わたしたち人魚の声は人間族からみたら特殊で面と向かって話すとその人の意識を刈り取ってしまうのです』
シフトは自分の身に何が起きたかを理解する。
「なるほど、これがアクアルさんがいっていた意識を刈り取るってことだね」
「あ・・・(こくこく)」
アクアルはすぐに声を出さずに首を縦に振るが、たった一言いっただけでシフトは三度目の眠気に襲われる。
シフトは三度【次元干渉】を発動して干渉を拒絶した。
「・・・なるほど、これは強力だな。 『この手に自由を』がアクアルさんを捕まえたことを褒めてやりたいよ」
多分精神干渉を拒絶するアイテムを使って捕まえたのだろうとは思うが・・・
アクアルが困ったような顔をしている。
「アクアルさん、こちらは気にせずに食事を続けてくれ」
「・・・(こくこく)」
アクアルは再び食事を開始する。
その間にシフトは【次元干渉】を使ってルマたちの睡魔を解いていった。
アクアルが食事を終えて水の中に潜るとシフトたちに声をかける。
『ごめんなさい。 あまりにも美味しかったのでつい・・・』
今、箱の上蓋はしてないが直接ではないので干渉を受けることはなかった。
アクアルはシフトたちに迷惑をかけたことに落ち込んでいる。
「アクアル、ベルの料理を気に入ってくれて嬉しい」
『ベルさん?』
「お代わりある、満腹になるまで食べる」
『・・・はい!』
ベルはそれだけ言うと箱の淵に置かれているお盆を一度下げて、お代わりを入れると再び箱の淵に置く。
アクアルは再び上半身を水面から出して食事に口をつけた。
しばらくしてシフトたちは食事を終えるとフェイがアクアルに質問した。
「ねぇ、アクアルちゃん。 あの首都までの間はどうやって運ばれてきたの?」
『わたしも箱の中に閉じ込められていてよくわからないのですが、パカパカという音がしてその度に箱が少し揺れてました』
「あ、馬車で移動してきたのね。 それじゃ、食事は?」
『一定の間隔で箱の蓋が開いて魚を1匹中に放り込んでました。 わたしはそれを食べて生き長らえたのです』
「そうだったんだ」
フェイの疑問に答えるとアクアルからお願いされた。
『あの・・・先ほどみたいにすごい揺れがこれからも続くんですよね』
「まぁ、そうなるのかな?」
『できれば何かしらの対処をお願いしたいのですが・・・』
「僕たちにとって普通でも、アクアルさんにとっては大変な出来事みたいだし、明日の出発までには対処方法を考えておくよ」
『よろしくお願いします』
シフトはアクアルの要望を叶えるべく翌日の出発までに対策を考えることになった。




