108.男の名は
ルマ、ベル、ユールはアイアンゴーレム9体を相手に戦い始めた。
ご主人様と入れ替わるようにローザが駆けつける。
しばらくしてからフェイも合流した。
ルマたちはシフトが来るまでの間、足止め程度で今も戦っている。
「固い」
「あのゴーレムは何でできているのかしら」
「多分鉄だと思うわ」
「この武器では心許無いな」
「さっきの独活の大木とどっこいどっこいかな」
苦戦こそしないが倒せずにいるとシフトが斧を持って戻ってきた。
「みんな、遅れてごめん。 今からゴーレムを駆逐するから」
シフトはローザ手製のミスリルの斧を構えると1体のアイアンゴーレムに向けて駆け出した。
こちらに向かってくるシフトにアイアンゴーレムたちは攻撃を仕掛けるが、それよりも早くミスリルの斧を振り下ろす。
アイアンゴーレムに当たると振り下ろした斧の威力と強度の違いで身体を真っ二つになり、しばらくわしゃわしゃと動いた後に完全に停止する。
シフトは自身の膂力と斧の鋭利さを利用して次々とアイアンゴーレムたちを攻撃していく。
結果残りのアイアンゴーレムも最初の1体と同じ末路を辿ることになった。
シフトが武器を下すとルマたちが近づいてくる。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「ああ、みんなも大丈夫そうだな」
「ええ、ご主人様のおかげでなんとか・・・」
シフトたちは周りを見る。
ローザの折れた剣、ヴォーガスとアーガスの死体、そして鉄の塊。
ここでの戦闘が生々しく残っていた。
「ご主人様、あの・・・」
ルマが申し訳なさそうに声をかけてくる。
「ルマ、どうした?」
「申し訳ございません。 ご主人様に攻撃が当たりそうだったのでつい・・・」
それだけ言うとルマは顔を伏せてしまう。
「気にすることないよ。 それに目的の一部は達成しているから」
「・・・はい」
ルマが元気のない返事をする。
シフトはどう励まそうか考えているとベルが声をかけてきた。
「ご主人様、報告したいことがある」
「ベル、なんだい?」
「ベルと対峙していた男について」
それを聞くとシフトも真剣な顔になった。
「ベル、詳しく聞かせてくれないか?」
「ん、それよりも先に報告だけどベルの【鑑定】のレベルが上がった」
「【鑑定】が? ベル、おめでとう」
シフトのお祝いの言葉に本来なら照れているはずのベルが首を縦に振っただけなのだ。
「ありがとう、だけど今は続きを報告する。 ベルの【鑑定】は今まで文字しか表示されなかった。 だけど今回のレベルアップで数値化してより詳細に表示できるようになった」
ベルの【鑑定】が真に実用レベルにまで達したことに、シフトは嬉しさを感じた。
ベルを奴隷として購入した時、ここまで育つかどうか正直なところわからなかったからだ。
シフトはベルの頭を今すぐ撫でたい気持ちだったが本人は話を続けていた。
「それによりさっきの男を鑑定したらとんでもないことがわかった」
「何がわかったんだ?」
「ご主人様には遠く及ばないだろうけど、ベルたちやさっきの連中より強い」
「ライサンダーたちより強いだと?」
シフトは先ほどのやりとりを思い出す。
ギリギリとはいえシフトの攻撃を躱したのだ、それなりの実力者だとは思っていたが、まさかライサンダーより上だとは思ってもみなかった。
「演技して弱いふりをしていただけ。 それよりも右手に紋様があった。 『この手に自由を』って言ってた。 それとベルやさっきの連中を勧誘してきた」
ベルの口から重要とみられる情報が次々と報告される。
「右手の紋様・・・『この手に自由を』・・・それと勧誘か・・・」
シフトとライサンダーの間に割って入った時に右手の例の奇妙な紋様を隠すことはしていなかった。
そして右手の紋様を束ねる組織こそがベルが言った『この手に自由を』なのだろう。
『この手に自由を』は単に優秀な人材が欲しいのか、あるいは現在人材不足でそれを補うためにシフトやライサンダーたちを勧誘しにきたと考えられる。
そこでふと疑問に思った。
それはライサンダーとルースとリーゼは連れていき、ヴォーガスとアーガスはここに残したのかだ。
「ベル、あの2人を残していった理由はわかるか?」
「使い物にならないって言ってた。 あとの3人は有用だから持ち帰るって」
「・・・」
シフトはライサンダーたちの荷物持ちをしていた時のことを思い出す。
ヴォーガスは『鉄壁』の二つ名の通り勇者一行の盾役だ。
その強靭な肉体で相手の攻撃を受け止め、その力で相手に攻撃するのがヴォーガスの戦い方である。
短気で乱暴者、それがヴォーガスだ。
一方、アーガスは『剣聖』を名乗る勇者一行の攻撃役だ。
相手の攻撃をその剣ですべて受け流してから攻撃に転じる、言わば回避盾みたいな存在である。
寡黙で冷徹、それがアーガスだ。
5人とも癖が強いがこの2人は特に癖が強かったのだろう。
命令を聞くとは到底思えない。
「・・・御せぬ駒など要らぬと切り捨てたところだろうな・・・」
シフトはそう結論付けた。
「そう言えば、あの男の名前を聞いてなかったな。 ベル、鑑定であの男の名前も見れたか?」
シフトの質問に対して、ベルが首を縦に振る。
「あの男の名は・・・」
ところ変わってシフトたちがいる洞窟から数キロ離れた場所。
そこは森や滝が一望できる自然豊かな川辺だ。
「ここら辺でいいかな?」
少年は地面に手をつくと黒い影が現れて周囲が闇に包まれる。
しばらくすると闇が晴れ、黒い影も消えていた。
そこには少年が回収したライサンダー、ルース、リーゼが横たわっている。
3人とも気を失っていた。
「はぁ・・・勇者が使えるか見定めるつもりがまさかこんなことになるとはね・・・」
少年は溜息をついた。
「それにしてもあの攻撃は危なかったな・・・」
シフトの攻撃を思い出すと少年は身震いした。
「あれは間違いなく僕より強いだろう・・・スカウトは失敗するし・・・あーあ、敵対したくないな・・・」
誰にも聞かれていないので少年は本音を口にした。
もし、組織の人間がこれを聞いたら大騒ぎになっているだろう。
少年はライサンダーたちを見る。
勇者を名乗るだけあって実力はそれ相応を持っていると判断した。
ルース、リーゼもスキルに関しては及第点だ。
そういう意味で言うとヴォーガスとアーガスも強さに関しては及第点だがその言動や性格に問題がありすぎる。
少年は総合で判断してヴォーガスとアーガスを泣く泣く切ったのだ。
これからのことを考えているとライサンダーたちは意識を取り戻し始める。
「ん・・・ここは・・・」
ライサンダーは目をゆっくり開けるとそこは洞窟ではない場所だ。
しばらく見ていると違和感からか目を見開き、ガバッと起きる。
近くには全身火傷を負ったルースとリーゼが横たわっていた。
そして見渡すと少年が目に入る。
「おい! ここはどこだ?!」
いつもの口調でライサンダーは少年に問いかける。
「ん? ここは洞窟から少し離れた場所だよ。 殺されなくてよかったね」
ライサンダーは自分の身体に鞭を打つと立ち上がった。
「荷物持ちの分際で生意気な口を利くんじゃない!!」
シフトから受けた傷が完治せず、魔力も碌に回復していない状態なのに少年に突っかかる。
(はぁ・・・勇者じゃなきゃ、こんなバカ助けなかっただろうに・・・)
少年は内心呆れていた。
「そんな状態じゃ僕には勝てないよ? もちろん全快してても勝てないけどさ」
その一言にライサンダーが切れた。
「ふざけるなよ!! このクソガキが!!!」
「うう・・・」
「んん・・・」
ライサンダーが大声を上げたことによりルースとリーゼも目覚める。
「・・・五月蠅い、ライサンダー」
「静かにして」
2人も目を開けて周りを見ると洞窟でない場所に驚いた。
「ここどこよ?!」
「なんでこんなところにいるのよ?!」
声がしたほうをお互いが見る。
ルマとユールが負わせた傷で2人とも全身火傷していた。
「その声はルース? 髪の毛切ったの? なにその火傷? イメチェンでもしたの?」
「その声はリーゼ? なんですか? その火傷は? 醜い姿になりましたね」
お互いが罵り合っていた。
「ルースなのか? 悪いが俺の体力を回復してくれ」
「ライサンダー? ええ、いいですよ」
ルースは【聖魔法】でライサンダーの体力を回復させた。
ライサンダーは自身の身体を確認すると少年に声をかける。
「おい、今なら土下座で許してやるぞ」
「ふ、ははははは・・・ああ、おかしい」
少年の笑いに癇に障ったライサンダーが素手で襲い掛かった。
武器を持っていなくてもライサンダーは強い。
だけどライサンダーの攻撃を少年は簡単に受け止め、そして捩じ伏せた。
「「「!!」」」
「どうした? その程度か? なら殺すよ」
少年の殺気を受けてライサンダーたちは死を直感し、そして悟った。
これには勝てないと。
「ぐぅ、わ、悪かった・・・」
「素直でよろしい」
少年はライサンダーを開放する。
「それだけの力を持っていて俺たちの荷物持ちをやっているなんて・・・お前は一体何者だ?」
少年はライサンダーたちを見据えた上で自らの名を名乗る。
「僕の名前はフライハイト。 『この手に自由を』の首領だ」




