103.暴言
シフトは【偽装】を解いてライサンダーたちのほうへと歩き出した。
怒りの表情を隠すことなく殺気を叩きつける。
ライサンダーたちは通路から感じる気配に気付いたのかそちらを見るとシフトが悠然と向かってくる。
シフトはある程度進むと立ち止まりライサンダーたちを見た。
そこには6人いる。
最初に声を上げたのは『鉄壁』ヴォーガスだ。
「あん? 誰だ? てめぇは?!」
「ちょっとこんなところに子供がいるわよ」
「可哀想に今すぐ楽にしてあげますからね」
『賢者』リーゼがからかい、『聖女』ルースが慈悲をかけるような声を口にする。
「ふ、誰だか知らないがこんなところまで来るとは運が悪い」
「・・・」
『勇者』ライサンダーがシフトを憐れんでいると『剣聖』アーガスが突如シフトに対して接近し抜刀した。
アーガスの剣はシフトには届いていない。
いつものように【五感操作】を使ってアーガスの距離感や平衡感覚を狂わせているのだから。
「!!」
「ちょっと! アーガス!! なに人が見つけた玩具を壊そうとしているのよ」
「そうですよ。 彼は私の手でこ・・・んん、神のもとへと誘うんですから」
「はぁ?! あれはあたしが目でマーキングしたんだからね!! 勝手に取らないでよ、ルース!!!」
「あなたこそ寝言は寝て言いなさい。 彼の顔を絶望に染めれば神もお喜びになりますわ」
アーガスの行動に批判しつつ、どちらがシフトを殺すか言い争うルースとリーゼ。
あまりのバカらしさにシフトは笑ってしまった。
「あははははは・・・ああ、おかしい。 折角僕がお前たちに復讐しに来たのに呑気な連中だな」
「・・・てか誰?」
「あなたなんて知らないですわよ」
示し合わせたように言葉を口にするルースとリーゼ。
「もう2年以上前だものな、忘れていて当然だろう。 僕の名前はシフトだ」
「シフト? ・・・シフト・・・シフト・・・」
「聞いたことがある名前ですわね」
ルースとリーゼはまるで知らない素振りを見せる。
そんなやりとりの最中でもアーガスは何度か攻撃するもかすりもしないことから一度距離を取り油断なくシフトを見ている。
「へっ! 名前なんて覚えなくてもいいだろ? どうせこの場で殺すんだからよ!!」
ヴォーガスが右手で殴ってくるとシフトはその拳を掌で受け止めた。
「!!」
「相変わらず暴力的だな、ヴォーガス」
シフトはヴォーガスの懐に入ると手加減して腹を殴った。
普通の人間がヴォーガスの鋼の身体を攻撃すれば拳を痛めるだろうが、今のシフトにとってはそれは薄っぺらい装甲と変わりない。
その証拠に攻撃を受けたヴォーガスはライサンダーたちのほうへ吹っ飛んでいった。
「ぐはぁ!!」
ヴォーガスは地面に叩きつけられると息を思いきり吐き出してしまった。
異様な光景に先ほどまで和やかとしていた雰囲気が一変、緊張に包まれる。
「へぇ・・・この筋肉ダルマを吹っ飛ばすなんて普通はできないのにね」
「なまじ強さを持っていて神の御使いである私たちを敵にするとは・・・なんて愚かなことでしょう」
ルースとリーゼはシフトの異常な強さに警戒心を露わにした。
そこにヴォーガスが立ち上がり咆える。
「て、てめぇ!! よくもやってくれたな!!!」
ヴォーガスは怒りに身を任せ再び拳で攻撃してきた。
シフトもその拳に対して拳で攻撃する。
両者の拳と拳がぶつかり合う。
結果はヴォーガスの拳と骨に罅が入り切り裂かれ皮膚からは血が噴出した。
「!! うがあああああぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!!」
ヴォーガスはあまりの激痛に痛めた拳を反対側の手で押さえるとその場で狂ったように上半身を動かす。
シフトはヴォーガスの足を転ばせるとルースに向かって蹴り飛ばした。
ルースは突然のことに対処できずヴォーガスの身体を諸に受けた。
「がはぁ!!」
「きゃっ!!」
「この!! 調子に乗ってじゃないわよ!!!」
リーゼがシフトに対して【火魔法】で火球を放った。
しかしその火球はシフトに着弾する前に通路から放たれた【風魔法】によりかき消された。
「ちっ!! 誰よ!! あたしの邪魔をするのは!!!」
リーゼの声に現れたのはルマたちだった。
「私のご主人様に手を出すとはいい度胸ですね」
「ん? って、あんたまさかルマ?!」
「あら、私のことを覚えていたの? リーゼ」
「忘れるわけないじゃん♪ あんたを嵌めて今の地位を手に入れたんだから♪ あたしの邪魔をするなんてあの時ちゃんと焼死させとけばよかったわ」
「そう、あれはやっぱりあなただったのね、リーゼ」
「今度は全身火傷ではなく骨までも燃やし尽くしてあげる♪」
「できるものならやってみなさいよ」
ルマとリーゼが言い争っていると復活したヴォーガスとアーガスが割り込んできた。
「おいおい、殺すんじゃねぇぞ。 あの女はあのガキの目の前で犯すんだからよ」
「ヴォーガス、貴様には過ぎた代物よ。 あの女は某の物だ」
「あん?! 俺に喧嘩売ってるのか? アーガスよ!!」
「某が味わった後ならくれてやる」
ヴォーガスとアーガスがいがみ合っているとルースがユールに声をかける。
「あら、ユール。 あなた意識があるの?」
「! わたくしの意識を刈り取ったのはあなたなのね、ルース」
「ええ、そうよ。 あなたは煩わしかったので私特性の薬物で『聖女』候補を降りてもらったわ」
「なら、この恨みはあなたに返させていただきますわ」
「あなたにできるかしら? いいとこのお嬢様」
「ええ、できましてよ。 あなたみたいな外道なら特にね」
ユールとルースも因縁めいたやり取りをしている。
「おい、ルース! 壊すんじゃねぇぞ。 俺の楽しみを奪うなよ」
「ヴォーガスが先でも同じこと。 お主の後は反応がなくてつまらぬからな」
「へ、それは女共がひ弱すぎるんだよ」
その会話を聞いていたローザとフェイがイラっときた。
「あいつら女を何だと思っているんだ」
「奇遇だね、ローザちゃん。 ぼくもカチンときたよ」
それだけ言うとローザは剣を抜刀し、フェイは拳と拳をぶつけ合う。
「あん? こんなメスガキ犯しても全然面白くないんだけどな」
「左様、あちらの豊胸の娘たちならともかくこんなまな板娘たちを相手では萎えるな」
ヴォーガスとアーガスのやり取りを聞いたローザとフェイは能面のような表情になった。
「ご主人様の獲物だけど、こいつらぶっ殺していいよね?」
「本当はダメだけどいいんじゃないか?」
ローザがアーガスと、フェイがヴォーガスに対峙する。
こうなってしまってはルマたちを止められないと悟ったシフトは好きにさせることにした。
それで死ぬなら止む無しと諦めている。
「それで君が俺の相手をするのかい?」
「本来であればお前たち全員を相手にする予定だったんだけどな」
「俺たち全員を相手にするだと? さっきのヴォーガスとアーガスを相手に優勢を決め込んでいたようだが俺はあの2人とは違うぞ」
「知っているさ。 お前たちの強さをな」
「お前の女を全員置いていけ。 そうすれば命だけは助けてやる」
「断る。 僕のこの手でお前たちを殺す」
シフトとライサンダーが舌戦するが、お互いに譲る気配がない。
「ゆ、勇者様。 ぼ、ぼくはどうすればいいのですか?」
「とりあえず、そこの女を相手していろ。 そのくらいならお前にもできるだろう?」
「は、はい。 が、頑張ります」
ライサンダーが命令すると少年は武器をベルに向けた。
「ベル、悪いがあの少年を頼む」
「うん」
「あと僕の近くにいないほうがいい。 巻き添えを食らう可能性があるから」
ベルは頷くと少年に意識を向ける。
かくして対戦カードが決まった。
シフトVs『勇者』ライサンダー。
ルマVs『賢者』リーゼ。
ベルVs謎の少年。
ローザVs『剣聖』アーガス。
フェイVs『鉄壁』ヴォーガス。
ユールVs『聖女』ルース。
これを制したものが相手を屈服させられる。
その場にいる者たちがお互いをにらみ合う。
そして戦いの火蓋が切られた。




