100.久しぶりのミルバーク
シフトたちは王都から5キロくらい離れると【空間収納】から魔動車を取り出して東南東を目指すことにした。
普通にガイアール王国の極東にあるモオウォーク辺境伯領まで歩くと最低でも4~5ヵ月かかるが魔動車で移動することで大幅に短縮できるだろう。
モオウォークを目指してから15日が経っていた。
今日も今日とて平原を走っているとベルが急に声を上げる。
「ご主人様、ここ見覚えがある」
「ん? そうなのか? ユールちょっと止めてくれ」
運転していたユールが止めるとシフトたちは魔動車から降りて平原に立つ。
「確かに見覚えがあるな」
シフトが考え込んでいるとフェイが思い出したように声を出す。
「あ、ご主人様。 ここミルバークですよ。 ここら辺に・・・あ、あった」
フェイが【風魔法】で雑草を刈るとそこにはルマが露天風呂を作った形跡の土の掘り方があった。
「まぁ、懐かしい」
「よく料理作った」
「ご主人様に負かされたな」
「結局ご褒美ゲットできなかったけどね」
「今では良い思い出ですわ」
ルマたちが当時を思い出し懐かしさから感傷に浸っている。
「そうだな、せっかくここまで来たんだからミルバークに寄って行くか。 みんないいかな?」
「「「「「はい、ご主人様」」」」」
シフトは魔動車を空間にしまうと北東にあるミルバークの町を目指してルマたちと歩き出した。
30分後───
シフトたちは見覚えのある町が見えてきた。
西門に辿り着くと久しぶりにあの声が聞こえてくる。
「ん? よう坊主。 久しぶりだな。 元気にしてたか? 嬢ちゃんたちも元気そうだな」
そう、ここにいる間いつも気に留めてくれていた衛兵アルフレッドが声をかけてくれたのだ。
「お久しぶりです。 僕たちは元気ですよ」
「おう、俺も坊主と別れてからここでずっと頑張ってるぞ」
アルフレッドは愉快そうに笑うとシフトたちもつられて笑っている。
「あれから2年以上経つからもうここを忘れたのかと思ってたぞ」
「すいません。 王国中を旅していたので忘れていた訳ではないんですよ」
「王国中を? そりゃ、大変だったな。 もし良ければ一杯飲みながら旅の思い出を聞かせてくれないか?」
「ええ、良いですよ。 たしか『猫の憩い亭』の前に食事処がありましたよね? そこでどうですか?」
「おお、いいぞ。 それじゃまた後でな」
シフトたちはアルフレッドと別れると町の中に入っていった。
ここを旅立ってからおよそ2年と2ヵ月経過しているが町並みは全然変わっていない。
ここで生活していた時にお世話になった『猫の憩い亭』に足を運ぶ。
外観は全然変わってなく、中に入ると当時の雰囲気が残ったままだ。
「いらっしゃいませ、猫の憩い亭へようこそ。 6人様ですか? 生憎と大部屋が一番上の部屋しかないのですが・・・」
受付嬢はシフトたちを見ると少し難しそうな顔をして部屋を勧める。
奇しくも最初に宿を借りた時と同じ最上階の部屋しか空いてなかった。
シフトは懐から金貨3枚をカウンターに置く。
「それじゃ、その最上階の部屋を借りるよ」
「えっと・・・3日分ですね? ありがとうございます。 それでは案内させますね」
受付嬢は鈴を鳴らすと一人の少女がシフトのところにやってくる。
「お呼びでしょうか?」
「こちらの方たちを最上階の部屋に案内して頂戴」
「承知いたしました。 お客様方、荷物は?」
「大丈夫。 旅で使ってる袋だけだから自分たちで持ってくので問題ない」
「畏まりました。 それではお部屋にご案内いたします」
少女の後についていき最上階の部屋に通される。
ここも当時のままで懐かしい。
「こちらがお客様方の部屋です。 何か御用がありましたらこちらの呼鈴を鳴らしてください。 あと、こちらはこの部屋の鍵となります」
少女から部屋の鍵を受け取る。
「ありがとう。 今日の夕食は外でとる。 また何かあれば呼ぶよ」
「畏まりました。 それでは失礼いたします」
少女が出ていくとシフトたちは部屋の椅子やベッドの上に各々座る。
「ここも久しぶりですね」
「ベルにとってご主人様との始まりの場所」
「たしかにわたしたちの出会いはここからだったな」
「そうだね。 すべてはここから始まったんだよね」
「また、ここに来れるとは思ってもみませんでしたわ」
あの頃のルマたちは絶望していてとても暗い顔をしていた。
しかし、今はシフトに仕えて生き生きとしている。
「さて、僕はこれから冒険者ギルドに行こうと思うんだけど、みんなはどうする?」
「わたしは硝子についてこの町の鍛冶師のところに行こうと思います」
「ローザ、ベルも一緒に行く」
「ぼくはここでのんびりしているよ」
「私も長旅で疲れているのでここで休みます」
「わたくしもここにいますわ」
ベルとローザは硝子について鍛冶屋と錬金術師の工房へ、ルマとフェイとユールは部屋で寛ぐようだ。
3人に留守を任せるとシフト、ベル、ローザは宿を出た。
「それじゃ、僕は冒険者ギルドに行くから」
「ベルたちも工房にいってくる」
「終わったら宿に戻るから」
シフトは冒険者ギルドへ、ベルとローザは鍛冶屋と錬金術師の工房へと向かった。
シフトが冒険者ギルドの入ると中は昔と変わらぬままだ。
感慨に耽っていると声をかけられた。
「シフト様?」
声をしたほうを見るとそこにはサリアが立っていた。
「あ、サリアさん。 お久しぶりです」
「ええ、本当に久しぶりですね。 いつこちらに戻られたのですか?」
「つい先ほどです。 といっても滞在期間は3日の予定ですが」
「そうなんですか。 あ、ギルマスのところに案内しますね」
サリアはシフトをギルバートのところに通そうとする。
「えっと・・・ギルドマスターは忙しいのでは?」
「大丈夫です。 ギルマスもシフト様に会いたいと思いますので」
「そうですか? それなら挨拶していきます」
「では、こちらへどうぞ」
サリアに案内されギルバートの部屋の前まで来た。
サリアは部屋の扉をノックした。
『誰だ?』
「サリアです」
『入れ』
「失礼します」
ギルバートとサリアのやり取りも久しぶりである。
部屋に入るとギルバートがシフトの姿を見て驚いた。
「! やぁ、シフト君、久しぶりだね」
「お久しぶりです、ギルドマスター。 最後にお会いしたのは王都でしたよね」
「ああ、あれから1年と2ヵ月くらい経つかな?」
「あら、私なんて2年と2ヵ月ぶりです」
サリアはテーブルに御茶3つと茶菓子を置いた。
シフトは遠慮しないで椅子に座る。
ギルバートとサリアはシフトの対面に並んで座った。
「それにしても久しぶりだね。 元気だったかい」
「ええ、お陰様で元気にやってますよ」
「そうか、旅の目的は達成できたのかい?」
ギルバートは遠慮なく聞いてきた。
シフトは首を横に振る。
グラントとのやり取りを見られているので今更隠すようなことはしない。
「いえ、まだです。 これから向かうところです。 近くまで来たのでここに寄っただけです」
「そうだったんだね。 まぁ、元気な姿を見られただけでも良かったよ」
「ルマ様たちは一緒ではないのですか?」
「ベルとローザは工房へ、ルマとフェイとユールは宿で寛いでます。 みんな元気ですよ」
サリアの疑問にシフトが答えた。
「それは何よりだ。 ところで王都で別れた後はどこに行ってたんだい?」
「えっと、パーナップ辺境伯領に行って、そこから獣王国、ヴァルファール伯爵領、デューゼレル辺境伯領、王都スターリインを経由してここに戻ってきました」
「ああ、そうなんだ・・・?」
「シ、シフト様、つかぬ事をお伺いしますが、今言われた地名に行かれたのですか?」
シフトは口に出してから失言に気づいた。
「え、ええ、まぁ・・・」
ギルバートとサリアは顔を見合わせて溜息をついた。
「シフト君、いったい何をしたんだい?」
「やだなぁ、ギルドマスター。 僕が何かした前提で話すのやめてくださいよ」
「早馬で旅しても普通に無理だから。 特にパーナップとデューゼレルの間にある砂漠にはサンドワームが大量にいて越えるのですら難しいから」
Sランク冒険者であるギルバートは国内の事情について詳しいのだ。
「オフレコでお願いしますよ。 実はローザの【鍛冶】を使って馬がいらない乗り物を作ったんです。 それで徒歩や馬よりも楽に旅ができたんです」
「馬がいらない乗り物? そんな便利な乗り物があるならさぞや陛下は欲しがっただろうな・・・」
「ギルドマスターの言う通りです。 どこで情報を手に入れたのかわからないですが鉄で作ったのに白金貨1枚で購入すると言い出したくらいですから」
「白金貨1枚?! 国王陛下の本気を感じます」
「サリアさんの言う通りです。 僕は売る気はないのですが・・・」
「なら作ってくれとか言われたのかな?」
「それはナンゴー辺境伯ですね。 作りませんでしたけど」
シフトは当時のグラントとナンゴーのしつこさを思い出すと辟易している。
「それでその乗り物を使って色々な場所を見て回ったと?」
「作ったのはつい最近です。 だけどそれのお陰で旅が格段に楽になったのは事実ですね。 徒歩での旅も良いのですがどうしても時間がかかりすぎる」
「たしかに陛下に報告しに行くときは早馬を使って最短でも1ヵ月はかかるからね。 馬とて生き物だから酷使させる訳にはいかないんだ」
実際には馬の量産は難しいし、仮にできても調教して人に慣れさせないといけないのである。
「すべてはベルとローザのおかげです。 僕1人では絶対に無理だったのでね。 さて、僕はこの後衛兵のアルフレッドさんに食事を誘われたのでそろそろお暇します」
気が付けば空は夕焼けで赤く染まっていた。
「ん? もうそんな時間かい?」
「あら、時が流れるのは早いものですね」
「それじゃ僕はこの辺で・・・」
「シフト君、僕もその食事に参加してもいいかな?」
「私も参加したいです」
ギルバートとサリアはもう少し話をしたいのだろう。
シフトとしてもせっかくここに来たのだからもう少しだけ一緒でもいいかと許可する。
「僕は構いませんが、ギルドは大丈夫なんですか?」
「それなら心配ない」
「いつものことですから」
「それなら行きましょうか」
シフトが立ち上がるとギルバートとサリアも立ち上がって用意をし始める。
しばらくしてからシフトたちは3人で『猫の憩い亭』の前に食事処に移動するのであった。