悪逆王女と平穏な日々1
「リリアンヌさま、またあの方が!」
「――またですか。もうこれで何度目ですの?」
執務室で貧民街の問題解決に頭を悩ませていたリリアンヌは、その報告にため息を吐いた。
✫ ✫ ✫
クレーレ領に帰ってきたリリアンヌたち。
領主さまが帰ってきた!と喜ぶ使用人たちの視線は、次にひとつの場所に向けられる。
それは――王家の紋章が記された馬車、しかもそれは、罪人を運ぶものだったのだ。
中に入っているのは、レオンハルト達。
ハインリヒが言った、待遇、というのは、貧乏領地、クレーレ領での無期限謹慎。
今まで贅沢をしてきた彼らは、他の貴族が着るものよりも質素な服を着て、質素な食事をし、簡素なベッドと机しかない、狭い一人部屋で過ごさなければならない。しかも、暇つぶしと呼べるものはなく、唯一部屋にある本棚には、歴史書など、難しい者しかない。そのうえ、一日ずつ交代で五時間は勉強の予定が入っており、お互いに会うことが禁止され、外に出る時間も制限されている。
つまり、ただ淡々と毎日を過ごすしかできないのだ。
その日々が始まってから、大きな魔力を持つリーナは、逃走しようとした。
だが、すぐにカイルによってつかまり、破壊された部屋の壁などは、国に請求している。
魔力封じの枷を付けられているというのに、彼女は、それをものともせずに逃げようとするのだ。
ジーク曰く、リーナの魔力はリリアンヌよりちょっと多い、ぐらいらしく、ジークと比べると、全然勝負にならず、少ないのだとか。リリアンヌがちょっと頑張れば、リーナより魔力を多くすることができるそうだ。
とにかく、リリアンヌとしては、領主館がこれ以上破壊されないように、国に物申したいのだが、王太子が謹慎となり、教会の不正が判明した今、王都が揺れているのだとか。
罪人の相手は出来ないらしく、こんな僻地に仕事が回ってきたのである。
世話係の侍女・侍従たちは、彼らの我が儘のせいで、毎日のように異動願いを出し、それを受理していくと、結局世話係がいなくなる。
ここで、冒頭に戻る。
この日もリーナは脱走した。侍女たちは、もう限界、といった風である。
そこで出てきたのが、あの戦争前からいる古参の使用人で、図書室の司書であった。
彼女は、「私にお任せを」と、リリアンヌに自信満々の顔で言った後、カイルを伴って、彼らのもとへ向かった。
約一時間後、戻ってきた彼女にリリアンヌが、「どうでした?」と聞くと、彼女は、
「いい子たちでしたよ」
と、いい笑顔で言ったのだ。
その翌日、「ありえないほどおとなしかった」という、食事運びの侍女の報告があがり、不審に思ったリリアンヌが様子を見に行くと、本当におとなしかった。
理由はともあれ、大人しくなった原因と考えられる司書に世話役を任せると、悪い報告を一切聞かなくなった。
そのため、毎日が平和になった――のだが。
嵐というものは、平和な日々に、突然舞い込んでくるのだ。
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リリアンヌは、貧民街に来ていた。
クレーレ領の貧民街は、数か月前の林業の発達により、経済活動が活発になり、以前とは比べ物にならないほど裕福になっていた。
ただ、比べる対象が貧しすぎたため、普通の生活ができる、という程度だが。
リリアンヌたち――連れてきた側近はセシルとカイルのみだ――は、とある石造りの家の戸をたたいた。
ほどなくして、扉が開く。
「どちら様――!リリアンヌさま!お久しぶりです!」
その家の家主は、メイラ。貧民街偵察の際、奴隷商人に誘拐されかけ、リリアンヌたちに助けられた少女である。
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「メイラ、あれから大丈夫なのかしら?」
「はい。お父さんとお母さんが話し合って、結局、離婚になりました。そのあと、リリアンヌさまの支援で、お母さんは回復しました。いまは再婚して、ふたりとも共働きなんですけど――私のきょうだいも、元気ですよ。それもこれもリリアンヌさまのおかげです」
メイラは、前よりも健康的になり、きれいな服を着ていた。元々可愛らしかった顔立ちも磨きがかかり、桃色の髪が艶々している。
そして、驚くべきが一つ、彼女には魔力があった。
風属性。彼女の持つ魔法は、『情報を運ぶ』ことがとても優れていたため、彼女自身、五感が優れている。
「あっ、そうだ。ガーベラの皆が集まってると思うんですけど……行きませんか?」
その誘いに、リリアンヌは快く頷いた。
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ガーベラ。クレーレ領で、リリアンヌに才を見出された者のことを、人は皆、そう呼ぶ。
その才というのは、芸術面に秀でた者である。
例えば、刺繍。人より優れている。そう認められれば、ガーベラの一員だ。
平民には姓がない。そのため、ガーベラと認められたものは、任意で姓がガーベラとなるのだ。
だが、人よりとても優れた者もいる。そのようなものは、特別な姓を与えられる。
メイラが例だろう。彼女は、物を書くことが得意だった。
己の属性、風魔法を使い、情報を集め、そこからネタを思い浮かべ、想像のままに書く。
リリアンヌの専属小説家になった彼女は、『フェルン』の姓を与えられた。
この世界には娯楽が少ない。そのため、芸術家は重宝される。
その少ない娯楽の中でも、小説はかなり少ない。何故なら、紙とインクは高価だ。
紙の面では、クレーレ領は問題ない。原料である木はたくさんあるし、紙職人も増えてきた。
インクの面でも、リリアンヌの支援があるため、領主館からの支援が途絶えない限り、クレーレ領内での小説の発行は、最早ティメイア王国内での主産地ともなりつつある。
小説家は基本、上級貴族のパトロンを得ているが、クレーレではガーベラという組織に入り、紙やインクが無償で提供される。上級貴族のパトロンを得ている小説家は、執筆した小説を他に売ったりはしない。そのため今まで、ティメイア王国は小説という娯楽品が少なかったのである。
それはさておき、ガーベラの長は決まっておらず、リリアンヌが管理している。
そろそろ、誰かに任せようとは思っているのだが、適任者がおらず、結局、統率者の件は保留にされている。
それはさておき、ガーベラは、クレーレ領の文化的な発達に役立っていた。
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クレーレ領主館のとある部屋。
そこには、この場に合わない美少女がいた。
その腕には、魔力を封じる枷がはめられている。
彼女——リーナは、憎悪に満ちた表情で、部屋の扉を睨んでいた。
あの扉は、彼女には開けられない。
闇の魔導士お手製の、あの怨念にも近い扉は、触れれば地獄を味わうことになる。
「なんで……なんで、こんな目に遭わなければいけないのよ……⁉」
これまで、「リーナ」として生きてきて、この約一年半は幸福だった。
これからも王妃として、幸せを手にするはずだったのに。
「あいつ……あいつさえいなければよかったのよ……!」
ラスボスとして登場した彼女。今まで自分の思い通りにならなかった国王が、彼女を左遷した、ということを聞いた時は、狂喜乱舞した。
少しの間深呼吸をした彼女は、口元を歪め、
「絶対に、許さない。ヒロインとヒーローは最後に幸せになるものなのよ……!
私に逆らうやつは、全員不幸にしてやる……!」
彼女が理解していないのは、二つ。
一つは、リリアンヌが「左遷」されたのは、所詮、「王女」というのは、役職に過ぎなかったからだ。
「王妃」という立場も然り。ほとんどが政略的なものであり、それでも愛し合っていたハインリヒとマリアベルは珍しいのである。
もう一つは、この世界のこと。
この世界は、ゲームの世界ではない。
――現実だ。
ご読了有り難うございました。




