断罪と結末
「は……?リリアンヌが、私の味方を作っていた……?」
ハインリヒの言葉に、面食らったように呟いたレオンハルト。
それまでぽかんとしていたリリアンヌたちは、やっと状況把握ができた。
「あの、陛下。この場は、レオンハルト・クレア・ティメイア王太子殿下、リーナ・メーデル子爵令嬢、及び側近を断罪する場、と考えてよろしいでしょうか」
「その通りだ。この者たちは、少々勝手がしすぎた。罪を明らかにし、処罰を決める」
「――それは、一領主である、わたくしや、セシルたちが聞いてもよろしいことなのですか?」
「構わない。クレーレ領にもかかわりがあることかもしれないからな」
クレーレ領にもかかわりのあること。
ハインリヒの言葉に、リリアンヌたちはピリピリとした空気を纏った。
✫ ✫ ✫
そこからの話は、驚愕な事実ばかりであった。
「まず、レイラ・テネレス公爵令嬢に対する行いについて。ハルバード」
「はい。レオンハルト殿下とリーナ嬢が、婚約者であるレイラ嬢を置き、夜会の際、お茶会の際などに、前者の令嬢を優先したことが一つ。レオンハルト殿下が、リーナ嬢へ宝石やドレスを買い与えるために、レイラ嬢の予算を使っていたことが一つ。リーナ嬢が、レイラ嬢に対する悪意のある、嘘の情報を流し、側近の方々がそれを流したことが一つ。そして、レオンハルト殿下が、リーナ嬢を王妃にしたいがために、レイラ嬢を第二妃にする、と公言したことが一つ」
「――はぁ?王太子殿下はその意味が分かって仰っているのですか」
「さぁね。私も分からないわ」
レオンハルト達は、犯罪を犯しているし、忠臣であるテネレス公爵家を蔑ろにするような、発言をしている。
レイラは、帝国などの、ティメイア王国を遥かに凌駕する大国からの、姫の輿入れがない限り、次期王妃という立場が揺らぐことはない。そして、周辺諸国には、レオンハルトと歳が釣り合い、お互いに利害が一致する国の姫がいない。該当する国は幾つかあるが、それぞれ婚約者がいたり、大国への輿入りが決まっている。
そのため、レイラが第二妃になるようなことは、ありえない。しかも、その理由は、要約すれば、『レイラに面倒事を押し付け、リーナは王妃という立場と贅沢を楽しむため』という、馬鹿げた理由である。テネレス公爵家及び多くの分家が、王家と対立し、国が真っ二つに割れ、何十年も前から、少しずつ、できていた溝が、大きく、深くなるだろう。最悪、内紛に発展し、そのすきを突き、他国から攻め込まれるかもしれない。
王家の子供ならば、十歳になるまでには考えられるようになることを、この王太子たちは分かっていない。テネレス公爵家が、絶対に敵に回してはいけない、『影』を統括する家だということも、分かっていないのだ。
「そういえば、お前は――リーナ・メーデルを聖女にまつり上げたそうだな。後で調べてみたが、全くの出鱈目だったぞ。その娘には、聖女の持つ『癒しの力』が備わっていない。アーゲル家曰く、『癒しの力』は、アーゲル家の娘が持つ、『聖光』属性らしいな」
「――はい?」
誰よりも驚いたのは、他でもないリリアンヌである。
「そんなわけないわ!王様、信じてください!私は、本当に『聖女』なんです!」
「そうですよ、父上!リーナの言う通りです。私はこの目で見ました。リーナの、『癒しの力』を!足が切断された騎士でさえも、一瞬で治ったのですよ!」
「そのことに関してならぁ、さっき、リリアンヌさまの優秀な闇魔法使い君が暴いたよぉ」
「本当か?ユーリ?」
「はい。といっても、かなり簡単なトリックでしたけどぉ。王族にしか、分からない知識がありましたぁ。それはまるで……」
ユーリは、そこで一旦言葉を切ると、リーナに馬鹿にするような視線を向け、
「まるで、前に一度、全てを見たことがあるかのように、ね。調べてみたけど、リーナ・メーデルが王宮の禁書書庫に入った記録はありませんでした。同じく、レオンハルト様も」
「そうか、それで、ジーク――といったか。その、トリックというのは?」
「はい。ユーリさまに頼み、無の魔法を調べていただきました」
「無の魔法、とは?」
「無の魔法は、大昔、人間界を創造するために、神が使ったとされる、失われた魔法です。今現在、帝国とティメイア王国でしか、その魔法は使用できません。
そして、その無の魔法の中に、該当する魔法がありました。
再生の魔法。対象者の寿命を代償に、破損した体の一部を、完全に再生する、禁忌の魔術です。
癒しの力は、魔力以外にこれといった代償がいりません。ですが、再生の魔法は、大きな代償が要ります。その騎士は――長くても、あと五年でしょうね。最初は体の骨がどんどん脆くなっていき、次に食欲がなくなり、どんどん衰弱していきます」
「つまり、リーナ・メーデルは、それを使ったと」
「はい。リリアンヌさまが、本物の聖女であるのなら、それ以外に方法はないかと」
「――!私、確かに無の魔法を――再生の魔法を使いました。ですが!王様!リリアンヌさまは、私に対し、度重なる虐めを行いました。そのような方が、本当に聖女と認められて良いのですか⁉」
リーナは、開き直った。人一人が、寿命を縮められた、未来が奪われたというのに。全く悪びれていないように。
だが、それに対し、再びジークが、
「――下賤な者が差し出がましいと思われますが、陛下、これも無の魔法で証明ができます」
「そうか。言ってみよ」
「はい。――無の魔法、魅了です」
「魅了――己より魔力が低い人間を、自分の思うがままにする魔法か」
「その通りです。それにより、リリアンヌさまは、リーナ様への恨みを行動に出したのかと。クレーレでのリリアンヌさまは、とても穏やかな方でした。噂が嘘のように」
「つまり、リーナ・メーデルは、ただ魔力が高いだけの、なんてことのない人間、ということか」
「極端に言えばそうなりますね。ですが、レオンハルト殿下がリーナ様を愛している、というのは、全てが間違いではないと、俺は思います」
すべてが明かされ、リーナは悔しそうにした。
「さて、全ての罪が明かされたところで――この場にいる全員の待遇を決めよう」
ハインリヒがそう言い、まず、レイラに目を向ける。
「レイラ・テネレス。其方は被害者だ。よって、前々から打診されていたアーゲル家との婚約を命じ、レオンハルトとの婚約破棄を認める。
次に、ハルバート、ユーリ。二名は王太子を諫め、尚且つ私の命令を遂行した。テネレス公爵本家の者は、各々好きな職に就いていい。協力した分家筋の者も、待遇を改めよう」
ハインリヒは、テネレス公爵家の者たちに、そう約束した。
本家、ということは、レイラもその中に入っているのであろう。行動的で、他国との交流を積極的に行っている彼女なら、外務大臣についていそうな気がする。
近い未来、ハルバートは宰相、次男は近衛騎士団長、三男は魔導士団団長、間諜が得意なユーリは、『影』の最高指導者についている様子が、容易く見えるような気がする。
「リリアンヌ、お前は、泣き言を言わず、無理難題の解決を試みたらしいな。採点は五十点。効率が悪すぎる。
だが――十四歳という歳で、その国民を守ろうとする気持ちは、王族にふさわしい。お前には、クレーレ領を与えよう。自分の理想の領地を作れ。それが、お前に課す、課題だ。物足りなくなったら、王国という名の課題をやってもよいぞ。そのときは、お前の優秀な側近を側においてもいい」
それはつまり、リリアンヌを女王にしてもいい、ということである。
だが、聖女を王とするのはいかがなものか。それをハインリヒに聞くと、
「別にそのような決まりはない。最上級の護衛と警戒をすれば、聖女であろうが、女王になれる」
と、全く気にしていないように言われた。さすがは愛娘を貧乏領地、そして警備が不十分な場に送り、無理難題を与えた王である。
「さて、つぎにお前たち愚か者どもの待遇についてだが――」
ハインリヒは、誰もが驚愕に思えることを口にした。
ご読了有り難うございました。