悪逆王女と産業計画
リリアンヌは、クレーレ領主館に帰ってきた。
セシルたちだけでなく、カイル、そして海賊団の者たちも一緒に。
そして驚いたことに……レイラとユーリが、再び来ていた。
「えぇっと……どうされたのですか?おふたりとも」
「そんなの決まってるでしょ。貴女の出してくれた提案のことよ。提案」
「条件を達成してくれたから……父上もいいって」
「さ、プレゼンして頂戴」
それにリリアンヌはポカンとしたが、すぐに気を取り直して、
「わかりました。準備するので、会議室で少しばかりお待ちください」
と、営業スマイルで言った。
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「さて、テネレス公爵家へ援助を要請した『クレーレ領産業計画』ですが、これは、木材の自給率を上げるためのものです」
会議室に移動した一行は、リリアンヌのかねての計画を説明、または聴いていた。
「ティメイア王国の木材自給率は限りなく0に近く、それを輸入で補っています。
輸入に頼るばかりで、市井に出回るものは質が悪く、それなのに高く販売されており、木は高級品の意識が強いのではないかと思います。
ティメイア王国に木材を輸出している主な国は、アリゼリア公国。
ですが、彼の国と我が国の木は、全く材質が違うのです」
「確かに……アリゼリア公国から輸入される木材は、細くて柔らかいものが多いわね」
「はい。十年程前は、王国も林業が盛んでしたが、その後、働く人が少なくなり、今や林業で生活している者は百人にも満たないという資料があります。
ティメイア王国の木は、太くて硬いものが多いので、アリゼリア公国から輸入された木材を、嫌う方も多いでしょう。
次に、何故クレーレで林業を産業にするか、という点ですが……」
「クレーレ領でするのなら、漁業がいいんじゃないの?」
「確かにユーリさまがおっしゃる通りですわ。ですが、漁業が盛んな領地は他にもありますもの。碌に整備がされていないこの領地では、テネレス領をはじめとした、大きな領地には全く敵いませんわ。それに、わたくしの呼び名もあり、クレーレの魚は、他領では全く売れないでしょう」
「だけれど、木材は別……」
「えぇ。最近、アリゼリア公国からの輸入が少なくなってきています。近年稀にみる大雨が、木を腐食しているのです。
木材は、生活に必ず必要なものです。特に、冬。冬は、暖炉で温まる者が多いでしょう。豪商の主人であれば、魔法を使うかもしれませんが、平民は魔法を使えません。
他が木材を製造していないのならば、儲けが出ますわ」
「……確かにそうね。だけど、問題があって……」
「場所はどうするの?人材は?災害に対する余裕はあって?」
「大丈夫ですわ。人材は、クレーレ領の、林業で働いていた方たちに頼み、その方々の指示のもと、人材を育成します。
場所に関しては問題なく、事前にいくつかの森に騎士団を派遣し、魔物が居れば魔物討伐を。
災害、つまり土砂崩れは、『間伐』をすればいいのです」
「間伐?」
「はい。間伐、とは、若い、健康な木に日光を当て、育てるために、形が悪い木などを切り、前者を育たせるためにすることですわ。細かい説明は省きますが、それをすることで、土砂崩れが起こりにくくなるそうです」
「なるほど……えぇ。先にテネレス公爵家に相談してくれてありがとう。私も、木材の自給率が問題だと思っていたの。他の貴族に話したら、搾り取られていたかもしれないわね。あと」
「利益、二割でいいよ」
「はっ?」
ユーリの言葉に、リリアンヌはとても驚いた。
話は、利益は山分けで!ということだった。
だが、八割はクレーレ領がもらうことができるのだ。
「えぇっと……では、ありがたく頂きますわ」
「えぇ。そうして頂戴」
レイラは、ニコリ、と笑って、紅茶を啜った。
その甘い罠のような笑みに、リリアンヌは苦笑するしかなかった。
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執務室に戻ってきたリリアンヌは、カイルにこう聞いた。
「貴方、属性は何かしら?水?風?どちら?」
「……驚いたな。俺が魔力持ちだということを、見破るやつがいるとは。あの商人以来だ。
俺の魔力か。水だな」
「……?水、ですか。ならば、わたくしの『魔力付与木材計画」にピッタリですわね」
リリアンヌは、カイルの言った言葉の前半は聞き取れたが、後半の言葉に喜んだ。
「魔力付与木材計画、とは?」
「あぁ、セシルにしか言ってませんでしたね。魔力付与、は分かるでしょう?」
「はい。魔力を吸収する物体に、魔力を付与する、という一種の魔道具をつくる魔法でしょう?」
「その通りですわ。実は、レイラお義姉様に説明した提案だけでなく、もう一つ、進めたい事業がありまして」
「それが、魔力付与木材計画、というわけですか。どういうことでしょうか」
ジークの問いに、リリアンヌは、
「まず、木材にカイル騎士団長の『水』の魔力を付与します。
魔力付与は、魔力に影響されるでしょう?
それを、鍋を挟んで燃やせばどうなるとおもいます?」
「木は液体化しますね。というか、水蒸気になります。その水蒸気になった木材から水が出てくるのだから……熱湯が出来上がります」
「その通り。井戸から水を汲み、お湯にするのは、家事をする女性にとっては、重労働なのです。
この工夫をすることで、彼女たちは楽に料理をすることができます」
「ですが、その木材がもったいないのでは?」
「そこで、間伐された木の出番なのですよ。木は水蒸気になるのだから、人体に害なく、体に含むことができるでしょう。間伐された木も、ちゃんと使われます」
「なるほど……画期的ですね」
「では、そのように手配を……」
その日。クレーレ領主館は、夜明けまでずっと起きていた。
だが、だれも知らなかった。
リリアンヌが今、変えようとしている運命を、力ずくで捻じ曲げようとしている人間がいることを。
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