悪逆王女と運命の花 其の参
「わたくし、リリアンヌ・クレア・ティメイアは——貴方たちのしたことを、絶対に赦さないですわ」
リリアンヌは人攫いたちに近づき、そう言う。
セシルたちは、その凛とした姿に、目を奪われた。
この国では、全ての人間が、『聖女伝説』を幼い頃に親から聞かされ、一度はそれに憧れる。
リリアンヌが言ったことは、その『聖女伝説』の主人公、リリアージュ・クレア・ティメイア姫の名言に酷似している。
そして、彼女は、母である王妃に『リリアージュ』から名前を付けられているため、リリアージュ姫の名ととても似ている。
それ以上に、セシルたち側近一行はリリアンヌのことを領を救うために創造主から遣わされた聖人、と考えており、心酔していると言っても過言ではない。
それはつまり……。
「おぉぉぉぉおおおおおお!聖女様みたいな領主様だ!」
「いや、あの人は、あの方は聖女様なんじゃないか?お名前も似ている!」
こうなるわけである。
しかも。
「やっぱり、リリアンヌさまは聖女様ですよね!」
「えぇ……クレーレを、救って下さるに違いないわ」
ジークがはしゃぎ、セシルが希望を呟く。
こうなるわけである。こうなるのだ。むしろ、こうならなければおかしい。
そしてそれはメイラや、その父、人攫いのジッタも例外ではなく。
「お、オレはなんてことを……」
「なんで、娘たちを置いて、他の女の場所に行ってしまったのだろう……メイラ、悪かった……」
こうなった。ふたりとも、己の行ったことを懺悔していた。
(な、何が……?)
リリアンヌは、ノリで言ってしまったことを後悔していた。
リリアンヌだって、『聖女伝説』のことは知っていたのだ。知っていたのだが……。
(まさか、この言葉がここまで突き刺さるなんて……)
この言葉が、ここまで彼らを感動させるなんて訳が分からなかった。
反省してくれればいいな、ぐらいの感じで言ったのだ。
しかも、側近たちに至っては訳の分からんこと言ってるし。ブレッドなんて涙ぐんでるし。そのとき、「やはり聖女様だ……」なーんて言ってるし。
まぁ、結果、反省してくれたのなら。
リリアンヌは、懺悔は教会でしろ、という突っ込みを心の中で呟きながら。
「己が罪を理解したのなら、償いなさい。わたくしができるのは、それを勧めることのみ。
犯した罪は消えないわ。だけど、それを本当の意味で悪いと思うのなら……償えば、きっと神々は許してくれるわ」
『はぃっ」
罪びとたちは、リリアンヌの言葉に感服し、メイラを置いて、騎士の詰所に向かっていった。
「さて。マティアスさん、といったかしら。先程の話をさせていただきますわ」
リリアンヌは、そう言う。再び、その場が静かになった。
「わたくし、そのような物言いは嫌いなんですの」
空気が悪い、つまり悪臭だ、なんて表現は、リリアンヌは嫌いだ。
「何故なら、それは、その地に住まう民を侮辱することに違い《たがい》ないから」
貧民街の民を侮辱することは、人権的にいかがなものか。それ以前に、王族・貴族として、ティメイアに住む国民としていかがなものか。
「わたくしは、王女でしたわ。そのとき、強い選民意識を持つ方、全く持たず、たとえ貧民であっても、孤児であっても、奴隷であっても差別しない方と出会いました」
前者は、王太子とその他有象無象たちだ。
後者は、テネレス公爵令嬢・レイラや、幼きころの朧げな記憶だがそれでも鮮明に覚えている母、自分が気に入っていた貴族の子息令嬢たち、そして――父たる王である。
後者に聖女は入らず、むしろあれは選民意識を持っていた。だから、嫌いだった。
「そこで、わたくしは、その人たちと話し、尊敬するようになった。何故なら……彼らと話していると、己が身分を理解し、身分関係なく、差別されている人たちを庇護しようとするはっきりとした意志が見えたから」
リリアンヌは、彼らを尊敬し、あの人たちのようになりたい、そう思った。
己の身分を理解し、下々の者を庇護するようになったのは、その人たちと会うことができたから。
「彼らと会わなければ、わたくしは、今のような人間には、ならなかったでしょう。
彼らから学ばなければ、王女であったわたくしは、あのまま権力を振りかざし、好き勝手に生きていたかもしれません」
リリアンヌは、確かに学んだ。そして。クレーレを守る、という目標が出来た。
「わたくしは、この地を、クレーレを守る、という目標を達成することが出来れば、それを一生誇ることができると思いますわ。その暁には、貴方たちは、貴方たちを見下していた人たちを、見返すことができ、同時に『貧乏領地』とよばれていたこのクレーレを、誇りに思うことができると思います」
――これは、リリアンヌ・クレア・ティメイアというひとりの王女のものがたり。
「わたくしは、断言しますわ」
――そして……。
「この領を、貴方たちに誓って、必ずや貴方たち、そしてわたくしが誇れる領にすることを」
――周囲を取り巻いた、彼女の手となり足となった側近たちのものがたりでもある。
わたしは、『フェルン』という姓を与えられた。
リリアンヌさまに選ばれた他の人たちもそうだ。
リリアンヌさまは、そういう人たちのことを、前進と呼んだ。
『ティメイア聖女伝Ⅰ』より一部抜粋
ここが、リリアンヌにとっての、本当の原点なのだろう。
ご読了有り難うございました。