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悪逆王女の領地経営  作者: 天月 灯翠
領地救済編
10/21

悪逆王女と運命の花 其の壱

それは、わたしたち貧民にとっては衝撃的なことだった。

 彼女は、プラチナブロンドの美しい御髪と澄んだ碧い瞳を持つ、美しい女性だった。

 白馬の馬が引く馬車に乗り、酷い光景、そして匂いのする貧民街に静かに降り立った。

 そして、慈しむような微笑みを浮かべ、わたしに手を差し伸べた——。

             『ティメイア聖女伝Ⅰ』より一部抜粋


 これは、後にティメイア王国に伝わる聖女、リリアンヌ・クレーレの伝記である。

 クレーレ領の民を中心に多くの国民から親しまれ、その人気は他国、しかも王族までに及ぶ。

 彼女が亡き後も、永遠に読まれ続けるであろう、ティメイアを代表する女傑の話。

 この話、彼女が救った貧民街出身の人気有名作家、メイラ・フェルンの代表的な著書であり、生涯、彼女の唯一のシリーズであった。


 ここからは、誰も知らない話になる。

 この話、実は本当でも嘘でもない。

 妄想に妄想を重ねすぎて、実話ではあるがほぼ妄想フィクションと化している非常に悪質な妄想フィクション作品となっている。

 なのにこの話、売れまくる上に続編が十冊以上出たのだ。

 メイラ・フェルンが亡くなった後も、リリアンヌに心酔したメイラの弟子が書き続け、結果、ネタが尽きぬ限り終わらない永久不滅、というか永久持続の本となってしまったわけである。

 その中には、リリアンヌが見たら「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!」と、羞恥の悲鳴を上げそうな、美化されすぎて原型をとどめぬものもある。

 作者のメイラ・フェルンは悪くない。そして、その弟子たちも同様である。

 想像は自由だ。自由なのだ。

 ただ、妄想が行き過ぎてもう原型、実話が分からなくなっているだけで……。

 伝記としていかがなものか、とは思うだろうが……。

 それは、全知全能の神々も知らない、ちょっとした運命の悪戯なのかもしれない。


 その聖女伝の作者、メイラ・フェルンは、ジークの住んでいた、ベイエラの町の近くの貧民街に住んでいた。

 弟妹は多いのに、父はどこかへ行ってしまい、母は病弱。

 毎日皆でお腹を空かせ、隣町の屋根の煙突から立ち昇る煙を眺めていた。

 お腹はぐぅぐぅなっているのに、もう何も感じない。

 メイラは何も知らない。

 外では何が起こっているのか。

 あの男の人が店の者に渡している、銅色の円いものは何なのか。

 あの木が沢山あるところは何なのか。

 いつも、窓から外を見れば不思議なことばかり。

 だけど、お腹が空いて外へ行けず、確認できないのがもどかしかった。


 なんで。なんでわたしは、ほかのこたちみたいにそとであそべないの?

 なんでおとうさんはいなくなったの?

 あのももいろのものはなに?

 なんで、おなかがすいているのに、なにもたべられないの?

 なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで……………………?

 

 メイラは、ずっとそうやって考えていた。

 近所の子供たちは外で遊んでいる。

 貧民街と言っても、普通の街よりは劣るが、少しはマシな生活が出来ているからだ。

 だが、メイラは違う。

 ただでさえ家にあるお金をちょっとずつ、ちょっとずつ使っているのだ。母が働けないから。

 だから、必要最低限の食べものしか与えられない。

 だから、外で元気に遊べない。


 メイラの茶色の瞳から涙が溢れそうになったとき。

 ドンドンドンドン!と。ぼろい木製のドアを、誰かが乱暴に叩く音がした。

✫ ✫ ✫

「着きました、リリアンヌさま。我が領で酷い方の貧民街です」

 セシルの声にリリアンヌは読んでいた本を閉じる。

 決意表明から約三時間。リリアンヌは、目先の問題を解決するべく、来たのが貧民街であった。

 経済復旧につき、貧民街は厄介だ。お金が入ってくるのが遅くなる。または入ってこなくなる。致命傷である。

「けど、何で貧民街なんですか?」

 ジークがきょとんとした顔で言う。

「お金が入ってこないからですわ」

 リリアンヌは、そう言い、ジークは怪訝そうな表情を浮かべた。

「お金……?」

「リリアンヌさまは、貧民街があると経済復旧の資金があまり入ってこなくなるのを示唆されているのよ」

 セシルが言う。

 難しく言っているが、具体的にはそうだ。そうなのだが……。

「貧民街の民は、税金を払うことが難しい。明日のパンを食べるのにも苦労しているような場所だからね。そうすると、クレーレの資金は目減りする一方だ」

 ここまで言ったら君は解けるだろう?……と、ブレッドが言う。

 ジークは、閃いたようにつぶやいた。


(ま、まさかセシルたちがあんなことを考えていたなんて思いもしなかったですわ……)

 リリアンヌは、心の中で呟いた。

 あの後、同い年なのに自分より一足先に進んでいるリリアンヌさま、凄い!とジークに感心され、ごまかしたのだが、ボロが出そうで危なかったのだ。

 今、リリアンヌたち一行は最低限の護衛を連れて貧民街の道を堂々と歩いていた。

『なるほど。この領には貧民街が多い。だから、入ってくるお金は自然と少なくなるのか……。そうすると、税金請求が行く。お金が払えなくて、自然と人攫いや人身売買が多くなる。それではクレーレの治安が悪化し、更に収入が減る。さすが、リリアンヌさまですね。そんな考え、俺にはなかったですよ』

 ジークの感心した声が頭の中に響く。

 もっとも、こんな考え、リリアンヌの中にはなかった。ジークはさすが、と言うが、むしろリリアンヌはジークが一を聞いて十を知る、とまでは行かなくても一を聞いて三も四も理解することができるのが不思議だ。リリアンヌはそこまで自分が莫迦ではないと自負しているが、そこまで難しいことは分からない。

 ふぅ……と溜息をついたリリアンヌに対し、護衛、マティアスはこう言った。

「それにしても、ここの空気は悪いですね……鼻が捻じ曲がりそうです」

 失礼なこった。ある程度はこの悪臭に慣れているジークが反論しようとすると、その前に。

「そのようなことは言ってはなりませんわ」

 と。リリアンヌの凛とした声が響いた。

 そのとき。その場一帯の時間が、ピタッと止まった……ような感じがした。


(あ、あら……?わたくしなにか、変なこと言ったかしら……?)

 周りの止まった風景、いや、かろうじてセシルたちは動いているので、魔法ではないだろうが、それを見てリリアンヌはあれ?と思う。

 だが、止まるに止まれないので、そのまま続ける。

「この場の匂いを非難すること、それはこの地に住むクレーレの民を、批判すること以外になりまして?」

 そう言ったリリアンヌは思った。

 あぁ、自分は――怒っているのだ、と。


 その時だった。

 リリアンヌの右手の家から、悲鳴が上がったのは。


 誰もが驚く中。

 その家からは、人攫いと幼い少女、そしてにやにやと笑う男が堂々と出てきた。



 後にこれが。



 リリアンヌの運命を左右することを。








 ――今知っている者は。







 創造主ぐらいのものだろう……。

 ご読了有り難うございました。

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