ファムファタール
休み時間は専ら寝てる。教室の窓際席をゲットできた私は、とても運が良い。
私のような自堕落な悪魔にとって、魔界に降り注ぐ穏やかな日差しを浴びながら船を漕ぐのは、何よりも至福の時間……。
「ミソノ……助けて……」
今にも死にそうなガラガラ声で日向ぼっこを邪魔したのは、別クラスで幼馴染のネル・アミルバだった。
いつものハイトーンボイスからは予想のつかない掠れ声に動揺する。
「ど、どうした、その声?」
「なんか起きたらこうなってて……。変なもの食べたのかも……」
ゲホゲホと咳き込みながら息も絶え絶えなネル。ツノも心なしか垂れている。
「でも助けてって言われても……。医務室行くか?」
「違くて……。あたしの代わりに、明日のファムファタールに出て欲しいの……」
通称ファムファタール。別名、チャームコンテスト。
私たちの通う悪魔女子学院で満月毎に開催される、魅力度を競う自由参加の大会。優勝すると、表彰され、成績に加算される。
私と違って真面目なネルは、毎回参加しては、惜しい結果を残していた。
「お願い。人数不足で開催されないとなったら、ラミリアさんに怒られちゃう……」
「ラミリアって、優勝常連の、あのラミリア・オルガ?」
「そう、昨日偶然会ったんだけど……。あたし前回準優勝だったから目の敵にされて……」
再び咳き込むネル。私は慌てて彼女の羽の付け根あたりをさする。
いくら不真面目な私といえど、喉の痛みに涙ぐむネルを断るような真似は出来なかった。
「わ、分かった。人数合わせで良いなら」
「ありがとう……。お礼は、絶対にするから……」
苦しいだろうに、無理に笑って感謝をするネルはとても痛々しかった。
「あら、ネルさん、欠場するのね? 残念だわぁ」
突然、私たちの上から、高飛車な笑い声が降ってきた。
腰まで届く赤髪のポニーテール。抜群のスタイルを魅せる露出度の高い改造制服。目元を彩るハート型の黒子。
「ラミリアさん……」
毎度の表彰式で知らない生徒はいない、ラミリア・オルガが立っていた。
「ネルさんを見かけたからご挨拶にと来たのだけれどぉ……。よっぽど、昨日のドリンクが効いたみたいねぇ」
「……! まさか、昨日くれたドリンクに何か入れてたの……!?」
「邪魔者は排除しないと、じゃなぁい?」
ジロジロとネルを品定めするように眺めるラミリア。
「……まぁでも、必要なかったみたい。やっぱり、あなたみたいな地味おブスが、わたくしの相手になるはずないものぉ」
「…………っ!」
友達を傷つけられて、黙っていられる私じゃない。
「ネルは可愛いだろ! それに、前回準優勝した実力もあるだろうが! 取り消して、謝れよ!」
啖呵を切る私に、ラミリアはかったるそうな顔を隠そうともしない。
「なぁに? 本当のことを言って何が悪いの? というか、あなただぁれ?」
「私は、ミソノ・デルファレス。ネルの代わりに、私が明日のファムファタールに出る! そこで私が優勝したら、ネルに謝れ!」
「ふぅ〜ん、あなたがねぇ。野蛮すぎて、誰かの使い魔のお猿さんかと思ったわぁ。ま、せいぜい頑張ることね」
ラミリアは嘲笑しながら、クラスを去って行った。
「ミソノ、ごめん……」
「いいから。絶対優勝して、撤回させてやる……!」
迎えたファムファタール当日。
「あらあらぁ。負け犬の遠吠えが楽しみだわぁ」
「言ってろ」
審査は二段階。見た目の一次審査とテクニックの二次審査。姉妹校の悪魔男子学院の生徒たちを審査員として呼んで、彼らの前でアピールする。一次審査と二次審査合わせて、得票数が多い女子悪魔の優勝だ。
一次審査はランウェイ。男子悪魔の視線が集まる中を歩き、ポーズを決める。
「なぁに、その冴えないお召し物。衣装も評価に入るってご存知ないのかしらぁ?」
ラミリアは胸の谷間どころか、へそも内腿も見える、露出の塊のような服装だった。そんなものは服じゃない、布だ。
一方私は、シンプルな白のワンピース。肌色といえば鎖骨とふくらはぎくらい。これが露出度を競う大会だったら確実に負けているだろう。
順番にランウェイを女子悪魔が歩く。歩く度に男子悪魔の野太い歓声が飛び交った。ポージングのシーンは、誰であっても最高潮のボルテージだ。
「「うおぉ〜!」」
とはいえ、肌面積の多い女子悪魔の中、露出のない私のターンではあまり盛り上がらなかったが。
そんな中、ラミリアだけは格別だった。
最高のプロポーション。挑発的な衣装。巨乳と体の曲線を最大に活かしたポージング。
「「「「「ううぅぅおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」」
今までで一番の歓声が会場を揺らした。
「ミソノ……これ、大丈夫なの……?」
その様子を一緒に観覧していたネルが、治り始めた声で不安げに話しかけてくる。
私はネルを宥めるようにして言った。
「大丈夫。勝負は二次審査だから」
後日。ファムファタールの結果発表日。
表彰式は放課後の全校集会の中で行われた。
ファムファタール優勝者として、表彰台に呼ばれたのは、
「ミソノ・デルファレス!」
「はい!」
私は大きく返事をして、表彰状を持つ校長先生の元へ、堂々と赴く。
その様子に、生徒たちが口々にざわついた。
「え、ラミリアさんじゃないの……?」
「誰、あの悪魔?」
「ラミリア、初出場の悪魔に負けたの?」
視線が私ではなく、ラミリアに集まる。
ラミリアは、俯いたままプルプルと震えている。
さぁ、約束を守ってもらおうか。
「一体どんなズルをしたのよぉ!?」
全校集会の後、私と声の戻ったネルの前に現れたラミリアは、開口一番そう言った。
「ズルなんてしてない。私の方がラミリアより魅力的だっただけだろ」
「そんなはずないでしょぉ! この私が、こんな野蛮な悪魔に負けるなんて……!」
「そんなことより、ネルに……」
「そんなこと、じゃないわぁ! わたくしにとっては、とても大切なことよぉ!」
思わずネルと顔を見合わせる。
どうやら納得しない限り、話が進みそうにない。
「仕方ないな……」
渋々説明することにした。
私がどうやって二次審査で得点をひっくり返したのか、を。
そもそも二次審査とは、男子悪魔との食事会でいかに魅力的に映ったかで決まる。
ラミリアは谷間を存分に見せつけては、男子悪魔の腕にわざと当て、誰が見ても分かりやすいボディタッチを、その場にいた全男子悪魔に繰り広げていた。
そう、誰が見ても分かるボディタッチは、自分の株を下げるだけ。
私はテーブルの下で、自身の足を、男子悪魔の足にそっと当てた。密着に気付いて相手が顔を上げたらチャンス。
にっこりと、意味ありげに微笑むのだ。
相手が話しかけようとしたら、別の席に移動する。この繰り返し。
他にも、事前に沢山食べてきて少食のフリをしたり、即席で天然キャラを演じたり。
一次審査に不利な格好だったのも、二次審査で清楚感とギャップを演出するため。
私とラミリアの決定的な違いは、誰でも簡単に手に入りそうなのか、自分に気がありそうなのになかなか手に入らないのか。
……審査員たちには、どっちが魅力的に映ったんだろうな?
「さぁ、約束を守ってくれ。ネルに謝って欲しい」
「……っ! …………っっ!! この、悪魔ぁぁぁぁ!!」
ラミリアは顔面を髪の毛と同じくらい真っ赤にして、言葉を失っていた。
私たちがじっと見つめて待っていると、観念したのか、両手をへその前で重ねた。
そして、静かに、丁寧にお辞儀をした。
「ネルさん……。地味おブスなんて言って……ご、ごめんなさい……」
謝罪の姿勢からも気品さが溢れるラミリア。
ラミリアって、頭の悪そうな改造制服着てる割には、口調が上品でなんかチグハグするんだよなぁ……。
「ラミリアさん……」
ネルが頭を下げたままのラミリアに手を伸ばそうとした瞬間、
「わたくしは!」
ラミリアが、ガバリと勢いよく顔を上げた。
「わたくしの家系は由緒正しき名門で! 一番の成績を取らないと家族に見向きもされないのよ! だから……! こんな恥ずかしい格好も、自分を安く売る行為も、全部我慢して成績のためにファムファタールで優勝してきたのにぃ……!」
大粒の涙がボロボロとラミリアの整った顔立ちの上を流れる。
「え、好きで制服改造してたんじゃないのか?」
「好きじゃないわよぉ! 露出度の高い格好に慣れるために、毎日着る制服を改造したの!」
ラミリアは目元のハート型の黒子を濡らす涙を人差し指で拭い取り、
「でも次は! 次は負けないわぁ! 絶対に! ミソノさんにも! ネルさんにも!」
びしり、と私たちを指さした。
その目は、自信たっぷりのラミリアに戻っていた。
「……うん。あたしも、負けない」
「私はもう出場しないけどな〜」
「勝ち逃げは許さないわよ!」
「また出ようよ〜」
ラミリアとミソノに次回も出場しようと説得されるのを、のらりくらりとはぐらかしていると、
「キー、キー」
「あれ、伝書コウモリだ」
一匹の伝書コウモリが、二通の手紙を持ってきた。
「ミソノとラミリアさん宛てだよ。ん? でも送り主一緒だね」
ネルが伝書コウモリから手紙を受け取って、はい、とそれぞれに手渡してくれる。
封筒にはファムファタールに参加した男子悪魔の名前が送り主として書いてあった。
封を切って、内容を読み上げる。
「ミソノさん。ファムファタールでのあなたの魅力に一目惚れしました。よかったら僕とお付き合いしませんか? ……いやいや、ファムファタールでガチになってるよ、この悪魔」
おえ〜と吐く素振りをしながら手紙を臭い物のように扱っていると、同じように手紙を呼んでいたラミリアが黙って震えていた。
「そっちにはなんて書いてあったんだ?」
興味本位で尋ねてみると、
「一字一句、同じ内容よ」
「え、それって……」
ネルが驚いて口元を押さえる。
同じ悪魔から二人の悪魔へ、同じ愛の囁き。
「わたくし相手に二股をしようなんて、大した度胸ねぇ……!」
ぐしゃり、とラミリアが手紙を握り潰す。
「お二人とも。わたくしはこれからこの悪魔を締めに行くつもりだけど……」
ラミリアが私とネル、それぞれに目を合わせて、誘う。
「一緒にどうかしら?」
私たちは満面の笑みで、声を揃えた。
「喜んで!」