表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ファムファタール

作者: よこすかなみ

 休み時間は専ら寝てる。教室の窓際席をゲットできた私は、とても運が良い。

 私のような自堕落な悪魔にとって、魔界に降り注ぐ穏やかな日差しを浴びながら船を漕ぐのは、何よりも至福の時間……。

「ミソノ……助けて……」

 今にも死にそうなガラガラ声で日向ぼっこを邪魔したのは、別クラスで幼馴染のネル・アミルバだった。

 いつものハイトーンボイスからは予想のつかない掠れ声に動揺する。

「ど、どうした、その声?」

「なんか起きたらこうなってて……。変なもの食べたのかも……」

 ゲホゲホと咳き込みながら息も絶え絶えなネル。ツノも心なしか垂れている。

「でも助けてって言われても……。医務室行くか?」

「違くて……。あたしの代わりに、明日のファムファタールに出て欲しいの……」

 通称ファムファタール。別名、チャームコンテスト。

 私たちの通う悪魔女子学院で満月毎に開催される、魅力度を競う自由参加の大会。優勝すると、表彰され、成績に加算される。

 私と違って真面目なネルは、毎回参加しては、惜しい結果を残していた。

「お願い。人数不足で開催されないとなったら、ラミリアさんに怒られちゃう……」

「ラミリアって、優勝常連の、あのラミリア・オルガ?」

「そう、昨日偶然会ったんだけど……。あたし前回準優勝だったから目の敵にされて……」

 再び咳き込むネル。私は慌てて彼女の羽の付け根あたりをさする。

 いくら不真面目な私といえど、喉の痛みに涙ぐむネルを断るような真似は出来なかった。

「わ、分かった。人数合わせで良いなら」

「ありがとう……。お礼は、絶対にするから……」

 苦しいだろうに、無理に笑って感謝をするネルはとても痛々しかった。

「あら、ネルさん、欠場するのね? 残念だわぁ」

 突然、私たちの上から、高飛車な笑い声が降ってきた。

 腰まで届く赤髪のポニーテール。抜群のスタイルを魅せる露出度の高い改造制服。目元を彩るハート型の黒子。

「ラミリアさん……」

 毎度の表彰式で知らない生徒はいない、ラミリア・オルガが立っていた。

「ネルさんを見かけたからご挨拶にと来たのだけれどぉ……。よっぽど、昨日のドリンクが効いたみたいねぇ」

「……! まさか、昨日くれたドリンクに何か入れてたの……!?」

「邪魔者は排除しないと、じゃなぁい?」

 ジロジロとネルを品定めするように眺めるラミリア。

「……まぁでも、必要なかったみたい。やっぱり、あなたみたいな地味おブスが、わたくしの相手になるはずないものぉ」

「…………っ!」

 友達を傷つけられて、黙っていられる私じゃない。

「ネルは可愛いだろ! それに、前回準優勝した実力もあるだろうが! 取り消して、謝れよ!」

 啖呵を切る私に、ラミリアはかったるそうな顔を隠そうともしない。

「なぁに? 本当のことを言って何が悪いの? というか、あなただぁれ?」

「私は、ミソノ・デルファレス。ネルの代わりに、私が明日のファムファタールに出る! そこで私が優勝したら、ネルに謝れ!」

「ふぅ〜ん、あなたがねぇ。野蛮すぎて、誰かの使い魔のお猿さんかと思ったわぁ。ま、せいぜい頑張ることね」

 ラミリアは嘲笑しながら、クラスを去って行った。

「ミソノ、ごめん……」

「いいから。絶対優勝して、撤回させてやる……!」


 迎えたファムファタール当日。

「あらあらぁ。負け犬の遠吠えが楽しみだわぁ」

「言ってろ」

 審査は二段階。見た目の一次審査とテクニックの二次審査。姉妹校の悪魔男子学院の生徒たちを審査員として呼んで、彼らの前でアピールする。一次審査と二次審査合わせて、得票数が多い女子悪魔の優勝だ。

 一次審査はランウェイ。男子悪魔の視線が集まる中を歩き、ポーズを決める。

「なぁに、その冴えないお召し物。衣装も評価に入るってご存知ないのかしらぁ?」

 ラミリアは胸の谷間どころか、へそも内腿も見える、露出の塊のような服装だった。そんなものは服じゃない、布だ。

 一方私は、シンプルな白のワンピース。肌色といえば鎖骨とふくらはぎくらい。これが露出度を競う大会だったら確実に負けているだろう。

 順番にランウェイを女子悪魔が歩く。歩く度に男子悪魔の野太い歓声が飛び交った。ポージングのシーンは、誰であっても最高潮のボルテージだ。

「「うおぉ〜!」」

とはいえ、肌面積の多い女子悪魔の中、露出のない私のターンではあまり盛り上がらなかったが。

 そんな中、ラミリアだけは格別だった。

 最高のプロポーション。挑発的な衣装。巨乳と体の曲線を最大に活かしたポージング。

「「「「「ううぅぅおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」」

 今までで一番の歓声が会場を揺らした。 

「ミソノ……これ、大丈夫なの……?」

 その様子を一緒に観覧していたネルが、治り始めた声で不安げに話しかけてくる。

 私はネルを宥めるようにして言った。

「大丈夫。勝負は二次審査だから」


 後日。ファムファタールの結果発表日。

表彰式は放課後の全校集会の中で行われた。

ファムファタール優勝者として、表彰台に呼ばれたのは、

「ミソノ・デルファレス!」

「はい!」

 私は大きく返事をして、表彰状を持つ校長先生の元へ、堂々と赴く。

 その様子に、生徒たちが口々にざわついた。

「え、ラミリアさんじゃないの……?」

「誰、あの悪魔?」

「ラミリア、初出場の悪魔に負けたの?」

視線が私ではなく、ラミリアに集まる。

ラミリアは、俯いたままプルプルと震えている。

 さぁ、約束を守ってもらおうか。


「一体どんなズルをしたのよぉ!?」

 全校集会の後、私と声の戻ったネルの前に現れたラミリアは、開口一番そう言った。

「ズルなんてしてない。私の方がラミリアより魅力的だっただけだろ」

「そんなはずないでしょぉ! この私が、こんな野蛮な悪魔に負けるなんて……!」

「そんなことより、ネルに……」

「そんなこと、じゃないわぁ! わたくしにとっては、とても大切なことよぉ!」

 思わずネルと顔を見合わせる。

 どうやら納得しない限り、話が進みそうにない。

「仕方ないな……」

渋々説明することにした。

 私がどうやって二次審査で得点をひっくり返したのか、を。


 そもそも二次審査とは、男子悪魔との食事会でいかに魅力的に映ったかで決まる。

 ラミリアは谷間を存分に見せつけては、男子悪魔の腕にわざと当て、誰が見ても分かりやすいボディタッチを、その場にいた全男子悪魔に繰り広げていた。

 そう、誰が見ても分かるボディタッチは、自分の株を下げるだけ。

 私はテーブルの下で、自身の足を、男子悪魔の足にそっと当てた。密着に気付いて相手が顔を上げたらチャンス。

にっこりと、意味ありげに微笑むのだ。

 相手が話しかけようとしたら、別の席に移動する。この繰り返し。

 他にも、事前に沢山食べてきて少食のフリをしたり、即席で天然キャラを演じたり。

 一次審査に不利な格好だったのも、二次審査で清楚感とギャップを演出するため。

 私とラミリアの決定的な違いは、誰でも簡単に手に入りそうなのか、自分に気がありそうなのになかなか手に入らないのか。

 ……審査員たちには、どっちが魅力的に映ったんだろうな?


「さぁ、約束を守ってくれ。ネルに謝って欲しい」

「……っ! …………っっ!! この、悪魔ぁぁぁぁ!!」

 ラミリアは顔面を髪の毛と同じくらい真っ赤にして、言葉を失っていた。

 私たちがじっと見つめて待っていると、観念したのか、両手をへその前で重ねた。

 そして、静かに、丁寧にお辞儀をした。

「ネルさん……。地味おブスなんて言って……ご、ごめんなさい……」

 謝罪の姿勢からも気品さが溢れるラミリア。

ラミリアって、頭の悪そうな改造制服着てる割には、口調が上品でなんかチグハグするんだよなぁ……。

「ラミリアさん……」

ネルが頭を下げたままのラミリアに手を伸ばそうとした瞬間、

「わたくしは!」

 ラミリアが、ガバリと勢いよく顔を上げた。

「わたくしの家系は由緒正しき名門で! 一番の成績を取らないと家族に見向きもされないのよ! だから……! こんな恥ずかしい格好も、自分を安く売る行為も、全部我慢して成績のためにファムファタールで優勝してきたのにぃ……!」

 大粒の涙がボロボロとラミリアの整った顔立ちの上を流れる。

「え、好きで制服改造してたんじゃないのか?」

「好きじゃないわよぉ! 露出度の高い格好に慣れるために、毎日着る制服を改造したの!」

ラミリアは目元のハート型の黒子を濡らす涙を人差し指で拭い取り、

「でも次は! 次は負けないわぁ! 絶対に! ミソノさんにも! ネルさんにも!」

 びしり、と私たちを指さした。

 その目は、自信たっぷりのラミリアに戻っていた。

「……うん。あたしも、負けない」

「私はもう出場しないけどな〜」

「勝ち逃げは許さないわよ!」

「また出ようよ〜」

 ラミリアとミソノに次回も出場しようと説得されるのを、のらりくらりとはぐらかしていると、

「キー、キー」

「あれ、伝書コウモリだ」

 一匹の伝書コウモリが、二通の手紙を持ってきた。

「ミソノとラミリアさん宛てだよ。ん? でも送り主一緒だね」

 ネルが伝書コウモリから手紙を受け取って、はい、とそれぞれに手渡してくれる。

 封筒にはファムファタールに参加した男子悪魔の名前が送り主として書いてあった。

 封を切って、内容を読み上げる。

「ミソノさん。ファムファタールでのあなたの魅力に一目惚れしました。よかったら僕とお付き合いしませんか? ……いやいや、ファムファタールでガチになってるよ、この悪魔」

 おえ〜と吐く素振りをしながら手紙を臭い物のように扱っていると、同じように手紙を呼んでいたラミリアが黙って震えていた。

「そっちにはなんて書いてあったんだ?」

 興味本位で尋ねてみると、

「一字一句、同じ内容よ」

「え、それって……」

 ネルが驚いて口元を押さえる。

 同じ悪魔から二人の悪魔へ、同じ愛の囁き。

「わたくし相手に二股をしようなんて、大した度胸ねぇ……!」

 ぐしゃり、とラミリアが手紙を握り潰す。

「お二人とも。わたくしはこれからこの悪魔を締めに行くつもりだけど……」

 ラミリアが私とネル、それぞれに目を合わせて、誘う。

「一緒にどうかしら?」

 私たちは満面の笑みで、声を揃えた。

「喜んで!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
魔界のミスコン(?でいいのかな?)というのが斬新な設定だなぁと思いました 主人公ミソノちゃんと友達のネルちゃん、そして性格難ありラミリアちゃん 優勝するために手段を選ばない、人(悪魔ですが…)を馬…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ