採用試験 2
辛くとも、どこか嬉しい苦行は続く。
歳を取ると感覚が鈍くなり、しゃがんで草取りとか重い物を運ぶとかの労働をすると、2、3日後に疲労が表れる。2,3日後には前の労働は意識外にあり『何で腰が痛いのだろう』とか『何で足が突っ張るのか』と不思議に思うことがある。
私らはこれを『疲労のドップラー効果』と呼んでいる。
これじゃ、ドップラー効果うんぬんじゃなく、帰ったら即ダウンだろう。
遊具施設の前までたどり着いた。ここで宇城さんを降ろす。
ヘロヘロの私らを見て、先行した老人団体は羨まし気な眼差しだ。
彼らは、私らを待っていたのではなく、遊具を前に考えあぐねていたらしい。
採用試験の最後の関門、施設の遊具を通過するという設問だ。それは、3つのコースがあった。
Aコース→20度~30度の傾斜に網があり、その下をくぐりゴールの下まで行く。なお、傾斜を転がると池。
Bコース→池の中央にヒモで繋がれたプラスチックの浮き板があり、そこを渡って対岸の島に行く。
Ⅽコース→格子状の網が垂直に対岸まで張ってあり、そこを渡る。下は池。
遊具というより、これは障害物と呼ぶべきものだろう。受験者は殆ど体力に自信の無い連中ばかりだ。最後の難関か。
「あれ、あそこに怪しい人がいる」
見ると対岸の島に繋がる崖の上に人が居て、双眼鏡でこちらを覗いていた。
「審査員じゃないかな。それより、どのコースがいいかな~」
協議の結果、「Bコースで行こう」となった。
一列縦隊で、一定間隔で突撃。戦争ゲーム感覚みたいだ。
番号順で行こうという事になった。
第一走者、顔がこわばっている。屈伸運動をして、手をグルグル回し、助走をつけて浮き板をポンポンと渡り始めた。
浮き板は60×80センチ四方、50センチくらいの間隔で2本のロープで繋がれてあり、表面がツルツルで滑りやすいみたいだ。
行程の半分くらいで、お約束の滑って転んで仰向けに頭から池ポチャ。
「ひい~、助けて~。オレ、泳げないー!」
第一走者はパニックに陥ったらしい。バチャバチャと水面を叩いた。
「大変だ」「どうしよう」「係りの人を呼んで・・・」「これは、危険なテストだ」
「誰か・・」
各々、焦って声高に喚いているが一向に行動に移そうとしない。
業を煮やした私が「オレが行く」とザンブと池に飛び込んだ。
「むっつりさん、かっこいい!ほら、口先も行きなよ」
宮間さんは、直江さんの背をドンと突いた。
「あ~れ~」
「落ち着いて、この池、そんなに深くないですよ」
第一走者はパニクって私にしがみついたが、我に返ったようで、立ち上がると水は腰の上あたりまでしかなかった。追いついた直江さんと私で、きまり悪そうな第一走者を島に押し上げると、次走者に「いいよ~」と合図をした。
次々とトライするも、誰も対岸まで到達しない。島に上がった者たちは、順次縄ばしごで崖の上へ消えて行った。
最後に残った宮間さんは、軽量の良さでいいところまで行ったが、終盤近くで池ポチャ。
最後は私たちだが、これは話にならない。ずぶ濡れの重い体でツルツルの浮き板で、最初の2~3枚目で滑って池へ。
島で待っていてくれた宮間さんと縄ばしごを上ると、審査員が「お疲れ様でした」と労いの言葉をかけてくれた。
シャワーを浴び私服に着替えると、何故か宮間さん、私、直江さんが事務所に残っていた。
しばらくして、所長らしき人物が来て「残念ながら、あなた方は不採用です」と、事務的に告げた。
「え~何でえ~。私はともかく、田中さん、直江さんが何で不採用なの」
「オレも納得出来ないな。オレらは、マジメに敬意をもって真摯にテストに取り組んできたつもりだ。他の人を悪く言うつもりはないが、奴らはふざけ半分で、仕事というかテストに対する心構えに誠意があまり感じられない。知り合いも居たが、奴らは仕事に向き合う姿勢が良くなかった。いや、悪かった。どう何です奴らは合格なんですか。
オレは、あなた方の審査基準が疑問だ。どういう適性試験なのか、説明してもらえませんか」
意外にも、事務所に居た人たちから拍手が沸き起こった。何なのだ、この展開は?。
事務所の人たちからは、好意が見える。
変な違和感だ。所員は反感ではなく、共感しているのか。
と、いうことは所長が独断と偏見が激しく、所員たちが反発しているのか。
いや、所長は穏やかな顔をしている。所長と所員が、反発しあっている風には見えない。
所長は私らを、パーティションで区切られたエリアに導いた。
「私は、あなた方を優秀な人たちと思っていますよ。率先して人を助け、協力して難関に立ち向かい何らか成果を得る有意な人材と思います」
「なら、何故・・」
所長は、手のひらを前に出して発言を止めると「適性の問題です」と言った。
「適性・・」
「これは、あまり広言して欲しくはないのですが、公募の仕事は『屠殺』に関する部所です。今は機械化が進んでますが、それでも人の手が必要な場合があります。要は、そういう仕事と割り切れる人、仕事に思い入れ何かない人、鈍感な人、いや耐性のある人に向く仕事です。
誠実な人、徳のある人だとすぐに心が折れてしまう」
「つまり、サディスティックな人の方が向くということですか」
「まあ明け透けに言うと、そうです」
私たちは、車で帰途についた。
「不採用で良かったんだな」
「ああ、名誉の不採用だ」
「川辺や小鹿はどうかな、向いているのかな」
「どうかな~、ところで親鸞て知ってるかい」
「名前ぐらいは、それがどうした」
「親鸞は浄土真宗の開祖で、戦国時代に猛威を振るった一向宗とか本願寺勢とかの大本だ。
その親鸞という坊主はどスケベでね、とんでもない淫乱坊主なんだ。当時、鎌倉時代は坊主の妻帯はダブーだった。カゲでは女を囲ったり、稚児をかわいがったりしていたみたいだ。
乱れた時代だったからね。
その親鸞は、平気で結婚して離婚、再婚して離婚、再再婚の相手はあろうことか恵信尼という尼さん。とんでもないハレンチ坊主じゃないか。
坊主のくせに、仏に嫁した尼を煩悩の世界に引き釣り込むなんてさ。
テレビでね、そんな開祖をどう思うかと聞かれた真宗系の坊主が、一瞬イヤな顔をしてそれから『光強ければ、影は濃い』と言ったんだ。
川辺さんや小鹿さんは、『光はぼんやりとくすんで、影も薄い』ということで、オレは奴らに適性ありとは思えないな~。奴らは普通の人だと思うよ」