6 庭園にて
転生者であるフィルティに、教えないといけないことがある。
レイナード、マリアーゼ、ヴィルモンドの3人が、ミエラリスの義兄弟だったこと。そして彼等が家を出て行くことがなくなり、『魔法学園の噂話~恋する少女とイケメン王子~』のストーリーから大きく外れたことだ。
これを伝えると、予想通り、フィーはその大きな眼を見開き驚いた。
だがすぐに我に帰り、問い詰めてくる。
「うそぉ。えっ何、何があったの?!っじゃなくて、何がありましたの!?」
興奮しているのか、口調が雑になっている。こっちが素なんだろうか?
彼女と話すときは私も前世のように話そう。
「えっと、2年前にヴィルモンド様に“お兄様”って言ったんだ。そしたら……──」
「なんとうらやま─ゲホン、そしたら……?」
お姉様とお兄様がいるほうを目線で示す。
「マリアーゼ様も、っていうことになって。流れでレイナード様もお兄様と呼ぶようになったら、」
「ふむふむ?」
「何故か皆……あ、屑除いてね、仲良くなっんだよ。もちろん義母のメリエッタさんも。それにお母様も生きてる」
「よくやったわミエラ。あなたのおかげで謹慎せずに済む」
「うん、私も死ぬのは御免だから嬉しい」
フィルティの父親、レイダン伯爵は犯罪に手を出していない。なのでフィルティは自宅で一定期間謹慎という程度の軽い罰を与えられる。
まあ、『“例の侯爵令嬢”と一緒になって主人公に嫌がらせをした女』と一生言われ続けるのだが。
伯爵家の一人娘だったから故に溺愛され、甘やかされたからこそ、ゲームのフィルティはわがままに育ってしまった。が、彼女が転生者で、自身の結末を知っているなら話が変わってくる。
現にゲームのように太っていることもない。
もう少し彼女と話していたかったが………時間切れのようだ。
お姉様とお兄様がこちらに近づいてくる。
フィーも彼等を認識したようで、ドレスの裾をつまみ私に向かって礼をする。
「ミエラ様、私はここらへんで失礼します」
「ええ、付き合ってくれてありがとう、フィー。今度家に招待してもいいかしら?ゆっくり話がしたいわ」
「分かりました。では、また今度」
フィーが去ったあと、お兄様が私に尋ねてきた。
「ねえミエラ。今の子は誰?ずいぶん親しげだったけど」
「レイダン伯爵のご令嬢です。彼女とお友達になりました」
「ミエラ、彼女今度家に招くんでしょう?私にも紹介してちょうだい」
「もちろんですお姉様」
マリアーゼ姉様はフィーに興味津々の様子だ。ヴィルモンド兄様は………どうなんだろう。
仲良くなるといいけど。
お姉様達と会場をまわっていると、庭園があることに気がついた。
王城の庭園。きっと色んな植物や花が咲いているんだろう。
お姉様に確認を取って、見に行く。
「わぁ……」
そこは、まるで楽園のようだった。
入った瞬間、甘い匂いが鼻をくすぐる。
赤、黄、白、青、桃色の薔薇がそれぞれ咲き誇っている。どれも同じくらい、綺麗に。
私は誘われるように、足を進めた。
そのまま庭園の奥へ入っていく。
やがて行き止まりになり、辺りを見回すと……
……私は、そこに蜂蜜色の物体を見つけた。
よく見ると人の髪の毛だ。
その髪の持ち主は、膝を抱えて座り込んでいる。
具合が悪いのだろうか?
声をかけると、その子は振り向いた。
色白の肌に、泣いているせいで潤んでいる水色の眼。少し赤いまぶた。
私は持っていたハンカチで涙を拭ってやる。
天使……?
そう思ってしまったぐらいかわいい、多分、男の子。
成長すれば、私の好みなのではないか?
なんか、何故か、見たことありそうなのは気のせいだろう。
「どっ、どうかしましたか?」
おっと、噛んでしまった。
「……この前、僕のお母様が、死んじゃって……」
「………それは、ご愁傷様です………」
「ごしゅう……?」
あれ、伝わってない?違った?
ヤバい、気まずい。
こういうのって、どう返せばいいんだ……
私は勇気を振り絞って言う。
「あの……」
「………何?」
「その、私が読んだ本では、人は、死んだら天にかえるって書いてあって………」
「………?」
「だから、その、あなたのお母様も、天で見守ってくれてるんじゃないかな、って……。あ、これは持論ですけど……」
『人は死を迎えると、神の御許に向かう為、天にかえる』
これは教本にも載っているので事実。
それに自己解釈をつけたことを伝えた。
これでこの子が、悲しまずに……とまではいかなくても、少しでも安心してくれればいいな、と思いながら。
「ミエラーっ!どこにいるの!?」
お兄様が呼んでいる。
庭園に長居しすぎたようだ。
「ごめんなさい、私、もういかなくちゃ」
「あの……」
「はい?」
その子は、少し笑って言った。
「ありがとう……」
私の勇気は無駄ではなかったようだ。
◯◯◯◯◯
お茶会の数週間後、私は約束通りフィルティを家に招いて話をしていた。
フィーはお母様やお姉様とすっかり意気投合して、話に夢中になっている。
お兄様とは…………謎だ。
会話の途中で、使用人が来客を告げる。
なんと、私のお客様のようだ。
誰?と聞いて、私は真っ青になるところだった。
「ルーク・ブランシュ様という方です」
慌てて玄関にとんでいき、顔を確認する。
そこには、お茶会の時に庭園で会ったあの男の子がいた。
父親らしき人もいるが、目に入らない。
嘘でしょ?!なんでこの子が……
ああ、なるほど。やっぱりこの子が……
私の中で矛盾する思いが渦巻く。
ルーク・ブランシュ
天使のようだと思ったその子は……───
───……私、ミエラリス・ナヴェーレの、天敵だった。