1 没落が確定しました
季節は冬。アルカディア王国ナヴェーレ侯爵家に、1人の女児が誕生しました。その子の名前はミエラリス。母シエラそっくりな、それはそれは可愛い女の子でした。
ミエラリスは2人の母と3人の兄と姉に見守られながら、すくすくと育っていきました……───
───…それで済んだら良かったと何度思ったことだろう。
その女の子……つまり私は前世の記憶を持っていた。と言っても記憶が鮮明になったのは2歳になるちょっと前で、何故死んだのかだけは思い出せないが。
それだけならまだいい。隠すなり何なりして生きればいいからだ。だが、世界は私に優しくなかった。
少し“前のわたし”の話をしよう。わたしはどこにでも居る普通のOLだった。ただ一つ、会社がブラックなことを除いて。
定時?何それ。残業代?いいから働け!と言うような毎日の過酷な労働で、わたしの心と身体はズタボロだった。そんなわたしが出会ったのが、『魔法学園の噂話~恋する少女とイケメン王子~』というゲーム。
テーマは身分差の恋。魔法がある世界を舞台に、主人公と王子、その他諸々が活躍し、恋をする。つまり『乙女ゲーム』だ。それにハマった。オープニングを聴くだけで労働の疲労がふっ飛ぶようになるくらい、ハマった。全ルートをクリアし、エンドロールも見た。ファンブックや制作陣のインタビューを読み漁り、キャラクターの家族構成や詳細な事情はもちろんのこと、細かい世界観設定も隅々まで把握していた。
そしてこの世界はゲームの世界と酷似している。
その考えに至った瞬間、マズいと理解した。
なぜなら私、ミエラリス・ナヴェーレはそのゲームに出てくる“悪役令嬢”だからだ。
ミエラリスは王子に惚れていた。彼の婚約者であることに誇りを持ち、そして、異常に執着していたのだ。そのため王子と偶然出会い、彼に好意を持つようになった主人公を虐め、果てには命の危険に晒す。最後は王子と取り巻きにその行動を咎められ、ついでに父親の悪事が発覚。家は没落し、ミエラリスとその父は処刑され、主人公たちはハッピーエンドを迎えるのである。
ところが、物語はそれだけではない。
全ルートをクリアすると、ミエラリスルートが解放される。当時のわたしはこんなん需要あるの?とか酷いことを思っていたが、クリアして考えを改めることになった。
そこに描かれていたのはミエラリス・ナヴェーレの生い立ち。彼女が“悪”に至るまでのつらい過去。
その内容はこうだ。
幼少期に父の正妻とその子供……つまりミエラリスの義理の母と兄弟が家を出て行き、第2夫人であるミエラリスの実の母は病気で死んでしまう。
1人残されたミエラリスは父に甘やかされ、そして父の歪んだ思想を受け継いでしまい、だんだん彼女という存在が塗り替えられてしまったのである。
さらに“現在”のパートも含まれていて、主人公達が調査を進めていくうちに、ミエラリスの実母が毒殺されていたことや父親が犯した重大な罪など、次々と問題が発覚していく。
衝撃的な展開が続くなか、一部のプレイヤーから挙がった意見が、『ミエラリスは王子に義兄を重ねているのでは?』というもの。ストーリーで出てきた、幼いミエラリスが義兄に遊んでもらうシーンが原因だ。
そんなこともあってか、ミエラリスの評価が改められ、『ミエラリス可哀想』『全ての責任は父にある』『ミエラは被害者』などの同情の声があるほどだった。
さて、そんなミエラに転生してしまった私は、どうすれば母が殺されないか、義母達を味方につけれるかを考えていた。出来るものなら没落しないほうがいい。だが、それには父親の性格が影響するし、そもそも私は父に会ったことがない。できれば義母達が居る今のうちに会っておきたい。
そんな私の願いを神様が聞き届けたのか。
私は、初めて父親に会うことになった。
◯◯◯◯◯
ミエラリス・ナヴェーレ3歳、生まれて初めて父に会った感想。
こ り ゃ ダ メ だ。
うん。父親の性格は良く言って酷い、悪く言って屑・ゴミ・糞の3コンボ。直りそうもない。これっぽっちも。
………おっと、私はこれでも侯爵家の令嬢。汚い言葉は使ってはいけない。
それほど残念な性格だった。顔だけはいいから余計に落差がひどい。だって部屋に入って私の顔を見た途端、
「ふん、お前似の顔だな。将来良い道具になるだろう。私に従うようしっかり躾ておけ」
と、一方的に言い放ち、去っていった。
愛情なんてものはないし、それを隠す気もないのである。
私は顔を歪ませ舌打ちをするという3歳児には決してできない芸当をやりながら、没落する前に何ができるかを考え始めた。
こっちは不定期連載です。