奴隷狩り
しれっと本日2話目
「……ん、きもちわるい」
治療後、目を覚ましたエルは開口一番に体の不調を訴える。
「しょうがないだろ。俺がしたのは傷の治療だけだ」
傷を塞いだことで一命はとりとめたものの失った魔力を回復することはできず、魔力切れの症状は残ったままでいた。
「それに、俺だって辛いのは同じなんだ」
顔を真っ青にしたジンは疲労を感じさせるように座っている。
「……魔力……切れ?」
「全部じゃないけど八割は消費しちまった」
それでも軽度の症状はでたため休息をとっている。
にしても魔力が少なすぎるとジンは思っていた。
スキルの効果で一部だけしか力を貰えないため膨大に膨れ上がるとはジンも考えてはいなかったが一発使う分しか上がらなかったのは予想外だった。
「……でも、ジン、うれしそう」
「えっ、そうか?」
エルの言うとおり落胆しているかと云うとそうではなかった。
重要なのは魔力を得るか得らないかだった。
0からはあげようがないが1あれば努力次第で魔力を上昇させることはできる。
「……ん、とっても、うれしそう」
「そうだな。今やっと一歩踏み出せた気がするからかな」
不本意な状況での事とはいえ、渇望していた力を手にしたのだ。嬉しくないはずがない。
「エルのおかげだ。ありがとう」
だからだろうか、ジンの口から素直な感謝の言葉か発せられる。
「……エルの? ……そういえば」
礼を告げられたエルはそこで何かに気づいたように眉をひそめる。
――――あっ、しまった
エルの反応から自分の失言を知ったが既に時遅く。
「……ジン、精霊魔法つかった」
知られたくなった自分の秘密がエルの口から出でしまった。
「あー、そういえば言ってなかったな。俺のスキルについて」
どうせ後々ばれることだしとジンは誰にも打ち明けたことのない秘密を口にした。
「……エルの力、もらった?」
話を聞き終えたエルはぽかんと間抜けな顔を晒している。
無理もないかと思う。魂を譲渡とかジンも理解できていないからだ。
「正確には少し違うが、概ねその通りだ。それで悪かったな」
「……悪い?」
「エルを騙すように勝手に力を貰っただろ」
「……エルを守るため、エル、怒ってない」
エルは微塵も気にしていないと言うがジンはそれで納得することはできなかった。
「でも、俺はエルを支配したんだぞ」
ジンが一番気にやんでたのはその点だった。
支配がどういう結果をもたらすのかは現時点では不明だが何かしらエルを縛るものになるのは容易に想像できる。
「……エル、きにしない、むしろうれしい」
「嬉しい」
勝手に支配されて嬉しいというエルの発言は理解不能なものだった。
「……ジン、エルといっしょ、とてもハッピー」
「はぁ、わかったよ。なら、今度こそ森を抜けよう」
満面の笑みで言われてはもう何も言うことはできない。なら、話は後回しにして森の脱出に取り組むべきだった。
「立てるか?」
「……ん、へいき」
「ほら」
「……ん、ありがと」
平気といいつつも辛そうにしているエルの手をとり立ち上がらせる。
立ち上がったエルを見下ろすとその小ささに改めて驚く。
自分の胸よりも下の身長の少女が自分より強くて、過酷な目にあっているのを思うとここは本当に異世界なんだなと強く感じる。
「……?」
「なんでもない」
此方を不思議そうに見上げてきたエルの頭に軽く手を乗せた後、ジンはエルと共に歩み始める。
歩き始めて数時間、特にモンスターと邂逅する事なくジンとエルは森のまもなく出口というとこまで来ていた。
「もう少しだ。もう少しで森を抜けられる……」
異世界に来てから既に半月を過ぎている。
「……ジン、森、でる」
エルがそう言うと葉の影が途絶えた森の出口が見えてきた。
「――――やった」
抜けた先はどこまでも続く広大な大地に地に生い茂る草と、正に草原とよべるところだった。
「ああ、何かやっとのびのびできる気がする」
森の中はやはり閉鎖されて狭苦しかった。
解放されたとジンは意味もなく腕を大きく広げて空気を大量に吸い込む。
「……ジン、すぐに、むらつく、いまやすむ?」
「いや、すぐ村に向かおう」
この世界の情報は一刻も早く手にしたいものだ。
休むのはそれからでもいい。
――――とはいえ、異世界の村だ。油断はできない……はぁ、面倒くさい事にはなんないといいんだけどな。
心の中で溜め息を吐きつつジンは村へと歩いていく。
「……どうしてこうなった」
ジンは鉄格子を掴みながら呆然と呟く。
現在ジンは見事に面倒な事態に見舞われていた。
というのも、ミクロ村についた途端ジンは警備兵の者に力ずくで捕らえられて留置所へと入れられていた。取り抑えられた時の証しは真っ赤に腫れた頬に刻まれている。
「まさか犯罪者に疑われるとは迂闊だったな」
ジンが捕らえられたのには勿論ちゃんとした理由がある。
ジンとエルが村についたとき二人の服は血塗れになっていた。それだけで何事かと注目を集めるのに奴隷として移送中のエルが一緒に居たことからジンは奴隷商人を殺害し、奴隷を奪取した殺人犯と疑われていた。
ジンは直ぐに誤解だと訴えたが信じてもらえる筈もなくこうして檻のなかに拘束されていた。
拘束されてから三日経っており、その間エルの姿は見ていない。
「まさか、奴隷として移送されていないよな」
不安が過るが直ぐにそれは無いと切り捨てる。
今は恐らく事実確認をしている途中なのだろう。
だとしたら、情報源となりえるエルを移送するまでにはまだ猶予があるはずだ。
そこまで思考を巡らせているとコツコツとヒールのような足音が狭い室内に響いてくる。
規則正しい足音を連れて現れたのは白髪混じりで無精髭の生えた四十代くらいと思われる偉丈夫だった。
名前は知らないがジンを捕らえたのは目の前の男だった。
「何の用だ」
「そう睨むな少年。君の釈放を伝えに来たんだよ」
そう言うと男は鍵をとりだし牢屋を開く。
「事実確認はできたのか」
釈放するという事は商人を襲ったのが盗賊だと判明したということだ。
「ああ、ダンジョン都市フレイズにいた情報提供者に確認したところ奴隷狩りが活発的に盗賊の間で行われているようだ。これは、君の証言とも合致している」
「ダンジョン都市とか奴隷狩りとか聞きたいことがあるがそれよりエルはどうした」
この場にいるのはジンと目の前の男だけだ。
「彼女なら此方の駐屯所で預かっている」
「返してくれるんだろうな」
「勿論だ。彼女はまだ商品ではないからな」
「商品?」
「首輪がついてないだろう。なら、あの娘は個人の物だからな」
男の話によるとジンがいるアレクサンドラ王国では奴隷商人は国の認可を得ることで着く職業らしく奴隷という商品は商人が亡くなっても国に帰属することになるのだが商人になっていない奴隷未満は個人の物として扱われる。
商品かどうかの指針が首輪が装着されているかどうかという事でエルは首輪を着けていない。
よって、商人が亡くなった今ではエルを所有する者はおらず、それをジンが拾ったという扱いになっていた。
「それにしても随分と優しいじゃないか少年」
「何が?」
説明を終えた後男から唐突に言われた事の意味が今一理解できなかった。
「少年の話だとあの奴隷とは出会ったばかりなのだろう。なのにそこまで肩入れするのだからな」
「俺を救ってくれた恩人だからな。そりゃあするだろ」
素っ気ない風な態度をとりつつジンは警戒を高めていた。
男の発言と此方を伺い見る視線は意味深だ。
自分を釈放したのには目論みがあっての事なのかもしれないとジンは推察する。
目論みが何かはジンの預かり知らぬ所だが油断はできない。
「それにエルは信用に足る素晴らしい人物だしな」
これは嘘ではない。
ジンは己を犠牲にして守ってくれたエルを他の者よりはましだと考えている。
一人での行動が得策ではないと森で身に染みて理解した今ではエルと一緒にいるのが最善だと判断している。
――――奴隷という社会的立場の低さも下手に対等でいるよりも面倒が少ないだろうしな。
「だから早く会わせてくれます」
打算をおくびにも出さずジンは男にそう要求する。
「……ジン!」
「三日ぶりだなエル……何かされなかったか?」
男の仲間に連れてこられるやいなや抱きついてきたエルに小声で問うとエルは小さく頷いた。
「……そうか」
安堵の笑みを作ったジンは然り気無く視線を側で再会の瞬間を見詰めていた男達に視線を走らせる。
――――やはり、俺の疑いは完全には晴れていないようだな。
男達の視線には見張りの意味が含まれている。
しかし、疑いが残ったままでいるのを確信した今自身の何に疑いをかけられているのかを検討しなければならない。
――――さっき言っていた奴隷狩りの話は恐らく本当の事だ。盗賊によって行われているというのも
エルの証言もあり本当だ。となると、もしかして盗賊の犯行に見せかけた模倣犯だと思われているのか? いや、違うな。それなら釈放する意味がない。
血がついた服を着ているのをみて取り抑えてくるような者達が疑いが残った状態で証拠不十分とはいえ三日程度で解放するわけがないとジンは断言できた。
――――何か理由があるはずなんだ。
嫌疑をかけたまま釈放する理由があるはずだ。
奴隷狩りに関する何かの嫌疑の理由が……まてよ、奴隷狩り?
「あの、警備のおっさんちょっといいかな」
「おっさんはやめろ、俺はまだ三十二才だ。ラインハルトさんと呼べ。それでなんだ」
老けすぎだろや十分おっさんだろや筋肉の盛り上がったその肉体でラインハルトなのかよと突っ込みたい想いを抑え込んで浮かんだ疑問を口にする。
「頻繁に起きてるのって【奴隷狩り】なんだよな」
「ああ、そうだが――それがなにか」
「いや、何でもない。後もう一つ生き残りってエルだけなのか」
二つ目の質問を聞いたときラインハルトの眉が明らかに反応をしめす。
「いや、護衛の者が一名逃げ延びていた。その者が言っていたよとてつもなく強いものが一人いて大変だったと」
「……なるほど」
その可能性は高いと思っていた。そうでなければ今のこの状況はないはずだ。
ジンは一つの仮説をたてていた。
切っ掛けは小さな違和感だった。
ラインハルトが言った奴隷狩り。名の通りの奴隷が狩られている事態を表すのだとしたら今回の奴隷商人が殺害されているのはおかしい。
ここまでならジンが奴隷狩りを模倣してエルを助けたと疑うのは理解できる。
しかし、ラインハルト達はジンを解放し何かを伺っている。つまり、三日の間にそうせざるを得ない状況になったということ。
その理由は二つ目の質問によって推察された。
二つ目の質問で判明したエル以外の生存者がいたこと。この生存者と接触したのは時間的にもラインハルトがダンジョン都市と呼んでいた場所しかない。
先のラインハルトの言葉から分かる通りそこでの生存者の証言から自分は嫌疑をかけられた。
その内容は完全には把握できないが疑いを持たれつつそれでいて即座に捕まえる事をしない事から商人を殺害した者の特徴を伝えたものだと推測できる。
つまり、ジンは現在盗賊の一味、もしくは商人を手にかけたことからそれなりの立場に在るものという嫌疑をかけられている。その為にジンは重要参考人かつ、監視対象として釈放されたわけだ。
この仮説が正しいとしたらジンとしては冗談じゃないというのが本音だが思うだけでは済まされない。
自分の無実を証明しなければ当分の間監視されるからだ。この場にいない事から大事により動けないだろう生存者がミクロ村に訪れるまでの間の辛坊だがその間常に監視されるのは辛いものがある。
生存者が来るのが数ヵ月かかるとしたら耐えられたものではない。
そうだとしたら、自身で無実を証明する。
それもまた困難な事は容易に想像できる。
何せジンは少し強化されたとはいえまだまだ弱者だ。盗賊一人なら或いは勝てるかもしれないが数が増えると簡単に敗北するはずだ。
手っ取り早く無実を証明するなら生存者に会いに行くことだがその場合はダンジョン都市にいるであろうクラスメイトに邂逅する可能性があるから安易にその選択肢を選ぶことはできない。
だとしたら、生存者が回復するまでを待つ。
それが安全にして最善だ。
しかし、ジンがそう選択することはなかった。
「……ジン、えがお?」
抱きついたままのエルがジンの顔を見て不思議そうに疑問符を浮かべている。
仮説を立てたときジンはもう一つの答えにも辿り着いていた。
不確定な生存者の証言。それは何か、考えられるのは顔の特徴、髪の毛の色――――そして、ワイシャツとブレザーというこの世界では珍しいであろう服装。
この推測が示すもの。
「あいつ等の誰かがいる」
それは、忘れることができない同郷の者の影。
それもラインハルトが言っていたことから一人で行動している者。
独りでに吊り上がる口角が完成させた表情にラインハルトや仲間の男が息を呑む。
胸の内の憎悪と肉体につけられた傷が熱く熱く燃え上がったジンは凄絶な笑みを浮かべさせていた。
推察が穴だらけ(´д`|||)