一人
少し短めです。
「あった」
広場から離れた仁は石槍を取りに暴力を加えられてきた場所に来ていた。
「よかった」
モンスター等に気づかれないように隠したつもりだったが壊されていない事に一安心する。
何せ君島奏が遺した物で唯一の攻撃手段だ。失うわけにはいかなった。
「さて、どうするか」
この場に来る道すがら冷静になった仁はどうやってこの森を抜けるかを考える。
大体の方向は高坂朱乃から聞いて分かっている。
「忌々しい」
クラスメイトを追いたくない仁だったが冷静になった今では異界の地で宛もなくさ迷うのが間違っているのは理解している。
何の情報もない現在ではクラスメイトの後を追うしかないのだ。
しかし、問題がある。仁は詳しい道を知らないし、抜けるにしても森に蔓延るモンスターを自身の力で切り抜けなければいけない。
それがいかに困難かは身をもって知っている。
「でも、切り抜けなければいけない」
生き抜く為には地獄を乗り越えなければいけない。それがどんなに難題でも仁は最後まで足掻く。
決意を胸に仁はクラスメイトの後を追っていく。
森の中は仁の予想通り、いや、以上に過酷な所だった。
数多くのモンスターが現れては牽制して逃げる。
必死の逃亡の繰り返しは仁の体力を奪っていた。
更に過酷な事は重なっていった。
日が落ち辺りが暗くなると仁は火を起こすこともできず大木の下で縮こまって夜を明けるのを待たなければいけない。
木の葉が揺れる音にさえ仁は恐怖し神経をすり減らしていく。
「……日が昇ったのか」
木々の隙間から光が漏れて仁を照らす。
「……早く移動しないと」
早朝ならモンスターは眠りにつき数を減らす。
移動するなら今の内だった。
「このままじゃ長くもたない」
心身ともに疲弊しているのは仁も分かっている。
回復するための睡眠も警戒と背中に走る痛みで満足にとることもできない。
疲弊した仁が立ち上がるとお腹から食事を求める音が鳴り響く。
「そういえば昨日の朝から何も食っていないな」
空腹を認識した仁は歩きながら食料を探す。
「あった。確かこれは食べられるよな」
この森で食べられる食料は広場にいるときに覚えておいた。
記憶を頼りに仁は生えている野草を抜き取る。
「ぐっ、うぐ」
生で食べる野草は土の匂いや青臭い匂いや苦味やと、とてもじゃないが食べれる物ではないが吐き出さないように嚥下する。
「今日こそ森を抜けてやる」
自分が今どこにいて、正しい道を進んでいるのかは分からない。それでも、前進していると信じるしかないと仁は歩く…………
「……おいおい、まじかよ」
仁は目の前のモンスターに唖然とする。
今まで見たことのないモンスターだ。
確かに仁は広場から離れていたのだろう。
「……でも、絶対にあいつらとは違う道を行っているよな」
目の前のモンスター。三メートル程の巨体の熊のモンスターを仁は広場で聞いた事がない。
モンスターにテリトリーというものがあるとしたら仁はクラスメイト達とは違う道を進んでいることになる。
仁は自身の考えが間違っていないと直感する。
目の前のモンスターからは今までのモンスターとは違う威圧感がある。発見されていたなら絶対に話題になるはずだ。
「グルゥゥゥ」
「このまま逃がして……くれるわけねぇよな」
熊というのは巨体からは考えられない程速いというのを仁は聞いた事がある。
速度は森の木で制限させる事ができるかもしれない。しかし、熊は嗅覚が鋭いとも聞いたことがあった。地球の熊と一緒だとしたら逃げ切るのは困難だ。
「ここにきてついていない……いや、ずっと俺はついていないな」
暴力を振るわれ続けて恋人に裏切らた事を思えば今の不幸なんて可愛いものだと思い直す。
「それでも、それでも諦めるわけにはいかないんだよ!」
仁は困難なのを覚悟した上で逃亡を開始する。
「くっ、はぁ、はぁ」
地面は整備されておらず足下に負担がかかる。
木々を避けながら走るのが更なる負担を足にかけるがそれでも仁は走り続ける。
「どっ、どうだ」
背後を振り返りモンスターを確認するとその姿は見えない。
だが、一日中気を張り巡らせていた仁は背後から迫る威圧感が消えていないのを感じる。
「あいつ。狩りのつもりなのか」
一定の距離を開けて追ってくる威圧感は仁が疲弊して確実に仕留められる時を待っているのかのように思える。
「だったら振り切ってやる」
仁は足に力を込めて走る速度を上げて逃走する。
「ハァ……ハァ、ハァ」
モンスターから逃げはじめてから間もなくして仁の体力は底をついた。
休息をとっていない上に石槍を持っての逃走は普通の高校生だった仁では数分が限界だった。
「グルゥゥゥ」
「ハァハァ、くそ」
勿論、数分ではモンスターを振りきることなんてできるはずがなく仁は追い詰められていた。
「グルゥゥゥ」
モンスターは一歩一歩、重々しい足音を鳴らしながら仁を仕留めるために近づいてくる。
逃げようにも乳酸が溜まりきった太股はガクガクと痙攣しており直ぐに動くことはできなかった。
目前まで迫った熊は口を大きく開く。
すると、鋭く尖った牙が覗く。
あの牙で噛まれたら仁は一溜まりもないだろう。
今度こそ殺される。
仁の冷静な部分がそう訴える。
「……イヤ……だ」
それでもなお仁は生きることを諦めなかった。
だからそれができたのは偶然ではあるけれど必然だった。
弱った獲物に止めを刺そうとモンスターは立ち上がり腕を振り上げた。
振り下ろすまでの僅かな一瞬、モンスターは動きを止めていた。
その一瞬の間に仁は無意識の内に槍でモンスターを突き刺していた。
決死の一撃はどんな生物の弱点でもある眼窩を貫いていた。
「グギャァァァ!」
目玉を刺されたモンスターは絶叫をあげる。
「くっ、浅かったか」
絶叫をあげるモンスターはしかし、絶命することはなかった。
痛みに悶えながらも仁を殺そうともう片方の目で睨んできている。
「ここにいるのは不味いな」
やっと動けるようになった仁はその場を急いで立ち去ろうと腰をあげる。
「グォォォォ!!!」
仁がモンスターから離れていって暫くしても怨嗟のような雄叫びは聞こえ続けていた。
「そろそろ本当にやばいな」
熊のモンスターから逃げ切れたものの安心はできなかった。
熊のモンスターから逃げた事で仁の疲労はピークに達しておりこのままじゃあいつ倒れてもおかしくなかった。
「何処か休める場所があれば」
落ち着いて腰を置ける所がないかと辺りを見るがあるのは幾本もの大木だけだった。
「そう都合よくあるわけもないか……って何だあれ」
なかば諦めて近くに座ろうと思っていた仁は遠くに横たわった馬らしき動物と箱のような物を見つける。
「あれは馬車か?」
馬に近づいていくと箱のような物が人を乗せるためのスペースがあるのが分かる。
「何でこんな所に……」
人気のない馬車の様子を確認するために仁は接近していく。
「う、この臭い」
近づいていくとツンとした臭いが仁の鼻腔をつく。
「あの、馬か? いや、馬達か」
臭いの原因は馬だけではなくその付近に倒れた人間達のものだった。
「一、二……十四人もいるのか」
倒れている人間は十四名もいた。
しかし、それぞれの服装は異なっていた。
他に比べ数が多い十名の亡骸は鎧を着て剣を帯びている。
一名は亡骸のなかで唯一豪奢な服を着ており裕福さが恰幅の良さに表れている。
そして、残りの三名の女性達は悲惨なものだった。
服装はボロボロの麻布の服を着ているのみで、心もとないその服も捲し上げられている。
「惨いな」
女性達が何をされたのかは明らかだった。
「……それにしても、俺も変わったな」
目の前の死体を見ても吐いたりなんかはしなくて、ただ単に自分がああならなくて良かったとどこかで安堵している。
「まぁ、いい。それより馬車の様子だ」
金持ちの馬車のようだし地図があるかもしれない。そう期待した仁は馬車に乗り込む。
「く、ここにもか」
仁が馬車に乗り込むとその中でも麻布を着た少女が倒れていた。
「これだけの死体。強盗か……」
死体を残していることからモンスターということはない。考えられるのは金目の物を狙った人間だ。
「まだ幼いのにな」
顔をしかめた仁は少女から視線を逸らして馬車内を物色する。
「……うっ」
「っ!」
物色が一段落した時、倒れていた少女から呻き声が洩れる。
「生きていた――」
声に導かれるように少女を改めて凝視した仁は口をポカンと間抜けに開く。
倒れていた少女はサラサラとした絹のような金髪に透き通るような真っ白な肌、誰もが振り向くような容姿をしていた。
そんな中でも一際仁の視線を釘付けにしたのは少女の耳だった。
長く尖った耳――それはまさしくエルフと呼ばれる種族だった。
やっぱりエルフはいいものです(^∇^)




