ダンジョン
お久しぶりです!
相変わらずの不定期更新ですが宜しくお願いします!
「エルちゃん、私達もそろそろいくです?」
「......ん」
ジンがギルドに向かうと出ていってから早一時間後、未だに宿で休んでいたライカとエルは、そろそろ出るべきだと意見を揃えていた。
「じゃあ、行くです」
準備を終えたライカは、目深にフードを被って部屋を出る。
特にフードに突っ込む事もなく、エルも後に続いて退出する。
ジンに伝えた通り、二人は商人を中心に聞き込みを始めるべく商店が並ぶ大通りに向かう。
向かう途中で二人が自然と話始めたのは、この場にいない、ジンについてだ。
「へー、ジンさんはエルさんを助けてくれたんですね」
「......そう。エル、ジンのおかげで、つよくなる、きめた」
出会いから、初依頼の事までを感慨深げに話したエルは宿での出来事を思い出して頬を膨らませる。
「......でも、ジン、きょう、いじわる」
今までずっと寝ていたジンが、昨夜急に別々で寝ようと言い出した事にエルは、突き放されたような気がしていた。朝のジンのごとき発言にも一抹の寂しさとそれとは別に未成熟ながらも女としての怒りもあった。
「そんなことないですよ、ジンさんはエルちゃんを大事に思っているです。朝もその証拠がありましたし」
エルとは違い、ジンの行動の理由をライカは理解している。寧ろジンに対して感心すらしていた。
三年もの間宝玉を探して冒険していたライカは色々な人物を見てきた。それこそ、少女趣味の者など数えきれない程見てきたし、その劣情がライカ自身に向けられる事もあった。その経験からすれば年齢に相応しい節度な関係性を取ろうとしたジンには確かな好感を持てていた。
「......ほんと」
ジンは自分の事が嫌いになったのではないかとエルは不安だった。
しかし、それが杞憂だともライカは知っている。
「大丈夫ですよ。ジンさんはエルちゃんの事は大事に思っているです......そう、羨ましいくらいにです」
「......ライカ?」
一瞬翳りを帯びたライカの表情にエルは首を傾げるが次の瞬間にはライカは笑顔に戻る。
「何でもないです、それより、急いで話を聞きにいきましょうです」
「......ん」
「じゃあ、早速すいませーん」
ちょうど商店街に着いたエルはライカと聞き込みを開始する。
「うぅー、どうしてですか」
「......しゅうかく、なし?」
「ですよぉ」
聞き込みを初めてから三十分、何の成果も得られず二人は項垂れていた。
聞き込みを開始してから早速二人に問題が起きた。
先ずはじめの問題がライカ自身に風貌だった。
目深にフードを被った事で一見すると怪しく見えるのだ。だが、これはさして重大な問題ではなかった。三年も一人で冒険していたライカは常にフードを被っていたし多少怪しまれようとも話を聞き出す、最低限の話術は持っていた。
本当の問題はエルだった。
無表情かつゆったりと話すエルが重要な情報を引き出せるはずもなく、また、エルとライカ二人揃う事でライカ一人の時にあった流浪の旅人のような雰囲気は消え去り、フードを被った怪しい人物と無表情のエルフという異質な二人組としてみられ深い話ができない原因だった。
その後も聞き込みをする二人だが、成果は芳しくなく有益な手がかりを得ることなく無情にも時間だけが過ぎていった。
「宝玉? それは、知らないが最近エドワード伯爵の夫人が大層高価なネックレスが盗まれたらしい」
聞き込みを初めてから二時間弱、やっと有益となりそうな情報にエルとライカはたどり着く。
「......ほんと?」
「本当です!」
初めての情報を得れそうな雰囲気に二人は食いぎみに商人の男に話を聞く。
「ああ、本当さ。夫人が大層カンカンに怒っているらしく伯爵が盗られたものが市場に流されていないか探してたみたいだけど、結局見つからなかったようだ」
「......ライカ、かんけい、ある、おもう?」
「わからないです、でも、もしかしたらあるのかもしれないです」
「......ほか、きく?」
「はいです、ありがとうございました」
「......ありがと」
ライカとエルは商人の男と別れて他の情報を得ようと更なる聞き込みをする。
「あー、そういや、シェルミー男爵の宝刀が盗まれたとは聞いたな」
「本当です」
「あぁ、本当だ」
「分かりました。ありがとうございます」
ライカは男にお礼を言ってその場を離れる。
「エルちゃん、エルちゃん。やっぱり最近泥棒が多いみたいです」
「......ライカ、おてがら」
「そんな事ないです、エルちゃんのおかげです」
「......ジン、よろこぶ」
「はいです、それじゃあ、一度戻るです?」
「......ん、でも、そのまえに、おなかすいた」
朝から何も食べていない事を思い出してエルの腹が可愛い音を鳴らす。
「そういえば私もお腹すいたです、急いで帰ろう」
「......ん」
ジンに買い食いはするなと注意された事を覚えていた二人は空腹を堪えて帰るべく走り出す。
「......あぶない」
走り出したエルは視線の先で自身よりも背丈の低い幼い少女が転びそうになっているのを目撃する。
エルに出来るのは転んだ時の衝撃を風の魔法で和らげる事だけだった。
「うっ、うぅ」
しかし、衝撃を和らげたとはいえ少女は子供だ。
転んだという事実だけで瞳からは涙が溢れ出そうになっている。
「......へいき?」
「うゅん、へ、へいきだもん」
溢れんばかりの涙を堪えて少女はコクりと何度も頷く。
「......よかった、けがもない」
魔法で衝撃を和らげたお陰で幸いにも少女は傷を負わないですんでいた。
エルが一安心していると少女がキョロキョロと辺りを見渡しはじめる。
「おにぃちゃん、おにぃちゃん」
「ちぃ!」
少女の呼び掛けに反応して少年が駆け寄ってくる。
少女に元に来た少年は少女とエルの間に割り込み警戒しながらエルを睨み付ける。
「......スラム?」
少女と少年の服は穴だらけで汚れたくった水ずぼらしいものであり、ジンの話を聞いていたエルは思い至る。
「ちぃ、何だよこのガキは」
「ちぃが、ころんじゃったから......」
「怪我ないなら行くぞ、飯調達しなきゃ」
少年が少女を立ち上がらせると可愛いらしい音が今度は二回同時に鳴る。
「......おなか、すいてる?」
「うるせーな! 見れば分かるだろ!」
少年は冷静に指摘される事で僅かな羞恥を感じているのか誤魔化すように怒鳴る。
「......ライカ」
「え、なんです」
これ迄、黙って成り行きを見守っていたライカにエルは袋から三枚の貨幣を取り出して握らせる。
「......ライカ、たべもの、かってきて」
「えっ、いいんです?」
ジンの忠告をライカは忘れていない。
叱られるのではないかと視線で訴えるライカにエルは首を横に振る。
「......もう、おこられるから、いい」
「もう? まぁ、エルちゃんがいいなら、いいんですけど」
エルの言葉に引っ掛かりを覚えながらも言う通りにライカは近くの屋台に食べ物を調達しに向かう。
「食べ物って、何のつもりだよ」
「......たべる?」
それ以外理由はあるのかと、エルは少年の言葉に首を傾げる。
「ば、ばかにするな!」
「......あ」
「行くぞ、ちぃ!」
「おにぃちゃん?」
「いいから行くぞ!」
少年は少女の手を引き、逃げるように走りさっていく。
少年達は商店に並ぶ人混みに紛れて、その姿をエルの視界から消しさった。
呆然としたエルだが、その手には既に袋は握られていない。
「......とられた?」
エルの言葉に応える者はいなく、袋は少年達と共に何処かへと消えてしまった。
「......成る程、つまり、スラムの子供に取られたと」
「......ん」
「だよな」
エルは良くも悪くも素直だ。嘘をつくことはまずない。頭が痛い事だが間違いなく依頼で貯めた硬貨は盗まれた。
「すみません、私も気づかなかったです」
「まぁ、盗まれたなら仕方ないさ、また貯めればいい、問題はタイミング悪いって事だけだな」
よりによってオーガ討伐と怪盗の出現と面倒事が重なっているときに、まさかの金銭的な問題だ。
頭を抱えたいが、実際にそうするわけのもいかない。
「よし、仕方ない。俺がダンジョンの依頼で稼いでくるから二人は引き続き情報の収集をしておいてくれ」
元々二手に分かれていたのが幸いだった。
お陰で俺がダンジョンに籠っても情報収集に支障をきたすことはない。
「......エル、とられた。エル、いく」
「それは、駄目だ!」
エル達だけを密室のダンジョンに行かせる事は絶対に出来ない。
そこだけは強く否定した俺にエルは妙案を思い付いたとばかりに手を上げる。
「......じゃあ、みんな、いく?」
「う、うーん。そうするしかないか」
お互いの意見が平行線をたどるなら、仕方ないか。
他の事を疎かにするわけだから最善とは云えないが妥協点としはまぁ、よしと言えるだろう。
「あー、でも、結構貯まってたんだけどな」
すっからかんになった巾着袋に思わず溜め息が溢れてしまう。
「......あれ? そういえば袋ごと盗られたんじゃないのか?」
エルの話を聞く限りはスラムの少年達が袋だけを返すというわけもないだろう。
「あっ、それは、私が匂いを辿って見つけたです。子供達の匂いも覚えとけば良かったんですけど」
「匂いとか分かるんだな」
流石に獣型の亜人だけはある。
「はいです、個人によって能力に違いはあるですけど、五感が普通の人族より鋭いです」
「成る程、じゃあ、やっぱり身体能力も高かったりするのか」
「まぁ、そこも人によるですけど、まぁ、少しならやれるです」
謙遜したような言い方だが、恐らく俺が知る通りなら身体能力も高いはずだ。
「それなら、ダンジョンに一緒に行っても······そういや、冒険証は持っているのか?」
穿つだった。ダンジョンに潜るには冒険証が必要だ。冒険証のランクによって行ける階層等も違う。
冒険証とランク分けすることで上位ランクの需要が高まるのだが、結局証がなければ何もはじまらない。
「一応、昔作ったのがあるです」
「よかった。なら、大丈夫だな。よし、時間がないし、早速行こう」
「······ジン、ごはんは?」
「んなもん、食う暇がない。お前等は少しは食えたんだし平気だろ」
「······ちがう、ジンの」
「俺は平気だ。そもそも、金がない」
何せ袋に入れてたのは全財産だ。串焼き一本化買う金すらない。
「てか、何で持っていったんだよ」
全財産だからこそ、下手に持ち歩かないで隠してた。エルにもそれは、伝えてあったはずだ。
「······エルのと、まちがえた」
「あー、そういう事か」
「どういう事です?」
「似たような袋をエルも買っていたんだよ。だから間違えたって」
「あー、それで、どっちにしろ怒られるって言ってたですね」
ライカが何かを納得したように頷いている。
心当たりがあったのだろう。
「そういえば私のランクはDランクなんですけど、大丈夫です?」
「ん、まぁ、大丈夫だろ。俺達も最後にやったのはDランクだったし」
Cランクに昇格したのは最近だ。Dランクならば今までのランクと同じで此方としてもやりやすい。
「取り敢えず、今日の宿代は絶対に稼ぐぞ!」
「......おー」
「え、お、おーです!」
「お、大きいです」
ダンジョン都市において、一番高い建造物といえるダンジョンを見上げてライカが驚嘆の声をあげている。
「そういや、ライカはダンジョン都市は初めてなんだっけか」
「はいです! 中に入ったのは初めてだから、ビックリです」
「初めて見るとそうだよな」
地球で過ごして高い建物に見慣れた俺でさえ初めてダンジョンの真下に来たときは肌が粟立つ思いをした。
高さにではなく、ダンジョンが放つ異質な雰囲気にだが、ライカにとっては二つの意味で驚愕すべき事態だったはずだ。
「きっと、中に入る時も驚くぞ」
「中にですか?」
不思議がっているライカを引き連れてダンジョンの入り口を通りすぎる。
「なんです......これ」
「変な感じがするだろ」
「はいです、体がムズムズするようです」
「それは、ライカの五感が鋭いからかもな。俺はそこまで変化は感じないし」
俺の場合は体に変化らしきものはない。
ただ、入り口を通り過ぎると確かに何かを感じる。
例えるなら、明るい部屋を急に暗くしたときに似ているかもしれない。
同じ場所で、変化はないのに何か空虚の様な、言い知れぬ違和感を覚えるのだ。
かといって、それも慣れ、今ではそれこそ大人になるにつれて電気等、些細な事には気を回さなくなるように、特段と気にする事はなくなった。
「......うゅぅ」
尤もエルは未だに違和感を苦手にしているようで耳を両手で押さえ、ペタんと萎らせている。
「何もないんですね」
落ち着いたのか、キョロキョロとライカは周りを見渡している。
「一階層目はな、階段を昇って二階層からモンスターが現れるんだ」
一階層目は、何もない部屋の奥に階段があるのみだ。謂わばこの階層は入り口のようなものだ。
「へー、何で一階にはいないんです」
「それは、お偉い学者さんに聞いてくれ」
ライカがお決まりの質問をしてきたが俺に答える術はない。
というのも、ダンジョンには一階にはモンスターが現れない等、決まった法則がある。
しかし、それが何故起きたのかは解明されていない。
何故、ダンジョンがあるのか。どうやって造ったのか、どうして、壊れた壁が一定の時間で修復されるのか、いや、そもそも誰が造ったのか____何一つ解明されていないらしい。
マロンさんは神様が造ったのではないかと言っていたが、案外そんなもんなのかもしれない。
それほど、魔法が存在するこの世界でもダンジョンは謎という事だ。
「ダンジョンについては俺はほとんど知らないが、まぁ、間違いなくモンスターは存在するからな。気は引き締めておけよ」
「はいです!」
気合い十分のライカと話しながらもモンスターもいない一階層目では、あっという間に階段に辿り着く。
「あれ? 上が見えないです」
「上がって見れば分かるよ」
不思議そうにしていたライカを引き連れて、螺旋上の階段を上へと登っていく。
ダンジョンの階段は意外にも長く、一分程は上がらなければ二階層へと到達できない。
「ほぇ~、今度は下が見えないです」
ライカにつられるように視線を落とすも、下は真っ暗闇で何も見ることは出来ない。
階段を登るように時も同じだ。階段が上に伸びているのは分かるのに終着点が暗闇に覆われているように何も見ることができない。
「これも、謎なんだけどな。ダンジョンは各々が別の空間にあると言われているんだ」
「別の......です?」
「ああ、詳しくは俺も知らないが、ダンジョンは階段を登る事で違う空間に行っているのであって、本当に階層になっているわけではないんだ」
ゲーム等のダンジョンに似ているかもしれない。
階段を登ると画面がブラックアウトして、違う階層に行っている。その時、下は確認出来ないし、登る際にも上を見ることもできない。
「転移? とかです?」
「そんな感じだ」
転移という概念があって良かった。お陰で説明が伝わったくれた。
ダンジョンは各々が独立した空間といわれているため、階層がどれだけあるのかダンジョンの外観からは判断出来ない。
「ほら、そろそろ、着くぞ」
階段をある程度上ると瞬時に先に何もない景色から、迷路のように細い道がずっと縦に伸びている景色へと変わる。
「ここが......二階層目です?」
「そうだ」
「広いです。それに、人も沢山」
ライカの言う通り、一階には見当たらなかった冒険者の姿が二階層目にはある。
「ここからが本当のダンジョンというわけだ」
命を賭してモンスターを狩り、生き抜く為の糧を得る。
そんな、危険なダンジョンに俺達は既に足を踏み入れている。




