君の名は......
ねぇ、時間。どうして貴方は24時間しかないの......。
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「そんな怒るなよ」
「......おこってない」
此方に一切顔を向けないままエルは言った。
どうやら、思った以上にお冠のようだ。
「怒ってるだろ。たく、たかが一緒に寝なかった位でなんだよ」
昨夜のエルの衝撃発言により、俺は一緒に寝るのをやめて別々に寝床に着いた。
小学生に上がるかどうかの見た目のエルが実は中学生の年齢と知った今、床を共にするのには些か抵抗があった。
しかし、エルからしたら突然俺が冷たくなったと感じたのか日が昇る朝になっても不機嫌だった。
「......たかが、ちがう!」
地雷を踏んでしまったのかエルが更に不機嫌になっていく。
「......それに、なんで、ジンここでねる」
エルは指し示す床には布切れが一枚置いてある。
「しょうがないだろ。ベッドは二つしかないんだし、ライカを寝苦しい目に合わせるわけにもいかないし」
冒険者の経験を積んだ今では床でさえ快適な寝床といえる。
「......うそ、ジン、ねむそう」
「これは、ちょっと考え事があって寝付けなかっただけだよ。ほら、そんな事より今日は用があるんだろ」
「......ん」
「ライカも準備は出来てるんだろ」
傍らで黙って成り行きを見守っていたライカにと声をかける。
「はい、出来てるです。ジンさんは本当に一人で大丈夫です?」
「特徴も聞いているし大丈夫だ。それより、エルを頼むな」
「はいです」
「......むぅ、エルのほうが、としうえ」
お子様扱いされたエルが頬を膨らませて不満を訴える。その反応もまた、お子様扱いされる要因の一つという事には気づいていないのだろう。
「......それに、ジンもいけばいい」
「昨日も説明した通り、手分けして情報を集めた方が効率がいいんだよ」
本来なら、三人で手分けした方がいいのかもしれないが、ライカの発言等から推察される亜人の立場を考慮してエルと二人体制で聞き込む事となった。
「俺は取り敢えずギルドを廻るが二人はどうするんだ?」
「私たちは商人を聞いて廻ろうと思ってるです」
「商人か、それはいいな」
色々な商品を扱う商人ならば、ライカのいう宝玉を知っていてもおかしくない。
情報を得る上で当たるにはうってつけといえる。
「......エル、みつける」
「頑張れよ。でも、商人に当たるのはいいけど買い食いは止めておけよ」
「......しない」
俺から顔を背けながら言った事には目を瞑ってあげるとしよう。
「なら、いいけど。それと、分かっていると思うけどスラム街には近づくなよ」
「スラム街ですか?」
ライカが初耳だと首を傾げる。
そういえば、話していなかったと思い出す。
「この、ダンジョン都市は中央にダンジョンを置いて大体四区画に分けられていてな、区画によって集まる人が違ってくる傾向があるんだ。東側に冒険者ギルドが有ることからわかる通り、西と東は冒険者や商人が集まり、北は都市に住む住人の住居や歓楽街等がある。そして、都市である以上はしょうがないのかもしれなあが南側には職を失った兵士や孤児などが集まったスラム街があるんだ」
ならず者が多いスラム街では、有益な情報を得られたりする事はあるが危険も高まる。
ましてや、エルとライカは客観的に見てかなりの美少女だ。無防備にスラム街に等いかせたらよからぬ事を考える者が続出しかねない。
「だから、気をつけるんだぞ」
「はいです」
ライカは理解したと大きく頷く。
これなら、大丈夫だろう。
「よし、じゃあ、俺は先に行くよ」
「......ジン」
顔を背けていたエルがチラリと視線を寄越してくる。
「......いって、らっしゃぁい」
視線だけを此方に向けたまま小さく手を振ってくる。
「いってきます」
エルに応えてから宿を出る。
「さてと」
そのまま南方面に歩いていく。
「ジン君、今日はどうしたんだ」
「すいません急に......」
「余り急は困るのだが、大事な話があるんだろ?」
「そう言ってもらえると助かります____アインさん」
宿を出た俺は冒険者ギルド......ではなく、南側に存在する軍事基地へとやってきていた。
「まぁ、座りなさい」
アインに促され、対面になるように座する。
「それで、今日はどういう用件で来たんだ?」
「実は今、ちょっと探し物をしていましてね」
「探し物?」
「昨日、オーガの群れが確認されたのはご存知ですか?」
「無論だ。君達が確認したオーガの群れは此方でも確認することができた」
「早いですね」
俺が伝えてから即座に早馬で行かなければ確認することなど出来やしない。
ギルドとの情報伝達が迅速なのか、はたまたギルドから情報を得るための人員を潜ませているのか。
どちらにしろ軍の情報収集の高さが伺える。
「情報は何よりも強い武器だからな」
アインは鋭い視線を寄越しながら言う。
暗にその武器はお前にも差し向けられているのだぞと言っているように感じるのは俺の気のせいだろうか。
「ああ、そういえば」
一瞬空気が張り詰めるがアイン本人が何か思い出した態度を取る事でそれは霧散する。
「その時、亜人の少女をジン君が保護したらしいね」
もしやと思っていたがライカの事も既に把握しているらしい。
「それは、話が早くて助かります。実は、探し物とはその少女に関係しているんですよ」
「ほう」
俺はアインにライカが話した宝玉の特徴をそのまま伝える。
「金色の宝玉か......聞いた事がないな」
「そうですか......では、宝石類を盗んでそれを流す組織、または個人の者達を知りませんか」
俺がギルドよりも先にアインを頼ったのは犯罪者関係はギルドよりも軍の方が適切だと思ったからだ。
「それは、心当たりは幾つかあるが......」
「教えられる範疇で構いませんよ」
「そうだな......最近ダンジョン都市に怪盗が現れたのは知っているかな?」
「怪盗......?」
「まだ余り知れ渡ってはいないのだがな。徐々に被害が拡大していっているんだ」
「そうなんですか」
一月過ごしてきたが怪盗の話など耳にしたことは無かった。アインのいう通り被害はまだ最小限などだろう。
「この怪盗は正体が不明でな。誰にも気付かれる事なく盗みを働くんだ」
「その怪盗が盗んだ可能性があると」
「それは、何とも言えないが、組織的に活動しているなら捕らえれば有用な情報を引き出せる可能性はあるな......」
アインはそこで口を閉じて間をあける。
「そこでこの怪盗を捕らえてみるのはどうだ」
「俺がですか......」
少し驚いた表情を浮かべるがこれは、想定内の事態だ。寧ろ、アインが俺に頼んでくるのを目当てに来たと言っても過言ではない。
恐らくアインは俺の事を完全には信用していないからだ。俺に疑惑を持っているアインはこの状況を利用して俺を計ろうとしているのだろう。
しかし、利用するに当たっての餌は此方が引き寄せられる程の魅力があるはずだ。
「アインさんはその怪盗は個人でやっていると思いますか?」
「それは、まだはっきりとはしてはいない。しかし、私は組織的なものだと思っている」
「根拠は」
「そうだな。最近徐々に被害が増えてきていると言っただろう。犯行がほぼ同時刻に行われたと思われているんだ。個人でやったにしては些か早すぎるからね」
「成る程、確かに情報を得られるかもしれませんね」
思った通り餌は大きかったようだ。
アインの掌で踊らされているような気もするが元々、一介の高校生に過ぎない俺が百戦錬磨のアインに駆け引きで敵うわけがない。
出来る事といえば精々相手の思惑の一端を理解した上で自分に少しの利益をもたらす事を努めるくらいだ。
結果として良いのか悪いのかは現段階では判断出来ないが一歩進む事は出来たはずだ。
「分かりました。怪盗の捕縛、前向きに検討しておきます」
「助かるよ......して、話はもう終わりかな?」
「いえ、もう一つ話があるんです」
「ほう、何かな」
「この世界の書物を用意してくれませんか」
マロンさんとのやり取り等から自分がこの世界の知識に疎すぎる事を改めて実感していた。
この先もこの世界で生きるならそろそろ知識を蓄えておかないと生活する上で支障をきたすかもしれない。
「ラインハルトは教えてくれなかったのか? 言っておいたのだけどな」
「いえ、教えてはくれました。だけど、あくまでこの都市関連ばかりで......」
ラインハルトが訓練をつけてくれた二週間の間に多少の事は教えてもらった。ライカに説明したこの都市に集まる人の傾向もその一つだ。
しかし、訓練を行ったのはたったの二週間だ。
この世界の文化や歴史まで習うには余りにも時間が足りなすぎた。
迂闊に人に聞けば自分が無知ですと喧伝するようなものだからこれ迄は後回しにしてきたがアインは来訪者____違う世界からやってきたと知っているし心置きなく学ぶ事ができる。
「わかった。揃えておくように言っておこう。直ぐにでも届けられるだろう」
「ありがとうございます。アインさんはこの後、また任務に戻るんですよね?」
俺が知識を得ることを後回しにした理由の一つがアインが任務でダンジョン都市を出ていた為だ。
実を言うと本来の用件は書物の事であり、ライカの事はついでに言ってみたに過ぎない。
とはいえ、アインが戻る日とタイミングよく重なったのは運が良かったとしかいいようがなかった。
「随分と間が良く訪れて来たと思ったら、良く知っていたね」
「ラインハルトさんが教えてくれたんですよ」
流石に任務地や内容等は教えてはくれなかったが、アインが戻る日付は伝えてくれていた。
「あのばかは、軍の情報を話すなんて」
額に人差し指と親指を当ててアインは呆れたように溜め息を吐く。
「勿論詳細は聞いていませんよ」
「ふー、まぁいい。今日にでも出立する予定だよ」
「大変ですね」
「主に心労がだがね」
僅かな疲労を覗かせたアインは立ち上がりソファを立ち上がりデスクに向かう。
「どうだジン君、紅茶でも」
アインは紅茶が好きなのか、或いは俺が訪問したことで準備していたのかデスクの上にはティーポットが置いてあった。
「そうですね。では、おいとまする前に一杯いいですか」
「いいとも」
アインはティーカップに紅茶を注いで差し出してくる。
紅茶からは芳醇な香りが漂ってくる。
余り紅茶を飲む習慣は無かったが香りを嗅ぐ限り舌に合いそうだ。
カップの縁に口をあてがい傾け、口内に流れる紅茶を嚥下していく。
「美味しい」
高級な茶葉を使っているのかこれ迄縁もなかった上品な味わいがする。
「そうだろう、いや、実は部下に紅茶にうるさいのがいてね。ジン君に出すようにと再三に渡って言われたんだよ」
「そうなんですか」
初めての味わいに感慨深く味わっていると返事が雑なものになってしまった。
アインはそれを咎める事はなく、暫しの間沈黙が流れる。
「ジン君、君は次は何処にいくんだ」
紅茶を半ばまで飲み終えた頃、アインが沈黙を破る。
「そうですね。もう少し情報を得るため、冒険者ギルドに行こうと思ってます」
「随分と熱心なんだな」
「えっ」
「何、亜人の少女とは昨日出会ったばかりなのだろう。その割には君が必死になってるからね」
「別に必死にはなってませんよ。俺はやってあげられる範囲で頑張ってるだけです」
ギルドに行くのもアインに頼ったのもあくまで自分に出来るからやったに過ぎない。
「それに、エルが少女と仲良くなりましてね。少女もいい娘そうだし、少しは頑張らないといけないですから」
「そうだな......」
再度沈黙が流れる。
残った紅茶を一気に流し込んで立ち上がる。
「じゃあ。俺はこれで失礼します」
「ああ、頑張ってね」
「はい、では____」
「それと、しっかり寝るんだぞ。少女の為に頑張るんだろ」
アインは真っ直ぐ此方を見つめてくる。
見透かされている。まさか最後にこんな皮肉を言ってくるとは予想だにしていなかった。
「気をつけます」
下手くそな作り笑いを浮かべているのを承知で振り返ることなく部屋を出る。
アイン____やはり、油断ならない相手だ。
「ふぅー」
「ジン様」
扉を出て思わず溜め息を溢すと突然名前を呼ばれる。
「どちら様ですか?」
声の主は軍服に身を包み、吸い込まれるような黒目や艶やかな黒髪が何処か妖艶さを醸し出している。誰が見ても美しい女性だが見覚えはない。
「私はジン様をお見送りするように承ったアスター軍曹であります」
「見送りですか......」
納得した。要は余計な事をしないために出口まで監視するということだ。
「私の顔に何かついていますか?」
「いえ、綺麗だなって」
「......ありがとうございます」
そう言えばこの世界で黒目黒髪の人を初めて見たよな。
アスター軍曹の容姿を思わず凝視してしまったが驚かずにはいられなかった。
美人だからというわけではない。
アスター軍曹のつり目ながらもパッチリとした二重や潤いのある唇と美人なのは間違いないか、驚いたのはその点ではなく、アスター軍曹の黒目黒髪かつ全体的に平面の顔には余りにも見覚えがありすぎる。
とはいえ、いきなり詮索するような事を尋ねる事が出来るはずもなかった。
特に会話することもなく俺はアスター軍曹に案内されて建物の外まで連れ出される。
「ジン様」
白い石で建てられた無骨な軍事基地を立ち去ろうとしたところで呼び止められる。
「これを」
アスター軍曹は数冊の書物を差し出してくる。
「随分と早いですね」
差し出された書物が何かは聞かずとも分かる。
しかし、それにしては早すぎる。
アインは直ぐに用意出来るとは言っていたがそれにしても早い。
「いえ、アイン様が前もって本日迄に、地図、歴史、童話の本を用意しろと仰ってたので」
成る程、異世界に来た来訪者が何を求めるか読まれていたという事か。
ただ、府に落ちないのは何故用意出来ているのにその場で渡さなかったのかだ。
忘れていたのだろうか、いや、先程の退出する際の発言を鑑みるに俺をからかうためのイタズラなのかもしれない。
「どうぞ」
「すいません。ありがとうございます」
アスターから書物を受け取る。
これで念願の知識を得ることが出来る。
アインのイタズラは癪に触るものがあったが水に流してやるとしよう。
久方ぶりに気分が高揚しているのを自覚しながら第二の目的地であったギルドにたどり着く。
扉を開けると大人数が密集しているが故の騒がしさが耳に届く。
しかし、何処か様子がおかしい。
騒がしいのに場には緊張感の様なものが漂っている。
何時もは昼夜関係なく飲み食いする飲んべえの数も少ないように思える。
「ジン君」
「マロンさん」
入り口で立ち尽くしていると気づいた受付嬢のマロンさんが駆け寄ってくる。
「ジン君、大変ですよ!」
「どうしたんですか? もしかして、オーガの群れが攻めてきました」
もしそうなら、まさしく大変な事態だ。
都市には一般人も大勢いる。攻め入れられたら死者の数は一桁二桁ではきかなくなるだろう。
「ち、違います」
杞憂だったらしくマロンさんは首を激しく横に振る。
では、何をそんなに焦っているのだろうか、その答えは本人の口から語られた。
「ジン君の言う通りオーガの群れを確認しました。だけどその規模が問題なんですよ」
「......どれくらいなんです」
俺はオーガの群れを確認したが全ての数を把握をしているわけではない。
規模がどれ程のものなのか知る由もないが、周りの反応から良くない答えが来るのは分かる。
「千です____オーガの群れは一千の大規模なものです」
マロンさんから放たれた数字は一千____俺の予想を遥かに越える規模のものだった。
皆さんは13歳の女の子と寝ることできますか?




