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異世界転移(最強を目指す者語り)  作者: 出戻りわたあめ
一章 異世界転移編
19/30

無能ゆえに

今までで一番長いです。


「な、何が……」

 頬を抑えた坂井は理解不能とばかりに呆然としている。

 当然だ。坂井には突然俺が目の前に迫ってきたと感じたはずなのだから。


 「どうしたんだ旦那」

 盗賊の一人が尻を着いた坂井に問うている。

 間違いなく俺の策が効いている証拠だ。


 「くそ、油断した。なるほど、どういうわけか少しは成長したようだな」

「堪えるだろ……これは、命をかけた人の力だ」

 「あ……そういや、あのうざかったオッサンの」

 武器では無く肉体に纏っているが強化は出来ている。

 魔力を纏っての強化は小説等ではよく見る技術だがドグマが使用しているのを実際に目の当たりにして試してみたら俺も出来た。

 魔力の制御が大変でドグマに比べると拙いが短い間とはいえ、魔力制御の練習は身になって現れた。


 「来いよ坂井、相手してやる」

 「調子に乗るなよ、この無能が!」

 安い挑発、力に溺れプライドの高い坂井は見事に乗る。

 

 「エル!」

 「……ん」

 坂井の意識が俺へと集中し隙を晒した一瞬にエルが魔法を発動する。

 俺の魔法とは比較にならない魔力が込められた岩の塊が坂井に向けられて射出される。


 「なっ、くそ!」

 エルの魔法の威力の高さを察したのか慌てながら退避しようと下がる。

 それは、他の盗賊も同様で各々が慌てて逃げ惑う。

 そのおかげで盗賊達は誰一人怪我を負うことはなかった。

 

 「今だ、いくぞ!」

 しかし、狙い通りに上手く盗賊と坂井を分断する事には成功した。 

作戦通りに分断したのを確認したラインハルトが合図を出して突っ込んでいく。


此方の陣営が二十名に対して相手は先の戦闘で数を大きく減らしている。余程の実力差が無ければ心配することはないはずだ。


そもそも、人の心配をする余裕などない。目の前の男に集中しなければいけない。


「一人だけだな」

「……あり得ない。何で無能のお前がこんな」

「無能だからだよ……お前は力に溺れすぎた」

これまでする必要もなかったからだろう戦闘中にも気を張り巡らせた様子がない。強者故にだろう俺を下に見て、とるに足らない相手だと油断した。

結果として今、俺は確かに坂井を追い詰めている。


「黙れ雑魚がぁっ!! 」

激昂した坂井がエルに殴られて吹っ飛ぶ。


「な、何でだ……」

耐久力が高いのか頬を切らして血を流す坂井だがダメージはそこまで深くはない。

しかし、精神的には余裕なんてないはずだ。

どうして自分が吹っ飛んだのか、それすら坂井は分かっていないのだから。


 「どうなってやがる」

 「取るに足らないと思っていた相手に殴られる気分はどうだ」

 「黙れ、お前の遅いパンチなんか効くわけねーだろ」

 「遅いね……」

 その通りだ。お世辞にも俺の拳が鋭く素早いとは言えない。

 だけど、そんな事関係ない。


 「何故見えない!」

 再度俺を見失った坂井が叫ぶが遠慮はしない。

 俺を認識できないでいる無防備な坂井の頬に拳を突きいれる。


 倒れるがやはり、坂井に多大なダメージを与えるには至らない。


 「俺の目ならどんなに速く動いても見極める事ができるのに……ということは他の方法で近づいてきているのか。はは、そうか! 透明か!」

坂井の予想は外れている。俺は透明人間に等なっていない。


「まぁ、そうくるよな」

「ははは、これで俺に近づけないだろう!」

水の塊が坂井を覆う。単純な方法だが透明人間対策としては効果的だ。

それは、俺にとっても致命的な方策だ。

俺は透明人間ではない。

エルから学んだ認識阻害を使ったにすぎない。

坂井に認識できずとも俺自身は確かに存在する。

ああされてしまえば俺はもう坂井を殴る事はできない。


「魔法と武器が使えればいいんだけどな」

武器や魔法を使えば距離が出来た途端に相手に認識されてしまう。普通の者ならまだしも特別な目を持つ坂井には恐らく対処されてしまう。


「さて、どうするか」

策の一つであった認識阻害は破られてしまった。

もう一つ策はあるが……


「まだ、明るすぎるな」

残念ながら決行はできない。


現状では有効だになり得るものがない――――俺だけならな。


「……こわす」

「な――――」

坂井を覆っていた水の壁に穴が開くと同時に坂井の体が後ろに飛んでいく。


「がぁっ! ぐそっ! いてぇよ」

俺の拳とは違う確かなダメージを受けた坂井は地面を転がる。


「……やっぱり、しなない」

「そうだ。だから遠慮はいらないぞ」

坂井は本当に強いのだろう。

だからこそ、エルが本気をだせる。


「んだよ、遠野。何なんだよそのガキは! そういえばさっきもそいつが魔法を使って……」

エルを見ながら叫ぶ坂井の声が尻ずぼみになっていく。それは、余りに可憐な容姿にか、それとも人よりも明らかに長い耳にか。


「ま、まさかそいつ、え、エルフか?」

信じられないのだろう坂井は唖然としている。

既に異質な世界に来ておいて何を今さらと思うが俺も初めはそうだったし、やはり驚くべき事なのだろう。


「そうか、それで魔法か……なぁ、そこの嬢ちゃん俺についてこないか」

 「なに?」

 エルを仲間に誘うとは予想外の展開だ。


 「はは、そうだよ、俺もあんまり面倒なのはご免なんだ。負ける事はないにしても疲れそうだからな。なぁ、いいだろ」

 「……なかま?」

 「そうだ、仲間になろうぜ。お前と俺が組めば怖い物なしだろ」

 「……ジン、仲間なりたい?」

 しっかりと俺を認識できているエルは焦点を俺に合わせて尋ねてくる。


「仲間になりたいか――――」

 それはどうあがいても不可能な事なのだろう。俺達はもう交わる事はできない。

 憎しみが、どす黒い感情が渦巻いており、坂井を許すことは到底できない。


 「そんなの……」

 嫌に決まっている――――そう答えようとしたがやめた。


 「エル、お前はどうしたい」

 「……エルが?」

「そうだ。エルは俺と坂井、どちらを選ぶ」

 俺が答えるのは簡単だ。俺が仲間にすると言えばエルは納得するだろうし、しないと言えば引き続き敵対するだろう。

 それでも別に問題はない。しかし、せっかくのチャンスだ利用させてもらうとしよう。 


「……エルは」

 「遠野近くにいるんだろ、そんな奴は見捨てて俺と一緒に行こうぜ。遠野も文句は言わないさ。そうだろ、遠野」

 「駄目に決まっているだろ」

 「やっと、姿を見せたな遠野ぉ」

認識阻害を解いて坂井に姿を見せる。

 

 「エルは俺の仲間なんだ。勝手なことはしないでくれないか」

 「うるせえ、お前みたいな雑魚に相応しくないんだよ!」

 「相応しくない、ね。それを決めるのはエル自身だろ」

 「はっ」

 自信があるのか坂井は馬鹿にしたように笑っている。

 だけど、坂井が選ばれることはない。

 それが分かっているから役に立つ。エルが自分自身で俺を選ぶための礎となれ。


 「……ジン」

 「はぁ、何でその無能を選ぶんだよ」

 「……ジンから、きいた。ひどいことしたって」

 エルの声のトーンが落ちる。怒っているのだろうか。

 しかし、やはり、表情に殆ど変化はない。


 だから、エルの感情に気付かない坂井は言ってはならない事を口にする。


 「当たり前だろ、そこの無能は弱いんだから。強いやつが偉いのは当然だろ!」

 「……ちがう!」

 眦を吊り上げたエルは叫ぶ。


 初めから選ばれるわけがなかったんだ。

 力を持ちながら殺しを恐れて全力を出せないエルと自由気ままに力を振るい殺人を犯す坂井が相容れるわけがない。


「……エル、おまえきらい!」

 「ああくそ、なら死ねや!」

 決定的に対立した二人の戦闘が再度始まる。


「危ないな」

 戦闘の余波を食らってはたまったものじゃない。今一度認識阻害を発動して坂井たちから距離をとる。


 「がんばれよエル」

 「……ん」

 「ここまで想定内なんだ。勝てるぞ」

 「……ん!」

 そう、このまま事が進めば俺達は勝つ。

 全ては計算通りだ。


 




 「壮絶だな」

 離れて二人の戦いを観戦していると改めてその強さが分かる。 


 「オラァ、死ねよ」

 坂井から強大な魔力が立ち込めり魔法として現界する。

 水の龍――――高魔力を込められた作られた魔法の龍は巨大な顎を開きエルを飲み込もうと迫っていく。

 先程発動されたらとぞっとする程のエネルギーを持つ水龍。それに立ち向かうエルは腕を突き出す。


「……きえて」

 相対するエルの魔力が上昇すると同時に竜巻が発生する。

 竜巻は迫り来る水龍にぶつかる。

 水龍は竜巻を飲み込もうとし、竜巻は水龍を消し去ろうとエネルギーを消費しあう。


 共に決定打を与えることなく水龍と竜巻はその勢力を落としていく。


「相殺か……」

 二人の初撃は相殺という結果で終わった。二人の力は互角という事か。


 勝負はまだまだ序の口、二人の魔力は全く衰えていない。

 二撃目は間もなく行われる。


 「……ん!」

 次に先行で魔法を放ったのはエルだった。

 先程と違い地面が隆起して坂井に接近していく。

  

「何、他の属性も使えるのか」

 驚きながらも迎え撃つ坂井は纏っていた水の塊を地に這わせて隆起する地面の岩石に衝突させる。


「ちっ、また互角か。なら」

威力では埒が明かないと考えたのか坂井は細長い水の槍を幾本も出現させる。

数で勝負を決めるつもりなのだろう。


「だが、甘い」

見つめる先では坂井の水の槍と同数以上の隆起が起きている。

生き物のように動く隆起は水の槍の悉くを消滅させていく。


坂井の策は悪くはなかった。

実際俺であったならば魔力切れで倒れていた。

しかし、相手が悪かった。

エルが持つスキル、精霊魔法とはその名の通り、精霊の力を借りることで魔法を発動させるスキルだ。

術者には魔法を操るさいの補助が初めからついているようなものだ。

必要なのは魔力だけ。広大な魔力を持つエルにとっては大量の魔法を展開することなど容易な事だ。


「……とはいえ、このままだとじり貧だな」

勝負が始まってから時間がある程度経ったが二人の実力が余りに拮抗しており決着が着きそうな様子は見受けられない。


魔法が拮抗している今、勝負を決するには他の要因が必要になってくる。


そして、魔法以外ではエルに分が悪い。


「おいおい、どうした? 大分疲れているじゃねーか」

「……そんな、こと、ない」

エルは否定するが坂井の指摘通りエルは肩を揺らし汗を額に流している。


「やっぱり肉体面では劣るか」

坂井と互角の魔法の実力を持つエルだが身体能力面ではまだまだ幼い子供、強化された坂井に劣っても仕方がない。


「はは、なら!」

自分が勝っている点を理解したのか坂井は魔法の打ち合いから一転して前進しだした。


「……こないで!」

近づけさせまいとエルが地面を隆起させて坂井を向かい打つ。


「ははははははははは、くらわねーよ」

迫る隆起した地面を坂井は水を噴出させて立体的な動きで避ける。


「そうか! 俺の戦いかたはこうだったのか!」

「……!」

エルが魔法を放つがその悉くを立体的な機動力を得た坂井は瞳の力も使い完全に見切り避けていく。


避けながらも着実に距離を詰めていった坂井はついにエルの元に辿り着く。


「よぉ、早速だが死ねや!」

「……っく!」

接近した坂井は鋭く重い拳を華奢なエルの肢体に突き刺す。


強化された坂井の拳は身をもって何度も体験してきている。

骨が砕かれ臓物を潰されるような激痛が襲ってくる。

しかし、俺の時とは違い今の坂井は本気だ。異世界チートを得た坂井の本気の拳の威力が以下ほどかは分からない。


だが、そんなもの地面に蹲り痛みを堪えているエルを見れば痛いほど伝わってくる。


「……ジ、ン」

「あんな無能を選ぶからこんな目に合うのさ。もう一度聞くぜ、俺と来いよ」

蹲るエルの腹に足を強く押し付けながら坂井は問うている。


「……いや」

「あ、聞こえーな」

踏みしめる力を更に上げて坂井は問う。

エルの小柄な体躯に加えられた力は甚大なもので、此方にまで悲鳴が聞こえてきそうな程の苦悶の表情を浮かべたエルはしかし、叫ぶ事はなかった。


「……もう一度、ゆう。いやだ」

「――――そうか。なら、終わりだな」

水の刃を作った坂井がそれを降り下ろそうとする――――のを黙って見ているわけには流石にいかない。



「坂井!!」

認識をずらし坂井を殴る事でエルへと攻撃を中断させる。

「痛てーな!」

中断には成功したもののダメージを与えるには至らず激昂させてしまった。


とはいえ、そんなのは分かりきっていた事だ。

まずは倒れているエルを救出しなければ。


「行くぜ」

魔力を掌に収束させて炎の魔法に変換する。


「よいしょっっと」

出現させた炎の魔法を地面に打ち付け爆発させる。

威力は大したことはないが目眩ましにはなるだろう。

エルを抱いてそのまま認識をずらす。



「大丈夫か?」

「……ん、へいき」

思ったよりは頑丈だったのかエルは小さく微笑む。

とはいえ、身体には甚大なダメージを負っているし戦闘の継続は無理だろう。


「ありがとうなエル――――後は手筈通り頼む」

「……ん、わかった。ジンは……へいき?」

「ああ、エルのお陰で舞台は整ったからな」

最終的に倒れているとはいえ、エルは充分過ぎるほど働いてくれた。

初めに比べれば坂井の魔力と体力が激減している。

これならば、俺でも対処のしようがあるかもしれない。



それに何よりもエルは時間稼ぎをしてくれた。

そのお陰で日が届きにくいのも影響して森の中は夜の帳が下りようとしていた。


――――計画通りだ。


魔法では勝てない。身体能力でも勝てない。

ならば、俺が勝つにはどうしたらいいのか、

考えに考えて思い付いた。

正面から勝てないなら相手を弱くしてしまえばいいと。


「さぁ、やろうぜ坂井。まぁ、この暗闇の中でまともに動けるかは分からないけどな!」

目を塞ぐには手っ取り早い方法の一つが暗闇を作る事だ。


エルのお陰で俺には坂井の姿が鮮明に見えている。

このまま坂井に近づき魔法を食らわせればエルとの戦闘で疲弊している坂井にダメージを与えられるはずだ。


そのために無防備な坂井に接近しなければ――――


「残念だったな、遠野ぉ」

暗闇の中、近づいた坂井は広角を弓なりに釣り上げ嗤っていた。


……こいつ、見えてる!


嗤っていた坂井と目が合ったし間違いないだろう。


「俺の目はなぁ、僅かな光があれば十二分に見えるんだよぉ!」


吼えた坂井は水の槍を俺に向かって放ち、それは俺の胸を穿つ


「ははは、ざまぁみやがれ!!」

……坂井の目にはそう写ったはずだ。


……危なかったな。

認識を阻害するなら単純にずらす事もできるはずだ。

そう考えての事だがぶっつけ本番でも無事成功できた。


可能性としては考えてた事だが坂井は夜目がきく。

初の遭遇の時に、離れた場所にいた俺達に魔法を放てたのはそのためだったというわけだ。


――――さて、坂井の現段階の実力は大方把握できたな。


魔法の威力は俺より上、身体能力も俺より上、分かりきっていた事だが素の実力は向こうが上だ。


「だが、それだけだ」

魔力を纏い俺を倒したと錯覚している坂井に突進する。

無防備な坂井との距離はどんどんと縮まっていく。


「な、どういう事だ!」

槍で穿ったはずの俺が数秒たっても血を吹き出さず倒れない事に坂井が違和感を唱える。


「まさか!」

俺が生きていると坂井が気づいた瞬間に認識阻害を解く。


「いつの間に!」

気づかぬ間に接近されたことに坂井は驚愕する。

驚いた坂井は何時でも拳を放てるように構える。


やはり、姿を現せば坂井は魔法で自身を覆う事をせず構えをとった。

 違う魔法を行使する可能性もあったがエルとの戦闘から坂井は魔法戦闘に長けているわけではないのは判明していた。

 ならば、俺を散々殴ってきたこともあるし、肉体に頼るのは想像できたことだ。


「オラァ! 来いよ無能が!!」

 坂井が腕を突き出す。そう認識した途端に眼前に拳が迫る。

 とてつもない速さだ。避けられない、いや、避ける必要はない。

 頬を衝撃が襲い、鈍い痛みが襲ってくる。


「……そうだ、俺は無能だよ。だから、お前は俺には勝てないんだよ坂井」

 俺一人では満足に戦う事も出来ない。

 だけど、俺は色々な人の力を借りてるんだ。なら、負けるわけにはいかないだろう。


 殴ったことで動きを止めている坂井に掌を向ける。


 「何を……」

 「終わりだ」

 魔力を一点に集中させ、眩い光を発生させる。


 「ぐぁぁぁぁ!」

 目の前に突如として発生した光に坂井は目を両の手で覆って悲鳴を上げる。


 微量の光で視界がクリアになるんだ、ほとんどの魔力を込めた光がどれほどの衝撃を与えたかは計り知れない。


「うがぁぁ、目が……目がぁぁ」

 痛みで喚くだけの坂井は余りにも無防備だ。


 「『炎の矢』」

 余裕をもって発動した魔法もあっけなく到達する。


 「目が、目がぁぁぁ」


 所が眼の痛みを訴える坂井は魔法を食らったことにも気づいていない様子だ。

 ならば、容赦はしない。魔力で強化した拳で遠慮なく殴る。


 「ぐぁぁ、な、なんだ」

 「チッ、気付いたか」

 構わないか。既に勝敗は決している。

顔を腫らした坂井は血を垂れ流して倒れ付している状態だ。


「くっ、来るな来るな!」

視界も効かない坂井は地を這って距離を取ろうとする。


「誰か……誰か助けに来いよぉ!」

「無駄だ。辺りが静まっているのが分からないのか」

戦闘開始から既にかなりの時間が経過している。

戦闘音も途絶えているし向こうの決着がついたのは間違いない。


ラインハルト達には決着がついてもその場で待機するようにいってある。

この場に誰も訪れないと云うことは冒険者側が勝者ということだ。


ならば、後は俺がけりをつけるだけだ。


「坂井……最後なんだ、遺言位は聞いておいてやる」

「ひっ、まじかよ、クラスメイトの仲間じゃねーか。な、冗談だろ」

怯えながら信じられない事を坂井は口にした。

仲間――その仲間を生け贄にしようとしたにも関わらずこの言いぐさ、呆れを通りこして関心してしまいそうだ。


「全てはお前自身が導いた結果だ、受け入れろ」

止めを刺そうと一歩踏み込むとそれだけで狂乱した坂井は死に物狂いで地を這って更に逃げようとしている。


此方の方が遥かに速い。一歩一歩距離を縮めていくと坂井が叫ぶ。


「た、頼む、助けてくれ。今までの事は謝るから頼むよ! 何でもするかさ!」

「今更みっともない……」


醜く命乞いをしてくる坂井に止めをさすべくてを手を伸ばし魔力を練る。


「やめろ、やめろぉぉぉぉ」

命乞いした坂井から何かが流れ込んでくる。

この感覚には既視感がある。


既視感の正体はエルの時にも感じた相手の心が繋がる瞬間の感覚だ。


……なるほど、恐怖もまた支配ということか。


完全に恐怖で心が折れたのだろう、坂井は魂を俺に差し出した。


差し出された供物を手にすれば俺は更なる成長を果たす事ができる。


だから、俺は差し出された力という供物を――――手にすることなく棄てた。


繋がっていた魂を切り離すイメージを浮かべる。

途端に繋がりは途切れ感覚も消失する。


力は惜しい。だが、坂井と繋がるなんて御免だ。


「遺言はいいのなら……潔く死ね」

「待て、待ってくれぇ! 良いこと教えてやるから」

「往生際が悪い……」

「他の奴等のこと話すから!」

「なに」

坂井の言葉に一度手を止める。

目は見えずとも雰囲気から俺が興味を抱いたと理解したのか坂井は喜色の感情を表情に浮かべる。



「気になるだろ。話すから見逃してくれよ」

「……話次第だ」

これは、嘘だ。坂井を見逃すつもりなんて露程も考えちゃいない。

そして、それは坂井も分かっているはずだ。

分かっていながらも縋がらなければいけないと思っているのかもしれないが恐らく違う。

坂井は視力の快復の時間を稼ごうとしているのだろうが構わない。

話しの続きを促す。


「と、遠野は俺達を恨んでいるんだろ。なら、他の奴等のいる場所を教えてやる」

「それなら知っている」

「な、なら土田と佐々木が今いる盗賊団のアジトならどうだ」

「あいつらも盗賊団の一味に入っているのか」


異世界に来てからはよくつるんでいたのは知っていたがまさか、三人とも犯罪者になっているとは地球出身としては信じたくない所があるが本当なのだろう。


「ああ、そうだ。土田は今はダンジョン都市の更に奥にある盗賊団の基地にいるはずで、佐々木は山を越えた向こうに何人かの盗賊達と向かった」

一緒にいないのは強力な坂井達に徒党を組まれないように分散したのかもしれない。

そう、推察すると共にもう一つどうしても訪ねなければいけない事を坂井に問いただす。


「朱乃は……朱乃はどうしてる」

「高坂か。あの女は俺達についてこないで天野等と行動しているぜ」

「天野等と……」

つまり、朱乃は天野達とダンジョン都市を出立したのか。

何を企んで天野等と行動を共にするのか。


「いや、そもそも、お前らはどうやって盗賊団に入ったんだ……それに、いつからつるんでいた」

ずっと気にはなっていた。奴隷狩りで起きるはずがなかった奴隷商品の殺害。この異例が新たに盗賊団に加入した坂井なのだとしたらそれは、俺が裏切られるよりも前から盗賊達とコンタクトをとっていなければ時系列的に辻褄が合わない。


「…………あ? そんなの覚えてねーよ。それよりも見ろよあれを」

「あれ?」

僅な間を開けて質問に答えた坂井が突然後ろを指差す。あからさまな罠に俺は敢えて釣られて後ろを振り向く。


「バカが!」

嘲りの声に顔を戻すと坂井が俺に飛びかかってこようとしているところだった。

迫る坂井の瞳はしっかりと開かれている。

その目は恐怖を感じ気でも触れたのか狂気が宿っている。


「あははは、死ねぇ、死ねぇーーー無能が――――」

ガクンッ、と目の前でつんのめるように坂井の体が沈む。


「あれ?」

「どんな物でも見切れる瞳とは凄いよな。でも、それなら見切れても意味ないだろ」

「あああああ、足がぁぁぁ」

先程の魔法により空いた脚の穴を見て坂井は絶叫する。


「残念だったな折角のチャンスを」

「あああ、まさか、まさかお前ここまで見越して……」

「さぁな、あの世で会ったときに教えてやるよ」

脚を穿たれ歩く立つこともままならない坂井に魔力で強化した指突を繰り出す。


威力に特化したムラの多い杜撰に魔力を纏っただけの指突、それを完全に見切った坂井はしかし、動けない。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

坂井にできるのはただ絶望に顔を歪めるだけだ。


「じゃあな――――」

俺の指は坂井の胸の辺りに触れると容易くその肉を貫き、骨を通過して心の臓を穿つ。


「がっ」

呻き声を発した坂井は俺にしなだれかかりそのまま息を引き取った。


確信していたとはいえ、初の殺人。正直実感がわかないでいた。


ただ、今感じるのは自身に漲ぎる力だけ。

坂井との繋がりを絶った時、まるで魂と共に差し出された力だけは返還されることなく、そのまま俺の元へと流れ込んでいた。



今、自身が何段階も進化しているのが分かる。


「そうかよ……」

自分のやるべき事が分かってしまった。


無力を否定し強くなりたかった。

奪うだけの強者を、クラスメイトを許せなかった。

復讐したいというのも本音だった。


そんな、俺が成長するためには奴等を糧にするのが効率がいいというのはなんて皮肉なことか。


「やってやるよ」


盗賊団に入ったと云うことは奪い続けているんだろう。ならば、遠慮はしない。


「土田と佐々木……奪い続ける奴等から今度は俺が奪ってやる」

この世界で生き抜くための糧にするため今度は俺が狩る番だ。
















 


 

 


 


 















 




次話で一章が終わり、短編を一つ挟んでから二章の予定です。

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