紅の閃光
「わかった。私も可能な限り闘う」
クラベールに訳を話せば父から話を聞いていただけのことはありすんなりと理解してくれた。
「それにしてもユーリが私の弟だったなんて驚いちゃったよ」
俺は微笑みながらもまっすぐに前を向く。
「クラベール、無茶しないで。逃げる時は逃げろよ」
「大丈夫、私の研究はなんとか成功したから。もう失敗はしないよ」
前方から夜叉の群が近くのを受けて二手に分かれた。
「ユーリだってそうは言ってるけど実戦経験ないんだよね?無茶したらだめだよ!」
クラが叫ぶように言う。
「おう!」
こいつは俺達で相手をするしかないな。
大丈夫。
敵は一体しかいないし、何よりタッグを組んでいるのがクラベールだ。
「いくよっ!ユーリ!」
クラベールが先陣を切って一直線に走り出した。その赤髪が真っ直ぐに空を駆けた。
「簡単だったね。」
「これくらいならな、おい、そろそろ街だ」
建物が見えてくる。
俺達はまだこちら側の現状は理解出来ていない。ただ、もう侵略され始めているのは明らかだ。
「ユーリ、もう人はいないよね。」
「そっちの方が楽だろう。俺達の目的は奴らの侵略を阻止することのはずだが?」
「人助けに構ってる暇はないってことなのね。」
「そこまでは言っていないが。」
案の定そこに人はいなかった。
俺達は街の中心部まで馬を進めた。
途中好戦的な夜叉は片付けた。全ての夜叉が襲いかかってくる、という訳ではなかった。
「やばいな、かなり奥まで進まれているってことか?」
思っていた以上に、何も無い街だった。
交戦の跡は多少あるものの明確な目的を持って人を殺傷した形跡はなかった。
「一体何が起こっているんだよ!」
「分からないよ、私達には情報が伝わってきていないんだから。
どれくらいの数敵がいて味方が何人残っているのかさえ知らない。」
クラは俯く。
「別にいいって、そんなこと。それを今から確かめに行くんだって。」
「うん、全てまだ分からないことがいっぱいあるんだから。これが終わったら全てを知れる気がする。敵の、正体の全てが!」
「それだけじゃないな、味方の能力だって完全に理解してるわけじゃないだろ」
俺は朧を差し出して言った。
「ははっ、可笑しいね。分かってるよ!
だから早く行こう、こんな話してる場合じゃないんだから。」
「当たり前だ。ただ、街に何も無いと分かれば次はどこへ行けばいい。」
「最悪な場合を考えると、やっぱり本部じゃない?私達がいた所。」
最悪の場合ね、
「まあ、そこに行けば人がいると思う。そこで味方と合流しような。」
「了解っ!よし!行こう、、、ってきゃあああああああああ!」
「クラベール?!」
かつて無いほどの地震だった。
いや、これは地震ではないな。誰かが故意的に起こしたもののようだった。
瞬間的に揺れが起こり地面が隆起し、俺達は床に倒れた。
ゴゴゴゴ、、、!
やばい、ここは危険だ!
もう少ししたら地面が壊れ、足場がなくなるのではないか?
「おい!クラベール逃げるぞ!」
クラベールは動こうとしない。
「おい!どうした!」
「ユーリっ!無理、立てない!義足がっ!いいえ、立てるわでも歩けないっ」
一瞬クラベールは立ち上がったように見えたが揺れが起こると直ぐにまた倒れてしまった。
クラの義足はしっかりハマっていないようで付け根が固定されていない。
「ちょっと待ってろ!馬を連れてくる!」
俺は猛ダッシュした。
馬はすぐに見つかった。あまり遠くに行ってはいなかった。よかった。
でも、いざ戻ろうとすると何故か大きな音が絶え間無く聞こえる。
クラベール?
いざクラベールの元へ戻ってみるとそこには数え切れない程の夜叉がいた。
その真ん中にクラベール。
「クラベール!」
クラベールは今にも夜叉達に襲われそうだった。
「いやっ!いやっ、来ないで!やめて!」
クラベールはパニックに陥っていた。
「落ち着け、クラベール!すぐに助けって、」
と、クラベールの朧が不自然に光り輝いていた。まさか?いやっ、クラベールの朧にも!
そいつは一瞬の内に姿を現した。
夜叉!
味方なのか?いや、クラベールの朧から出現したということはおそらく!
夜叉はすぐに攻撃態勢に入り、あたりをじっと見回した。その間、クラベールに近づいてきた夜叉はその場に佇んでいるだけだった。
──チャンスだ!
何が起こっているのかはわからないけれど
、こうして相手が何も行動を起こさない今は逃げるチャンスだと直感した。
オレは馬にまたがり、クラの元へ向かう。クラのパニックは依然として続いていて、オレがクラを担ぐ形で馬に乗せた。
「よいしょっと!おいクラ!クラベール!大丈夫か?!」
「ぃゃ、、!いやあっ!」
ペシペシ!
クラの頬を軽く叩く。
「もう安全だ。しっかりしろ!」
「え?え?何?あぁ、、、ユーリ!あっ馬の上か、助けてくれたのねありがとう。」
「いや、助けてくれたのはあれだ。」
気がつくとクラベールの夜叉は戦闘を始めていた。流石に一対多数では圧倒的不利かとおもったが割と持ちこたえていた。
クラベールの夜叉はほかの夜叉に比べ、動きに無駄がなく戦闘に慣れている感じがした。
「あっ、私の夜叉なの、、、助けてくれたの!そういえば朧もないし!」
「ああ、今はあいつが持ちこたえてくれてる。この隙に早く逃げよう!全くなんでいきなりこの量の夜叉が!」
「そうね、敵は、陽炎たちは私達がまだ知らない技術をたくさん持っているはずよ。って、ユーリ!前!」
「おわっ!」
「いやっ!」
危機一髪、目の前に現れた夜叉を急カーブしてなんとか避けた。
「おい、クラ!ちゃんと捕まってないと今度こそ落ちるぞ!」
「ごめんなさい、びっくりした。そうね、足があまり頼りにできないんだからユーリを頼るよ、ユーリだってちゃんと前見て走って!」
「あっやべぇ!」
又もや急カーブ。
気が付いたらかなりの量の夜叉が出現していた。
「ユーリ、気をつけて!夜叉は地面から沸くように出てきたの。つまり神出鬼没よ。いつ現れるか分からないから注意して!」
ったく、なんだよそれ。不意打ちみたいなのを沢山浴びせられるのか?これから。
情報が少ない!
相手のアドバンテージが大きすぎる!
「くそ!本部の方向はどっちだ!どっち側に逃げればいい!戦えねぇぞこの状況は!」
「そうね、今は走り続けるしかないけど。気のせいだったらごめん、段々夜叉の量増えていってない?」
クラベールがさらっと恐ろしいことを言った気がした。見たくもない、受け入れたくもない現実。
「あっ、ユーリ!前!」
「おう!」
俺達は全力で逃げていた。だけど逃げても逃げても敵は追ってくるばかりだ。
上手くまいているとはいえ、数には勝てない。段々距離が縮んでいる。
こうなったら、俺だって行けるか?!
そっと朧に囁く。
「おい、お前、今の状況わかるか?手を貸してくれないか?!」
そいつは何も言わずに俺の手から離れていき、夜叉へと姿を変えた。
これは、、、答えをyesと受け取っていいのか?
「あれは?あなたの朧?夜叉!あれがユーリの夜叉なの?!」
「ああ、そうだ。きっと活躍してくれるはずだ。」
期待を込めてそう言った。
そういえば、クラベールの夜叉はもう姿が見えなかった。
「クラベール、おまえの夜叉は、、、?」
「多分、相当やってくれたはずよ。大丈夫、わたしは特に夜叉に思い入れを持たないの。」
「そういうものなのか。」
今のクラベールの言葉は考えればかなり興味深いものだった。だけど、そんなことに構っている暇はない。
「おい!俺の夜叉!戦え!敵をどうにかしてくれ!頼む!味方なんだろ!」
声を限りに叫んだ。
「承知」
冷たい声だった。
「この場はこいつに任せる。ほら、本部が見えてきた。一気に駆けるぞ」
「うん、行こう」
俺は馬を加速させる。
すごく、すごく嫌な予感がする。
背筋を凍らせるような、何かが起きている。
本部へまっすぐ馬を走らせる。目視2kmと言ったところか?
その時、クラベールの持っていた通信機からノイズ共に微かな声が聞こえて来る。
「おい、クラベール!ちょっとそれ貸してくれ」
渡された通信機を片耳に強く押し当てる。
聞き取りづらいが、その断片的な言葉を拾い文章へと組み立てる。
「本部壊滅、シェルター避難?」
「え?本部壊滅?」
俺は馬を操作し逆方向を向く。
「どうしたのユーリ!」
「シェルターは逆方向だ!本部の壊滅は信じたくないけど、本当ならシェルター付近にあいつらは集まってるはずだ。さっきクラベールが夜叉が増えたって言ったところの少し東にシェルターがある!」
頼む、間に合っていてくれ。
だが現実はそうも上手くいかない。
向かった先のシェルターの周りには数え切れないほどの夜叉がうろついている。
「嘘でしょ」
「くっ、俺の夜叉を使わなきゃどうしようもできないぞ」
その時、後ろから気味の悪い笑い声が聞こえてくる。
「フフフ、じゃあもうどうしようもできないって事だね」
振り向くとそこには地獄のような光景が広がっていた。
馬に乗り、余裕そうな表情のミカエル。そしてユーリの夜叉の胸に朧を突き立てるラエル。
「ミカエル!ラエル!」
俺は怒りのままに叫ぶ。
「うるさいなぁ。少し黙ってよ。」
ミカエルはそう言うと胸から出した拳銃で容赦なくクラベールを撃った。
「あ、あぁ」
クラベールは馬から崩れるように落ちた。
「クラベール!!!」
「だから騒ぐなって言ってるだろ。次は本当に殺すよ?」
俺は歯を食いしばり動きを止める。
「よし、じゃあユーリ君。最後に質問だ。君がもし僕らの仲間になって世界を夜叉の力で支配するならばクラベールは助けてあげよう。もし従わないのなら、今ここで2人とも殺す。さあどうする?」
自分とクラベールの命と世界全体の命。どっちを守れば良い?心の中に問いかける。
どちらも守って見せろ
お前!生きてたのか?
それは確かにあの夜叉の声だった。周りの時間が止まってるように感じる。
お前の体を憑代に私の魂を憑依させる。そうすればあとはお前の精神次第で全てを守ることも可能だ。
俺はこいつと出会った時のあの恐怖を思い出す。まさかこんな普通に話すことになるなんて思ってもいなかった。
そして前を向く。
「あぁやってやるさ。全部救ってみせる」
ラエルは鼻で笑って言い放つ。
「お前なんかに何ができる!」
こっちだって最後くらい笑ってやるさ。もうやられっぱなしじゃない。
「今だ!来い!」
ラエルによって押さえ込まれていた夜叉の体が強く輝く。そして俺の体に駆け巡る熱い感触。
気づけば姿形は夜叉そのものへとなっていた。
気づけば目の前には見覚えのある人間が2人倒れていた。もうその2人の名前を思い出すことは出来ない。まばらな意識の中でフラフラと夜叉のいる方向へと突っ込む。自らの意思というよりは本能的に体が向かっていた。そして力の限りで夜叉を殲滅した。
数時間経った頃、シェルターの外の音が静まったと感じた1人の若者がそっとドアを開けると、目の前には多数の夜叉の死体と、紅眼で立ち尽くし絶命する夜叉の姿があった。
1人の兵士が命を賭して戦いは終わった。後のクラベール研究員の証言により、彼の名は世界中に知れ渡ることになる。
そして最後まで全てを守る為に戦った夜叉は誰かが見たという紅眼で戦場を駆け巡る姿から紅の閃光と呼ばれることになる。
そして見事に自分の命を果たした青年は名誉兵士として永遠に名を刻むことになった。