橙の役目
3時間ほど前、尋問室にて。
「君は本当に何も知らないのかい?」
身動きの取れないおれの前に立つのはミカエルと名乗る黒髪の男。彼は先程から存在意義だのやるべき事だのわけのわからないことばかり聞いてくる。
俺は一貫して首を横に振り続けているがなかなかこの男は理解しない。いい加減にわかって欲しいところだ。
「さっきからごちゃごちゃとさぁ、理解してないのは君の方だろ!?ユーリくん!」
!!!
思わず目を見開く。
こいつ、俺の頭の中を
「あぁ見えてるさ!僕は預言者の息子だよ?そのくらいできないと困るだろ?」
突如全力で俺の座る椅子を蹴り体ごと吹き飛ばす。
「僕らの役目を何も知らない君に教えてやるよ。そしたら君は僕たちに嫌でも協力する筈さ。クラベールのようにね」
「何だって!」
今すぐにでもこの拘束具を外して助けてやりたい。一体何をされてこんな奴の味方に?
「僕はただ受け継ぐ者の役割を教えてあげただけさ」
受け継ぐ者の役割?
「良いかい、まず受け継ぐ者って言うのは夜叉に認められた人間たちで、その力は親から子へ受け継がれていくんだ」
じゃあ俺の父さんは受け継ぐ者だったのか?
「その通り、でも力を間違った方向に使おうとしてたんだよね。本来腐った人間達を殺すための力なのに君のお父さんと僕の父はあろうことか夜叉から人間を守るために使おうとしたんだ」
それの何が悪い!
そこで俺は体に大きな違和感を覚える。意識と身体が切り離されるような不気味な感覚だ。
「どうしたの?冷や汗なんか流して。僕の話は退屈?」
退屈どころかぶん殴ってやりたい気分だ
「やっぱり面白いね君。えっとどこまで話したっけ。あ、そしてあろうことか君のお父さんは自分の娘に受け継ぐ者の力について話しちゃったんだよ。人間の為に使うようにってね。迷惑の話だよ」
娘?俺に姉や妹なんか
「いるだろ?クラベールっていう腹違いの姉がさ!」
どういうことだよ!
それまでは確実に俺の疑問に答えてきたミカエルが初めて聞き流す。
「彼女はあろうことかバカな父親の言葉を信じて、自らの血から夜叉のサンプルを作り出したんだ。そんで人間を守る為の夜叉を作ろうとしたってこと。結局人間を守るものは完成しなかったんだけどね」
話が終わる頃には俺の頭の中で何かの唸り声が飛び回り、意識を保っているのもやっとの状態になっていた。
「これまでの話をまとめれば、人間を守ろうとするバカな受け継ぐ者は必要ないから全員殺そうって話。君と僕の父親はもう殺したし、あとは君とクラベール。でも同年代でかわいそうだから世界が終わるまでは邪魔できないように牢へ入れさせてもらうね」
父さんは、お前なんかに殺されたのか?
潰れそうな意識の中言葉を絞り出そうとする。しかしそれはミカエルに届くことはない。
「君たち、ユーリ君を牢屋に入れといてあげて。クラベールと同室で良いよ。あと、そろそろ攻め時みたいだから準備をね」
そう言うとミカエルは俺の視界から消えた。そして俺の意識もそこで途絶えた。
「ラエル君、次は総攻撃だ。人類を滅ぼす」
その言葉に俺は覚悟を決める。
「君は彼ら2人とは違ってしっかりと受け継ぐ者の役割を理解しているだろ」
「はい。しかし、どのような作戦で滅ぼすのですか?我々の力を持ってしても難しいのではないでしょうか」
しかし、俺の疑問には答えることなくミカエル様は続けた。
「ラエル君、朧の原材料のドレニウムって一体何か知ってる?」
新たに投げかけられた疑問に俺は答える。
「夜叉の出現とともに出土した新たな鉱石です」
ミカエル様はニッコリと微笑むととても楽しそうに答える。
「あれはね、夜叉の卵だよ」
今まで知ることのなかった新事実に驚きを隠せない。
「君の朧の中の夜叉がアイズなんだよ。受け継ぐ者の力で少し早く目覚めた」
言葉が出てこない。人間はそれに気づかずに使い続けていただなんて思わず笑ってしまう。
「他の朧も僕の一声で目覚める。目指すは街の中枢部。作戦開始だ」
その一声とともにミカエル様が動き出す。俺もワンテンポ遅れて後ろにつく。そして朧を手に外へ向かった。
「ユーリ、ユーリ!」
どこからか声がする。クラベールの声だ。
「起きてよユーリ!」
はっと目が覚める。
「クラベール、無事だったのか!」
「それはこっちのセリフだよ!急に運ばれてきて心配したんだから!」
あぁと返事をしようとした時、また頭の中で唸り声が聞こえる。
痛い痛い痛い
とてつもない痛みが頭を襲う。もう周りの音は聞こえない。クラベールが心配そうに何かを叫んでいるのだけが見える。
痛みが破裂したかのように広がるとすっと痛みが引く。
そしてその頭の中には今まで知らなかった情報が大量に入っている。
これが受け継ぐ者の記憶なのか?
「遂に目醒めたか」
この声は、
「時は満ちた。今日こそが闘いの時」
その言葉を聞いた途端に本能的に身体が動き出す。まるで敵がどこにいるのかわかったかのように。
そして意識が現実に戻ると隣にあるクラベールに告げる。
「クラベール、今すぐ行こう。みんなが、人類が危ない」
「へ?」
どこからともなく現れた夜叉が牢屋の鉄格子を突き破る。
言葉を失うクラベールを他所に声をかける。
「共に闘ってくれるよな、ロデオ」
その夜叉は頷くと幻のように消え、朧の姿に変わる。
「クラベール、話は移動しながらする。今は街に行こう」
クラベールは意味不明な光景を見せられたあとだが、覚悟を決めたようにうなづく。
俺たちは馬に乗り、自らの住む街へと向かった。
来週の金曜日投稿予定の次話で完結です。
よろしくお願いします。