黄の風格
「ミカエル様の予言通り、ユーリとクラベールは義姉弟の関係にありました」
「ふふっやっぱりね」
我が主君は満足気に笑みを浮かべる。そしてそのままの表情で口を開く。
「こちらも、クラベールは夜叉を作り出すようなマッドサイエンティストだったよ。彼女の父親の影響で世の中に役立てようとしてたみたいだけど、それは無意味。世界を変えるのは僕たちだ」
俺はただ無言で頷く。
すると背後で重々しい音と共にドアが開く。そこには情報伝達員が立っている。
「ラエル様とユーリ様の朧からこの場所が発見されました。前門にて戦闘行動を行なっておりますが、相手の兵は全員が特二段以上の兵士かと思われ、相当の強者揃いであり時間の問題かと」
朧にそんな機能があったのか。まぁ何も問題はない。
「ミカエル様、少々お待ちください。必ず全滅させて参ります」
「あぁ、特六段兵士の実力楽しみにしてるよ」
その期待、必ず答えて見せましょう。
俺は朧を握り門へと向かった。
門前の勢力比は3:1でかなり劣勢といつったところか。問題は俺が裏切り者扱いを受けているかどうかだ。ふらりと戦場の真ん中に歩を踏み出してみる。するとそれは面白いものだった。
「ラエルがいたぞ!救出しろ!」
誰かの声がする。聞いたことがある気がする。すぐに誰かが近くに来た。
「俺だ。特五段のマーズだ。わかるか?」
気付かれてない、ならば一芝居打たせてまらおう。
「あぁ、わかる。何度か戦場を共にしただろう。俺としたことが知性を持った夜叉によって捕獲されてしまったらしい。救出感謝する」
「気にするな。俺だって何度もお前に助けられたさ。ラエルを後方の安全地帯に連れて行く。数人援護を頼む!」
思わず笑みが溢れそうになる。まだダメだ。勝負は安全地帯に入ってからさ。
俺が再び檻から釈放され、連れてこられた先はここだった。
「ああ、ユーリくん!会いたかった!クラベールのことが心配?いやいや、そんなことより僕との再会の喜びを分かちあおうよ!」
誰?
かなり濃い黒髪だ。それでいてかなり幼くて少し可愛げがある見た目だった。
いきなり拉致され知らない土地に来てまた檻の中に入れられたと思ったらすぐなんだ?いきなりまた知らない奴が出てきやがって、流石に対応しきれないって。まだ椅子の固定外されてないしり精神的にも身体的にもかなり限界を迎えている。
「別に気にする事は無いさー、だって僕らはーあーあー、仲よしー!」
なんで歌っている。しかもなんで始終気持ち悪い笑みを浮かべている。嫌に馴れ馴れしいのも気に障る。
「おーいおい、ユーリくん!黙っていては話が進まないと思わないかーい?もしかして、今日色々あって疲れた?寝る?」
「誰だお前。」
「えー、質問に質問で返すのユーリくん?全く教育がなってないなあ。しかも初対面の人にいきなりお前呼ばわりなんて、僕、怒っちゃっ、うっ、よっ!」
バシッ──!
俺の体が椅子ごと吹っ飛ぶかと思った。
それくらいかなり強烈な一撃だった。相当重い蹴りだ。こいつっ、見た目の割りに──!
「でもそうだねー僕ってば自己紹介もしないでひとり淡々と!失礼じゃん!はーいはいっ!改めましてユーリくん、僕の名前はミカエル!ミカエル様って呼んでね!これから宜しくっ!」
そう言って差しだされた手を握ることは出来なかった。
一方で前線では激しい戦いが繰り広げられていた。双方人数比が偏っているにも関わらず互角に戦っていた。
初めは特務兵士達の攻撃に怯んでいた夜叉と陽炎だったが、戦法を変え夜叉を撤退させた。
するとたちまち立場が逆転する。
夜叉に対しては優位に立てるものの、対人の経験がほぼ無いと言っていい特務兵士達は初めて手にする弓や銃を頼りに一生懸命戦った。いつもは夜叉と近距離戦に特化しているため皆扱いに慣れていない。命中率が低すぎたためいっそ朧で戦うものも現れた。
そんな前線とはだいぶ離れたこの場所に俺は来た。
「大丈夫か、ラエル!お前はひとまずここで休んでいてくれ。良かった、目立った怪我は無さそうだな。」
「ありがとう、助かった。」
俺は支給された水を飲みながら空を見上げる。
俺の役目はこの兵士達を全滅、まあそれに近い状態に追い込むことだ。でも、こんなに兵士達が散らばっている状況で1人1人戦っていたらその間に俺がやられる確率の方が高いだろう。
そうなると正面からではなく不意打ちみたいな形をとるべきか?出来れば大人数が集まっている中で一気にやった方がいいだろう。
でも俺は今朧を持っていないし方法はあるだろうか?
分からない、ここはチャンスを待つしかないのか。安全地帯にいる俺は仲間と連絡を取る術もない。
周りを見渡してみた。ここは簡易テントが並ぶ安全地帯。戦場からは多少離れているため近くに戦っている最中の者はいない。しかし、物資を補給しに来た兵士がチラチラと顔を見せている。
──物資か。
直接手をかけなくとも敵を弱らせていく方法はいくらでもある。これもその一つだな。上手く利用しない手はない。
俺は作戦に向けて動き出す。
「ああ、やばいよ。今はどうにか持ちこたえているが時間の問題だね。早く次の作戦考えないと!上は何をやっているんだろう」
特務兵士2人が休息を取りに歩いてくる。
「俺達は早く飯食って戦場に戻らないと。怪我人も出てるんだぜ?ったく、笑えねー。」
その2人は食料が積んである馬車へと向かった。流石にここには敵がいないからと、安心できる場でもあった。口では早く戻らなきゃ行けないと言っていてもそうしたくないのが本能的なものだろう。
「あーっ、流石に味気がねぇ!保存食だけあって駄目だなこりゃ、はやくまともな飯にありつきたい。」
「我慢しろよ、きっともう少しだ。もう少しでどうにかなるよ!」
「ポジティブだなお前、こっちとなりゃ仲間取り戻す為に戦ってんだぜ?ったくそれなのに死人とか出たらどーすんだ、」
「まさか、ないだろネガティブなんだよ君が、って、なんか聞こえないか?」
何かが燃えているような音だった。ここは火気厳禁じゃ無かったのか?
これじゃあ煙で敵に場所が特定されてしまう。早く消す他なかった。
「ったく、誰が何やってんだよ!馬鹿じゃねーのか!」
2人は火元の特定を急いだ。
でも火元はわからなかった。
気づいたら辺り一面真っ赤に染まっていたのだ。恐ろしかった。
馬の悲鳴が聞こえる。あんな馬の声を初めて聴いた。
火の回りは全然速かった。風はあまり吹いていないのに、周囲に油かなんか撒かれているのか?
いや、油なんか持ってきていないだろう。だとすれば何だ?そう言えば周りには木が多少生えてるな。きっとそれだ。
ああ!早く逃げなければならない。火が上がっていることは遠くの方にいる仲間にも伝わっているだろうか。生き残っている馬を探した。
「あっ!」
「おい!待てっ。置いてくなよ!?」
すごく熱い、このまま焼け死ぬのか?馬も人も探したがいなかった。探したと言ってもせいぜい周りを見渡すだけだったが。それしか出来なかった。火が視界を塞いでいた。
段々と火柱が大きくなる。消火は無理だ。やばいぞ、これじゃあ助けを求めるどころか帰ることさえも!距離があるぞ最寄りの村まで、、、
ああ、、、なんでだよ、火が近い。もはや生死の問題だった。
──絶望的すぎはしないか?
「呆気ない、いいザマだな。」
感情を込めずに呟く。
でも少し嬉しかったのかもしれない。
俺は火を放ってから遠くからその様子を眺めていた。
ああ、燃えている。この木にも火は回ってくるだろうか?
1回火を起こしてしまえば後は簡単だった。ありとあらゆる場所に火をつけ待つだけだった。
それにしてもこんなに簡単に燃えてしまうのか?
ただただ儚かった。
でも、俺はその様子をずっと眺めていたかった。火が燃え盛るのを眺めながら、
何も考えずに傍観者と化していた。
徐々にそれもつまらなくなってしまう。ならば近くの木に火をつければもっと面白いだろうか。やってみる価値はある。
俺は、笑顔で、近くの木に火をつける。
パァンという破裂音とともに左手に激痛が走る。
何事だ?
みると左手からは真っ赤な血が流れている。更に激化して行く痛みに音の方向を見るとそこには見たことのない若い兵士の姿があった。
「そこまでだ陽炎!」
プルプルと震える手で握られているその銃身の先は未だにこちらを向いている。そして目を大きく見開いて兵士は言った。
「ラエルさん?」
バレた?こんなところで?
「こんなところで何を?あなたが火をつけてたんですか?」
どうにか切り抜けなければ。
「いや、俺も火元を探していたんだ。誤解させてすまない」
そう言っても明らかに疑念の視線を向けている。
「そ、そうだったんですか。そうですよね。ラエルさんがこんなことする筈」
パァンと再び破裂音が聞こえる。一瞬何が何だかわからなくなった。しかし痛みで我にかえる。胸を撃たれていた。
思わずしゃがみこむ。
「そいつは、裏切り者だ」
「!?」
力を振り絞り顔を上げるとそこにいたのは
「キースさん!」
若い兵士が鋭い目つきをした男の元に走り寄る。こいつはキース特六段兵、俺の同僚だ。
「話は聞いていた。ラエルに火災の情報は伝わっていない筈だった。ましてや放火だなんて言う情報は捜索隊の人間にしか伝わっていない。当事者を除けばな」
キース‼︎
「ラエル、お前は厳しかった。しかしその中に優しさがあったのを俺は知ってる。できることならこんな事をしたくなかったが、救出の対象がこんなんだったとは残念だ。ここで死んでくれ」
銃を突きつけられる。ここで初めて身の危険を感じる。朧があればなんとかなる。だがこの手負いでましてや肉弾戦になれば勝算はない。
もう無理か?ここまでなのか?
「そんな事はないさ!」
聞き覚えのある声だ。しかし血を失ったせいかあまり頭が回らない。これは幻聴かそれとも現実か。その判断もできない。
「誰だ貴様!」
キースの声。やはりこれは現実か。
「頭が高いよ?一般人のくせにさ」
ミカエル様?なぜここに?
「もう無益な事は終わりにしよう。ね?」
突如眩い光が辺りを包み込む。それとともに意識は徐々に薄れていった。
気づくと俺は見慣れた自室に横たわっていた。ミカエル様が俺を助けてくれたのか?
「おー、ラエル君。君が生きてて良かったー!君が死んだら僕は寂しくて死んでしまうよ!」
大胆に扉を開けて入ってきたのはやはりミカエル様だった。
「私の事を救っていただきありがとうございます」
ベットに横たわりながらも礼を言う。体は失血した為か思うように動かない。
「いやいや、良いんだよ。僕も退屈してたところだったしさ!」
退屈?確かあの時ミカエル様はユーリの尋問をしていた筈では?
「ミカエル様、あの、」
「退屈だったんだよ」
「え?」
その時、ミカエル様は今までで一番恐ろしい顔をしていた。その理由は何故かわからないが、この問題には関わらない方が良いらしい。
「あの、兵士たちはどうしたのですか?撤退したのでしょうか?」
あの状態から一体どのように切り抜けたのは純粋に気になった部分だった。
「あぁ、全員殺したよ」
思わず耳を疑った。殺した?あの人数全員を?一体どうやって?
「そうだね。君には次の計画の話をしなきゃいけないね」
作者の都合により多少前後するかもしれませんが、予定では来週金曜日の夜にあげる予定です。
よろしくお願いします。