表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅の閃光  作者: デルタΔ
2/7

藍の時間

俺が訓練場に着く頃には大抵の兵士たちが集まっていた。

「よっ、エリック」

馴染みの顔を見つけて声をかける。

「なんか、お前顔色悪くないか?」

エリックは時々鋭いことがある。やはり不安がにじみ出ていたのだろうか。

「そうか?全然平気だと思うけど。それよりさっきクラベールが突然倒れてさ、もう大変だったんだよ。俺が近くにいたからすぐ医務室に運べたんだけどさ」

あくまでも平静を装う。あの件はまだ隠しておくべきだろう。

「医務室に着いたら夜叉に殴られたとか言い出して、ちょっとパニックになってたみたいなんだ」

これは事実だから問題ない、クラベールがどこまで意識があったかが少し気になるけど。

「クラベールって朧の研究員の?そりゃあ大変だな」

「そうだよ。クラベールは昔から時々、突然変な事言ったりしてたからな。それと似たようなもんだと思うけど、この要塞とか言われてる施設の中で夜叉がいるなんて、もし本当なら怖い話だよ」

エリックが怪訝そうな顔を浮かべながら問う。

「お前あの人と昔から関係があったのか?」

そっか、こいつには話してなかったか。忘れはしない、《終わりの日》よりも前の俺の話を。

「あぁ、その事なんだけどな、」

話を遮るサイレン、共に鳴り響く轟音、突如放送が入る。

「特務兵士諸君に告ぐ、これは訓練ではない」

サフラスの声だ。

「我が訓練施設は現在、《陽炎》による攻撃を受けている」

陽炎?また来たのか。何度も責めたところで結果は同じ、何が目的なのか。

「場所はローリエの丘、特務兵士諸君は指揮官の指示に従い、早急に対処せよ」

今までとは少し違うな。いつもなら何個かの小隊を向かわせて終わりなのに。

放送設備から物音がしたかと思うと、違う人物が話し出す。

「私が指揮官のラルフだ。これより状況の説明を行う。状況は過去最大に絶望的、恐らく第8支部の防衛線が突破された。」

なっ、それってつまり、

「陽炎の背後には夜叉の軍隊、見事に手なづけている。」

夜叉が、侵入?またあの惨劇が起こるって言うのか?

「特2段以上の兵士は第8支部の穴を埋め、それ以下の兵士は既に侵入した夜叉の殲滅にあたれ。民間人の被害は最小限に抑えろ。健闘を祈る」

嘘だろ、こんな形で実践だなんて、一体どうしたらいいんだ、わからない、わからない、わからな

そっと肩に誰かの手が置かれる。

「そんな緊張するなって。訓練通りの動きをすれば大丈夫さ。俺も実戦は初めてだけど、いつも通りで良いと思うぞ」

俺の方に置かれたエリックの手は震えていた。でも、俺に勇気を与えてくれた。俺たちは朧を取りに行き、戦場へ向かった。


放送終了後の放送室、男2人が話をしていた。

「今回の襲撃、今までとは比べ物にならない程に組織的で大規模だな。第8防衛ライン突破からここまで何1つ通信がないとは」

「そうですね、恐らく管制塔が始めにやられたのでしょう。それに、ちょうど兵士達のいないタイミングでのユーリエへ攻撃、まるで内通者でもいるかのような計画ですね」

この訓練施設の責任者ラフラスは、大きく伸びをすると放送室の出口へと向かう。

「久々の戦場、あの日以来だ」

そう言い残し、扉を開け出て行く。

「これは、大きな犠牲を払うことになりそうだな」

そう呟くと、指揮官ラルフも続いて放送室を後にした。残された放送室には第9支部陥落を伝える赤い文字が画面に映っていた。


「迎撃体制R-1!第一編成は門上へ移れ!」

「ローリエ防衛線、突撃部隊前進!」

けたたましい程の砲撃が続く中、1体の夜叉が圏内へ進入してくる。

「迎撃開始!」

俺はその光景を眺めていた。俺達の班の任務はもう終わり、遠くの方から戦闘を見ているだけだった。

ローリエの丘中枢部では夜叉の数があまり多くなかった。ここで暴徒化した陽炎も執行人に捕えられ、間も無く中央街へ運ばれるだろうと思われた。

「おーい!ユーリ!」

「クラベール!お前こんなところにいて大丈夫なのか?まだ調子悪いんだろ?」

「へーきよ!あんまり私を侮らないでね!もう!それよりあなた達に撤退命令がでてたから、ラフラスが伝言するようにって!」

ひとまずここから離れられると思うと無性に嬉しかった。

ぱんぱんっ!

「はーい、注目!2級のあなた達に撤退命令が出ました!今から順番に中央訓練所へと向かってください!戦闘はまだ続いています!3時間後必要物資をもって後援隊に付くこと!以上!少ない時間だけれどしっかり休息を取りなさい!戦いっぱなしは良くないわ!」

クラベールの通った声が俺達に安堵の知らせを伝えた。俺達は一斉にどこか安心し、帰路へと向かった。


「さっきの人がクラベール教官か?割と美人だな。あんな赤髪は初めて見た。」

俺達はもう少しで訓練所につく所だった。

俺はエリックと一緒に列の一番後ろにいた。

「見た目だけはいいんだよなアイツ。性格がちょっと。」

「お前の話を聞く限りだとただ天然気味なだけだよな。それもそれで可愛いと思うぜ。」

「可愛くねぇよ。」

どうでもいい話をしながらただただ歩く。戦いの後だっていうのに凄く平和だった。

突然地鳴りが聞こえた。

「おい、ユーリ!」

答える暇もなく俺は衝撃を感じた。

「グっ、、、ハッ。」

何も考えることが出来ずに隣をみると血塗れのエリックが倒れていた。

そして、目の前に夜叉がいたのだ。

「ユーリ!逃げてくれ、頼む、、、。」

もう殆どエリックに意識はないようだった。このまま放っておけば出血多量で死んでしまうだろう。

予想だにしない事態におれは呆然とするだけだった。頭は真っ白だった。死にかけの仲間がいるというのに俺は立ち尽くしているだけだった。

「ユー、リ、」

誰かが俺の名前を呼んだ。腰には未だに抜いていない朧が携えてある。

「ユー、リ、」

恐怖で口が動かなかった

「我に従え──」

「ユゥゥゥリイイィ!」

最後まで聞こえなかった。

凄い形相のクラベールがいきなり走ってきたからだった。

「ユーリ!どいてっ!」

「おい待てっクラベール!」

「どおぉりゃあああああ!!」

──ガシッ。

力の差は目に見えていた。クラベールはあくまでも教官。戦闘がまともに出来るはずもなかった。

夜叉に握られたクラベールは必至にもがいた。

俺は、あの時と同じことをまた繰り返すのか、、、

「うっ、ぐぁぁ」

突然心臓が異常なビートを刻む。血液が全身を猛スピードで駆け巡り意識が覚醒。

「貴様の力、見せてもらおうか」

体から湧き出す、明らかに自分のものではない異質な力。その力が自らに自信を与える。

即座に状況を整理、横には倒れたルームメイト、夜叉の手には幼馴染。

この状況を打開する方法はただ1つ、体は自分の思っているよりも格段に早く反応を開始する。

左に一歩踏み出し、右手の獲物に夢中な標的の左足部分から全力で叩き斬る。

今まででは考えられなかった威力の一撃が標的を喰らい、一瞬よろけたところを逃さず更に追撃を加える。

朧を使い棒高跳びの要領で右手の根元へ飛ぶ、そこに上から全力の一撃を加えることで夜叉特有の鎧を断ち切り右腕を切断、そのまま胸に一突きを加えるとバランスを崩し後ろ向きに倒れる。

自らもそのまま倒れこみ最後に夜叉の唯一の弱点

「これで終わりだ」

左目部分に朧を突き立てる。

肩で息をしながら動かなくなった夜叉を見つめる。

「これが我の力、貴様にはまだ使いこなせていないがな」

スッと体から何かがなくなる感覚。途端に体が重くなり思わず膝をつく。

我に帰り、自分の守るべき2人のことを思い出す。

「エリック、クラベール、」

返事はない。

返事がないとなれば2人はそれなりのダメージを受けているということだろう。今すぐにでも医務室へ連れて行きたいところだが体は言うことを聞かず、立つこともままならない。誰かに助けを求めようと顔を上げたとき。

そこには絶望的な光景が広がっていた。

周りには血に染まった仲間たち。自分に近づいてきている怪物。一言で言えば地獄絵図。

遠くからは人の断末魔の叫びと、人でないものの轟々とした雄叫びが聞こえる。

気づけば周りを囲まれていた。

そこで改めて思い出す。

ここは戦場だ。



気がつくと俺は数十体はあるであろう夜叉の死体の真ん中に倒れていた。体はひどく怠い。もう何があったのかは覚えていなかった。

「おい」

突然声をかけられ振り向くと、そこには闇に満ちた瞳を持つ男が立っていた。

「お前、確か食堂で会ったな。」

食堂での事を思い出すと、その瞳には見覚えがあった。

「あっ、確か6段の、、、」

「特6段のラエルだ」

その口調からはどこか冷酷な空気を感じる。

俺は思い出した。

「エリックは!、、、っ、クラベールはっ!」

「クラベール教官なら無事だ。エリックってやつの方は、、、知らん。」

ああ、クラベール、良かった。

「それよりお前動けるか。生存者は報告が先だ。早くしろ。」

「ありがとうございます」

そういって差しだされたラエルさんの手には血がこびり付いていた。

「今回の戦闘で特2級兵士の大半は死んだ。行くぞ。」

そうか、

実際特2級の兵士の皆とはほとんど話をしたことがない。でも、人が死んだんだ。

現実を簡単に見ることが出来なかった。

俺達はゆっくり、ゆっくり歩きだした。

「ラエルさん、助けて頂いてありがとうございます、、、。」

何も答えてくれなかった。

この人のオーラがなんとなく怖かった。

「お前はクラベール教官の馴染みだな。」

いきなりラエルさんがしゃべり出したもんだから軽く驚いた。

「えっ、どうして分かるんですか!」

「お前の話はつい最近教官から聞いたんだ。少々危なかっしい弟みたいなヤツが私の部下になるんだって、な。」

しばらく沈黙が続いた。

「教官は、死ぬかもしれない。意識を取り戻せてないんだ、、、。」

「そうですか、クラベールが、、、。」

「クラベール、か。」

「いや、あのっ!クラベール、教官、です、、、。」

また沈黙だ。

「俺がきたとき、もうここは荒れ果てていた。一体どうやって侵入してこれたんだ奴は。」

「俺が夜叉に気づいたのはエリックが横で倒れていたからです。いきなり地鳴りがしたと思ったらもう。」

何やらラエルさんは神妙な顔つきになった。

「ほう、『いきなり地鳴り』ね。」

「記憶は曖昧ですが、、、。それよりどうしてラエルさんはここに?特六段兵士はラエルさんしか!」

「早く報告してこい。」

気がつくと、もう司令室の前だった。

ラエルさんはすぐに行ってしまった。

俺は駆け足で向かった。


もう戦闘は終わったようだ。

俺達は中央訓練所へと戻された。

夜叉からの攻撃は、特2級兵士に対しての攻撃で最後だったようだ。それが終わるとすぐに奴らは撤退していったようだ。

結局何が目的なのかも分からなかったようだ。

最後に俺達生き残った特2級兵士全員は死体安置所へ連れていかれた。この世のものとは思えない悲壮な匂いがした。そのなかにエリックはいなかった。希望はなかったが、ただ死をまだ実感出来ていなかった。

そこには、赤く染まった体の各部がビニールシートの上に無造作に置かれていた。バラバラになった体の各部だけでは誰が誰でどれが誰のものなのか、すぐに分からなかった。

「兵士諸君、君達には今から死体の分別を行ってもらう。大変辛い仕事であるのは重々承知しているが避けては通れない。遺族のためにも自分自身の為にも早く行っておくことが身のためだ。君たちの戦闘は、」

話は続いた。内容は分からなかった。

いかにも戦闘員じゃない教官らしき人が上からものをいった。

怒りはなかった。

俺は新米で特2級ではエリックしか知り合いがいなかった。

あまり、時間はかからなかった。

あのままの状態だった。

変わり果てたエリックは真紅に染まっていた。

ただ呆然とエリックだったモノを見つめる。ただ、呆然と。

彼と食べる食事は楽しかった。彼の毎朝言う「目覚めの悪い朝だ」はもう聞けない。彼と訓練でペアを組むこともない。一緒に話すこともない。もう、エリックはいない。

そんな感傷に浸り、どれ程の時間が経っただろうか。近くにいた係員が声をかけてきた。

「ユーリ特2級兵士、聴取の時間だ。聴取室へ」

戦闘の後、生き残った兵士には戦闘中について聴取をする決まりになっている。もう、エリックについて思い出すのは嫌だった。だが、決まりごとを守らないわけにはいかない。仕方なく聴取室へ向かった。

「椅子に座り、調査官が来るまで待機するように」

聴取室の中は非常に殺風景で、机1つに椅子が2つあるだけの退屈な部屋だ。

「受け継ぐものよ」

いきなり頭の中で声がして少し驚く。が、それはたちまち怒りへと変わって行く。

「お前たちのせいで、俺の仲間が死んだ。もうお前を味方だとは思わない」

奴が話し始める前に自分から切り出す。が、その返答は予想の斜め上を行っていた。

「我等の責任だと?笑わせるな、あの少年を殺したのは貴様ら人間の一派だろう」

意味がわからない。こいつの言ってることは毎度毎度意味がわからないが、今回ばかりは全く理解できない。

「おっと、時間のようだ」

そう言うと意識の中から何かが切り離される感覚を覚える。奴が出て行った感覚だ。

奴の言う事は整理しようにもできなかった。

その時、ドアの開く音がした。調査官というのがおとずれたこだろうか。

音のした方向を向くと、それは見知った顔だった。

「私はラエル特6段兵士、お前に尋ねたいことがある。正直に答えろ」

こう言うのは兵士の仕事では無かった筈だ。そうなるとラエルさんが個人的にと言うことだろうか。

「返事は?」

「は、はい」

その瞳の威圧感はまるで夜叉のようだった。

「お前は確か戦場で地鳴りを聞いたと言っていたな」

「はい、その直後夜叉が突然出現しました」

間違いも不審な点もない筈だ。なのになぜ?

「その報告だが、他の生き残った特2級兵士は聞いていない。これが何を意味するかわかるか?」

「え?確かに聞こえました。ゴゴゴっていう音を」

さらに詳しく説明する。すると突然彼の顔に笑みが浮かぶ。

「そうか、君の近くで地鳴りね。そういえば、君の友達が死んでしまったようだ。残念だったね。それとクラベール教官の様子は見に言ったかい?」

「あ、まだ見てないです」

エリックの死にばかり気を取られていたが、クラベールも意識を取り戻していないとラエルさんから聞いていた。聴取が終わったら行かなきゃ。

しかし、帰ってきた言葉は意外なものだった。

「なら行くと良い。聴取は終わりだ」

「え?良いんですか?」

「ああ」

俺が驚いているとラエルさんは立ち上がりドアに手をかける。

「では、また会おう」

今回のラエルさんはなんか砕けた感じで少し話しやすかったな。戦場とはやっぱり違うってことだろうか。

そんな考えも置いておき、俺はクラベールの元に向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ