紫の契約
初投稿です
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周りには血に染まった仲間たち。自分に近づいてきている怪物。一言で言えば地獄絵図。
遠くからは人の断末魔の叫びと、人でないものの轟々とした雄叫びが聞こえる。
気づけば周りを囲まれていた。
そこで改めて思い出す。
ここは戦場だ。
「目覚めの悪い朝だ」
隣の住人は呟く。毎朝日課の様に。
「そんなのはここ2年くらいずっとだろ。こんな状況誰だって目覚めが悪くなる」
ここは兵団の第二兵舎、305号室。俺とエリックの部屋だ。俺たちは毎朝他愛もない会話から朝を始める。別に暇だからってわけじゃないけど、こんなゆっくりしてられるのは1日でほんの少しの時間だから。
「そんな事より良いのか?あと10分で7時だぞ?」
何があったかと記憶を辿ると、重大なことを思い出す。確かにこんなことしてる暇はなかった。
「まずい!エリック、朝食俺の分も取っといてくれ!」
慌ただしく扉を開け、研究棟二階の実験室へと走る。目的はただ一つ、俺の新型《朧》を受け取る為だ。
今、この世界は《夜叉》と呼ばれし獣達により蹂躙されている。
夜叉は2年前、この世界に突然どこからともなく現れ、人類を屠り始めた。
夜叉の特徴は3点、1つ目は奴らのエネルギーは酸素であり餌を必要としないこと。2つ目は人類及び人類の創り出した創造物以外には一切の興味を示さないこと。最後は、堅い装甲の様な物によって既存の兵器が殆ど通用しないことだ。
そんな奴らに対抗する為に作られたのが朧だ。朧は夜叉と共に現れた鉱物、ドレニウムによって作られている。ドレニウムは夜叉の血を浴びれば浴びるほど硬度が増し、夜叉への威力が増す。
朧の所持は特2級から許されてて、俺にとって初めての朧を今から貰いに行くというわけだ。これほど楽しみな事はない。
「悪い、ちょっと遅れちゃったな。待ったか?クラベール。」
「いいえ、大丈夫よ、久しぶりね。あなたのものはこの奥にあるわ。さあ、そんな事より私たちはもう教官と兵士っていう関係なんだからね?主従関係よ?」
確か現在のクラベールは特2段、そして教官として朧専門に教育を行っているはずだ。
「つまり、敬語よ敬語。私を敬わなきゃダメでしょ?あなたも特2級になれたんだから。今日から私はあなたの教官よ!」
「せっかく特2級になれたと思ったのに。クラベールが教官か。運がいいのか悪いのか」
「私年上なんだよ?5歳上。せめてクラベール教官とか、クラベールさんとかって呼んでくれたら嬉しいんだけどなぁ。」
クラベールはそっと微笑む。その笑みがすごく懐かしくて昔の事を思い出してしまいそうになる。そういえばクラベールの姿を見るのは2年ぶりくらいだろうか。声も少し大人びた気がする。髪だってのびてるし、でも綺麗な赤髪は変わってないよな。
「クラベールはクラベールだろ?上官の前だったらちゃんとするけど。今はいいじゃねえか。」
「ひどいなあ。あ、ここだよ!この棚だよ!587番だね。鍵はあるよね?」
「当たり前だろ。はい。」
「確かに受け取ったわ。完璧よ。」
何か実感がわかない。
いよいよなのかな、俺。
無意識に気分が上がっている。
新たな1歩を踏み出せる時がきたと心の中で感じている。
こういう時ってどんな顔すればいいのかな。
クラベールがこちらへ振り返った。
「第587代《朧》今ここに、特2級兵士ユーリに授与する!」
やっと来たんだな、この時が。
俺は朧を手に取る。と、その時だった。突然なんとも言えぬ体の怠さに襲われまともに立てなくなる。朧は赤黒く、不気味に輝き自らの生気を奪っていく様に見えた。
「ユーリ!」
頭に何者かの叫びが響いた瞬間、自分の手から何かが離れる感触。床に金属音と共に落下する朧。俺に一体何があった?
「ユーリ!大丈夫なの?顔色悪いよ?」
そうだ、思い出した。俺はやっと自分が今まで何をしていたのか思い出す。
「ごめん、クラベール。もう平気だ、朧は、、無事だな、良かった。俺、食堂で人を待たせてるんだ、だからもういくよ。また後で」
「本当に?医務室とか行かなくて平気?」
心配そうなアルベール、前にもこんなことあったっけ?
俺は朧を拾い上げ、自分の棚に戻す。もうさっきの感覚に襲われる事はなかった。
「もし本当に酷かったら行くよ。調整しにまた来るから、あとでな」
心配そうなクラベールを背に、エリックの待つ食堂へと向かう。時刻は7時10分、エリックがトレイを2つ持ちながら長蛇の列に並んでいる頃だろう。俺は少しだけ急いで歩いた。
クラベールは心配で仕方がなかった。さっき見たユーリの姿が今までに見た事ない誰か違う人に見えたから。そしてもう1つ、朧が開発されてすぐの頃の事。温厚で優しかったラエルが朧を受け取りに来た時だった。ラエルには病気の妹がいて、妹を守る為に僕は戦うって言っていたのが印象深い。
そんな彼もまたユーリの様に受け取った瞬間苦しそうな表情を浮かべ、朧は同じ様に赤黒く輝いていた。自分にとって初めて担当した朧だったが為に衝撃が強く今でもよく覚えている。その時の彼は弱々しく大丈夫ですとか言ってフラフラしながら帰って行った。
しかし彼は戦場に出るなりメキメキと力をつけ、今では特務兵士の中ではトップである6段まで登りつめている。もはや別人の様に。
クラベールはユーリも同じ様に自分とは程遠い所に行ってしまうのではないかと感じていた。特に理由はないが、なんとなくだ。それが不安だった。
食堂はたくさんの人で溢れていた。いつもと変わらないと言えばそれまでだが、こうして自分と同じ兵士が楽しそうに食事をとっているのを見ると自然と心に余裕が持てる気がする。
「おい、ユーリ。遅いぞ。」
長蛇の列の後ろの方にエリックを見つけた。
「悪いエリック。トレイありがとな。」
「ああ、構わん。いや、元はといえばお前が寝坊したのが悪いんだから文句を言っておきたいとこだが、まあいい。どうだったんだ?朧は。」
「ああ、とてもかっこよかったかな。」
「まあ、朧様と初対面だからな。しかもこの程度の時間じゃ何も出来なかっただろ。」
「そうだな。」
これ以上のことは話す必要はなさそうだ。
エリックにはこれ以上迷惑も心配も掛けたくない。
「エリックそろそろ順番だぞ。やっと食べれるな。」
「んー!今日も美味かったよな、エリック。俺ここの飯本当に好きなんだよなー。」
「幸せそうだな、ユーリ。」
そういうエリックだって満足そうに笑いを浮かべている。
「1日の中で幸せを感じられる時って飯の時間しかないだろ。ん、どうしたエリック。」
エリックはいきなり後ろを向いた。
「おい、あれ見ろ」
「あっ」
俺達一兵士とはまるで違った装備を纏った彼らの右腕にはグラジオラスの花の腕章が光っている。
「6段兵か、そうか!おいユーリ今日は」
「忘れたとは言うなよ?今日は訓練日だよな。俺達みたいな特2級なりたての新米は檻の外から見てるだけだけど」
だからだ。いつも6段兵はここより東側、ローリエの丘ある宿舎や訓練施設で生活している。しかし、季節に1回行われる対夜叉の訓練日の1週間だけはの実験、戦闘設備が整ったここ、中央訓練所に特2級以上の8割以上の特務兵士が集まる。
「朝7時過ぎたところだっていうのに6段兵は行動が早いなあ。午後からの訓練は11時にここに来ればいいはずなのに。4段兵と2段兵はまだきてないぞ?」
「そうだな。でも、奇数階級の兵士達はもう訓練始まってるからな?ユーリみたいに朝に弱い奴が1級兵になって午前中に訓練やることになったらきっと死ぬよな。1週間ずっと午前3時起きだからな。」
「その時はその時だよ。第1俺が一級兵になるのなんていつになるんだよ。最低でも3年はかかる予定だぜ?」
「まあな、それより俺達は早く訓練の下準備任されてるだろ?早く行かなきゃ。」
「やべ、もうこんな時間。」
俺達は食器を片付けに向かう。
ギリギリの時間だから水滴がついたままの食器もどんどん棚へ片づけていく。
「ほら、急げよユーリ」
駆け足で食堂の出口へ向かった時、あとから来たのか1人の6段兵がこっちへ向かって歩いてきた。6段兵にしてはかなり若く見え背が俺と同じ位の人だった。
ただその人を見ているとふとした瞬間に目が合ってしまった。びっくりしてすぐ目を逸らそうとした。
しかし、
「なんなんだ、あの目は、、、」
俺は逸らすことが出来ずにずっと見てしまっていたようだ。その人は俺のことは気にせず、すぐに歩いていってしまった。
──両目で色が違った、しかも片方が今まで見たことない闇に満ちた色だった。
「誰なんだろう、、、。」
「おい、ユーリ。時間が無いんだから立ち止まってないで急いでくれ。」
「ごめんな、うあああ、鐘が鳴ってるぞ。全力疾走!速くしないと!」
けれど、あの人のことが頭から離れなかった。
訓練場に着くと、ちょうど奇数階級の訓練が終わった所だった。
「おい!お前たち、遅いぞ!さっさと持ち場につけ!」
訓練場の責任者サフラスからの叱責を浴びながら、自分たちに決められた持ち場へと向かう。 それにしても準備要員が多すぎるな。訓練に参加できる有段兵士が68人に対して俺ら雑兵が324人、今いる有段兵士のほとんどが元々自衛隊なんかに属して国に貢献してた奴らだ。まったくひどい世の中だな。
準備といっても、周りの流れに合わせながら動いとけば終わる。
30分くらいエリックや他の奴らと話してると、サフラスにより集合の合図がかかる。
「お前たち、今回の訓練ではこの東地区に駐屯している兵士たちが一堂に会している。今はまったく人類の役に立ってないお前達もいずれかは立てる様に、訓練の様子をよく見ておくこと。以上だ」
責任者殿からの妙に勘に触る挨拶が終わると一時解散となる。
「うざいな」
同感。さすがエリックはわかってるな。訓練までの1時間、何をしようかな。
「お前、朧見に行けば?色々いじったりしてないんだろ?」
「ん?ああ、うん」
返事をしながらも今朝のことを思い出して少し頭が痛くなる。ま、別に平気だろう。
「行ってくる。訓練の5分前にここ集合でいいか?」
「わかった、行ってこい」
俺はクラベールの元に向かった。
「クラベール」
赤髪の女性が振り向く。
「あ、ユーリ。こんな頻繁にあなたと会うなんてね、まだ夜叉がいなかった頃みたい、、、」
過去を振り返るクラベールはとても悲しそうな顔をしていた。あの事件のことを思い出してしまったのだろうか。
「クラベール!俺、朧を見に来たんだ。もう一度頼む」
彼女はハッと我に帰り、動き始める
「うん、そうだよね。待って、今あなたの朧を、、、」
クラベールの動きが止まった。
「どうしたクラ」
「無い」
俺の顔に一気に冷や汗が吹き出てくる。思わずもう一度訪ねる。
「もう一回、いい?」
「あなたの朧が、無い」
顔色がどんどん悪くなるクラベールと冷や汗ダラダラの俺の間に束の間の沈黙、そして
「なんだって!」
朧が、あんなでっかくて黒い塊が無くなる?そんな事ありえるのか!?
「私、ずっとここにいて、無くなるだなんて、うぐっ、」
突然クラベールが倒れる。いや、殴り倒された。その方向を向くや否や俺はとんでもないものを目にした。
「やぁ、受け継ぐ者よ」
それは人間の数倍はある体に、全てを飲み込む闇を彷彿させる色をした瞳、何よりも所々に見える金属の鎧。この姿、夜叉だ。
「な、何なんだ一体!お前はヴグッ」
口元を強く押さえられて喋れない。
「我と契約をしよう」
くっ言ってる意味がわからない。受け継ぐ者ってなんだよ、それに夜叉と契約?喋れない代わりに目で訴えかける。
「ふっ、何もわかっていない様だな。簡単に説明してやる。お前は過去の生者達、つまり我々の力を受け継ぐ数少ない人間なのだ。その証拠に貴様が己の武器を掴んだ時、違和感を覚えただろう。」
過去の生者が夜叉?俺がその力を受け継ぐ?わからない事が増えていく。
「貴様らの武器、確か朧と言ったか。これは力ある者のみに反応する夜叉の卵の様な物。そして貴様の朧から生まれたのが、この私だ。」
朧が夜叉の卵?国はそれを知っているのか?
「これで大抵は理解できただろう。話を戻す。」
グッと更に力が加わったのを感じる。
「私と契約しよう。私が力を貸し貴様が夜叉を喰らい続けるか、ここで死ぬかだ」
俺はこいつの言っていることが理解出来なかった。目の前の現実を受け入れられなかった。
俺は朧を見に来ただけだ。これは何かの間違い、毎日のように俺を襲う悪夢の延長戦なのかもしれない。
いや、本当はこいつの言っていることは分かっていた。分かっていて、理解出来なかったのだ。
「ぐっ、うぐっぐっ!」
俺は喘ぐことしか出来なかった。
俺の口元に当てられた手は、氷塊の様に冷たく大きくて息をする事だってままならなかった。不気味な程表面が艶がかっていた。
「さあ、答えるがいい。我はいくらでも待つ。」
それでも時間が無いのは確かだ。薄々だけど生気が失われているのを感じている。この夜叉のせいだろう。
「うぐぐっ。」
何も考えられなくなりそうだ。
「ああ、すまない。真面に話が出来ないのでは話にならんな。これで少しは楽になったであろう」
──はあっ
俺は無意識に息を吸った。
しかし俺全体が恐怖に飲み込まれそうだった。なんとか正気を保てているがそれさえもこいつのせいにしたくなる。
いっその事意識なんてなくなった方がいいのかもしれない。
「己に選択肢は残されているのか、心の底に問け。命と天秤に掛けられ選択を誤るでない。」
正直命のことなんてどうでもよかった。
夜叉にこうして囚われている状態で自分が生きているとは思わなかった。
「俺は夜叉に力を貸すのか?」
「我に力を貸すのだ。何も悪いことは無い。」
いや、大ありだろ、、、。
夜叉は人類の敵だろ。俺は人間側にいるはずじゃないのか。
「俺は、人間じゃないのか?」
夜叉は不気味な笑みを浮かべる。
「もういい。早く質問に答えたまえ。」
もう生きている気がしなかった。こいつの声を聞く度に俺はおかしくなっていってしまった。
どうでもよくなった、俺の命だって他の人の命だって。俺には思い残すことがなかった。
だからだろうか?ふと、不思議な好奇心が心を満たしていった。
──夜叉のことをもっと知りたい
俺達は、いや俺はまだ夜叉のことを何もわかっていないのだ。2年前突如姿を現し、我々人間と戦争を始めた夜叉のことを。
生態、行動、繁殖、構造、未だ解明されていないことを挙げていったらキリがないだろう。
いけない事なのかもしれない。
夜叉は人間の敵。
普通の人だったらそれだけで恐怖や憎悪の対象となる。
しかしそれだけの理由で敵に回してしまう様な単純な考えをユーリは持っていなかった。
興味がある。
表現の仕様には少し迷うがこれがユーリの本心に近かった。
協力してみるのも悪くないのであろうか?
どうなるかは分からないけど、自分の死を選ぶよりはよっぽどいい選択肢だった。
「、、、してやるよ。」
「聞こえんな。」
もう、覚悟を決めた。
「お前に力を貸してやるって言ってんだよ。」
「ほう、素晴らしい選択だ。」
その時の俺は笑っていただろう、今までに見たことないような不気味な笑顔で。