第一話:ひねくれ者の僕と落ちこぼれな人形霊 その五
今日は昼寝だ。そう心に決めていた。
高校の授業は昼まで。昼からは、新入生の歓迎会、並びに部活紹介だ。部活に入っていない僕は、さぼって帰ってきた。
伯幡大学は生徒の部活動に力を入れる校風で、生徒はみんな部活への入部を強制されている。僕? 僕は帰宅部だよ。
つまるところ、昼からは新入生と部活に所属している人以外は実質的に休みだ。部活の強制という点から一見休む人はいないけど、僕はさっさと帰ることを選んだ。
そして今日は寝る! 昨日、何度やっても慣れない人に尋ねるという行為を行ったのだ。人嫌いな僕にとって、精神的に結構つらい。表面上には表さないが、反動はでかいんだ。睡眠をたっぷりとって、精神を休ませなければならない。
そう、覚悟すらしていたのに……。
「あっははははは、ひ、ひひひひひひ! だ、だめ、です、もう……やめ……ひゃぁあああああああああああああ!!!!!!!!!」
午後十四時頃だろうか。突如、少女の狂った笑い声が響いた。
流石に無視できず、僕は布団から這い出て居間に入る。押入れからは、迷惑そうな秋人が半眼を覗かせていた。そして、居間のど真ん中には今にもちゃぶ台を蹴飛ばしそうなメリーさんが。
「どうしたのさ」
「あ、ああ、あきさめ……さん。くふっ、さ、さっきから、全身をくすぐられているようで、ふっ、ひー!」
必死に笑いを堪え、目に涙を溜めながらメリーさんは訴えた。僕はメリーさんの周囲に寝ぼけ眼を向ける。軽く見まわしてみたが、姿を消した幽霊や妖怪はいそうにない。僕は霊感がかなり強く、姿を消した妖怪だろうとなんとなく居ることは感知できる。勘だけど。
「誰もいないよ。一人で悪ふざけしないでよ」
「うるさい、黙れ、居候の癖に」
秋人が本気で嫌そうにつぶやく。
「そ、そんな! だ、て……ほんと、に……あははははは!」
朝っぱらから騒がしいなと思いつつ庭に目を向け――あ、
「もしかして……本体の人形?」
昨日、メリーさんの本体である人形になにかすれば、それがメリーさんにも伝わることは確認していた。その人形は、今高校にある。部活紹介のオカルト研究会のブースに置かれて。そして、今日の部活紹介が始まるのは、十四時から。
「あ! き、きっとそれ――ふふ――です! いろんな人に触られて……ひゃぁあああああああ!!!!」
「……兄ちゃん。早く回収」
メリーさんの代わりか、秋人が僕を睨みつけた。その瞳は「喧しいからさっさとどうにかしろ」と命令している。
「……はぁ、ちょっと出かけてくる。一時間ほど我慢してね。大丈夫、メリーさんだから、笑い死にしない」
「そ、そういう――ひゃ――問題じゃないです! は、早くお願いしま――ああああああああああ!!!!」
これ以上ないと言わんばかりにメリーさんは笑い続ける。それを背中で聞きながら、僕は急いで制服を着直し高校に向かった。
高校では、割と可愛げがあって、かつ目が怖いギャップとで、メリーさんの本体はバカ受けだった。僕はブースに大急ぎで駆けつけ、事情を説明できないなりにどうにかそれに触らないように東海林に伝える。まぁ、それがうまくいくわけもなく、結局部活紹介の終わる十五時半までメリーさんはもみくちゃにされたのだった。
この結果、僕はせっかくの惰眠を台無しにし、その上勝手にオカ研の部員扱いで説明をやらされ、あげく片づけまで手伝わされたのだ。あんなに大勢の後輩が居る場所に投げ出されるなんて、踏んだり蹴ったりだ。
そして、メリーさんの笑い声は霊感のない人たちの耳にもかすかに響き渡り、その日の怪現象として地域住民の話題の種となった。僕の住む古民家のオカルトぶりが、さらに高まったのは言うまでもない。
当のメリーさんは、僕が帰って来ると笑い疲れて精神的にも終わっていた。まぁ、次の日には回復して、カッターナイフ片手に鬼の形相で追いかけられたんだけど。
やけににぎやかになった僕の怪異相談役の生活は。まだまだ続くみたいだ。