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第一話:ひねくれ者の僕と落ちこぼれな人形霊 その四

 対象を呼び出すのは簡単だ。携帯電話の電話帳を開いて、目的の人物に電話をかければ済むのだ。呼び出す用件は、そうだな、「部活紹介の件で話がある」とでも言えばいいだろう。

 案の定、彼はすぐに向かうと言ってくれた。ただ、明日の朝早くからバイトがあるらしい。確か、農家のバイトだったっけ。僕も朝にバイトが入ってたから、会うのは明日、日曜日の夕方になった。昼と夜の境目、黄昏時、逢魔時、人ならざる者との関わりには、なんと相応しい時間帯だろうか。

 そして、場所は伯幡高校の部室棟、オカルト研究会の部室だ。


「いいかい、これから君の持ち主だった人と会う。だけど、その場で即復讐なんて洒落にならないことは止めてよ」

「わたしの頼みは復讐のお手伝いですよ。犯人が分かれば、あとはわたしが決めるです」

「うん。だけど、その前に少し話を訊いてほしい。その上で、復讐するか否か、決めるんだ。それだけは守ってほしい」


 メリーさんは不服そうに手に握っていたカッターナイフをポーチに押し込んだ。高校の敷地内で血みどろの事件を起こしたくないと言うのは当然だが、理由はそれだけじゃない。きっと、持ち主にとっても不本意だっただろうから。

 傾いた夕日が僕らを突き刺す。いよいよ日が暮れようとしている中、高校の敷地内に入り、自転車を置き場に停めると、僕らは部室棟に向かう。彼はとっくにバイトを終え、僕が来るのを部室で待っていることだろう。


「そうだ、メリーさんの人形、貸してもらえるかい? 本当に彼が持ち主かどうか、確かめる必要があるんだ。君が持ってたら見えないからね」


 そう言うと、メリーさんは素直に人形を渡してくれた。亜麻色の髪の可愛らしい人形。メリーさんの心境が現れているのか、夕日に照らされたその顔はどこか落ち着きがなさそうだった。


「いいかい、決して手を出さないこと。君がその凶器で彼を攻撃しようものなら、手を貸した僕が疑われかねないからね。それだけは、カンベンしてほしい」

「……ここまで手伝ってくれたあきさめさんに、ご迷惑はかけません」


 メリーさんは俯きながら、でも約束してくれた。それを確認し、僕は持ってきたバッグにメリーさんの本体である人形をしまうと、部室の戸を開けた。

 目的の人物は、人付き合いの苦手な僕にとって、クラスで唯一と言っていい関わりのある人物だ。彼は、僕が入ってきたことに気づくと気さくに片手を上げた。


「お、ようやく来たか日下部」

「ごめんごめん、ちょっとバイトが長引いて」


 中にいたオカルト研究会部長、東海林夏秀は気前よく片手を振った。


「あ、あの人! わたしを家に入れてくれなかった人です! 電話して少しずつ近づいて家の前まで着いたって言うのに、朝が来るまで開けてくれなかった薄情な人!」


 東海林を見て、メリーさんが騒いだ。どうやらメリーさんがあてずっぽうに脅かした人間の中に東海林も含まれていたようだ。そして、以前東海林が自慢していた『メリーさんを撃退した』というのも事実だったらしい。

 ここでメリーさんと受け答えするわけにもいかず、僕はメリーさんを視界から外したまま話を続けた。


「それは?」

「お化けの衣装だよ。部室に放置し続けて汚れちゃってたからさ。洗って、直してたんだ。明日の歓迎会に使う準備は万端さ。もちろん、お前も手伝ってくれるよな?」

「だから、僕は部員じゃないから出ないよ」


 メリーさんがきれいに修繕されたお化けの衣装に射殺さんばかりの眼光を浴びせていた。「わたしのことを捨てて、そんなボロボロの布きれを大事にするなんて……」と恨みがましく呟いている。

 その言葉は、もしも衣装にも意志が宿ったらいろいろ厄介になりそうだった。これは早めに解決した方がいいと思う。


「それでよ、見つかったんだろ?」


 東海林が待ちきれんばかりに目を輝かせて詰め寄ってくる。膝の上に乗せていたお化けの衣装がずり落ちたが、そんなことは気にならないとばかりにだ。

 僕に近づくと、必然的にメリーさんにも接近することになる。メリーさんは勢いで携帯電話に手を伸ばした。タッチ式の最新携帯電話の画面を小さな指が躍る様に動き、東海林に電話をかける。

 だが、それより一歩早く。


「はい、()()でしょ」


 僕が、メリーさんの本体を指し出した。




「……()()()()


 東海林は目を疑わんばかりに瞬きし、少し薄汚れたメリーさんの人形を手に取った。メリーさんがピクリと反応する。東海林は驚愕のまま言葉を溢す。


「これだよ! なぁ、一体どこにあったんだ!?」

「住宅地の裏の山の中さ。犬か何かが持って行っちゃったんじゃないかな」

「そっかぁ……山の中か、そりゃ、部室の中ひっくり返しても見つからない訳だよ」

「……え?」


 メリーさんが携帯電話を握りしめたまま固まった。僕は、メリーさんの様子を横目で確認しながら話を続ける。


「そういえばさ、僕は文化祭のお化け屋敷でしか見てないんだけど、それどこから持ってきたの?」

「うん? こいつはなぁ、文化祭の前日に若木台のゴミ捨て場で見つけたんだ。すっげぇ可愛いつくりなのに、この目! いかにも恨みがましいって表情がもうお化け屋敷にぴったりでさ! 思わずゴミ捨て場から失敬してきたんだ」


 東海林は少し薄汚れた人形を撫で、大切そうに机の上に置いた。


「去年の学園祭の成功はこいつあってのものさ。歓迎会でもブースに飾ろうって話だったんだけどな、文化祭の次の日に部室に寄ったらどこにもないんだよ。失くしちゃったみたいで、散々探したんだけど……よかったぁ、見つかって。これで明日の歓迎会もバッチリだ! サンキュー日下部!」


 満面の笑みで親指を立ててグーサインを作る東海林。その表情に、曇りはない。探し続けていた大切な人形を見つけ出し、大変御満悦だ。


「いやーみはるが見つかって何よりだよ」

「みはる?」


 夏秀が口にした名前、初めて聞くなに僕が疑問を上げると、東海林はメリーさんの脚の裏を見せてくれた。そこには、たどたどしい文字で名前が書いてあった。


「ほら、ここに名前があるだろ。みはるって。たぶん、前の持ち主の名前だけどさ、こいつの名前にもちょうどいいし、学園祭の時に先輩がその名前を使おうって。それでコイツの名前さ」

「それでみはるか。でもさ、勝手に使っていいの? ほら、何か出たり」

「オカ研がそれを恐れてどうするよ。ま、みはるが見つかって何よりだよ。ホント」


 ポンポンとその頭を叩き、東海林はメリーさんの本体を机に戻す。本体が叩かれた時、メリーさんが自分の頭を撫でた。もしかして、メリーさんの本体の人形はメリーさんと繋がっているのだろうか。

 まぁ、今はいいか。


「さて、じゃあ用事も終わったから帰るよ」

「えーなんだよ! せっかくだしさぁ、一緒にラーメンでも食いに行こうぜ!」

「いや、いいよ。今日はそれが見つかったって渡しに来ただけだし」

「あ、ひょっとして弟君が今日も待ってると?」

「……うん、秋人は外出嫌いだから」


 目だけ傍らのメリーさんに向ける。メリーさんは、手にカッターナイフを握りしめたまま硬直している。僕は不自然に見えないように気を付けながらメリーさんの肩を叩いた。出よう。そう促すのだ。


「それじゃ、またね」

「ちょ! 日下部! お前も我がオカ研部員なん――」

「僕、部員じゃないし。部外者だし。ただの知り合い。その程度だよ」

「じゃ! せめて、明日の勧誘は手伝って――」

「気が向いたらね」


 手伝う気なんて、欠片もないけど。

 東海林の絶叫から逃げるように、僕はメリーさんの背中を押しつつ部室から出て行く。追いかけようとした東海林が閉まりかけのドアにぶつかる痛々しい音が響いた。そしてその全てを包むかのように、「バタンッ」と音を立てて部室の戸が閉められたのだ。







 メリーさんは、無言だった。

 僕が背中を押すのを止め、自転車置き場に向かうと、無言のままに後を追ってきた。そのまま僕は自転車を曳き、メリーさんが僕の横を俯きながら歩き、僕らは一言も発さないまま家へと帰りついた。自転車を仕舞い、すっかり日が落ちて暗くなった廊下に無機質な明かりを灯す。電灯の白い光が、歩くたびにぎしぎしと音を立てる廊下を鈍く照らした。

 居間もやっぱり真っ暗だ。押入れに閉じこもってる秋人が出てこないのは分かりきってるため、さして驚くことはない。


「さて」


 台所で薬缶の水を温め、急須に湯を注いでお茶を二人分淹れる。それが終わると、縁側に腰を下ろしているメリーさんの隣に、同じように腰を落とした。


「分かった?」

「……はい」


 メリーさんは目を伏せたまま答える。


「あの人は、わたしの持ち主であって、そうじゃない。ですよね」

「うん」


 真相はこうだ。メリーさんの持ち主は、何か理由があって――一日で見つからなかっただけで、やっぱり引越しの所為かもしれないけど――メリーさんを捨てた。メリーさんはその捨てられた恨みから生まれたのだろう。だけど、ここから事情が抉れたのだ。

 捨てられ、メリーさんとして誕生する寸前だった人形を、あろうことか拾ってしまう変わり種の馬鹿がいたのだ。それは、捨てられたショックに怨念を爆発させかけていたメリーさんにとって衝撃だったのだろう。そして、とても嬉しかったのだろう。

 その上、メリーさんは以前とは違う人形としての喜びを得てしまう。お化け屋敷の呪いの人形代わりにされて、驚かすことで役に立つという喜び覚えたのだ。ある意味で人を喜ばせ、必要にされる人形としての幸せを思い出したのだ。散々怖がられたが、その後の東海林の何気ない賞賛の言葉だ。メリーさんはこれにて恨みを抑え、再びただの人形に戻る――はずだった。

 喜びを得たのもつかの間、何か不備でもあったのか、今度は東海林が人形を失くしてしまったのだ。その後の経路は予想できないが、再び捨てられた状況に陥った人形は、ついにメリーさんと化した。


「でも、わたしはあの人が理不尽にわたしを捨てたわけじゃないって分かってたんですよ」


 メリーさんは、ポツリとつぶやく。

 偶然から持ち主を離れてしまい、それが捨てられた状況とよく似ていた所為で、最初に捨てられた時の怨念を爆発させ、メリーさんは誕生した。だが、所有者が別に移っていたため、メリーさんは恨みの対象を混同し、結果的に誰に恨みをぶつければいいのか分からなくなった。

 それが、このメリーさんの真相だ。


「前の持ち主は覚えてないですけど、東海林さんはわたしのことを大切に思ってくれてます。だったら、もう復讐なんていりません」

「なら、もう悩む必要はないかい?」


 メリーさんの恨みの対象を発見する。それが僕に来た相談内容で、これは達成された。後はメリーさんからの承認を受けるだけ。解決の一言を告げさせるべく、僕は言葉を連ねた。


「いえ、一つだけあります」


 メリーさんは落としていた視線を持ち上げ、僕を見上げる。そこには、僅かな戸惑いの光が灯っていた。


「結局、わたしを今のメリーさんとしたこの怨念は、どこにぶつければいいのでしょう?」

「そ、それは……」

「わたし、夏秀さんに恨みをぶつけるつもりはありません。ですが、元の持ち主には、私を捨てた報いを受けてもらうべきだと思ってます」

「そ、そっか……」

「秋雨さん。わたしは、わたしの復讐相手を探すように頼んだはずですよね」

「う、うん……」

「でも、わたしを捨てた最初の持ち主は、()()()()()()()|ですよね」

「……そうだね」


 メリーさんの一言一言がグサグサと突き刺さる。

 その通りだ。以前の持ち主を見つけたが、それはメリーさんの悩みを解決したことにはならない。メリーさんの相談は、まだ半分達成されてないのだ。一日で解決するとは思ってないけど、ここまでトントン拍子で進んだのだ。ちょっと、うまくいく予感に頼っていた部分もある。


「こんなので、よく妖怪相談役を名乗れますねぇ。しかも、これでキレイに収めようとしましたよね……ねぇ、秋雨さん?」

「おっしゃる通りで……」

「一歩間違えれば詐欺ですよ詐欺」

「…………はい」

「だから」

「だから?」


 メリーさんは言葉を切り、にっこりと、満面の笑みを浮かべながら言うのだ。




「わたしの最初の持ち主を見つけるまで、ここに住ませていただきます」


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