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エピローグ

 伯幡高校部室棟。

 部室棟に部室を持つ部活は、ほとんど体育系の部だ。放課後になって少し経った十六時四十分。部室棟周りからほとんどの人が消えた時間帯。僕は、呼吸を整えながらそこに立った。


「何やってんですか秋雨さん?」

「ちょっと、精神統一を、ね」


 僕の言葉に、みはるは大きくため息を吐いた。


「なに言ってんですか。東海林さんは秋雨さんにとって唯一の、唯一のお友達でしょう?」

「そこ強調しないでよ」


 僕の愚痴りに、みはるはさらに大きなため息を吐いてみせた。


「正直びっくりしましたよ。秋雨さんに憑いて教室に入ったら、誰も彼も秋雨さんのことをガン無視ですよ。どこまで関わりを避けて来たんですか」

「めんどくさかったから、ずっと避けるようにしてたんだ。そしたらまぁ、必要以外誰にも構われなくなってね。こないだの池口さんの時はゴシップネタみたいに陰口叩かれたけど、まぁ、ね」

「少しくらい友人関係持ってたんじゃないんですか?」

「頼まれごとをやるくらいなら、ね。完全なぼっちは避けたつもりだけど、用が無ければ構われない存在だから」


 そのツケが、今になってどっと押し寄せた訳だ。自分から関わりを断ってきた以上、自分から踏み込むのは想像以上に辛かった。世間一般で知られる孤独な人は、いつもこんな苦しみを味わっているのだろうか。怪異と関わってきた分、僕は少しマシなくらいだ。


「早く行きましょうよ。部室に入って、入部希望です~と言えば済む話じゃないですか。そもそも、東海林さんが居るのに緊張する必要がどこにあるのです?」

「それが簡単にできれば、苦労しないよ」


 ともあれ、みはるの言う通りいつまでもここでグダグダしている暇はない。意を決して、僕は階段を上がった。オカルト研究室の部室は部室棟二階の端っこ。奥まった場所で、高く聳える樹木が影を作る、少し薄暗い場所だ。まぁ、時期が時期だから、今は紅葉に覆われた見栄えのいい景色になってるけど。


「……よし、開けるよ」

「早くしてください。……脱精神引き籠りのぼっち」

「うるさいな」


 ドアノブを捻り、中に押して扉を開ける。話し声が外にも聞こえていたけど、何人いるかはちょっとわからなかったのでかなり緊張する。


「あの~……」


 恐る恐る開いた部室には、見知った顔が二人。東海林と池口さんだ。というか、その二人しかいない。ほっとしたような、意を決した僕の覚悟がなんだったのかという部分もあって、少し気が抜ける


「お、日下部!」


 案の定、東海林が景気よく片手を上げて応えてくれた。僕も軽く片手で応じ、扉を閉める。さっさと話を切り出そう、詰まっていると、東海林の感じからして流されてしまいそうだ


「東海林。あのさ……話が、あるんだけど……」

「なんだ? こないだの礼か? 別に改まることないって、なぁ」

「はい、日下部先輩が立ち直れているようですので、私たちも一安心ですから」


 笑顔で返してくれる二人に、手で返しつつ、決意を固めて僕は告げる。


「あのさ、東海林」

「うん? なんだ」

「オカ研、今更だけど……僕も正式に部員にしてほしいんだけど……」


 瞬間、東海林は目を丸くした。が、それも一瞬の事。すぐに表情には満面の笑みが浮かび、狭い部室を瞬間移動するかのように僕の目の前に駆け寄る。そして、硬く手を握った。


「やったぜ! ようやくだ! 一年以上もかけてスカウトした俺の苦労、ついにここに実ったり!」


 硬く、硬く、痛いほど両手で僕の手を握り込む、そのおかげで僕の手が悲鳴を上げる。結構腕力あるな。


「東海林痛い、痛いからやめて」

「お、すまねぇ」


 ようやく離してくれたが、右手はジンジンと痛みを訴える。まるで熱湯に浸けた後のようだ。


「え? 日下部先輩って、部員じゃなかったんですか?」

「うん。今までは東海林に引っ張られて半分部員みたいな感じだったんだ」

「そうなんですか。それなら、今後もよろしくお願いします」

「そうだね……って今後も?」

「はい、私もさっき入部届を出したところで……」


 なるほど。最近の経緯から、池口さんも入部を決めたってわけだ。まぁ僕らは入ったばかりの新入部員。今後も頑張っていこうかってわけだ。


「お姉ちゃんも入部ですか。わたしも名前だけ所属で行けますかね」

「あ、それならみはるは本物の幽霊部員になれるね」

「ゆーれーぶいん? そんなのがあるんですか?」

「部に所属してるけど活動には参加しない人とか、逆に所属してないけど活動に参加する人……昨日までの日下部先輩みたいな人の事」

「なるほど。そういうことですか」


 言いつつ、二人は楽しそうだ。

 みはると池口さんの関係は、ちょっと複雑だ。みはるは池口さんの妹の美春ではないけど、その記憶も一部引き継いでいる。姉妹の様で、姉妹じゃない。複雑な関係。だけど、楽しくやれてるならそれでいい。少なくとも、離れたいけど離れられなかった僕と秋人に比べればずっと健全だ。


「あー、日下部。ひょっとしてメリーみはるが居るのか?」

「うん。最近は学校にもついて来てるね。静かにするよう言ってるけど」

「お前が最近やたらと屋上に行くのはその所為か」

「独り言が増えたら、余計に誰も寄ってこないでしょ」


 東海林は「承知した」と頷く。


「ってか、二人には見えるんだろ。俺だけ見えないってのは不便だな……日下部、どうにかなんねぇ?」

「うーん。怪異の力が強いとこ、僕の家とか心霊スポットとかだったら少しは見えたり感じたりできるかもだけど……難しいかな。後は、感度高める御札とかあれば……ぼんやりと?」


 そっか。と東海林はあっけらかんと答えた。これまで霊感ゼロでオカ研の部長を務めて来ただけあって、その辺りはもう割り切っているのだろう。それ以上に、喜びを隠しきれない様子だった。


「いやーしかしよかったよかった。これで部員が三人。生徒会にもごまかしが効きやすくなった」




 ……え? ちょっと待って。


「東海林、今なんて言った?」

「え? 生徒会にごまかしが効きやすくなった」

「そのひとつ前」

「……お前らと俺と池口で、正式な部員が三人」


 部室の空気が、ピシりと固まる。


「日下部先輩。まさか、知らなかったんですか?」

「一人二人はいるものと思ってたんだけど……」


 ゆっくりと東海林を振り返ると、東海林はしてやったり顔でにやりと笑った。


「ふふん。生徒会にも俺の知り合いがいてだな、後は友達に頼んで正式な部員のフリをしてもらってたんだ。活動自体は、俺一人でも十分だからな」


 得意げに言うけど、けっこう由々しき問題だ。伯幡高校の部活の最低条件は部員が五人以上。東海林はこの一年半をどうやってか騙しきってきたらしいけど、綱渡りに変わりはない。早急に部員を揃えないと、お取り潰しは遠くない。

 なにより、人間関係広めようと思って入部を決めた僕のビジョンが、音を立てて崩れ落ちた。

 これは、僕の迂闊さを責めるべきだろうか、それとも、良くかかわる僕にすら部の内部事情を隠しきった東海林の手腕を褒めるべきだろうか。


 どちらにせよ、僕に言えることは一つ。


「東海林……やってくれたね!」


 僕の諦観の言葉に、東海林は満面の笑みを返した。


「今度の休みは入部記念に近くの心霊スポット巡りだ。日下部、池口、準備しとけよ!」


 調子のいい東海林のセリフが、この日の僕の苦労を全て砕いた。




 そしてやってきた休日。僕は夏休み以来となるバイクを車庫から出した。バイクの音はあまり好きじゃないから使わないけど、遠出となると話は別だ。

 準備を整え、庭でのんびり待っていると、先に池口さんが、遅れて東海林がやってきた。池口さんはここまで歩いてきたようだ。東海林に乗せてもらえばよかったのに。ちなみに、待ち合わせの場所が僕の家なのは、ここからの方が近いからだ。


「お二人とも、いつ免許を?」

「俺は十六になってすぐ。日下部は……」

「東海林に急かされて、夏休みに合宿で取ったの。コツコツ貯めたバイト代が一気に寂しくなったよ」


 東海林に急かされて親戚を説得する辺り、僕はけっこう甘いのかもしれない。同じことを思ったのか、池口さんがなにか言いたげに見つめてる。無視するけど。


「で、池口はどっちに乗るよ?」

「日下部先輩の後ろで」

「即答!?」

「だって、東海林先輩は怪しいですし」


 ショックを受け、両手を地面に着ける東海林。御愁傷様と言いたいけど、それは僕もだ。


「ちょっと待って、そしたら僕のに三人乗りだよ」

「三人? だって」

「お姉ちゃん、わたしを忘れないでください」


 家の中で準備を整えていたみはるが駆けてくる。バイクで行くことは伝えていたから。みはるはすでにバイクスーツとヘルメットで完全武装。よほど楽しみだったらしい。自転車の二人乗りでも満足げだったみはるは、バイクへの期待を隠しきれないらしい。

 そして、池口さんは苦虫を十匹ほど噛み潰したような顔をして、東海林を指差している。申し訳ないけど、見かけ二人乗りでも実際は三人乗りだ。まだまだ初心者の僕には、二人乗りすら怖くてたまらない。三人乗りなんて、出来る訳なかった。


「ごめん。そういうことだから」

「~~~~っ、日下部先輩はみはるに甘いですね」

「お互いさまじゃないかな。池口さんも、譲るしかないって思ってるよね」


 僕の付け足しに、池口さんは恨みがましく僕を睨んだ。けど、それくらいなら涼しく受け流せる。伊達に人との関わりを避けてきたわけじゃない。その程度の恨み、僕には関係ない。


「…………分かりました」

「よっしゃ! じゃぁさっさと行こうぜ! オカ研初の集団活動だ!」


 敗北宣言のようなそれが池口さんから漏れ、東海林が一瞬で復活する。

 荷物の確認を終え、池口さんと東海林は颯爽と出発する。僕もその後を追うべくシートに跨り、グリップを握り込む。そして――庭に建てられた墓に視線をやった。ついで、玄関にも。


「秋雨さん?」


 実は、あの日以来、何者かの視線を感じるようになっていた。怪異だけど、不快なモノじゃない、相談に来る者でもない。ただ、ふと感じる視線は、温かく、穏やか。

 そう言えば、背後霊なんて怪異もあったっけ。成仏した人間霊なんかの怪異が、ある条件の下で特定の誰かを見守る存在に変異すること。成仏して、輪廻の輪に戻っても、魂のカケラだけがこの世に留まる事。

 もし、それが居るとしたら……。

 ああ、そう言えば、まだ返事をしてなかったな。秋人からのメッセージに。


「秋雨さん。もしかして」


 みはるも気づいてるみたいだ。なら、間違いない。言っておこうか。

 玄関に向かって、僕は笑顔で言うんだ。返答を。




「いってきます」







『いってらっしゃい、兄ちゃん』


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