第四話:家族を想う 前編その二
「どうすればいいんでしょうか……」
力なく、わたしはオカルト研究会の部室の机に突っ伏します。
「詳しく調べてみたんだけどね、解離性障害って、本人は気づいてないのよ。その記憶がないから。だから、話したところで煙に巻かれて逃げられるだけ。今すぐ自覚させるのは無理に近いみたい」
お姉ちゃんも尽くしてくれてますが、これといって成果はないようです。
わたしとお姉ちゃんは、秋人さんの相談を解決すべく、さっそく手を打ちました。常日頃一緒に暮らしてるわたしは、それこそ二十四時間体制で秋雨さんに張り付けます。どうせ普通の人間には見えませんから。
なので、朝から秋人さんを意識させるような言動をしてみたり、秋人さんが死んでいることを気づかせるよう誘導してみたつもりでした。ですが、秋雨さんは完全に無反応です。
一週間、手を尽くしましたがさっぱりです。
「それより、おかげで変な誤解まで作っちゃった」
「それは、お姉ちゃんが秋雨さんの教室まで乗り込むから……」
「だって、私たち姉妹のことでお世話になったんだもの。なんとか日下部先輩の兄弟問題も解決してあげたいの」
お姉ちゃんは秋人さんのことを秋雨さん自身から聞くため、教室に乗り込んでくれました。ですが、部活に入ってない、特に他人とかかわりの無い秋雨さんにそんなことをすれば、周りは何事かと二人の関係性を疑いたくなるもの。先日のわたしたち姉妹の一件で、秋雨さんと関わっていたことも拍車をかけ、要するに、そういう話題にされかけたのだそうです。
「実際のところどうなんです? お姉ちゃんは、秋雨さんをどう見ました?」
「美春……随分とませたこと聞くようになったね」
「わたしは美春さんの記憶を受け継いでますが、人格としては人形のみはるですので」
ちょっとお姉ちゃんには酷な言葉だったかもしれませんが、お姉ちゃんは気にした風もなく「そっかぁ……」と呟きます。
「って、私たちのことは別にいいよね。それより、日下部先輩よ」
なんか、はぐらかされたような気がしますが、気にしても仕方ないのでしょう。少し安心もしましたし。私が顔を上げると、お姉ちゃんはなぜか目を丸くしてわたしを見つめています。
「……どうしたんです?」
「みはる、今透けて見えたんだけど……」
「わたしは怪異ですよ。透けるなんて、特に驚くことでもないでしょう?」
「う、うん。そうね。驚くことない……」
口ではそう言うものの、お姉ちゃんは落ち着かないみたいです。
秋雨さんの悩みもそうですが、わたし自身も消えかけなんでしたよね。ほんとに、時間がないのです。わたしがお姉ちゃんや秋雨さんと過ごせるのも、もうあとわずかなのでしょうか。
「……もう、時間もないのですか……」
「え? なに?」
「あ、いや、その……解離性障害っていうのですが、どうやって治すものなんですか?」
「実際はけっこう長期戦での治療になるみたい。解離性障害は自分っていう存在が希薄になるから、まずはそれを強めること。それから恐怖の克服に向かわせるんだけど……」
恐怖ですかぁ。秋雨さんが恐れていることは、たぶん秋人さんがすでに死人であるという現実なんでしょうね。
「うーん、秋人君に代わる支えになる人がいれば、日下部先輩も前を向けれるんだと思うけど……」
それが無理だろうことは分かっています。秋人さんから聞いた話だと、秋雨さんのご両親はすでに他界し、秋雨さんの保護者になっている親戚の方との関係も薄いそうです。秋雨さんにとって、本当に家族と言えるのは秋人さんだけなのでしょう。
家族を失うことは、心へのダメージが大きいです。お姉ちゃんは美春さんを失ったことでずっと悩みを抱え続けました。その美春さんも、わたしを作ってしまうほどに念を溜め込んでいたんですから。
「八方ふさがり、ですかぁ……」
「ねぇ、みはるも怪異の相談に乗ってたのよね。いつもはどうしてたの?」
「さとるくんに助言を求めたりしました。あとはコックリさん……いえ、あれは役立たずでしたね。二人とも、こればっかりは時間がかかるとしか……」
すでにお二人にも協力を求めました。ですが、さとるくんは「まぁ、なんとかなるんじゃない」と投げやりで、コックリさんに至っては「そんな難しい事、僕にわかるわけないやん。時間かけて秋雨クンの気持ちを整理するしかないよ」と相談に乗ってくれません。あれでよく質問を受ける怪異が務まったものです。
「怪異への相談は手詰まりかぁ……。日下部先輩の知り合いって誰かいないかな。私やみはるよりも日下部先輩を知ってそうな人」
「そんな人いましたっけ……」
少なくとも、わたしは覚えがないです。怪異として秋雨さんと半年以上は一緒に暮らしましたけど、それ以前の秋雨さんの知り合いなんて、秋人さんくらいじゃないでしょうか。それも問題の渦中にいる人なので――そもそも相談者なので聞いても仕方ないのですが…………あ、
「いますね、一人」
「え、誰?」
お姉ちゃんもすっかり忘れているみたいですが、わたしたちよりも秋雨さんのことを御存知な方は居ました。というか、この部屋の主ですよね。
「夏秀さん、でしたっけ?」
「なつ……あ、東海林先輩?」
「そうそう」
オカルト研究会の部長で、秋雨さんに怪異関係の話題を振ってくる、たぶん唯一の友人。
お姉ちゃんと一緒に部室に入った時、彼は留守番を頼んで校内のどこかへ行ってしまいました。
「戻って来るの待ちます?」
「ううん、探しに行こう。私たちじゃどうにもならないし、今はあの人に頼るしかない」
夕日が差し込む廊下を、わたしはお姉ちゃんについていきます。何人か下校する生徒にすれ違いましたが、私に気づく人は誰も居ません。わたしは怪異ですから、気付かれないのは当然です。
でも、少しさびしいですね。美春さんのことを意識するようになってからでしょうか。誰にも気づかれないことが、人間に気づかれないことが、とても空しく思うのです。
私に気づいてくれるのは、霊感がある人だけ。わたしをメリーさんという怪異ではなく、みはるという存在として見てくれる人は、秋雨さんだけです。
伯幡高校は大きく二つの校舎から成り立ってます。職員室や実技系の教室がある校舎と、各クラスの教室を全て収めた教室棟。教室棟の三階まで上がってきたところで、一つの部屋から東海林さんが周囲を警戒しながら出て来るところを見つけます。
東海林さんはわたしたちを見つけると、「やべっ」って感じに顔を歪ませました。他に誰もいないのを確認すると、観念したように出てきました。
女子トイレから。
「東海林先輩…………」
「伯幡高校にも七不思議があるって、知ってるよね?」
「…………ええ、まぁ」
「トイレの花子さんは、三階の女子トイレに出没するって噂なんだ」
「…………だから?」
「オカルト研究会として、その所在を確かめておくのは大切だろ? だから、毎日見回りでここに……」
お姉ちゃんの目は、生前の美春さんの記憶にもないほどです。蔑む瞳は、完全に東海林さんを軽蔑しています。
「この間の件でお世話になっていなかったら、先生に報告してますよ」
「ですよね」
「完全な変態行為ですよ」
「はい」
「私の部屋に入れた事、激しく後悔してます。あの時は余裕がなかったので言いませんでしたが、内心――そうとうあれでしたよね」
「舞い上がってました」
「東海林先輩……軽蔑します」
とどめを撃たれたような沈痛な表情で、東海林さんはがっくりと膝を折りました。両手を地面に着け、愕然とした表情で下を向いてます。
「頼むから、誰にも言わないでくれ。前にも顧問に見つかって釘刺されてるんだ。まだやってるなんてばれたら、部が無くなっちまう」
「自業自得ですよね」
大きくため息を吐き、お姉ちゃんはしかめっ面のまま逡巡します。こんなサイテーな変態ヤロウだとは思いませんでしたが、彼にはまだ役割があります。わたしたちのためにも、精々頑張っていただきましょう。
「とりあえず部室に戻りましょう。話があります。先輩」
「いや、まだあと一つ。美術室の石像を見回ってないんだが――」
「――いいから、早く」
「はい」
部室に戻ったお姉ちゃんは、とりあえず東海林さんにコーヒーを催促します。インスタントですが、味は悪くないらしいです。
「それで、話しってのは?」
「日下部先輩のことです」
部室に常備されているチョコレートを一つ食べ、お姉ちゃんが切り出します。
「先日、私と美春の件で先輩方にはお世話になりました。その後の、美春の対応について、後日日下部先輩の家に窺ったんです」
「そーいやそうだったな。それで、怪異のみはるはどうなったんだ?」
「今、一緒に居ます」
「まじで?」
東海林さんの視線が私の方を向きます。焦点は合ってないのでわたしが見えてるわけではないのですが、勘は働くみたいです。
「ってぇことは、池口さんに取り憑かせるって案は失敗だったのか? 秋雨はそうしようかって言ってたけど……」
「その話は、棚上げです。それ以上に厄介なことが起きたので」
「取り憑かせられなかったか? 池口さんはそこまで怪異に触れてるってわけじゃないみたいだし、経験不足からまだ難しいってことかよ。ま、秋雨の受け売りだけどさ」
東海林さんは変態ですが、オカルト研究会の部長です。秋雨さんとの交遊もあって、見えないながらも怪異への知識はたくさん蓄えているようですね。話が早い、というものでしょうか。
お姉ちゃんの怪異への耐性云々は初めて聞きます。お姉ちゃんも僅かながら驚いているのでしょうが、ちょっと考えただけで思考を切り替えました。
ただ、東海林さんの口ぶりだとわたしの消滅を避けるためにお姉ちゃんに取り憑くという案はないみたいです
「それは……分かりました。ただ、問題はそれじゃないんです。日下部先輩の弟さんのことです」
お姉ちゃんが言った瞬間、東海林さんの口からふざけた様子が波にさらわれるように引いていきます。私がそう感じただけかと思いましたが、実際は違ったみたいです。お姉ちゃんも、東海林さんの小さな変化に気づいた様子でした。
「ああ……、それって……秋雨の死んでる弟の話だよな」
その時、オカルト研究会の部室が、急速に冷えて行ったと感じたのは、きっと現実です。
「いい加減、怪異ばっかり見てるアイツの目を覚まさせてやろうってことだな。それで、俺に協力しろって事だろ」
この時の東海林さんが、本当のオカルト研究会の部長の姿なのでしょう。東海林さんは、ヤクザのように、不敵で壮絶な笑みを浮かべました。




