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第四話:家族を想う 前編その一

「秋人さんが死んでるって……え?」


 お姉ちゃんの言葉に、わたしはもう一度秋人さんを上から下まで見返します。でも、言われてみればその通りです。秋人さんの姿は、下半身が透けて、足先は見えません。どうして今まで気づかなかったのかと、自分の目を疑うほどです。秋人さんは、霊体です。


「秋人が……死んでる?」


 秋雨さんは、現実が見えてないとでも言う様に、瞼をパチパチと開け閉めします。


「…………寝る」

「は?」


 突如そう呟くと、秋雨さんはさっさと玄関に靴を脱ぎ散らかし、そのまま寝室まで一直線、そして布団を被ってしまいました。慌てて追いかけ、起こそうとしますが、ピクリとも動きません。


「無駄だよ。僕が死んでるって話題を出すと、兄ちゃんはいつもこうなんだ」

「どういうことです?」

「……大家さんが言ってた、我らの悩み、そろそろ時期だよね。解決してもらわなくちゃ」

「だから、どういうことですか?」


 わたしがじっと睨みつけると、秋人さんは壁を通り抜けて居間の押し入れに入っていきました。この押入れ、どういう訳かわたしでは開けれないのですよね。


「お姉ちゃん、開けてもらっていいですか」

「う、うん、分かった」


 お姉ちゃんが押入れの取っ手に手をかけ、ゆっくりと扉を開きます。


「うっ……」


 思わず鼻を押さえてしまいました。わたしには分かりませんが、どうやらかなり異臭がする様です。


「限界、なんだよね。用意してもらったこの身体も」


 押入れの奥から現れた秋人さんは、少し動きづらそうです。身体はブヨブヨと柔らかく、まるで映画やTVゲームに出て来るゾンビの様。


「ねぇ、死体憑って怪異、聞いたことない?」

「ないです。お姉ちゃんは?」

「……ううん、知らない。調べれば出て来るかもだけど」

「だよね。相当マイナーだし、この辺りに伝わってるだけだから。でも、名前通りだよ。死体憑ってね……」


   『死体憑』


 因幡国岩井郡のとある村でのことだ。百姓が長い病気の末に死んだ。家人が葬儀のために僧が来るのを待っていると、死んだはずの百姓が突然立ち上がった。家人たちが慌てて取り押さえようとするが、大変力が強く男数人を引きずりまわすほどであった。

 その後、百姓は物を食べたり酒を飲んだりし、しかも1日中眠ることがなかった。数日が過ぎると、季節が夏であるために肉体が腐敗して悪臭を放ち、目や口からは腐汁が流れ始めた。家人たちは死人に何者かが取り憑いたに違いないと思って祈祷にすがったが、まったく効果が無かった。手段を失った家人は他の家へと去り、百姓を家へ閉じ込め、自分たちは他の家へ移った。

 百姓は飯や酒を求めて騒ぎ立て、家の中で暴れまわったが、次の日には倒れて動かなくなった。憑き物が去ったのだろうと、家人たちは慌てて葬儀を済ませたという。




「これが、この辺りの地域に伝わる『死体憑き』の話だよ。僕は大家さんに憑く肉体を作ってもらって、それにずぅっと憑いてるんだ。だから肉体があって、君たちに触れることもできる」


 ですが、秋人さんの身体は腐り始めてます。いままで、こんな姿は見たことないです。


「いつもは見つからないようにこっそりと憑き換えてるんだ。大家さんが知り合いの怪異に頼んで、身体を作ってくれてるんだ」


 私の疑問に気付いたのか、秋人さんは苦笑しながら答えました。そんな怪異もいるんですね……じゃなくて、他にも聞きたいことはたくさんあるのです。


「はぁ……秋人、くん。訊いていい?」


 お姉ちゃんが押入れを閉めます。流石にきついんですよね。私も、微妙に腐敗臭を感じるくらいですから。


「秋人くんは、いつ亡くなったの?」

「死んだのは、一年と半年。あともう少しくらい前かな。僕は兄ちゃんの引っ越し先のここをお父さんたちと見に来て、その帰りの交通事故で死んだ」

「交通事故……ご両親は……」

「その時にポックリ。浮遊霊でどこかをふらついてるのかもだけど、僕らは会ったことないんだ。……僕は死にきれなかった。……ううん、死んだことが理解できなかったし、まだ兄ちゃんの傍にいたかった。それで、事故現場に駆けつけてきた大家さんに相談したんだ。怪異相談役を兄ちゃんが代わりにやって、僕がそれを見守る様にできないかって」


 あれ? 怪異相談役は、秋雨さんが請け負ってます。大家さんに頼まれたって……。


「あきとさん。それは秋雨さんではないのですか?」

「この家に来た時、最初に相談役を指名されたのは僕なんだ。でも、僕が死んで、その役目を果たせなくなったから、代わりに兄ちゃんがなった。でも、兄ちゃんって人付き合い苦手だからさ。僕が大家さんに頼んで、生きてるフリをして兄ちゃんを見守ることにしたんだ。それで、兄ちゃんが一人でもやっていけるようにって。僕も兄ちゃんと離れたくなかったから、それでいいやと思った。どうせ学校もサボってたし、今更行かなくなったって、どうとでもなる」


 えっと、つまり秋人さんは生きてるフリをしてずっと秋雨さんの傍にいようとしたということでしょうか。これは、秋雨さんに解釈させるとかなり面倒なことではないのでしょうか?


「でも、それが兄ちゃんをおかしくさせちゃった」

「日下部先輩を?」

「兄ちゃんは、僕ほど霊感が強いわけじゃなかった。兄ちゃんは僕が死んでることをなかったことと思い込んだんだ。大家さんが成らせてくれた怪異は『死体憑』。僕は、死体に憑き続ける霊体なんだ。生きてるのか死んでるのか、ちょっと見分けるのが難しい。その所為で、兄ちゃんは僕が生きてると誤解し続けてる。気づいたら、僕が死んだ。その動揺から脳がパニックを回避しようとして、現実逃避させちゃう。認識できないんだ、僕が死んでること」

「それって――解離性障害……ね」


 お姉ちゃんが、得心がいったように呟きます。初めて聞く単語です。


「解離性障害っていうのはね、本人にとって耐えられないような状況を自分の事でないように思わせたり、その時期の感情や記憶を切り離して、思い出せなくすることで、心へのダメージを回避しようとする障害のこと。簡単にざっくり言えば、現実逃避」

「うん。兄ちゃんは実際それなんだ。死んだ後の僕と対面した時、僕は死体憑になってた。兄ちゃんは、その時に僕が生きていないって事実に直面した。でも、受け入れられなかった」


 寝室の方を見ると、秋雨さんは何事もなかったように深く眠っています。でも、その目元には、僅かに滴が垂れているのです。気づいて、自然と零れているのでしょうか。でも、受け入れることはできない。身体がそれを許さない。認めることを許してくれません。


「ここに来た当初はもっと酷かった。お父さんとお母さんが死んじゃって、僕らは親戚に引き取られてるんだけど、親戚の人は死体の僕を怪しんでる。あっちにも霊感が強い人がいて、合うたびに兄ちゃんは僕のことを言われてるんだ。でも、受け入れられなくて、頑なにここに留まる」

「ねぇ、秋人くん。それって、なんかマズいの?」

「まずいよ。僕は、無意識に僕を縛る兄ちゃんと、怪異になった当初の僕の想いによって兄ちゃんに取り憑いているんだ。だけど、僕の方はもう離れたいと思ってる。取り憑くのは、相互の想いの一致が必要なんだ。元々生きてる人と怪異を結びつけるのは、とっても危険なんだ。生きてる人を、僕ら怪異がひきこんでしまう。世間の霊能者が取り憑かれることを百害あって一利なしっていうのは、そういうことなんだ。取り憑くのは、本当に良い関係でないと、容認されない。でも、取り憑いてる時に、片方がこれを解こうと思わなかったら、離れることはできない。取り憑き続けるしかない」


 秋人さんの説明で、以前秋雨さんが怪異を取り憑かせることができないと言っていたことの真実が、ようやく分かりました。取り憑くことのできる怪異は一人につき一体。秋雨さんは、すでに秋人さんを取り憑かせているのです。


「このままだと、僕が望まなくても兄ちゃんの魂をこっちに連れて来ちゃう。だから、姉妹のいざこざで悩んでた二人に頼みたいんだ」

「私たちに?」

「もう二人の間は兄ちゃんが解決したんでしょう。次は、僕と兄ちゃんの間に取り巻くこれを解決してほしい」


 そこで言葉を切り、秋人さんはわたしを見ました。これまでのダルそうな座った眼ではなく、真摯に頼む少年の視線で、秋人さんは訴えます。


「僕と兄ちゃんを、離れさせて欲しい。お願いだよ、みはる」


 それが、『怪異相談役』補助のわたしに来た、怪異の相談なのです。

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