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第三話:その時はいつも突然 その三

 相談の場所はオカルト研究会の部室。ここが一番落ち着ける。

 池口さんを連れて僕がやって来ると、一人でのんびりコーヒーを傾けながらオカルト雑誌を読んでいた東海林が派手に噴きだした。言うまでもなく、池口さんの豹変ぶりに驚愕したのだ。


「何を見てたんだよ。東海林」


 僕が池口さんのことについて責めると、東海林は申し訳なさそうに口を開いた。


「いやさぁ、池口さんにはここに来た次の日にもう大丈夫って話を訊いたんだ。たださ、俺だって一年のクラスの知り合いとかに訊いたんだぜ。そしたら普段通りだってみんな言うから、俺も大丈夫だろうって思ったんだ」

「直接の確認は?」

「……悪い。委員会の方から部活の存続について攻め込まれてたから、誤魔化すのに必死でよぉ……先生たちの方は顧問の矢杉先生に任せたけど、生徒会の方は俺が何とかしないと、なぁ。……だってよ、この時期は生徒会長も代わってさ、こっちは部の存続を誤魔化すのに……」

「全部言い訳だよね。怪異関連は根が深いし、本人にしかわからないこともあるから、アフターケアが大切って、前に教えたよね」

「……悪い」


 偉そうに言ったけど、僕だって本当はこんなこと言える立場じゃない。ほぼ解決したと決めつけて放置したのは、僕なんだ。今日まで池口さんの様子を確認せず、知り合いの怪異たちからの報告に頼ったのも、僕だ。

 これは、僕の失態だ。

 東海林からコーヒーを貰い、池口さんにもそれを渡す。一服入れて、落ち着いてから話してもらうんだ。


「……落ち着いた? チョコ、食べる?」

「…………はい。いただきます」


 部室の机にあったチョコレートを渡す。これで少しは落ち着けるはずだ。


「話しにくいかもだけど、教えてくれるかな。先週のストーカーの怪異は、無くなったんだよね」

「……はい。でも次の日からでした」


 そう言って、池口さんは自分の携帯電話を開き、着信履歴を見せてくれた。そこには、おびただしい数の着信記録が残されている。全て番号は違う。いや、全部文字化けしていて同じものは何一つない。


「毎日、夜になるとかかって来るんです。最初は悪戯かと思ったけど、毎日毎日、止まなくて」


 夜中にかかってくる電話。どこか、ひっかかる。


「その電話。私が出ると自分の居場所を教えて切るんです。次はまた別の場所から、少しずつ近づいてくる。それで、いつも部屋の扉の前まで来て……」

「それって、ひょっとしてあれか? メリーさんの電話!」


 東海林がパチンと指を鳴らしながら口にした瞬間、池口さんは異様に反応した。びくりと背指示を跳ねさせ、開かれた両目にはありありと恐怖が残っている。そして、僕自身の心臓も飛び跳ねた。


「私、最初は無視しようって決めていたんです。電話に出なかったらメリーさんは何もしてこないし、出来ないだろうから」


 その考え方は正しい。怪異は、定められたルールが存在する。特に、都市伝説は恐怖の与え方が明確で、そのやり方を外れることはできない。メリーさんは、電話をかけ、その相手が通話に応じることで接近することが出来る。電話に応じなければ、何もできない。


「そのメリーさんは少し変わってるんです。毎日、夜の七時に電話が始まって、十時を過ぎるとかけてこない。そこだけは律儀に守りますし、真夜中にかけて来る事はありません。多少霊感があるせいなんでしょうか、昔からそういった現象に遭遇することがあるんです。今回も、その類かなって」


 この間の覚によるストーカーは度が過ぎたから相談に動かさせたんだろう。覚は、そこまで嫌われたのだろうか。


「でも、三日前から電話が十二時まで続くようになりました。それで昨日、私出てみたんです。玄関の戸を開けなければ大丈夫って、そう思ったから。そしたら――」


『アシタ、アナタヲコロシマス。めりーサンノフクシュウデスヨ』


 部屋中に轟く悍ましい声音。思わず僕が周囲を見渡すと、どうやらそれが聞こえたのは僕だけのようだった。東海林はじっと話に聞き入り、池口さんはその先を口にできず震えている。

 そして、心の声を代弁して僕に伝えたのは、いつの間にか机の上にしゃがみ、僕を見つめる覚だった。


「アンタがグダグダしてるから、オイラが代弁してやったよ」

 わざわざどうも。

「さぁ、アンタはこれを危惧しながら目を背けてきた。どうするよ、相談役?」

 うっさいな。ここまで来たからには、ちゃんと解決するよ。もう、知ったかぶりは出来ないね。よく見といてもらうよ、覚。

「へいへい。きっちり、オイラの相談を終わらせてくれよな」


 僕はここまでの出来事をすべて頭に叩き込んだ。そして、必要な情報を引き出す。大体の事態はつかめてる。池口さんを襲っているメリーさんはきっと彼女だ。だけど、僕はその理由を知らない。予測は出来ても、確信は持てない。だから、それを池口さんから訊き出さなきゃならない。厄介だよ。怪異相談役は。


「池口さん。君を襲ってるメリーさんは、美春って名前だよね」

「……はい」

「その美春って人形は、先週僕が持って帰ったあの人形、だね」

「…………そうです」

「美春を捨てたのは、君だね」

「………………はい」

「どうして?」

「……………………」


 答えない。答えたくない、か。でもこれだけは答えてもらわないといけないでないと、僕は池口さんを助けてあげられない。メリーさんの本能で暴走する美春を、止めることが出来ない。

 ……質問の矛先を、変えようか。


「東海林。あの人形を拾ったのは、君だったね」

「おう」

「場所は?」

「若木台の新興住宅地。あそこのゴミ捨て場で見っけたんだ」


 若木台は数年前に開発が行われ、新興住宅地となった場所だ。そして、僕が美春と一緒に持ち主を捜しに行った場所でもある。数年前に作られたあの場所には、外からの入居者がたくさんいたはずだ。


「池口さんも、あそこに住んでたよね。今も、ご家族が住んでいるのかな」

「…………はい」

「教えてくれないかな。実家が若木台にあるなら、君が態々駅前のマンションに引っ越す理由はない。御家族も、高校生を一人暮らしさせることには反対だったはずだ。それが、どうして今こっちで暮らしているのか。あの人形を捨てた理由も、重なるんじゃないかな」


 ここまでは、ほとんど確信だった。でも、この先が僕にも分からない。家族内の込み入った事情だから、さすがにそこまで深入りはしていない。この先は、池口さんに自ら話してもらわないといけないんだ。


「………………」


 でも、池口さんは話さなかった。

 きっと、とてもつらいことなんだろう。赤の他人である僕らが訊いて良いことじゃない。でも、それが分からないと、この相談は終わらないんだ。


「話してくれ。でないと、君は一生メリーさんに追われ続けるよ」


 脅迫するようなことはしたくない。だけど、こうでも言わないと池口さんは話してくれないだろう。だから、今日まで誰にもすがらなかったんだから。

 やがて、池口さんはきつく両目を閉ざし、唇を震わせながら語り始めた。


「私、妹がいたんです。私よりずっと小さい――まだ十歳の妹。名前は……」




 妹の名前は、美春です。

 美春は、人形が大好きな子でした。部屋の中は動物のぬいぐるみや、着せ替え人形がたくさんありました。そのうちの一つが特にお気に入りで、足の裏に名前も書いてたんです。みはるって。自分の名前を。

 美春はとても素直な子です。どんなことにも興味を示すし、家の手伝いだって率先してやってくれるんです。昔の私は、ちょっと元気が良すぎると言いますか、近所の男子と遊んでばかりでした。だから、美春といる時だけ、私はお姉さんになれていた気がします。

 大好きでした。美春のことが。大切な妹でした。

 でも、美春が九歳の時。去年の夏休みでした。私の家族が若木台に引っ越すことになったんです。住み慣れた所を離れて、都会の真っただ中から田舎の住宅街の一軒屋に。両親の夢だったし、私も伯幡高校が近くなるから、進学もそれで考えていたんです。

 初めての引っ越しで浮かれてしまったんでしょうか。引っ越しの片づけが終わった日、美春を連れて買い物に出たんです。お母さんに頼まれたこともあったし、引っ越しで不安だった美春に何か買ってあげようっていう想いもありました。それから、行き詰ってた受験勉強の息抜きでもあったんです。

 近くのスーパーに行く途中でした。考え事をしていた私は信号を見間違えて、先に気づいた美春が引き戻してくれたけど、驚いた車がハンドルを切り損ねて……。


 気づいた時には、私は病院でした。そして、となりには白い布を被せられた美春が居たんです。




「信じられなかったんです」


 池口さんは、最後に心の奥を吐き出すように言った。


「私は、美春を殺してしまった。あの子を死なせて、自分だけが生き残ってしまった。自分が許せなかったんです。でも、そうして自分を責めるのも嫌だったんです。だから……」

「人形を、美春さんが一番大切にしていた人形を、捨てたんだね」

「……あの人形を見ているだけで、自分のやったことの大きさと、自分を許せない気持ちだけが止めどなく溢れて来て、嫌なんです。もう、見たくもなかった。美春を、思い出したくなかった……」


 両手で顔を覆う池口さんは、それきり一言も口を開かなかった。

 僕の想像だけど、池口さんが駅前のマンションに住むことを決めたのも、妹の美春さんが原因だろう。美春さんの面影が残る自宅は、居るだけで苦痛だったのだ。

 端的に言ってしまえば、池口さんは逃げたんだ。自分の罪の意識に苛まれて、そこから逃げ出したんだ。

 死んでしまった妹を想って、池口さんは逃げたんだ。

 僕は薄情な人間だと思う。人を傷つけることを簡単に口にできるし、人に感情移入することもない。僕にとって、人間はそこらを右往左往する、有象無象となんら変わらない。所詮、この世を構成する要素の一部に過ぎない。

 逃げた、自分を守るだけだ。自分を守るために自分勝手になって、メリーさんという恨みの怪異を生み出した。元凶は、全部お前だ。

 そうやって責める言葉は、喉でダムに当たったように溢れない。決壊もされない。溜まって溜まって、僕の中で淀んでいく。僕は、これを口にする資格はない。そう、予感がしたんだ。

 僕にも弟がいる。今日も家で引き籠っているだろう秋人だ。秋人は、実は僕よりも霊感が強い。ただ怪異と人間の区別がつかなくて、その所為で学校では避けられていたんだ。それが、秋人が引き籠っている理由。


 考えてみる。秋人が死んでいるとして、僕はどうなるだろう。きっとその現実を受け入れられない。受け入れられる訳がない。分かりきってるさ、そんなことは。

 秋人は僕の大切な弟だ。ちょっと口が悪くて、美春と喧嘩することもある。余計なことを言って相談に来た怪異を不愉快にさせることもある。でも、いつまでも、一緒に居たいと思えるくらい大切な弟だ。例え幽霊になっていたとしても離れたくない、たった一人の家族だ。ブラコンと言われても僕はそれを否定できない。

 僕の家族は、もういない。昔、交通事故に遭って、父さんも母さんも死んだ。その後親戚に引き取られたけど、結局僕は馴染めず、秋人も預けられた先から逃げてきたくらいだ。僕が秋人を今の暮らしに連れて来たのは、僕らにとってそれしかないからだ。

 僕に残っている家族は秋人だけ。そんな家族を亡くしたら、僕は絶対その現実を直視できない。逃げてしまうだろう。

 そう、理解できてしまうから、今の池口さんを否定できない。責める言葉を言うことが出来ない。

 なら、代わりに言える言葉ってなんだろう。僕は、なんでこの相談にここまで首を突っ込んだんだろう。楽しい楽しい怪異からの相談だから? そんなわけない。怪異からの相談は、楽しいだけじゃない。怪異の中でも人間霊からの相談は、今回のように人の生き死にや恨み辛み妬みが混ざった、後味の悪い相談の方がずっと多い。なら。僕は――今回何のためにここまで分け入ったのだろう。


「なぁ、日下部」


 東海林が、コーヒーを飲みながら問いかけてくる。


「俺にはさ、怪異が見えねぇからあれだけど、要するにお前が持ってったみはるの人形が、池口に付きまとうメリーさんでいいんだよな」

「そうだよ」

「で、そのメリーさんは……まさかと思うけど四月から今日までずっとお前と暮らしてる訳?」

「なにがまさかなのかは知らないけど、そうだね」


 僕がそう言うと、池口さんがぱっと目を見開いた。両手を退かし真っ直ぐ僕を射抜く。


「みはるに変なことしてないですよね」

「変なことって……まぁ、怪異のメリーさんとは楽しくやってるよ? 花札やったりご飯食べたり、偶に秋人――僕の弟と喧嘩したり。ああ、一緒に寝たりも――」

「それ、ほんとなんですか……!」


 僕が失言に気づいたのは、池口さんが立ちあがった後だ。


「日下部~、そのメリーさんってさぁ、たぶん小学生くらいの見た目だろ。お前ロリコン……」

「日下部先輩。あなたのことは信用できそうだと思ってますけど、私の妹に手ぇ出したらただじゃすみませんよ」

『なに? せがまれて混浴したこともあるのか。ははーん、そいつぁおもしれえな、え? 相、談、役?』


 漆黒のオーラを纏う池口さん。にやにやと笑う東海林。僕の中の意識を読み取って突っ込んでくる覚。ああ、僕の失言が変な状況を作ってしまった・


『つーか、この女子、なかなかじゃねぇか。相談役の一言で恐怖がどっかへ吹っ飛んじまったぜ』


 覚の言葉も今はどうでもいい。とにかく、現状を鎮めることが第一……あ、そうだ。そこまで大事に思ってるなら、言えることはあるじゃないか。後は、僕がどうそれを伝えるあだけど、飾る必要はないな。はっきり言おう


「池口さん」

「なんですか」

「そこまでみはるさんが大事なら、あなたを恨む怪異となったみはるさんの大切な人形の美春も、もちろん大切ですよね」

「そ、それは……」


 メリーさんの話題に引き戻すと、池口さんの勢いが減じた。この一週間でみはるから与えられた恐怖心は相当なものだったのだろう。やるじゃないか、みはる。


「口ごもる必要はないでしょ。大切なら、捨てたことを謝ってもう一度拾ってあげればいい。幸い、そこの東海林が一回拾ってるから、これでメリーさんの恨みを和らげられるのは実証済み」


 恐怖と葛藤の入り混じる複雑な表情を浮かべる池口さん。僕は、その背を押してやらなきゃいけないんだ。きっとこれで、半年間投げてきたみはるの相談を解決できるのだから。


「メリーさんは今日来るって言ってるんだ。都合がいいじゃないか。これから、メリーさんと直接対決と行こう」


 時刻は、午後十八時。夕日の差し込むオカルト研究会部室は、オウマガトキを迎える。怪異と対峙するには、おあつらえ向きな時刻だ。

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