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第三話:その時はいつも突然 その二

 文化祭が終わって三日が経った。

 相談してきた彼女の名前は池口小冬。春に出会って、それ以降、怪異の話で話題があった伯幡高校一年生だ。僕も何度か話したことはある。まぁ、廊下で出会った時に軽く話す程度だから、交流が深くあったかと言えば疑問が残るけど。夏休み明けからは、まったく顔を合わせてなかったし。

 部活は手芸部に決めたらしいけど、夏休み明けに辞めて、今は次の部を探しているところだとか。別に入らなくてもいいんじゃない? と僕は思うけど。


 東海林曰く、今年の一年生の中でもとびきり可愛いらしい。ただ、少し憂鬱気な表情と雰囲気のせいか、クラスでは浮いているのだとか。東海林の情報網には頭が下がる。……有用か否かは置いといて。


「コーヒー飲める?」

「あ、甘くすれば……」


 東海林はなぜか部室に用意してあるコーヒーメイカーを使い、三人分のコーヒーを淹れる。


「いやーオカルト相談なんて久しぶりだよ。最近はそういう種が見つかんなくてさぁ。夏休み中はあっちこっちの心霊スポットを巡ってたんだ。な、日下部」


 そんなとこに行った覚えはない。といいたいが、これは事実だ。夏休みが始まる直前、突然僕に電話をかけてきた東海林は開口一番に「オカルト旅行行くぞ!」って言ってきたんだ。拒否権はなし。結局、僕は一週間ほど怪異相談を美春に任せて東海林に付き合っていた。

 ついでに、東海林に付き合うために自動二輪の免許も取った。バイト代がほとんど消し飛んだよ。まぁ、いずれは取るつもりだったから別にいいけど。


 東海林は霊感は皆無で、知識だけはあるものの怪異を見ることはできない。そこで、霊感が強い僕を長期休みに誘ってあちこちを巡るのだ。旅費は全額東海林が持つ。意外だけれど、東海林の父は相当な大企業の社長なんだとか。東海林自身もかなりの商才があるらしく、稼ぎの良い短期のバイトを見つけてはせっせとこなし、休みの時期の旅行に使うのだ。他には部活の活動資金とか。


 と、話がそれたね。僕が東海林の言葉に曖昧な調子で頷くと、彼女――池口小冬さんは感心したように頷いた。


「そうなんですか」

「そ、残念ながら俺にはちっとも霊感がなくてさぁ。で、こいつ、日下部がなんとまぁすげぇ霊感持ちで――って、知ってるよな。とにかく、心霊関係の相談なら全部コイツにお任せってこと」


 お任せって……要するに全部僕に丸投げじゃないか。まぁ、今回はそれで助かるんだけど。

 東海林の説明が終わり、池口さんに視線をやると、彼女は言いづらそうに僕を見つめた。僕はあまり目つきがいいとは言えない。人付き合いを避けてるからか、僕自身人付き合いが苦手だからか。とかく、こういった相談を人にされるのはあまり好きではない。怪異なら、話は別なんだけど。

 とにかく、話を訊かないことには始まらない。


「池口さん。わざわざ改まって相談ってことは。たぶん話し辛いようなことだろうけどさ、話してくれるかな」


 池口さんはしばらく視線を逡巡させ、意を決したように僕に向き直った。


「実は、最近変な視線を感じるんです」

「ストーカーか!?」


 そこでなぜ勢いよく反応するんだ東海林。


「いえ、私も最初はそう思いました。でも、違うんです。ここに来たってことで察していただけるかと思うんですけど……」


 池口さんは言葉を溜めた。この先に出て来る言葉は、大体予想できる。


「そういった類だって思ったんだね」


 僕の確信を持った言葉に、彼女は素直に頷いた。


「ちなみに、小冬ちゃん。そいつは、妖怪か霊体か、その辺りの判別はつくのかい?」

「妖怪か、霊体か、ですか?」


 池口さんが質問の意味を察しきれていないのに気付き、東海林が説明を始める。妖怪や幽霊の類をまとめて怪異と呼んでいること。これはほとんどこっちの業界での常識かと思っていたけど、東海林はその辺りまで精通している。かなり調べ上げている証拠だ。東海林がこの知識を見せた時は、僕も舌を巻いたものだ。池口さんのように怪異に接触があるものでさえ、こうした専門知識を持っていることは少ない。


「……分かりません。全部、同じようなモノって考えてましたから」


 池口さんは力なく首を振った。東海林は「どうよ?」といった視線を僕に投げてくる。


「池口さん。その視線を感じるようになったのは、どのくらい前から?」

「十日くらい、前だったかと」

「その視線を感じる時間帯は」

「学校帰りです。市内のマンションを借りてるんですけど、そこに着くまでずっと」

「大体十七時くらい?」

「……はい」

「ちなみに、今は」

「え? その……今も感じます」


 僕は少し考えるようなフリをしつつ、室内の怪異たちを見た。みはるは黙ったままじっと池口さんを見つめ、覚は池口さんの横から「さっさと訊き出せよ」とでも言いたげな様子だ。

 ただ、池口さんの悩みなら、だいたい分かった気がする。今も感じるのなら、対象は二つの怪異に絞られるんだ。そして、ストーカーをする怪異なら、もう決定じゃないか。

 でも、これをどう解決した風に見せるか。なまじ霊感をもつ池口さん相手だから、少しやりづらい。


「分かった。嫌かもしれないけど、今日帰りに付き添っていいかな。東海林が言ってるけど、僕は霊感が強い、もし君について来ているなら、すぐに見つける自信がある」


 池口さんは少し迷ったように目を伏せ、しかし決意を固めて顔を上げた。


「お願いします」


 そうと決まれば話は早い。なぜか自分もついてくるという東海林に苦笑しつつ、帰り支度を整える。床に投げていた鞄を拾い上げ、今日まで部室に置いておいたみはるの人形を鞄に突っ込む。


「あの」

「ん? なに?」

「その人形、日下部先輩のなんですか?」

「うん。なんとなく、物うつつ気な表情が気に入ってさ。無理言って僕が貰ったんだ。やっぱり変だよね」


 高校生にもなって女の子の人形を持っているというのは、もう変態と思われたっておかしくない。でもそう思ってくれた方が近寄る人が減るから僕としては問題はない。そう思い、苦笑したのだけど、池口さんは特に何も言わなかった。

 ただ、「そう……ですか」と、僅かに苦痛めいた表情を浮かべただけだった。




 池口さんを部屋まで送り届け、その過程で怪異は見つけたから僕が処理しておくと言っておいた。何かあったら東海林を通じて僕に言うよう伝える。東海林がどんな怪異が憑いていたのかしきりに訊きたがるのを適当にあしらい、その日は家に帰る。とっととこの馬鹿馬鹿しい相談を片付けたかった。


「あきさめさん。ちょっと出てきますね」


 夜、僕が食器を洗っていると、みはるの声が廊下から聞こえてきた。


「また?」


 時刻は夜の二十時。美春は、文化祭の日から毎日出かけている。美春もここで暮らし始めて半年近くなる。みはるはメリーさんで、怪異だ。身の危険の心配はそこまでしていない。ただ、それでも少し不思議ではあった。


「夜のお散歩は楽しいもんですよ。それに、梅雨乃さんと約束があるので」

「毎日? ちょっと気になるなぁ」

「女の子の秘密に突っ込むのは性格が悪い証拠ですよ」

「僕は、自分の性格がいいとは思ってないよ」

「……ロリコンですよ」

「どこで覚えたんだよ。そんな言葉」


 つい苦笑を洩らす。一緒に暮らし、だいぶ薄れたと思うけど、みはるの毒舌は健在だ。でも、そんな性格だからこそみはるだろうと、安心もするんだ。


「……まぁ、気を付けてね。あんまり遅くならないでよ」

「分かってますって。それでは、行って来るのです」


 そう言って、みはるは夜の世界へと駆けて行く。程なくして、入れ替わる様に覚がやってきた。


「それで、あの女子の悩みは分かったんか? 秋雨」

「あなたです」


 大家さんと杯で景気よく一杯飲んだ覚に、僕はびしりと言いつけてやる。


「あ? オイラが? そりゃどういうこったよ?」

「言葉通りですよ。彼女は、気付かないふりしてあなたのストーカー行為に辟易している。そういうことです」


 池口さんは今日の帰りの道でも視線を感じると言っていた。そして、ついてきた怪異は覚だけ。確定的だ

 彼女の悩みは、彼女を取って喰おうとしている覚が付近をうろついているからだ。霊感を持っている彼女はその御蔭で不安感を煽られ、そして見えない視線に怯える日を送っているのだ。

「ふざけんじゃねぇよ。オイラが怖がられてるって? だったら、オイラに恐れをなすはずだろ? そうならオイラが恐怖の対象で間違いねぇ。そう、オイラが読むんだ。オイラがボケてるわけねぇだろ」


 しかし、覚はそれを元として認めなかった。僕としてはこれで終わりってしたかったけど、覚に嘘は吐けない。だから、覚からの悩み相談は厄介なんだ。


「大変そうだな」

「そう思うんなら手伝ってくれない? みはるみたいに生き甲斐になるかもよ?」

「私はもう死んでいる。それに、早く成仏したいんだ。覚の悩みを訊いている時間は無いよ。それとこれ、トチ餅持ってきたぞ」

「ああ、ありがとう。――って梅雨乃? いたんだ?」


 いないだろうと思っていた声に、僕は思わず上ずった声を出してしまう。梅雨乃は、さっきみはるが会いに行ったんじゃないのだろうか。


「ところで秋雨さん。みはるは?」

「梅雨乃に会いに行くって言ってたけど?」

「私にか? すれちがったか。探してくるよ」


 以前にも山の中の梅雨乃に会いに行って、あえなく遭難したことがあった。すれ違ったとしたら、また遭難してしまうんじゃないだろうか。

 僕も探しに行くか迷ったけど、この時間だ。夜になれている怪異ならともかく、人間の僕では夜の山は危険すぎる。ここは、梅雨乃に任せるほかなかった。


「みはるってのは、あのメリーさんかい? 昨日町中で見たぜ。「すまーとふぉん」つったけか? あれを弄って方々を訊ねて回ってるみてぇだが」


 その言葉に、僕は違和感を覚えた。町中って、梅雨乃に会いに行くなら山の方じゃないのかな。みはる、まさか何か隠してるんだろうか。

 気になることはまだあった。みはるは怪異たちの悩みを訊くようになって以来、メリーさんとしての存在意義である「持ち主への復讐」への執着をほとんど捨てていた。別の楽しみを見つけ、そちらに傾倒しているのだ。それ自体はいいことだろう。僕も、このまま復讐を忘れてしまえばいいかなとさえ思った。


「忘れられる訳ねぇだろ。怪異ってのは、てめぇら人間たちに存在意義を妄想で植えつけられてんだ。オイラたち『覚』はあんたらの意を読む。さっきの『ひきこさん』は雨の日に何かをひきずりまわす。『メリーさん』は捨てた主の下へ帰り復讐だ。『メリーさん』が持ち主への復讐を忘れるってこたぁ、自分の存在を捨てるってことだ」


 僕の思考を読んだのだろう。覚は乱暴な口調で、だけど真剣な表情だった。


「捨てられる訳がねぇ。それよりよぉ、オイラの悩みはどーすんだよ。このままだと、オイラは何をしにここまできたのか分かりゃしねぇだろ。さっさとあの女子を食えるよう、アイツの悩みを解決してくれよぉ」


 僕は怪異相談役で、怪異と人間の軋轢を生まないようにすることが役目だ。人間を食べることは、早々容認できない。それが、昔から怪異と人間の溝を作って来たんだから。


「秋雨。そいつはちょぉっとちげぇぜ」

「違う? 何がです?」

「お前の言い分には、一つ忘れてるもんがある。怪異と人間は、相容れねぇもん同士だ。特に、オイラたち妖怪はな。妖怪の中には、人を食っちまう奴だっている。端っから埋められない溝なんだよ。種の違う生物は、どいつもこいつも溝を作ってんだ。飢えた狼に山羊を食うなって言って、本当に食わねぇか? フィクションなら食わなくとも、現実はそう甘くないぜ。そいつを、頭から逃がしちゃダメだ」


 覚の言葉は、覆しがたい事だった。覚を始めとする古典に出て来る妖怪は、人間の恐れという妄想が形を成した怪異だ。恐れられることといえば、すなわち人間に対する害――己が食されるということは、とびきりの恐怖だ。土蜘蛛や鬼、多くの妖怪が人間を喰うと言い伝えられている。そして、それが妖怪という怪異の存在理由でもあるのだ。

 だからと言って、僕は見知った人を食べさせるのをよしとはできない。それが自然の摂理だからと言って、みすみす見過ごすことはできない。だって、もし覚が彼女を食べたら、その先にあるのはもっと面倒くさいことでしかない。


「とにかく、あなたが彼女に近寄らなければ、彼女の悩みは自然と晴れます。それまでは、彼女に近寄らないよう、頼みますよ」

「へいへい。相談役様がそれで解決するって思うなら、オイラもしばらかぁ乗っかってやりますよっと」


 そう言って、覚は酒を呷った。




 それから一週間が経過する。東海林に訊いてみたけど、池口さんは視線を感じなくなったと言っていたそうだ。やっぱり、彼女を悩ませていたストーカーは覚で間違いなかった。東海林はまだ何か言いたげだったけど、僕は話しを切り上げた。他にも調べたいことがあったからだ。

 これで今回の相談事は終わったように見える。けど、覚の相談は終わったようで終わってない。

 覚の相談は、池口さんが憂鬱で、何かを恐れ続けているという事実を解明することだった。池口さんと――人と関わるのを少なくしたいと思って投げやりに終わらせたけど、根本的な部分はまだ終わってない。

 僕は付近の親しい怪異に頼んで、それとなく池口さんを探ってくれるよう頼んだ。その結果は、特に変化なし。

 それでも、僕は終わらせる気はなかった。どういえばいいのか、僕にもその理由は分からない。覚という怪異の相談だから、じゃなくて、僕自身池口さんのことが気にかかっていた。雰囲気はまるで違うけど、どこかで会った事がある気がするんだ。彼女の……なんというか、雰囲気が似てる気がする。それも、最近になってやけに気がかりになった。


「まさか、僕が他人の教室を見に行くなんてね」


 自分で自分の行動が信じられないとはこのことだ。東海林を通じて訊いていたけど、僕はどうしても池口さんの様子を確かめたくなった。一年生の教室は三階。伯幡高校の教室棟は下から三年生、二年生と上がっていく。一年生の時ほど上がり降りで苦労しろということだろうか。とかく、僕は階段を上がって一年生の教室に向かう。

 しかし、時刻は午後の十六時四十分。担任の先生に資料運びを手伝わされ、時間が遅くなってしまったのだ。流石に、もう誰も残っていないだろうか。


「――どうやって聞こうか。そもそも他クラスの教室に行くだけでも苦痛だってのに……あ」


 つい出てしまった独り言は、ちょうど降りてきた一人の生徒に訊かれてしまったらしい。気恥ずかしさから口を覆う。でも。その必要はなかったみたいだ。


「日下部、先輩?」


 降りて来たのは池口さんだった。訊き覚えのある声に、僕は少しホッとする。表情を取り繕いながら顔を上げ、僕は言葉を失った。

 そこに居たのは、他ならぬに池口さんだ。ただ、その表情は一週間前よりずっと酷い。死人の一歩手前のように暗く、かなり疲れているのはすぐに分かった。目の周りは隈がくっきりと、髪の艶もだいぶ落ちている。


「……どうか、したの?」


 まるで怪異、霊体だ。死を受け入れられず、苦悩しながら場所や物、人に縛られる地縛霊。池口さんの顔は、まさにそれだった。


「日下部先輩……お願い、助けて!」


 人目をはばからず、池口さんは叫んだ。両手を組み合わせ、すがるような目を僕に向けてくる。今まで死人の霊とかからそんな目を向けられたことはあったけど、生きている人間からのそれは、僕には新鮮過ぎた。

 いったいこの一週間で何があったのか。ストーカーの覚がまた何かしたのか。そんな予感が僕の脳裏を過った。


「私、このままじゃ、殺されちゃう。あの子に――」


 でも、そんな予感は、池口さんの叫びで掻き消えた。そして、僕がこの問題に深く踏み込む決意を固めさせることになる。




「美春に!!!!」


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