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第二話:梅雨の日、初めての相談 その五

「なぁみはる。私のいいとこってなんだろうか?」

「可愛いとこじゃないですか?」

「可愛い? こんなミミズ腫れが目立つこの顔で? そんなわけないだろう」

「そんなこと言ってたら、いつまで経っても成仏できませんよ」


 真昼間の縁側で、梅雨乃さんはごろごろのたうちまわりながらわたしに問いかけます。もちろん、それに対する答えをわたしが持っていることはありません。


「こっくりさん聞いてるか?」

「君ら、こっくりさんの使い方間違うとるよ。直に訊くんやのうて、紙面で尋ねるんや」

「もういいだろう? こうして出て来てるんだから」

「怪異にはルールがあるんや。決まり守らんと理不尽やて、さとるクンに言われたんやろ」


 そうは言ってますが、こっくりさんは最近よく出てきます。呼んでもいないのですが、なんなんでしょうか、この怪異。

 ろくな答えを得られなくて面倒になったのか、梅雨乃さんは雲の無い空を仰ぎながら呟きました。


「自分を好きになるって、難しいな」




 梅雨乃さんのご両親が成仏した後、残された梅雨乃さんは困惑の極みでした。それはその場にいたわたしも同様で、途中から姿を消していたこっくりさんも戻ってきたくらいです。

 そんな中、一人変わらないのは秋雨さんです。

『君が成仏できないのは、まだ未練を残しているからさ』

 秋雨さんは、さばさばとそう言いました。未練、ご両親に謝ること以外、何があるのでしょうか。でも、秋雨さんは全部見抜いていました。ご両親に、詳しい話を訊いていたからでしょうか。

『君が『ひきこさん』になったのは、自分を追い詰めたいじめっ子への恨みじゃない。そうなるように自分を誘導した、自分自身じゃないかな』

 秋雨さんの言葉を借りると、こういうことです。

 梅雨乃さんは、ご両親を死なせる原因だと考えていた「何も伝えなかったこと」を悔やんでいました。そして、それは元を辿ると、誰にも伝えないという選択を下した自分自身への嫌悪感なのです。

 梅雨乃さんは賢い小学生でした。自分の事もよく分かって、周りの感情も大体攫めて。そんな梅雨乃さんは、周りと違う自分が、いじめの原因である自分の容姿が嫌いなのです。

 白髪で、肌の色も薄い。目はほんのり赤い。そんな、化け物みたいな自分が嫌いだったのです。それが、いじめの原因であり、誰にも話さないのも、自分を卑下して軽視していたから。

 だから、自分自身を嫌ったことが間違いだったと気付いています。そして、自分を好きになっていれば、自分を守るために周りの人たちに助けを求めたはずなのです。ご両親に、自分がいじめられている事実を告げ、助けを求めたはずです。閉じこもるより前に、助けを求めたのです。

 助けてというメッセージを早く出していれば、ご両親が気づくのが遅くなることもなかった。手遅れになることもなかった。

『だから、君が成仏するには、君が自分自身を好きになる必要があるんだ。今の自分を。怪異『ひきこさん』としての自分を』




 自分を好きになるって、そんなに難しいでしょうか。わたしはそうは思いませんよ。実際、わたしはわたしが大好きです。だって、超可憐な美少女人形メリーさんの美春なのですから。

 でも、そうですね。わたしが気にかかると言ったら、わたし自身です。結局、わたしはこれからどうすればよいでしょう。復讐を果たしたら、わたしは現世から離れてしまうのでしょう。ちょっともったいない気もしますね。せっかく現世に慣れて来たのに、


「できたよー。今日は梅雨乃が持ってきてくれた猪肉のカレー」


 時刻は夕方。ちょっと早いけど、今日は夕食なのです。梅雨乃さんが山で引き摺り回した後に解体してくれた猪のお肉。それを秋雨さんが料理してくれました。

 猪肉カレーは、獣独特の風味が強いです。猪の脂はコリコリとした豚や牛の脂とはまた違った触感で、でも美味しいですね。


「あの、秋雨さん。食べながらこんな話するのもなんだけど」

「なに?」

「怪異って、消えてしまうことがあるんだよな。こっくりさんに訊いたんだが、要領を得なくてな」


 怪異はこの世界にたくさんあり、梅雨乃さんのように浮遊霊が変異して怪異になることもあるそうです。だけど、増えるだけで消えることはない。それが、最近わたしたちが思った疑問でした。


「うーん。まぁ昔だったら陰陽師、今なら……霊媒師かな。そういう人たちの祈祷で強制的に消滅させられるものもあるけど、自然消滅もあるね」

「自然に消えるのか?」

「うん。怪異ってさ、人の妄想が形を持ってるんだ。昔の人は常識で考えられない不思議な出来事を妖怪に例えて形にした。現代にも、怪談話がそのまま妄想膨らんで怪異になったってことはあるよ。『メリーさん』も『ひきこさん』もそれさ。だから、怪異は人が()()()()()()()()()()()()()()()んだ。誰からも忘れられた怪異は、人知れず消えていく」

「じゃあ、私たちもいずれは消えてしまうってこと?」


 梅雨乃さんの疑問は尤もです。ですが、どうなのでしょう。『ひきこさん』は映画にもなったらしいですし、『メリーさん』はかなり有名な怪異です。そうそう、消えることはないでしょう。

 秋雨さんは肯定するように頷きます


「うん。大元の『メリーさん』や『ひきこさん』は消えないけど。君たちはそれから派生して生まれたようなものだからね。コンピューターの親機が壊れたら子機も意味が無くなるけど、子機が壊れても親機はなんともない。つまりはそういうこと。君たちを知っている者に忘れ去られたら、君たちは消えてしまう。後は、君たち自身が()()した時だね」

「満足……?」

「君たちは怪異の『メリーさん』と『ひきこさん』だけど、本物じゃない。大元の存在は一つで、君たちはそれを受信して生まれたに過ぎないんだ。だから、目的達成が同時に消える時にもなる。僕も、それに立ち会ったことはないんだけどね」


 ……えっと、親機とか子機とかよく分からないのですが、それを言ったら隣でニヤニヤしてるこっくりさんから何言われるか分かったもんじゃありません。質問した梅雨乃さんがは理解できたようですし、わたしは黙っておきましょう。


「忘れられたり、満足しても消えない方法はないのか?」

「あるよ。怪異は存在を妄想に頼る不安定な存在だからね。霊感の強い人に取り憑けばいいんだ」

「取り憑くのか?」

「『取り憑く』って言うとマイナスイメージがあるけど、そうじゃない。むしろ、霊感の強い人、慣れている人にとってはメリットさ。霊感が強いのは、怪異に耐性があるということ。そういう人に怪異が取り憑けば、取り憑かれた人は自分の霊感を強めることが出来る。集中しなくても常時怪異を見れたり、怪異に直接触れられたり。怪異側も消滅の危険性を無くせる。ウィンウィンの関係だね。デメリットとしては、一つの生物に取り憑ける怪異は一つだけ。パートナーを組むってイメージかな。あと、実際に取り憑かせるのはけっこう大変だ。怪異と人間。両方の合意の上で、協力関係を結ぶんだからね。慣れてないと、怪異の持つ負のエネルギーに当てられて、体調とか運気とかが不調になる。そのまま死んでしまこともある。世間でいう『憑り殺される』ってのは、そういうこと」


 訊く限りでは怪異側のメリットが少なく感じます。ですが、忘れられて消えてしまうってことがないのは、かなり大きいのでしょう。霊体は死んだら成仏して来世がありますが、怪異にそれがあるかどうかは不明です。だから、突然の死を防げるという点はやはり大きいのでしょう。

 そう言えば、


「秋雨さんは、誰か取り憑いてるのですか? 何時でもわたしたちが見えますし、触れますよね」

「いいや、僕は特別霊感が強いみたいなんだ。怪異を取り憑かせた覚えはないよ。それに、その所為か知らないけど、僕は取り憑かせることが出来ないんだ。前に相談で来た怪異を取り憑かせようとしたけど、ダメだったから」


 やっぱり秋雨さんは変わり者ということなのでしょう。

 さて、悩みが解決したところで食事の再開です。カレーはもともと日本の食べ物ではないのですが、日本人の口に合うよう大幅な改良があったとか。そのカレーは、日本で生まれた私たちのような怪異の口にもよくあいます。これならおかわり七回は余裕です。

 っと、電話ですか? わたしの携帯電話に? いったい誰でしょう。


『やぁみはる』

「え? えっと、どなたでしょう?」


 聞き覚えの無い声です。でも、どこかで聞いた声。立ち上がって私が頭を捻っていると、いつの間にかみんなの視線が私の背後に向かっています。あれ、そういえば……。


「みはる、さとるくん、来てるぞ。振り向いちゃダメだ」

「梅雨乃さん本当ですか! あ、でも振り向いたら……」


 さとるくんが後ろに居る時に質問が出来る。ただし、振り向いてしまうと連れ去られてしまう。さとるくんという怪異です。


『さてみはる。君からの質問は?』


 電話口と背後、その両方からさとるくんの声が響きます。そういえば、さとるくんのことをすっかり忘れていました。質問は……成仏の仕方はもう聞いちゃいました。ふざけた質問でも連れ去られるとのことなので……ああもう! こういう時に質問が出て来ません!


「みはる。早く言わないとさとるくんに連れて行かれるよ」

「心配せんでええよ。カレーは僕が平らげとくから」


 あきさめさんに急かされ、余計なことを言うこっくりさんには蹴りを入れて、でも質問が浮かびません。一体何をどうすれば……


『あと十秒。きゅーう……はーち……』

「焦らせないでください!」


 えっと、ええっとわたしが聞きたい事……私の、やりたい事? なんでそうなるんですか。

 いえ、でも、そういうと脳裏を過るものがあります。梅雨乃さんのご両親が成仏する直前。梅雨乃さんと、ご両親から言われた言葉。とても暖かかった言葉。

『ありがとう』

 それをもう一度聞けるなら。それが、わたしの復讐以外の現世でできることなら……


『ごーお……にーい……いーち……』


 ちょ、秒読みカットしないでください! ええい、それならもうヤケです!

 わたしは我慢できなくなって振り返ります。梅雨乃さんが息を飲み、秋雨さんがいつもの表情でわたしを眺めます。襖の隙間から覗くあきとさんの姿も見えました。

 振り返った先に居るのは、中学生くらいの身長で、派手なアロハシャツを着て、紫いもタルトと書かれた箱を小脇に抱える男の子。これが、さとるくん……。


「さとるくん! わたしは、これからも怪異のみなさんの相談を訊き続けられるでしょうか!」


 これ、もう質問ではなく、相談です。わたしが相談しちゃってます。

 振り返ったし、質問でなく相談です。ああ、わたしはどこかへ連れ去られるのでしょうか……。




 なにも、起こらない……?

 恐る恐る目を開くと、さとるくんはそこに立っていました。


「できるでしょ。君なら」


 さとるくんは、にっこりと笑ってました。




「秋雨の助手、頑張ってね」

 そう言うと、さとるくんは霞のように消えてしまいました。足元には、紫いもタルトの箱落ちています。




 わたしの、『怪異相談役』日下部秋雨さんの元での生活は、少し転機を迎えたようです。

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