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第二話:梅雨の日、初めての相談 その三

 ひきこさんの成仏をお手伝いすると決めたわたしは、家の玄関に置いてある公衆電話の前に向かいます。


「みはる、電話で何をするんだ?」

「わたしはまだ新米怪異です。無知なんです。成仏させる方法もよく分からないのです。だから、訊いてみるのが一番なんですよ」


 なぜ家の中に公衆電話があるかといえば、大家さんが持ち込んだそうなのです。曰く「都市伝説の怪異は公衆電話で呼び出せる者もいる。だが、最近はその公衆電話を目っきり見なくなった。だからここに置いて、彼らを呼び出せるようにしたんだ」だそうです。怪異の所在が分からなくなるのを防ぐためでしょうか。


 小銭を入れ、後はわたしの携帯電話に電話をかけるだけです。


「……あれ?」

「みはる、さっきのは一円玉だ。十円玉じゃないと動かない。ほら」


 そう言ってひきこさんはわたしに十円玉をくれました。


「あの、山に居たんですよね。これ、どこから?」

「山の中にあった地蔵の前に落ちてた。それを貰って来たんだ」


 無表情のままに言いますが、それってお地蔵さんから泥棒したのでは? 以前、わたしもお腹が減ってお金を失敬したのですが、お地蔵さんにこっぴどく叱られました。


「大丈夫。猪肉を奉納して代わりに貰ったから」


 それでいいんでしょうか……? お地蔵さん、お肉食べれるのですか?

 ともかく、わたしの手の中には十円玉が。縁の部分がギザギザしてますが、まぁいいでしょう。チャリンという音がして、受話器からは「プー」っと音が鳴り続けます。わたしの携帯電話にかけるのは不思議な感じですが、偶にはこういうのもアリですよね。数秒後、つながったようです。


「えっと……さとるくんさとるくん、おいでください」


 わたしはおまじないを唱え、電話機を戻します。


「なぁみはる、さっきのは?」

「秋雨さんに教えてもらった、なんでも知ってる物知りさんへの連絡方法です。『さとるくん』っていう怪異なんですが……知らないですか?」

「ああ、私と同じ都市伝説だな。確か――」




   さとるくん


 さとるくんは電話で呼び出すことが出来、さとるくんに質問すればなんでもこたえてくれる。

 方法は簡単。公衆電話に十円玉を入れ、自分の携帯電話にかける。繋がったら公衆電話の受話器から「さとるくんさとるくん、おいでください」と唱える。すると、二十四時間以内にさとるくんから今居る位置を知らせる電話がかかってくる。

 さとるくんは電話を繰り返しながら少しずつ近づき、最後には自分の後ろに来る。この時に質問をすると、さとるくんはどんなことにも答えてくれる。

 ただし、後ろを振り返ったり質問をしなかったら、さとるくんに異次元に連れ去られる。




「だったか?」

「そうです……あれ? 考えて見れば、メリーさんに近いですね。パクリですが? ひょっとしてパクられたんですか私!」


 電話をかけながら近づくのはメリーさんの十八番。さとるくんはそれを勝手に使い、しかもメリットしかないような怪異じゃないですか! メリーさんの印象がますます悪くなりますよ!


「かかってきてるぞ」

「え? あ! ホントです!」


 わたしの携帯電話がじれったそうに何度も何度も振動します。画面の上で指をスライドさせ、耳に押し当てます。


『遅いよ、どれだけ待たせるのさ』

「えっと……すみません」


 彼がさとるくんでしょうか。電話口に聞こえる声は、わたしと同年代くらいの男の子です。ところで、電話口から聞こえてくる陽気な音楽はなんでしょうか。口笛みたいですが。


『僕さぁ、今沖縄にいるんだ』

「沖縄?」

『うん。美ら海水族館行ってたの。いや、ジンベイザメって大きいよね。あ、行く時のお土産に紫いものタルト貰ったんだ、楽しみにしててよ。そうそう、さっきキジムナー達と合流してね。発泡酒貰ってどんちゃん騒ぎだよ、真昼間から』


 秋雨さん曰く、さとるくんは大の旅行好きらしく、連絡がないときは世界中を旅行して周っているのです。手っ取り早く呼び出せる怪異ですが、時間がかかるのが偶に傷だそうで。でも、質問に答える怪異としての仕事人っぷりは見上げるほどだとか。


『それでさ、僕は明日も沖縄滞在で、明後日からは台湾旅行の予定なんだ。一週間後にそっちに行くよ』

「え?」

『もう飛行機に忍び込む手筈整えたし。キジムナーに協力してもらってファーストクラスなんだ。すごいよね。ってわけで、特別だよ。わざわざいつ行くか教えてあげるんだから』

「あの、それじゃ今聞いて……」

『あーダメダメ。ちゃんと僕に背中で話してよ。ルールだから』

「ルール?」

『そ、僕が君の背後に行くから、そこで君は質問するんだ。怪異が定められたルール破ったら理不尽でしょ』

「えと、その……」

『じゃ、質問は一週間後にね』


 ぷつんと切れる携帯電話。見上げると、ひきこさんが無表情ながら同情めいた視線で見つめ返してくれます。


「な……」


 携帯電話をポケットにしまい、私は公衆電話を掴みます。


「なにが台湾旅行ですかぁ! こっちは今聞きたいんですよ! 仕事人としてのプライドはどこやったんですかぁ! 怠けてんじゃないですよお!!!!」

「みはる、仕事人じゃなくて怪異、都市伝説だよ」




 精神を落ち着かせるのに、十分ほど浪費しました。


「先ほどは、失礼しました」


 居間に戻った私は、とりあえず宥めてくれたひきこさんにお礼を言います。


「いいよ、見ていて面白かった」

「そうですか?」

「うん、私は、さっきみたいに怒り狂う知り合いを落ち着かせるなんてこと、したことない。みんな、私を不気味がるんだ。誰も、近寄ってくれない。誰とも接することが出来ない」


 心情を吐露するひきこさんは、とても悲しそうで、でも、少し笑顔が混じってました。変な顔です。悲しくて嬉しくて、真逆じゃないですか。

 嬉しさの方が、強いのですかね。Mっていうやつなのでしょうか。


「それでこれは……」

「第二の情報提供です」


 居間のちゃぶ台の上には五十音と数字と「はい」「いいえ」の文字、そして鳥居が書かれた紙が置いてあります。


「こっくりさんだね」

「はい、秋雨さんに教えてもらったもう一人の知恵袋です」




   こっくりさん


 用意する物は五十音と「はい」「いいえ」、そして鳥居が書かれた紙。それから十円玉。

 鳥居の絵の上に十円玉を置き、その上に参加者の人差し指を乗せる。そして、力を抜いて「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」と呼びかける。すると、硬貨が勝手に動き、紙に書かれた文字の上を動いて質問に答えてくれるという。

 注意点はこっくりさんが降りてきたら硬貨から指を離さないこと。終わるときに「こっくりさん、ありがとうございました。お離れ下さい」と言わなければならない。これらを誤るとこっくりさんが怒り、恐ろしいことが起こるのだ。




「けっこうメジャーな怪異だよね。一昔前に相当流行ったらしいから。私もやらされたんだ、いじめっこに」


 無表情ながら笑顔っぽい表情を作るひきこさん。これは、辛い時の表情なのでしょうか。読めません。さっぱりです。


「そうなんですかぁ。とにかくやってみましょうよ。恐ろしい事って言っても、わたしたちは怪異です。人間の二の轍は踏みませんし、憑り殺されることもありません。気楽にやりましょう」


 ひきこさんを促し、わたしとひきこさんは人差し指を硬貨の上に乗せます。軽く力を抜いて、せーの、


「「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」」


 一瞬、部屋の空気が冷えたような気がしました。外は相変わらずの雨。部屋の空気はすでに冬のように冷え切っていますが、さらに冷えてしまった気がします。

 すると、


「あ、動きました!」

「来たんだ」


 わたしたちの指を乗せた硬貨は、すーっと動いて「はい」の文字の上でピタリと制止しました。


「あ、質問質問えーっと……こっくりさん、こっくりさん、成仏ってなんですか?」


 勢いに乗って尋ねると、硬貨はまた動き始めました。


「げ、ん、せ、へ、の、み、れ、ん、を、た、つ、こ、と、現世への未練、ですか」

「うん、私の未練か。やっぱり、いじめっ子への復讐なのかな……」


 難しそうに眉をひそめるひきこさん。やっぱり、ひきこさん自身も分かっていないみたいです。あれ、また動き出しますね。


『そ、ん、な、こ、と、も、わ、か、ら、へ、ん、の、う、つ、わ、こ、れ、は、お、わ、ら、い、ぐ、さ、や、わ、ぷ、く、す、く、す』




「…………」

「…………」

「……みはる?」

「……ふふふ、うふふふふふ」


 わたしは新米怪異です。無知で無垢な、生まれて数ヶ月の怪異です。知らないことが多いのは、仕方ないのです。


「ふふふふふ…………次の質問に行きましょうか」

「……そうだな。でも、何を聞くんだ」


 ひきこさんを成仏させるための未練探しはわたしたちでやるしかないでしょう。これを聞くのはお門違いです。たぶん、ひきこさんにしか分からないことですから。


「うーん……でも、せっかく呼びだせたのに、このまま帰すのはもったいないですよね。もっと普段の疑問とか訊いてみましょうよ」

「たとえば?」

「えっと……」


 成仏に着いて聞けたので、わたしが良く知らない怪異のことを訊いてみましょう。


「こっくりさん、こっくりさん、怪異ってどうして発生するのでしょう?」


 秋雨さんが言うには、怪異とは似て非なる存在、神様というものが存在するそうです。神様は世間で言われている通りこの世界を作りだした存在、とされています。では、それに似た存在である怪異は?

 あ、さっそく硬貨が動きました。


「ひ、と、の、も、う、そ、う、が、ほ、と、ん、ど、の、か、い、い、を、う、み、だ、し、た……人の妄想、ですか?」

「妄想か、これは私もよく分からない」


 ちょっと質問が難しいですね。こっくりさんに訊くより、秋雨さんに詳しく聞いた方が早いみたいです。あれ、また動く?


『て、か、き、み、た、ち、も、か、い、い、な、の、に、し、ら、ん、の、む、ち、に、も、ほ、ど、が、あ、る、や、ろ、あ、た、ま、と、は、ら、い、た、い、わ、あ』


「…………」

「…………」


 ……わたしは新米怪異です。無知で無垢な、生まれて数ヶ月の怪異です。知らないことが多いのは、仕方ないのです。

 それにしてもこっくりさん。口が悪いですね。ですが、ここで文句を言って怒らせたら大変です。我慢我慢なのです。


「みはる、もうやめるか?」

「……いえ、一つ、どうしても聞かないといけないことがあるんです」


 人差し指を硬貨の上に乗せたまま、視線を台所の方に送ります。あの長方形の箱。わたしの朝の宿敵。名前は、たしか、


「おーぶんとーすたーの使い方を教えてください」

「もう私の成仏関係ないね」


 ひきこさんの言葉は今だけは無視します。これだけは、訊かねばなりません。さて、硬貨が動きます。答えは……、


『ち、よ、…………、ふ、つ、き、ん、こ、わ、れ、る、…………、ほ、ん、ま、も、ん、の、ば、か、や、な、い、か、…………、む、ち、や、の、う、て、む、の、う、や、ん』


「…………」

「これには同意だ」


 …………わたしは新米怪異です。無知で無垢な、生まれて数ヶ月の怪異です。知らないことが多いのは、仕方ないのです。

 でも、これは怒ってもいいですよね?


「みはる? やめた方が――あ、ダメだこれ」


 ひきこさんの制止を振り切ってわたしは硬貨から指を離します。お話通りなら、これに怒ったこっくりさんがわたしに恐ろしいことをしにやってくる。ですが、メリーさんを舐めないでいただきたいですね!

 ばっと立ち上がり、携帯電話を取り出し指でタップ。すると、携帯電話の画面に文字化けした番号が浮かび上がり、発信を送ります……繋がりました! 近づく前段階は全部カット。どうせ、ターゲットは目の前です!


「わたしメリーさん。イマ、アナタノウシロ二イルノ!」


 メリーさんの電話に出ることは、メリーさんに自分の現在地を教えること。そして、やはりターゲットは目の前!

 左手にポシェットから取り出したカッターナイフを握り、眼前に突き出します!


「――いったぁぁあああああああああああっ!!!!」


 絶叫を上げながら姿を現した怪異――いえ、こっくりさんはキツネの顔と手足を持ち、人の姿で着物を着ていました。ふっふっふ、不用意にメリーさんの電話に出たのは失策ですよこっくりさん。メリーさんの最後の電話に出ることは、背後を取られることを許した証です。


「わたしは新米の怪異です! 無知で無垢な生まれて数ヶ月の怪異です! それを馬鹿にする腐った根性の怪異は、成っ敗!」

「ちょ! 危ない! カッターは危ないて! ああそこのひきこクン! 助けてくれん? このメリークン怖い!」


 エセ関西弁キツネが! わたしを馬鹿にしたことを後悔すると良いのです!


「あ、ちょっ、ダメ! メリークンのカッターは僕みたいな怪異にも作用するねんて、やめいや! 僕これでも年季の入った怪異なんやで! 君よりずっと世の中知っとるんやで、年よりは労わりぃ!」

「知ったこっちゃないですよ! 私をとことんまで馬鹿にしてくれた罪、ここで清算していただきます!」

「なんで成仏を知らんで清算を知っとるんやこの子!? なぁ誰か助けてー! 秋雨クーン! 秋人クーン! 大家はおらへんのー!!!?」


 バタバタと居間を走って逃げるこっくりさん。逃がしませんよ、この恨みを晴らすまで帰す訳にはいきません! 「お離れ下さい」なんて、絶対言うもんですか!


「こっくりさん、こっくりさん。私の未練はなんなのでしょうか」

「ちょ! ひきこクン、マイペース過ぎやろ! この状況で普通訊く? 僕今消滅かかっとるんやで!?」

「こっくりさん、こっくりさん。私の未練はなんなのでしょうか」

「話聞いてへんよこの子ー! 君の未練なんて、自分の胸に訊いてみたらええやんか!」

「胸………………怪異になっってから身体は少しずつ成長してるのに……ない」

「そうやないー! 君の生前とか! 怪異になる直前とか! その辺り思い出しゆーとるんや!」


 女の子に胸の話はタブー。学びました。そしてそれを言ったこのクソこっくりにはやはり天罰が必要です。わたしの復讐の予行演習として、ひきこさんへの侮辱も含め、成敗です!


「覚悟決めてくださいこっくりさん! 年貢の納め時ですよ!」

「もーやだ! 謝るから帰らせてー!!!!」




 一時間後、こっくりさんはひーひー言いながら消えていきました。


「はぁはぁ……くそ、逃げやがったクソこっくりが……!」

「みはる、それは君の素なんだね?」


 ひきこさんが口元を押えながら笑っています。


「え? ――……そそ、そんなことないですよ。わたしは、純真無垢なメリーさんです」

「嘘っぽい。でも、面白いな。みはるは」

「むー」


 いつの間にか、表情の無いひきこさんはいませんでした。くすくすと笑う白髪の美少女が――わたしの方が可愛いですが!――そこにいるだけです。


「ねぇ、みはる」

「はい?」


 ひきこさんは、まだ笑いの余韻を引き摺り、それを押えるのに必死そうでした。そんなにおかしかったでしょうか。

 それが収まると、ひきこさんは徐に口を開きます。


「さっきこっくりさんに言われた私の未練だけど、訊いてほしいんだ」


 ひきこさんが語る未練。それは、きっと成仏の鍵になるはずです。だから、わたしもじっとひきこさんを見つめて話を訊くことにしました。


「たぶんだけどな、私の未練は――」



「私の未練は、両親に相談できなかったことなのかな」


真田丸見てたら投稿忘れてました。

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