~第三十五話~元勇者、逃げる~
さて……今の状況を一言で表すと。勇者君に見つかったと言う事。
じゃあ、どうする?って感じなのだけど、ここはやはり……この勇者君の事を知らないふりをして、何とかやりすごしてみるかな?
そう思った私は、突撃してくる勇者君の姿をただ黙って見つめる事にした。
「やっと見つけた……ずっと探していたんだ……」
勇者君がそんな事を言っていたけど、何でこの勇者君はず~っと探していたんだろう? そう思っていると
「あれ……もしかして貴方は……勇者殿ですか?」
ユリスがそう質問していた。まあ、建国祭でのスピーチを見ていたら、気がつくと言う物なのだろう。
「まあ……そう言われているが……」
「そうですか! あの……その勇者様が、このバイトール協会に一体何の用なんです?」
「何の用って……俺はこの国でずっと探している人がいたんだ。で……やっと見つけた……確か……ナナと呼ばれているそうだよな?」
ここはどう答えようか? あえて偽名を名乗るか? いや、私の隣には娘のリアネがいるしなあ……
ここで偽名を名乗ったら、リアネが変な風に思ってしまうのかも知れなかったので、とりあえず私は
「まあ……そう呼ばれていますが」
そう言うと、勇者君が私の手を握って来て
「ずっと探していたんだ……あの時言った事は覚えているか?」
あの時……それって、あれか? セレンディア王国の王様の前で、大々的に告白した事なのだろうか?
とりあえず……いい加減手を離して欲しい。なんか凄い嫌悪感を感じるし。
「あの……あの時言った事って何です? それと……手を離して下さい」
私がそう言うと、勇者君が
「覚えてないのか……? 俺は貴方に言ったんだ、俺の妻にすると言う事を」
……やっぱりそう言う事みたいだった。勿論私は、この勇者君と結婚する気は無い。ここはどう断ろうか?
私がそう悩んでいると
「お母さん? この人、何でお母さんに結婚って言っているの?」
リアネがそう言った瞬間、勇者君が物凄い驚いていた。
「お、お母さんだと……? そこの娘、もしかして……ナナがお母さんだとい、言うのか?」
「そうだよ? だよね? お母さん」
「ええ、そうよ?」
私がそう言うと、勇者君がぶつぶつ呟いていた。
「何だと……ナナに娘? と言う事は……誰かがナナを傷物にしたって事か? 一体誰だ? その野郎……見つけたら、倒す……ナナは俺の物だ……」
なんか勇者君の性格がやばくなっている風に見えるんだけど? はっきり言って、ヤンデレストーカー状態になりつつあるんじゃなかろうか? 私は、ここは勇者君から逃げた方が良いと思ったので、勇者君が考えている隙を付いて、娘のリアネを抱き抱えて、バイトール協会から、逃げ去る事にした。
バイトール協会の外に出た後、フードを被って、目立つ銀髪の姿を隠す。
どうやら……勇者君は追っては来ないみたいなので、今のうちに自宅へと逃げ帰る事にした。
何とか勇者君に見つかる事は無く、無事に自宅に辿り着く。
自宅の中に入り、抱き抱えていたリアネを下ろす事にした。
「お母さん、さっきの人って……勇者って呼ばれているんだよね?」
「……ええ、一応そうみたいね?」
「えっと……その勇者が何なのかよく分からないんだけど……あの勇者って一体何なの? お母さん」
そう言えば、勇者の事を娘のリアネに詳しく教えていなかったな……まあ、あの勇者君の事を少しは知っておいた方がいいのかも知れないと思ったので
「じゃあ……詳しく教えるわね……あの勇者と言うのはね? 世界を壊そうとした魔王を倒した者なのよ、その魔王を倒した事から、あの男は勇者って、呼ばれていると言う事になるって事よ」
「へえ~そうなんだ、じゃあ凄い人なんだね? あれ……? でも何でその凄い人が、お母さんと結婚したいって言って来てるの?」
「それは……」
うーん……ここで詳しく事情を話した方が良いのだろうか? 詳しく話す事になると、まず男だった。魔王に女にされた。魔王に性的な意味で何回も食べられた。魔王が新しくやって来た勇者に倒された。その勇者に一目惚れされてしまった……と言う事になる。うん。詳しくは言えないな……これは……
「まあ……私の姿を見て、一目惚れしたと言う事じゃないのかしらね……」
「そうなんだ……」
「ところで……リアネは、あの勇者君を見て、どう思ったの? もし……私があの勇者君と結婚するとしたら、リアネは喜ぶかしら?」
私がそう聞くと、リアネがう~んと考えてから
「よ~く考えたけど……あの人がお父さんとか、嫌だよ……私はお母さんとクロがいれば十分だもん……」
「そう……解ったわ。私もあの勇者君の事は嫌いだからね? 結婚する事は無いと思うから、安心していいわよ」
「うん」
まあ……事情は説明したし、とりあえずこんなものだと思う。
それにしてもこれからの事をどうするか……だけどあの勇者君がまだ、このバイトール王国に滞在するのだろうか? それだと、行動範囲が凄く狭まる気がする。
この国に住んではいたけど、勇者君から逃れる為に、この国から出て、遠くに行くと言う手もありなのかも知れないな……とりあえず、暫くは様子を見る事にして、活動して行こうと思う。
そう決めた私なのであった。