四、騎士団の現状
「正気?」
物凄く真剣に聞き返された。そんなに私の発言は信用性がなのでしょうか、悲しい。
「正気です」
「君は『悪夢の夜』を知ってるの?」
誰よりも詳しい自信があるけれど、私は一度頷くだけに止めた。
「そう……」
カノエさんはどう言いくるめて無謀な入団希望者を諭すか考えていると思われる。
私だってここに来ないという選択も考えてはみた。たとえば騎士にならず、ひっそり王都に身をひそめながら運命の日を待つとか。けれどここが一番カノエさんの行動を把握しやすいという結論に至った。騎士団についても見過ごすことはできない。
「王宮の警護はヴィスティア騎士団の管轄。それなのにあの事件、王妃様もさぞお怒りだ。ただ一言、役立たずとおっしゃった。噂は瞬く間に広がり、それ以降は誰もが役立たずと称しているよ」
私のせいでこうなっているのに騎士団を放ってはおけないでしょう?
これまた知っていますと答えれば、知っていてなぜ来たのかと責められているようだった。
「そう……。なら、追い打ちをかけたエルゼ・クローディアの逃亡も?」
「はい」
たとえ冤罪だとしても、薄情だと非難されようと真実を告げる時ではない。言いたいことはたくさんあるけれど、私はすべて飲み込んだ。
「騎士団創設以来の天才と謳われたエデリウスの守護神。当時の王宮警備責任者であり、失態を犯した張本人だ。姫を守れず、霊廟すら満足に守れない。挙句保身のために逃亡なんて王家に対する反逆もいいところ。伝説の騎士もすっかり罪人だ」
これが王都で語られている私の恩人エルゼ・クローディアの現実。
保身のために逃亡? 王家への反逆? 違う、違うの。私が人生を狂わせてしまっただけ。
本当に耐え難いのは汚名を着せられているエルゼさん。どんなに悔しくても、私がすべきことは感情に任せ叫ぶことじゃない。残った冷静な感情がそう訴えている。
早く誤解を解きたい。でもごめんなさい。まだその時ではないんです。
この場にエルゼさんがいたら、きっと「お前が気にすることは何もない」と微笑んで頭を撫でてくれるだろうな――、想像して自分勝手な妄想に苦笑した。エルゼさんは本当に優しい人だった……修行以外では。
「君、聞いている?」
「は、はい! もちろんです」
「そこから先は早かった。転落するのは一瞬。騎士団の信用は一気に崩れ、次々に団員たちも見限り現在に至る」
一通り語り終えたカノエさんは腕組みをして私の反応を待っている。
「はい……」
カノエさんは満足そうだ。彼の望む展開、私が立ち去る決意を固めたと思っているのだろう。あいにく正反対、別の覚悟がとっくに決まっている。
「わかったなら早く――」
「ご丁寧に説明していただき申し訳ありませんが。私、入団しますよ。決意は変わりません。信用ガタ落ち? なら再建させればいいことです」
最初こそ驚いていたカノエさんは完全に呆れを滲ませている。露骨なため息、そうさせているのは私の発言なのでいたたまれない。私も後には引けないけれど。
「正気の沙汰とは思えない」
「その切り返し、心に響きますよ」
「そうはならないだろ。どこをどうしたら崖っぷち、機能停止、崩壊寸前、評価壊滅、役立たず騎士団に入団しようと思う? もしかして聞いていなかった? いいよ、怒らないから正直に言ってごらん」
「ちゃんと聞いてましたよ! でも夢なんです。憧れのヴィスティア騎士団で、騎士として国を守りたいって」
「まるで子どもの戯言だ。おかしいな、もうここに夢や希望を与える力は残っていないはず……。新設とはいえ王立騎士団にした方が将来安泰だと思うけど」
「地位や名誉が欲しいわけじゃありません。私の尊敬する人はヴィスティアの騎士でした。その人のようになれたらと憧れていたんです」
軽々しくエルゼさんの名は出せないけれど、これくらいなら許されるはず。
「騎士なんてやめたほうがいい。特に君は、目立つべきじゃない……。今ならいろんな意味で道を間違えただけの子って、僕の胸に秘めておくからさ」
「そんな不名誉ごめんですよ!?」
一番胸に秘められたくない相手なんですけど。
「君って……。ああ、そうか……」
カノエさんはふと、一人で納得したように呟きだす。
「夢も希望も、君の中に存在してるのか……。だからそう前向きでいられるの? 甘い考えで嫌になる。この世界に在るのは絶望と罪なのに。希望なんて、あるわけないのに」
その瞳に宿るのは暗い色。カノエさんは笑顔で残酷なことを口にする。
「そんなこと!」
私が見たかった笑顔はこんなものじゃなくて、衝動的に否定していた。
主人公は積極的にカノエさんと言葉を交わすことが少なかった。だから私が告げる台詞は用意されていない。そうしている間にもカノエさんは私を見つめている。ただ馬鹿にしたいだけなら立ち去ればいいのに、そうしないのは私の答えを求めているから?
「希望は、あります。夢だってあります」
「どうして言い切れる?」
私の発言が気に入らないのか、カノエさんの表情は険しくなる。
「それは……。その方が、生きるには都合がいいから。そうでなければ人は生きていけない。誰だって、希望に縋りたいんです。縋ったって、いいと思います。私の中に希望があるというのなら、……希望も夢も自分で見つけるものです。その光の一筋が、私にとってはここでした」
カノエさんは私が希望を持っているというけれど、こうしてあなたと話せることが何より希望に繋がるから。どんなに辛くたって、あなたを救うためなら頑張れた。
「カノエさん。生きていれば、希望はあります。夢だって溢れてます!」
だからどうか自分を大切にしてほしい――さすがにここまで言ったらおかしいかな?
絶望や罪とカノエさんは言った。なら、カノエさんは希望が欲しいんだ。おこがましいなんて承知しているけれど……いつか私が与えてあげられたらいいのに。
「ふうん、良くわかった。そういうの、イライラするよ」
偉そうなことを言った自覚はある。あああああ……これで嫌われたらどうしよう!
「私のこと、気に入りませんか?」
「さあね」
腹立たしげな眼差しが向けられているので聞き流されてはいないはず。ちゃんと聞いてくれたみたいだけど、どうしてこんなことに? 恋愛するつもりはないけれど、嫌われたいわけじゃないんです。こんな言い争いのような展開、望んでいなかった。何がいけなかったんだろう……きっと最初から全部だ。
さくり――
私でもカノエさんでもない誰かが落ち葉を踏んだ。
「あれー?」
暢気な声が落ち込み思考におちいった私を救ってくれる。
「遅かったか……」
カノエさんが気まずそうに呟く。
私たちの姿を見つけたその人は軽い足取りでこちらへ向かっていた。
「カノエ君、配達?」
箒片手にエプロン姿。被ったエプロンには泥が付着し掃除上がりの風貌だ。丸い眼鏡を押し上げ、人の良さそうな笑顔が出迎えてくれる。
敷地を囲む塀の周りには何箇所か落ち葉の山が形成されており、興味津々といった様子で初対面ながら惜し気もない笑顔を向けられた。年上の男性だろうに、何でも話せる友達のような印象を抱いてしまうのはこの笑顔の成せる業。
「はい。いつものところに置いてあります」
「なんだ、一声かけてくれればお茶くらい出したのに」
「いえ、ただの仕事ですから」
「たとえ仕事だとしても、ここに来てくれる人はなかなかいないからね。ところで、そちらの可愛いお嬢さんは? カノエ君の仕事仲間かい? あ、それともカノエ君の恋人さん?」
「違いますよ。団長、客人だそうです」
団長と呼ばれた男の手から箒が滑り落ちる。
「え、ええええっ! ど、どうしたの?」
団服も似合うがエプロンも似合う男こと、攻略対象の一人ヴィスティア騎士団団長ロクロア・ウォルツである。関を切ったような怒涛の叫びで、むしろその驚き方がどうしたと言いたい。
「え、ど、どうしよう! 応接室にお通しして、それから? えっと、お茶とか出した方がいいかな?」
突然の来客に団長の動揺ぶりは激しく、部外者であるカノエさんにまで伺いを立てている。
「どちらも必要ないと思いますよ。ただの入団志願者らしいので」
「えええええ! そ、それこそどうしたの、なにこれドッキリ?」
「僕がそんな気のきいた性格だと?」
「ごめん、ごめん。あまりのことにちょっと驚きすぎちゃって。だって入団志願者なんて何年ぶり? しかも女の子だよ。え、これ初じゃない?」
「僕に振られても……。正式に採用されれば女性騎士は歴史上初だとは思いますが」
「だよねだよね! あー、えっと、ごめんね。テンション高くなっちゃって。君は?」
閲覧ありがとうございました!
まだまだ続きますが……むしろここからの物語なので、お時間ありましたらまたお付き合いくださると嬉しいです。