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銀の姫騎士リテイク!  作者: 奏白いずも
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三、廃墟の片隅で

 政治・文化・流通、どれをとっても王都は始まりの地。広大なエデリウス王国の中心、象徴である王宮には国王が君臨し、街道は整備され『全ての道は王都へ続く』なんていう格言まである。たとえ国外れからだろうと田舎からの上京だろうと迷いようがないのだ。そんな道のりで屈辱ながら盛大な道草を食わされた私は感慨深く呟いた。

「やっと、やっとここまで来た、来られた! 長かったよ、いや本当に……」

 太陽はとっくに頂上を過ぎている。予定よりだいぶ遅い――どころではない。

 あれからカノエさんの追跡も考慮に入れ徹底的に遠回り。新しく外套を買いなおす羽目にもなった。

 無害な娘を装ってから騎士団本部へ向かう。おかげですっかり日が傾き始めていた。

 予定より時間が押しているため賑わう店は素通りしなければならない。目に映る商店は生誕祭独特の飾り付けを施し、新しい季節の訪れを感じさせ誘惑を振り切るのも一苦労。

 季節は春を過ぎ温かさを増した頃。それは女神を、すなわち国の誕生を祝う大規模な祭りである。私が身を隠していた地方でも盛大に祝っていたけれど、やはり都会は規模が違う。女神の象徴たる銀飾りが多用され、光を反射した銀がキラキラと街を輝かせる。置物を飾る風習もあり、どの店にも女神像が並んでいた。本気の等身大彫刻から可愛らしくデフォルメされたものまで、見ているだけでも面白い。

 食の面では『女神の愛した○○!』『女神御用達○○!』『お袋の味を越える女神の味!』など、それはなんだと思わずツッコミをいれたくなるような煽り文句が連発され、抱き合わせ商法が盛んすぎる。要するに言ったもの勝ち。

 大規模な祭りが開催されれば、それだけ人が集まる。華やかな雰囲気に感化され、何度も寄り道という誘惑に目が眩みそうになったけれどまっすぐ騎士団本部を目指す。もう予定にない出来事はこりごりなので。


 現在地は王都の中心地を抜けた森の入口。

「ちょっと、ちょっとそこの! あんたそこで何してんだい? その先には近寄らない方がいいよ」

 大手を振って寄ってきたのは近くの畑で作業を終えたと思わしき農婦さん。私は新たに調達した外套を脱いで挨拶する。

「こりゃ、幸運なお嬢さんだこと! ヴィスティア様に愛された人間なんて、あたしゃ初めて見たよ!」

 女神ヴィスティア、彼女の象徴たる銀を宿す人間は希少。感嘆と感動が入り混じった農婦さんの瞳は熱烈で、見つめられる方としては居心地が悪い。あまりの剣幕にぎこちない笑みになりそうだ。

「ああ、騒ぎ立てて悪かったよ。あんたこの辺の人間じゃないね?」

 我に帰った農婦さんは話を戻してくれたけれど、からさまに不審な眼差しを向けられている。この先に用があるとこういう反応になるのか。

「幼い頃住んでいたので、久しぶりの故郷です」

「悪いことは言わないよ、この先にはあるのは役立たずの住処だけさ。あんたみたいな幸運なお嬢さんが行くところじゃないよ。道に迷ったのかい?」

 その言葉は重く圧し掛かる。むしろ記憶力は良いと自負していたのに……訂正を求めたいけれど時間が押している。ここまで来て就業時間だと突っぱねられでもしたら最悪なんてものじゃない。

「ご親切な忠告感謝します。ですがご心配なく。私、ヴィスティア騎士団に入りにきたんです!」

 目的地は紛れもない森の先、一礼すると迷わず森の中へ突き進む。残された農婦さんは信じられないものを前にした表情だったけれど。


 突然ですが、幽霊は怖くない方だ。なにしろ自分自身が幽霊みたいな存在なので。でも不気味な気配が苦手、というのは誰しも抱く感想だと思うんです。

「わかってた。わかってたけど……この森不気味!」

 太陽が沈み始め、鬱蒼と生い茂る木々が陽の光を遮る。かろうじて通路は整備されているが木の根は飛び出し放題の雑草生え放題で歩きにくい。下手をすると道を違えてしまいそうだ。

 不意に木々がざわめいた。一人で歩いている身としては、びくりと肩が跳ねるのも仕方がないことだろう。一拍置いて鳥の羽音が聞こえ安堵して息を吐く。例えるならば魔の巣窟。その表現がとてもしっくりくるような。

 ようやく開けた場所に到着した私の眼前に広がったのは――

「実際に見ると臨場感と迫力が増すというか、できれば日の高いうちに訪問したかったわ。でもここに住むなら慣れるべきよね」

 立派な門と煉瓦に囲まれたお城風ではあるのだが、それはお姫様が暮らしているような可愛らしいものではない。魔女が住んでいるかのごとく廃屋的にたたずんでいた。

 門は錆び付いているし、傾くどころか外れかけている。開閉しようものなら大破するだろう。そんなヤバさを醸し出していた。周囲を取り囲む城壁の煉瓦はひび割れだらけで、崩れ落ちた瓦礫の山も多数見受けられる。というか、すでに穴があいているところもあり、残った部分には蔦が絡みついて無残だ。しかも夕陽が良い具合に建物を照らし、より魔の巣窟らしさを演出していた。

「廃墟、とはよく言ったものね」

 ゲーム中、いろんな人がそう表現している。なんて端的でピッタリな表現だろうと改めて思う。

「廃墟か、正直な子だ」

 呟きを聞かれていたことよりも声の主に驚愕するしかない。せっかく寄り道せずに本部まで来たのに、むしろ寄り道して時間ずらした方が正解だった? なら食べ損ねた昼食くらい食べてからきたのに!

 こんなことばかりだと思った矢先、またも隠していた短剣を抜かざるを得ない状況。

 キンッ――

「へえ、君……」

 容赦のない一撃のせいで、至近距離で見つめ合うという現状への感動は消えていた。驚きに彩られた口調は優雅で軽いのに、射貫く瞳には遠慮がない。と言っても片方だけで、ふわりと揺れた桃色の髪に眼帯の黒がよく似合う。

「また、会いましたね?」

 どうしてこんなところに!? そう口走りそうになるのを我慢して冷静に返す。あれ、攻撃を向けられて冷静なのもおかしい?


 至急ゲームでのカノエさんとの出会いをおさらいする。正しくはこうだ。

 入団間もない主人公が仕事に出ようとすれば見知らぬ青年が訪ねてくる。カノエさんは嫌煙されがちな騎士団本部への配達を引き受けてくれる貴重な人。それというのも騎士団の内情を探るという任務があるからだけど。

 一方現実では騎士団本部を訪れた主人公わたしは攻撃を加えられている。カノエさんの姿は亡霊モードではなく一般人モード、ということは配達の帰りだろうか。

 そもそも疑問点はまだある。主人公とカノエさんは立場上、ゲーム中でも抗戦することがあった。主人公はいつもカノエさんに勝てなかった。それを条件反射とはいえ――

 と、止めた……?

 え、私、これ止めちゃったよ、いいのかな!? ……ダメじゃない? 今からでも倒れた方がいいのかな? きゃあっ、とか……でも今更わざとらし過ぎるよね!?

 あれこれ考え込んでいるうちに私が無害だと判断してくれたのか、カノエさんの短剣は消えていた。というか元々無害でしたよね? 外套被って廃墟見上げて佇んでいただけなんですが。

「またって、君……」

 私も外套を脱げば、数日前に生き倒れの少女を助けたことを思い出してくれた様子。

「ああ、ごめん。不審人物かと思ってさ。ほら、こんなところに人がいるなんて思わないだろ。見たところ騎士でもないし?」

「その節は助かりました。亡霊さん」

「……二度と会うことはないと、適当に名乗りすぎたか。それは忘れて。僕はカノエ。君は、リユちゃんでいいよね」

 名前を覚えてもらえていたのは素直に嬉しい。

「私のこと、憶えてくださったんですね」

「なかなか忘れられないでしょ」

 頬を隠すように伸ばしていた髪にカノエさんの指先が触れる。確かに銀髪の人間は滅多にいないだろうと納得し、少し残念に思う。私だから憶えていてくれたわけじゃない。

「もしかして、また道に迷った?」

「またってなんですか!」

「だって、普通の一本道で迷った挙句、崖から落ちるなんて……」

 悲しいことに、本人の意思に反して着実に迷子キャラへの道を歩み始めている。

「あれは忘れましょう! 崖から落ちたのは深い訳があると言いますか、私としても不本意な結果と言いますか、どこかの誰かの陰謀といいますか……とにかく誤解なんです。現在の私は自分の意思でここにいますからご心配なく」

「え? でもここって……」

「はい。こちらのヴィスティア騎士団本部に」

 再開の驚きから、カノエさんの驚きは別のものへと変わっていた。

「本当に、こんなところに用が?」

 しまった警戒された!? そうですよね。騎士団の内情を探るという任務もありますし。

「そういうカノエさんも、見たところ騎士ではありませんよね? でもこんなところにいらっしゃいますし、お互い様なのでは?」

「僕は配達の帰りだよ。少し回り道をしていたんだけど、そうしたら不審な人影を見かけてね」

「不審じゃないですよ、私」

「不審者はそう言うの。違うと弁解するのなら拠点は廃墟、団員数は片手で足りるような騎士団に何か?」

「言いますね」

 騎士団に関係する人間の情報を集めたいのだろう。

「言いたいことははっきり言うさ。かつては尊敬の眼差しを受け、国営調査では毎年のように将来成りたい職業一位を独占していたけど、現在いまとなっては女神の名を冠した騎士団も影はない」

「ですよね……」

「開国からある由緒正しい騎士団を廃止すれば女神を蔑ろにしたも同じ、女神を無下にはできない。だからこそ、かろうじて存在はしているけれど……。というわけで引き返すならご自由に」

 なぜカノエさんが丁寧に騎士団の現状を説明してくれたのかと思えばそういうことか。私を騎士団に近づけたくないのだろう。エスコートのように優雅な仕草で帰り道を促されている。私が立ち去るための理由を与えているのだ。

 私は廃墟――ではなく本部を見据える。ここで引き返すことはできないと確かな決意を胸にしていた。

 それを口にしてしまえば最後、いよいよシナリオに身を委ねる瞬間だ。本来はもっと早く、すでに乗っかっているはずだったけれど。

「引き返しません。だって私、騎士になるために来ましたから」

 目的を告げれば、向けられたのは信じられないという表情だった。

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