二、路地裏物語
今まさに私の主人公としての力量が試されている。
この窮地を抜け出す策を! 黙っていても時は過ぎていくだけ、早急に解決策を導き出さないと……どうする主人公!?
一、方向転換後逃走
二、攻撃を仕掛ける
三、挨拶をしよう
穏便に三つ目かな? こんにちは、好い天気ですね……絶対違うこの会話。風が気持ちいいですね……って風吹いてないし!
それらしい選択肢を浮かべてみたものの、何を言っても悪い方へしか進まないような気がしてきた。どれを選択しても怪しい女としか思われない。
なんとかしてください女神様――とは思うけれど頼れるのは自分だけ。仮に女神様を頼ってお告げを貰えたとしても悲惨な目に合う可能性が高い。
駄目よ、リユ。諦めちゃだめ。私は主人公なんだから!
主人公たる責任感が私の心を支えていた。ここで自分が気圧されたら誰が彼を救う? もう同じ展開の繰り返しは御免だ。
作戦は決まった。時間が動き出したら人ごみに紛れて逃げよう!
投げやりな選択だと思った? なら他にどうすればいいか代案をください。
時間はそのうち動き出すので、それまで間を持たせればいい。背後に退路があるのは唯一の救いだ。
「君、どうして動ける?」
私が手段を考えているように、カノエさんも威圧感たっぷりに不審人物との距離を測っている様子。修行を積んだからこそわかるけれど、儚げな容姿と態度のどこに威圧感を備えているのか。
言葉を発するのは気が引けて無言を貫く。ここをやり過ごせても私がリユだと知れては警戒されてしまうのは困る。ここはまだ共通ルートでカノエさんがどんな役割で何を思って行動しているのか、ここからどこへ繋がるのかもわからない。カノエさんの辿る道は攻略するキャラクターによって異なるけれど、もれなく救われないという共通点がある人です。
「沈黙を選ぶなら、力づくで聞かせてもらうけど……いい?」
はいこれです。一見してカノエさんは穏やそうで、本を片手に読書なんかが似合いそうな風貌だ。儚げな美人にはナイフより紅茶が似合いますという感じの。
だからそのナイフをしまってください!
いくら物腰柔らかそうに見えようと確固たる実力者、それはもうゲーム内上位に食い込むほどに。
「沈黙は肯定かい?」
言うなりカノエさんはナイフを投げてきた。
「――っ!」
短気な一面も持ち合わせている見た目詐欺者。実力行使も想定内と予め警戒していたおかげで足のホルダーに収めている短剣が活躍してくれた。簡単に防ぐことができたのはカノエさんにとって威嚇の意味が強いからか。
「へえ……」
声が低くなる。不機嫌というよりは感心しているような。
「少し、興味が湧いたよ」
あれー……興味!? 今ここで起きたこと全部忘れてくれていいんですよ!?
絶望気味な私の耳に音が流れ込む。鳥の羽ばたき、大通りを行きかう馬車、人々の話し声――どれも私にとっては心強い味方。
逃げるなら今しかない。
ナイフを隠し持っているのはなにもカノエさんだけではない。私の師匠はナイフの専門家ではないし、ゲームの主人公もナイフは使っていなかった。だからこそ私は特訓を重ねた。習得できるものはなんでも力に変えよう。どこにどんな強敵が待っているかわからない。未知の世界に対抗すべく、気づけば私は主人公以上に修行を重ねていたのかもしれない。師は同じ、けど私はその倍以上のメニューをこなしてきた。剣だけじゃない、主人公が使っていない武器も特訓してみた。実際のところ主人公がどれほど修行を積んだのかわからないけれど。
私は袖口に隠していた二本のナイフを投げる。特訓の成果が役に立って良かった。
カノエさんならこんな攻撃簡単に避けるだろう。というか避けてくださいね、危ないので!
願った通りカノエさんは無言で避けてくれた。それも最小限の動きでかわす。だが時間稼ぎには十分で、私は一目散に背を向け駆け出した。
「待ちなよ!」
静止を求められようと私が選んだのは第一の選択肢、方向転換後逃亡!
「――なっ!」
今度はカノエさんに驚いてもらう番。避けられると踏んでいたナイフのほかに、実はもう一本投げている。それは頭上に向けて放ち――
家と家との間を繋いでいた洗濯物が舞い、私たちの間を隔てるカーテンのように揺れる。家主さん、申し訳ありません!
成功した感動に浸る間もなく飛び出した私は外套を脱ぎ捨てる。そうしてしまえば誰だか判別に困るはず。一瞬で周囲の空気に溶け込むように、何食わぬ顔で通りすがりを演じた。
様々な苦難を乗り越え噴水広場にたどり着いた私を待っていたものは何もなかった。正確には誰もいなかった。
いざこざは収拾した後でした。平和に解決したようで何よりです……主人公不在で。
話を聞いてみれば王立騎士団が通りかかったらしく、これで王立騎士団所属の攻略対象オニキス・クランベルとの出会いイベントも逃したことになる。
ヴィスティア騎士団と王立騎士団は別物。私たちは女神の名を掲げ、彼女のために国を守ろうという名目の組織。対して王立騎士団は王家のために存続しているという意味合いが強く、ヴィスティア騎士団が役立たずのレッテルを張られたので新設されたもの。主に貴族の息子などが所属し、権力に物を言わせた集団でとっつきにくいと庶民の間では嫌煙されている。
攻略対象の一人オニキス・クランベルも所属しており、下級貴族出身である彼は王立騎士団の存在を誰よりも喜んでいる人物だ。
一度の遅刻欠席で三つのダメージを食らった私……。遅刻、よくないダメ絶対……。
一日目の始まりから私の計画は暗雲立ち込めている。