一、始まりは時間厳守
閲覧ありがとうございます。読んでくださる人がいて、とても嬉しかったです!
ここからようやく共通ルートが始まりますので、お楽しみいただければ幸いです。
これは天罰なのでしょうか。
乙女ゲーム『銀の姫騎士』の主人公に生まれ変わり、シナリオに反逆すべく行動を開始した主人公ですが、早くも心が折れそうです。
何故こうも物事は計画通りに進まないのか!
本来『銀の姫騎士』において進むイベントはこうだ。
王都へ足を踏み入れた主人公は到着早々いざこざ騒ぎに遭遇。見ていられず諫めようと割り入れば、その様子を見ていた攻略対象たちと出会う。
転んでしまった主人公に手を差し伸べるメインヒーローことアイズ・メルディエラは金髪に青い瞳のまさに王子様然とした容姿。けれど口を開けば女性に対してチャラ――じゃなくて。馴れ馴れし――でもなくて。距離が近いところはあるけれど兄のように頼れる存在で、リージェン姫の婚約者だった人。微笑めば笑顔は太陽のよう眩しく、その美しい姿をぜひ主人公目線で見上げ拝んでみたかった!
アイズ・メルディエラとは対照的に、初対面から冷たい眼差しを向けてくるのがフェリス・ローゼスタ。歳下ながら真面目で厳しい印象を受けるけれど、それは頼もしさの表れ。いざというときは庇ってくれる優しさを持ち合わせていたり、その小さくも頼れる背中を背後から眼福したかった!
そんな邪念を少しでも抱いてしまったのがいけなかったのでしょうか女神様。
全てを知りつくしているはずなのに現実って……今頃、大通りでは共通ルートの出会いイベントが繰り広げられていることでしょう。主人公不在で!
さて、では肝心の主人公はどこにいるのでしょう?
どうして私は路地裏に!?
どうしてカノエさんが目の前に!?
あろうことか早速再会してしまいました。
事の起こりは王都に到着してすぐのこと。カノエさんに会えた嬉しさと戸惑いを抱えながら、私は走っていた。
出会いイベントが発生するのは噴水広場、時計を見れば出会いイベントの時間が迫っている。余裕で十分前行動するはずだったのに、崖から落ちてさえいなければ!
急げば間に合う、いや間に合わせて見せる。そう決意していた私の前に別の問題が。シナリオのいざこざに遭遇する前に別の問題に遭遇してしまった。
迷子である。小さな男の子が心細そうに泣いていれば見過ごせず足を止めていた。親御さんを探すのに手間取り、なんとか見つけ出せたその人は男の子の姉で、パン屋を営むエマさんというらしくゲームには登場しなかった人だ。弟さんと二人お使いの帰りにはぐれてしまったそうで、エマさんからはしかと手を握られ「弟をありがとう!」と感謝された。大通りに店を構えているそうなのでお礼も兼ねて是非足を運んでほしいとも……平和に解決して何よりです。
今度こそ時間厳守!
そう心に決めた私の出鼻をくじく事件がまたしても発生。同じ年頃の女の子がナンパされている場面に遭遇してしまった。見るからにガラの悪そうな相手で誰もが見ないふりをしている。
女神の生まれ変わりとはいえ私は聖人ではないけれど、私には助けられるだけの力がある。名前も知らないような相手に負ける鍛え方はしていない。前世では見ていることしかできなかっただろうけど、今の私は違う。力を持ちながら傍観者でいられるほど私は薄情でもないらしい。
助けた少女は定食屋の娘アニスさんで、感謝のしるしにいつでもサービスさせてほしいと申し出てくれて……平和に解決して何よりです。
今度こそ時間厳守!
いずれ来店すると約束して私は先を急ぐ。パン屋に定食屋に、食には不自由しなさそう。
――って、そうじゃない!
前世では無遅刻無欠席だった私が、イベントに遅刻どころか欠席するなんてあり得ない。
このままだと完璧に遅刻する。だがまだ諦めてはいなかった。必死に手足を動かしながら、せめて時間が止まればいいと非現実的なことを願った。
そこで幸か不幸か、本当に時間が止まる。文字通りだ。
黒幕が己の力を確かめるために、世界の時間はたびたび止まる。世界は人知れず音を失くしているのだが、現在王都でその事実を知るのは主人公と暗躍するカノエさんくらいだろう。
「私ってば悪運強いのね」
世界が止まっても私は動ける。この中を走ればまだ間にあうはず!
通りは人で賑わい走りにくい。だから迷わない程度に路地裏を利用しようと思った、の、に……。言い訳をさせてもらえるなら先客がいるなんて思いませんでした。
薄暗い路地に溶けるようなシルエットを目に留めた瞬間、私は固まった。
「君は――」
最悪だ! なんとか声に出すことは止めましたけどね。
幸い二人とも頭から外套を被っているので顔を合わせずには済んでいる。でも私には相手が誰かなんて、はっきりわかっていた。亡霊モードのカノエさんだ。
説明しよう。亡霊モードとは人畜無害そうな街の配達屋としてのカノエさんではなく裏の顔、黒幕の手駒として暗躍している時のカノエさんを表します。服装も黒一色に外套を被っている。
なっ、なっ、なんでカノエさん!? いや会いたかったし会えたのは嬉しいけどこのタイミングって、運悪すぎる!
銀は女神の色という。銀をその身に宿す人間は『女神に愛された証』と羨まれる設定のはずが、実はこれ嫌われているだけじゃないの?
そして思考は冒頭に戻る。
これは天罰なのでしょうか女神様!
ちなみにカノエさんがどんな容姿かといえば、さらりと伸びた薄ピンクの髪色がなんとも可愛らしくて、白い手足は陽の光に触れようなら溶けてしまいそうなほど。フードの下に隠れているであろう右目は金色、眼帯によって隠されているもう片方は赤く。その眼帯を隠すように前髪が揺れる。
楽しいことを知らなそうな顔。笑顔より困り顔。薄い唇は弧を描くより反対に向いていることばかり。
ああ本当に、なんて美しい人だろう。ゲーム中でカノエさんは笑えばいいのにと指摘されたことがある。彼は笑う資格がないと答えたけれど、私は資格なんていらないと思った。その顔が溢れんばかりの笑顔で彩られたところが見てみたい。楽しいことを知ってほしい。幸せを感じてほしいとも。
……さて。
現実逃避もほどほどにしないと……。