二十、告白
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
「シルヴィス様、あなたの命令には従えません。意思のない僕ではいたくない」
「あなたまで……」
「役立たずで構いませんよ。あなたを止めにきたんですからね」
「驚いた、あなたまで同じようなことを言うのね。まるでわたくしが間違っているような口ぶりで、嫌になるわ」
「そうですよシルヴィス様。あなたは間違った。そして僕も……もっと早く、あの時に止めるべきでした」
「冗談はよして。……ねえ、忘れてしまったの? あの小さな村から拾って目をかけてあげた恩を、忘れてしまったのかしら。そうね、あなた故郷がどうなっても――」
「どうにもなりませんよ」
宣言したのはもちろん私、どうにかなんてさせるものですか。
「リユちゃん?」
「エルゼ・クローディア、ずっと探していましたよね」
王妃様の危惧する要因、カノエさんが騎士団に近づいた理由がこれだ。
「あなた何をしてくれたのかしら?」
「もう隠す必要もないのでお答えしますが、お察しの通り暗躍していました。とても強い護衛がついているのでカノエさんの村に手を出すことは出来ません。だからカノエさん、安心していいですよ。エルゼさんの強さ、保証するまでもないですよね?」
カノエさんの故郷は王都の北部にある小さな村だ。村を離れてはいるけれど、カノエさんにとっては大切な故郷。それを盾に王妃様は強行を迫ることもあった。
エルゼさん不在の真相は……
カノエさんの故郷を秘密裏に探り当て農夫として潜伏――というより普通に馴染んで生活していると思う。王妃様もカノエさんも驚いているということは、エルゼさんの擬態は完璧だったということだ。
今頃はしっかりカノエさんの故郷を守り通してくれているでしょう。最後にカノエさんと闘うなんてごめんですから、心配の種なんて最初に潰しておきました。ええ、決闘なんて一度で……すみません一度でもごめんなので。
「そっか……ありがとう、リユちゃん」
よし、完璧な切り返しに成功した模様。
「なあシルヴィス、どうしてしまったんだ」
「陛下こそどうされたのです。あれはリージェンの名を語る罪人なのですよ!」
庭園の空気が変わっていく。光が閉ざされ、空は闇に覆われていた。瞬く間に訪れた夜は王妃様の嘆き、重く苦しく肌に触れる。月も星もない、闇だけが広がっていた。
「みんな、みんな……この娘が悪いの? そうでしょう? 誑かして、わたくしから奪っていく。リージェンの名まで語って、なんておぞましいのかしら。正しいのはわたくしです。どうしてわからないの!」
「……お母さま。思い出してと、以前私は言いましたね」
「違う! だってあの子は、わたくしが……わたくしが殺してしまったのだから、思い出せるはずがないのよ」
私は王妃様の罪を暴かなければならない。そうでなければエルゼさんは永遠に報われない。でも罪は償えるものだから。私がカノエさんを赦したように、そうであってほしい。
「……わたくしはね、後戻り出来ないのよ。そうでしょう?」
王妃様が伸ばした手は私へと向けられている。もちろん縋るようなものではなくて、闇を向かわせるための合図だ。
足元から這い上がる闇は一見してただの水のようだけれど、気を抜けば膝をつきそうな圧迫感がある。闇は――王妃様は私を消そうと躍起になっている。そんなに消えてほしいんですね。見ていられないんですね……
身動きが取れないので衝撃に備えたけれど、広がる背中が私を庇ってしまった。カノエさんの短剣が闇を絶ち、もう一方の手では私をの足元へとナイフを放つ。人のことは言えないけれど、カノエさんも隠しナイフ所持しすぎだ。
けれど闇を切り裂くたびに銀は黒へと染まっていく。染まった剣では効果はないという、使い捨てなのが厄介だ。いくら隠し持っていようがいずれは尽きてしまう。ヒビが入ればもう限界寸前だった。
カノエさんは私を庇うようにして地面に倒れた。
「もういいんです、あとは私が!」
最後の最後にカノエさんの身に何かあっては今日までのことが帳消しに――
「断る」
「また……。言ったじゃないですか、私はあなたのこととっくに赦しているんですから、もう罪滅ぼしなんて必要ないんです!」
そんな理由で助けられても嬉しくない。それよりも安全な場所で陛下と待機していてほしい。なにしろ私の周囲が一番危険なので。
途端にカノエさんは顔をしかめた。苦痛からではなく明らかに不機嫌そうにだ。
「ああ、もう……君が大切だから! 好きだからじゃ理由にならない?」
す、き……?
やがてその言葉がじわりと体に浸透する。
大きく見開らいた私の視界は涙で歪み、その涙を慈しむようにカノエさんの手が頬に触れた。
「え、いや……い、いやじゃないですけど……え?」
「好きな子を護るのって当然じゃないの?」
「え、は、……はい?」
混乱も極めるとまともな思考が働かないのは本当みたい。
その理屈は理に叶ってはいるけれど、今ここに、私たちに当てはまるものなのでしょうか? けれど駄目押しのように言い切られ、気付いた時には頷いていた。後に思えば悪徳商法でしかない。
「どうして?」
王妃様がまさに私の心情を代弁して下さいました。その通り! どうしてと聞きたいのは私だった。けれど最優先は王妃様を止めることにある。ちょっとだけ腕の中から抜け出すの残念だなとは思いましたけど!
「どうしてよ……」
しきりに嘆く王妃様の呟きには心が宿っていない。寄り添っていたはずの陛下の元から離れ、一人覚束ない足取りで庭園を進んでしる。その先に広がるのは深い闇、神聖な女神の力とはかけ離れた邪悪な歪みそのものだ。
「わたくしは間違ってなど……どうして上手くいかないの?」
一人きりのように王妃様は語り続けている。
「カノエさん、動けますか?」
「君のお願いとあれば、応えないわけにはいかないね」
「では陛下を守ってください。お願いしましたよ!」
「え、リユちゃん!?」
予想外のお願いに驚いているうちに私は駆け出していた。
「わっ!」
もはや庭園中が黒く塗りつぶされていた。波打ち沼のように広がるそれは王妃様を中心にして湧きでている。放っておけばじきに彼女も沈んでしまう。
「ですよね……」
王妃様の元へ行くためにはこの闇を越えなければならない。
「ゲームならここで手をこまねいているんでしょうけど――そうはいくものですか!」
コートの裾を翻す。はためく服の下には大量の銀が出番を待ちわびていた。極限まで軽減され、研ぎ澄まされた銀の針はジゼさんに頼んで作ってもらった特注品だ。指と指の間に挟み、片っ端から地面に突き刺す。
――動く!
この銀が尽きる前に辿りついてみせる。
「私は欲深くて身勝手な人間だから、あなたのことも諦められないんですよ!」
闇は庭園中に蔓延している。背後を気遣う余裕はないけれど、きっとカノエさんなら陛下を守ってくれるはず。だから私は前だけを見ていよう。
早く、もっと早く――
けれど手を伸ばせば見えない檻に遮られていた。傍に寄るなという王妃様からの拒絶なのかもしれない。
叩いてもまるでビクともしない。見えない檻は頑丈だった。
「ということは、これの出番ですね」
女神様の騎士である証、ここで使わなければ一生使いどころはないと思う。けれど振りかざした剣は容易く弾かれてしまった。
「このっ!」
不安定な足場に揺らいでいる暇はない。諦めたりもしない。何度だって振りかざす。この剣は人を殺めるためではなくて、人を助けるために使いたいから。
「ちょっと、見てますか!? 今ここ、力の貸しどころだと思うんですけど!」
誰に話しかけているのかって? そんなのもちろん、余裕の傍観決めている女神様にだ。叫びながらも手は止めない。
「地上に干渉出来ない、ええそうでしょうね。でも私に力を貸すことくらい出来ますよね! ゲームで出来て、ここで出来ないなんて泣き言聞きませんよ!」
ただの私欲に塗れた叫びだった。
「私、今日まで頑張りましたよね? 最後くらい一緒に、少しくらい力を貸してもいいと思います!」
呼応するように剣が光を放つ。神々しい銀の光を纏うそれは闇を照らす灯りだ。
「あ、ありがとう、ございます!」
一瞬でも薄情な女神と認識したのを改めるべきか。
今日の連続更新はここまでになりそうです。
閲覧ありがとうございました!




