十九、家族
「止めて!」
蹴破る勢いで飛び込んだ。そして破り力の限り叫ぶ。陛下の動きを止めるには十分な威力を発揮していた。
「君は……誰だ?」
まあ、そうなりますよね。こんな場面に乱入されたら。
けれど王妃様は冷静に言い放つ。
「あなたは……そう、役立たずばかりだったということね」
冷静というには語弊があるのかも。静かに怒りを押し留めているが正しいかもしれない。表情は伺えなくても声だけで十分に伝わってくる。
「皆さんしっかり邪魔してくれましたけど、私には頼れる仲間がいますから。それに家の構造くらい熟知しています。裏の道を使えば容易いことでは?」
「益々分からない、君は何者なんだ」
「突然の訪問、無礼をお許しください。我が名はリユ・クローディア、ヴィスティア騎士団の騎士にございます。この剣において王族との謁見に問題はございません」
ヴィスティア騎士団の剣にはこういう使い方もある。本来ヴィスティア騎士団とは、王族とも謁見できる公的権限を持った華々しい職業なんだから!
「騎士、騎士と言ったのかしら? ああ、おかしい。そんなものがまだいたなんて。思い上がるのはよして!」
カチ、カチ、カチ……
耳元では時を刻む音――
私の時間を止めるつもなんですね。けれどいつまでたっても変化が訪れないことに王妃様は狼狽え始めた。
「どうして、止まらない? いいえ……確かに止まっているのよ。陛下はわたくしが許可しているから……けれどあなたを許可した憶えはなくてよ」
「あなたの許可は必要ありません。私には資格がある」
「そう、益々もって忌々しいのね。自慢のつもりかしら、だから始末しておきたかったのよ。わたくしだけではなくなってしまう、特別なのはわたくし一人でいいのだから!」
「あなたは間違っている。だから止めに来ました」
「騎士の分際で随分と偉そうな口ぶりなのね。わたくしの何を知っているというのかしら?」
「人は女神にはなれない。歴史を変えることは出来ません」
もくろみを言い当てられたのだから王妃様は少なからず動揺していた。
「そんなはず、ないわ……そうよ、人には無理かもしれないけれど、わたくしは女神になるのだから――」
「女神にだって、歴史を変えることは出来ない」
そのために私が使わされているのよ。
「わたくしが戯言に耳を貸すと思って?」
「貸してほしいです。これは女神様本人の言葉、神は万能じゃない!」
「ふざけたことを言わないで、付き合っている暇はないの。さあ陛下こちらへ――騙されないで、耳を傾けてはいけません。取り戻したいでしょうリージェンを。ええ、わたくしもですわ」
戸惑いながらも陛下は頷く。娘を失い悲しみ続ける妻が望むのなら叶えたいと考えている。
「陛下!」
十年も経ってしまった。
母親譲りの黒髪からも色が抜けてしまった。
でもどうか、気付いてほしい。
「私が、わかりませんか?」
「君を……?」
そういえば、昔は髪をほどいていたっけ――お母さまのような女性になりたくて、少しでも近づきたくて、背伸びをするように髪型を真似ていた。
高く結い上げていた髪を解く。これで昔の姿に近づけた?
「リージェン・エデリウスはこの私!」
私にとってそれはゲームの主人公の名前だった。でもちゃんと私の名前になっていたみたい。懐かしいなって、思えてる。身体が覚えてくれていた。
「リージェン、なのか?」
陛下の瞳には期待が宿り始めていた。
「女神に誓って、嘘偽りはありません」
生き返らせる必要はない。だって私はここにいる。儀式なんて必要ないの。どうしたって誰も幸せになれないんだから!
「リージェンの名を語るなんて、よくもぬけぬけと!」
けれど王妃様は、私という存在を肯定すれば罪を認めたことになってしまう。簡単には認めてくれるわけがない。
「本当に、リージェンなのか……」
「陛下、惑わされてはいけません!」
「シルヴィス、お前には分からないのか? よく似ている、昔のお前にそっくりだよ。ああ、どうして気付かなかったのか……それに王族しか知らぬ道を知っていると!」
「あの子は死にました。この目で確認したのです! 何よりも、誰よりもわたくしが……知っているのですから」
私の足元には黒い水が滴っていた。
「これっ――」
水たまりのように広がり、やがて沼のように体が沈みかける。
王妃様の求めていた神聖な力とはかけ離れたものだ。熱を奪い、もがくほど深く沈んでいく。まるで王妃様の涙、叫びのように尽きることがない。
銀の光がすり抜けた。
私の足元に刺さっていたのは銀のナイフ。庭園は花壇を除いて煉瓦作り、それが雪のようにあっさりと刃を受け入れていた。
(本当にナイフが吸い取ってる……)
正確にはナイフではなく銀が、だけれど。
闇には反対の力をぶつけるのが有効――つまり女神の象徴である銀が有効だ。ナイフは先端から吸い取った黒に浸食されていく。限界まで闇を吸ったナイフは輝きを失い、音を立て割れた。
「お待たせ、彼なら無効化させてきたよ」
カノエさんがのんびりとした口調で登場されましたが。無効化!? 不穏な表現なんですけど、本当に大丈夫なんですかそれ……ちょっと寝かしつけた、くらいですよね!? そうだと言ってほしい。
「カノエ?」
私はオニキスさんの身を案じて出遅れていた。いち早く彼の名を呼んだのは王妃様だ。
「カノエ! ああ、帰ってきてくれたのね。嬉しいわ、ちょうど邪魔な子が現れて困っていたのよ」
やっと人間らしい表情を見せてくれた気がする。歓喜に彩られた声音がカノエさんを待ち望んでいた。
「私には気付いてくれないのに、カノエさんには気付くんですね……」
カノエさんは見せつけるように階段を下り、そして私の隣にまでやってきた。
「そうよ、その子を始末してちょうだい。あなたは役に立つ子、そうよね?」
王妃様にとってカノエさんはずっと優秀な手駒だった。カノエさんの手には短剣が握られている。
私たちは互いに手を伸ばせば届く距離にいた。その腕を振り上げ下ろせば――私の鼓動は容易く止まる。あの日のように……まるで悪夢の夜のやり直しだ。
怖くない、と言えば嘘になる。威圧感から無意識のうちに足を引いていた。
ふと、カノエさんの短剣が目に映る。それは銀の光。彼女――女神様も私の背を押してくれているのでしょうか? きっとカノエさんを信じるというんですよね? 勝手に都合の良い方に解釈しちゃいますからね!
「あなたは亡霊じゃありません。私はあなたを信じます」
背を押してくれたのも、護ってくれたのも、ここまで連れてきてくれたのもカノエさん。今なら心からの信頼を預けられる。
カノエさんの手が微かに震えていた。やがて震えは肩にまで伝わり、堪え切れなくなったのか大きな笑いが溢れる。……うん? 笑い?
「あはははっ! 聞きましたかシルヴィス様! 僕を信じるらしいですよ。こんな僕を、もうこの子馬鹿でしょう!」
酷い言われようなので複雑ですが、さすがに王妃様もカノエさんが命令を聞かないことを悟っていた。
王妃様から守るように、カノエさんは私の姿を隠してくれる。かつての主に剣を向け、明確な裏切りを示した。
「二度と傷つけないって、約束したからね」
ああっ! どうせなら正面から拝見させていただきたかった。きっと素敵な表情をしているに違いないのに悔やまれる。
十年越しに家族が勢揃い――それ故にタイトルは『家族』でした。
更新頑張ります。せめてもう一本くらいは……




